親友不在事件・前編
・ホークキューブ
→鷹の力を秘めたデータキューブ。使用者に大空を翔る力と遠くまで見渡す視力を与える。
所持者:鹿島ヒロト
「――はいもしもし、こちらノラネコ団。超常事件ですか? あっ……切れちまった。」
日本の関東地方に存在する、ごく一般的な湾岸都市、桜浜市。ここでは、普通とはちょっと違う事件が多発する。
データキューブと呼ばれる澄み切った色の一つまみ大の立方体は、ある日桜浜市沖の海底遺跡から発見された古びた書物から放出された、人間の科学では証明不可能な力を持った謎の物質だ。
これは、データキューブを巡る、人間の未来に関するお話。
二畳半ほどの狭い空間の中を、パソコンのモニターが明々と照らしている。それを動かしているのは、タバコ型のキャンディをかじる十代後半といった風の少女。空間を支配していた静寂が、突如破られる。その部屋の引き戸が開けられ、少女とよく似た青年が顔を出す。
「姉貴。目星はついたのか。」
「あぁ~? お前ヒキコモリに日中活動させんじゃねぇよ……。まぁ一応ついた。こいつだよ、このサラリーマンみたいな奴。」
姉貴と呼ばれた少女、『湯巻フーコ』が指したのは、モニターの中に映る、猫背のサラリーマン風の男だった。別のモニターの画面を持ってきて、男の情報を見せる。
「後藤カイト。市内の大手企業に勤めるリーマンだよ。四十六歳独身だってさぁ~。」
「でかした。」
「そんじゃアタシは寝るから邪魔すんなよ~……。」
そう言って、フーコはパソコンが並ぶ机の下に潜り込み、無造作に敷かれていた寝袋の中に入り、すぐに豪快な寝息を立て始めた。
青年が引き戸を閉め、振り向くと、その場には数名の少年少女がいた。中肉中背の別の青年が、スマホを弄る手を止め、結果を尋ねる。
「なんだって?」
「後藤カイト、だそうだ。マドカ、頼めるか。」
「了解しました。」
小柄な少女が、視聴覚室のようなその場所から出ていくと、しばらくして、ひとつしかないドアがノックされた。
「どうぞ。」
先程の中肉中背の青年が言うと、女子高生然とした服装の少女が入ってきた。
「あの、外の看板を見てきました……。ここがノラネコ団ですか?」
その問いに、中肉中背の青年はニヤッと笑い、両手を広げて肯定した。
「いかにも! ようこそ、超常事件専門探偵、ノラネコ団へ!」
少女は、通されたテーブルの前に腰かけ、向かって前方に座る中肉中背の青年に用件を伝えた。
「実は、最近親友の様子がおかしくて。」
「様子がおかしい。どんな感じか、詳しく教えてもらえる? 場合によってはただの病気ってこともあり得るし。」
「いえ、そんな感じじゃないんです。その……始終、彼女の背後に不気味な幽霊が見えるんです。」
「幽霊。……もしかして君霊感ある?」
「それがわからなくて……。私が見ている幻覚なのか、彼女がおかしいのか……でも、彼女もなんだか最近けだるい感じで……。」
「幽霊の形状、覚えているかな。」
「黒くて、山羊みたいな角が生えていました。顔はなかったです。」
「ということは、人型だったってこと?」
「はい。」
「ふむ……念のため、君の名前とご友人の名前を教えてもらえるかな。」
「あ、私は――。」
「瀬古トモカ。」
その時、青年の背後から声がした。そこには、端末ゲーム機をガチャガチャと鳴らすこちらも十代後半とみられる少女がいた。
「全校書道大会四年連続優勝者。噂は聞いてるよ、トモカちゃん。」
そう言って手を止め、ゲーム機を放り、青年の隣に座る。
「おいカオル、俺が話してるんだけど。……でもそうか、どこかで見たことあると思ったら。」
「というかヒロト、桜浜高の制服着てる時点で同高だって気付きなよ。」
「そこは気付いてたけど……基本俺学校行事とかスルーするし。」
狼狽するトモカという少女に対し、カオルが質問を継ぐ。
「ごめんね。それで、お友達のお名前は?」
「泊サヤ、です。」
「おっけー! 私は天堂カオル、こいつは鹿島ヒロト! あっちにいる不愛想なのが湯巻シンジって言うんだ!」
「おいカオル。」
「いつも思うけど、依頼者の名前だけ聞いて私たちは名乗らないっておかしいと思うんだ。」
ヒロトと称された中肉中背の青年は、不満げな顔で、しかしそれ以上は何も言わずに腕を組んで椅子の背にもたれた。
「それじゃトモカちゃん、この事件は私たちが責任をもって調査させてもらうよ! お代は学生料金ってことで無料!」
そうカオルが告げた時、ヒロトのスマホからカラスの鳴き声が響いた。瞬時に剣呑な表情になったヒロトが画面を操作し、スマホを耳に当てる。
「どうした! ――わかった、お前は戻れ、俺が向かう!」
「何があった。」
そう尋ねるシンジに、ヒロトはドアを蹴破る勢いで開けて、外へ飛び出しながら答えた。
「後藤カイトが暴走したらしい!」
桜浜市は高層ビル立ち並ぶビジネス街、その交差点の中央で、蔦植物を彷彿とさせる異形の怪人が雄叫びを上げていた。周囲にはパトカーが包囲し、警官と機動隊が拳銃や特殊ゴム弾銃を手に怪人を牽制していた。そこへ、ヒロトが到着する。
「オヤジさん、銃弾は効かないんだってば!」
そうその場にいたベージュ色のコートの中年警官に言って、パトカーの屋根を乗り越え、包囲網の中に入る。中年警官は「またお前か!」と怒鳴りながらも、その場の警官や機動隊員たちに銃を下ろすよう指示する。
怪人がヒロトに気付き、獣のような咆哮をあげながら突進してくる。ヒロトは、スマホが入っていた方とは別の尻ポケットから、ふたつの立方体の凹みがついた装置を取り出した。それを右手首に巻くと、左の前ポケットからオレンジ色の澄み切った立方体を取り出す。手首直上の凹みにそれをはめ、装置側面のスイッチを押しながら、ヒロトは叫んだ。
「着装!」
『ホークギア・スタート。』
装置の音声と共に、装置を起点にして、オレンジ色の光と共にヒロトが装甲に包まれていく。完全に装甲を纏ったヒロトは、さながらに日曜日の朝方に放送されるヒーローのような姿をしていた。
「さぁ、街の平和を乱す怪物はご退場願おう!」
怪人が伸ばした腕から、太い蔦が鞭のようにしなり、ヒロトを貫かんと迫る。ヒロトが転身で回避すると、蔦はアスファルトを穿ち、そのままズルズルと地中へと潜っていく。
「こ、れ、はー……っと!」
ヒロトが即座にその場を離れていなければ、彼は大人の腕の二倍ほどもある蔦に貫かれていただろう。突如として、ヒロトがいた直下の地面から、蔦が数本アスファルトを突き破って現れた。
そのままヒロトを追従する蔦から逃げつつ、怪人に飛び蹴りを入れるヒロト。その反動でジャンプすると、今度はヒロトの装甲に変化が起きた。肩甲骨のあたりから、一対の大きなメタル質の翼が展開したのだ。ヒロトはそのまま、翼をはためかせ、大空へと飛び立つ。蔦も彼を追うように、空中へと急速に伸びていった。
ある程度の高度まできたとき、ヒロトは手首の装置の側面のスイッチをもう一度押した。すると、ヒロトの手元に、近未来的なデザインの大きな狙撃銃が出現する。その引き金を引き、オレンジ色の光弾で蔦を弾き飛ばしていく。最後に、装置にはめた立方体の物質を外し、装甲の腰部分にぶら下がっていた別の装置にはめ、そのスイッチを叩く。
『ギア・ストライク・ホーク。』
装置の音声と共に、狙撃銃の銃口にオレンジ色の光が収束していく。
「堕ちなッ!」
ヒロトが叫び、引き金を引くと、オレンジ色の光線が細く鋭く伸び、怪人の左胸を貫いた。怪人は引き裂くような悲鳴を上げ、赤黒い粒子を放ちながら消えていった。あとに残ったのは、フーコが示した男、後藤カイトだけだった。
その様子を遠くから見守っていたカオルとトモカ。トモカが、カオルに尋ねた。
「あれはなんなんですか?」
「あれは私たちノラネコ団の天才発明家、フーコちゃんが開発した対超常生物装甲、『キューブギア』だよ! 私たちの持つデータキューブの力を身に纏うことで、安全に怪人と戦うことができる戦闘ギアなんだ! ……ふふ、知りたい? もっと知りたい? よぅし、一度アジトに戻ってから教えてあげよう~!」
そう言って、カオルはトモカの肩に腕を回し、元来た道を引き返していった。