3.転生モブ令嬢、悪役ライバル令嬢と出会う
〜前回までのあらすじ〜
死んだと思ったら、転生先が乙女ゲームのちょい役中のちょい役であるモブ令嬢だった。せっかく生まれ変わったんだから、こりゃ面白おかしく人生送るしかないね!まず手始めに自分磨きから取り掛かるぜ!
あ、ついでにお城からお茶会の招待状が届いたっぽい。
おぇぇぇぇ……くっっっそメンドくせぇ〜……。
はい!そんなこんなでやって来ましたお茶会当日!
この日の為だけに新調したオレンジ色のドレス、大粒の真珠の髪飾りに、これまた真珠のイヤリング……。
ふっふっふっふっふっ……。
早朝から仕立て屋さん呼んで、採寸測るまではスムーズにいっていた。
だけど、問題はそこからだった。
今流行りの色はこれだ、髪色に合わせた方がメリハリが、瞳の色でも悪くないのでは、リボン多めは子どもっぽすぎる、でも少なくしたところで背伸びしてると思われかねない、ドレスに合わせてアクセサリーも誂えましょう、ならば大通りに面した宝石店の店主を呼んで、etc etc……。
ただでさえ新しいドレスを一着用意するにかなり時間がかかるのに、加えてアクセサリーまであーでもない、こーでもないと、お母様や目の肥えたメイド達に包囲される中、ひとつひとつ身につけさせられて吟味して―――。
くっっっそ辛かった!!
そもそも出勤日はスーツ、それ以外だと高校の時のジャージ姿という格好でゴロゴロ過ごしていた身としては『ドレス一着にそんな時間かけんな!アクセサリーも今あるやつでいいやん!わざわざ新しく用意する必要ないだろ!?』と、何度も怒鳴りかけた。
けれど、その度に私から“何か”を感じ取ったお母様の絶対零度の視線によって、あえなく従うしかなく……。
お母様マジお母様。
前世は男だったってことを含めてマジパネェっす。
あと何が一番辛かったかって、お茶会に向けてマナー講師に礼儀作法を徹底的に扱かれたこと!
ドレスで隠れてるからってガニ股になるな、気を緩めるなそのまま引き締めて、引きずった足音をたてるな、あくまで優雅に軽やかに一歩一歩踏みだして、膝は曲げても頭を下げるな、顔は真っ直ぐ顎を引け、相手に隙を与えるな常に口元目元は笑っていろ、頭に乗せた花瓶を落とすことなく紅茶を静かに啜れ、ただし音は絶対にたてることなかれ、クッキーを一口で食べるな、三口四口で上品に食せ、食べカスを作るな、そこで猫背になるな堂々と胸を張れ―――!
私の勝手な想像だけど、ゲームのアンナが消極的で存在感が薄かったのは、この苛烈極まりないマナー講座のせいだったんじゃないの?
そりゃ講師のマダムは仕事だから厳しく指導するもんだから仕方ないけど、だからといって齢8歳の子どもにこのマナー講座は過酷だって!
精神年齢アラサー超えの私でも苦痛だったし、日に日にマダムの顔を見ただけで思わず嘔吐きかけたんだから!
誰だってトラウマになるし下手したら鬱になるわ!
子どもには 年齢に合った 躾しろ
(アンナ=ボジェニー=ヘルクォーツァ心の俳句)
貴族階級マジ恐い……。
次に生まれ変わった時はのどかな田舎町で農業を営む、平々凡々だけど静かで平和な日々を過ごせる農民でいいや。やっぱ普通が一番だわ、うん。
ヘルクォーツァ侯爵家の家紋が入った馬車にゴトゴトと揺られながら流れゆく景色をぼんやりと眺める。
私の隣には、今回のお茶会で同伴することになったお世話係の(お目付け役ともいう)メイドの一人であるチャコがお行儀よく静かに座っている。
チャコは平民出身だけど、私の面倒をしっかり見てくれる歳の離れたお姉さん的存在。
元日本人で元平民の自分からすれば、メイドなんて一人もいらないんだけどね。大抵のことは一人でこなせるし。ドレス着るときくらいだよ、他人の手を借りなきゃ大変なのは。
でも私、この世界だと侯爵家の令嬢だからな〜……メイドの一人や二人や三人、傅かせていないとダメだからしゃーないっちゃぁしゃーないんだけど。
「ねぇチャコ、お城にはあとどれくらいでつくの?」
「正確な時間帯までは把握できませんが、おそらくもう間もなくかと」
「そう、ありがとう」
私がお礼を言うと、チャコはちょっと困ったように眉を寄せながら「とんでもありません」と笑った。
前世は貴族階級のない日本で育った身としては、誰かのお世話になった時とか、誰かに助けられた時なんかは特にお礼を言う教育を受けてきた。その名残もあって、どんな些細なことでも「ありがとう」といちいち使用人相手にお礼を言う貴族令嬢は私以外にいないらしい。だから、うちの使用人達は私がお礼を言うとどう対処していいのか分からず困惑してしまうそうな。
自分でも貴族令嬢とかガラじゃないって分かってる。でもさ、お礼とか謝罪を言うのは魂レベルで身に染み付いてるんだから仕方なくない?
令嬢らしく振る舞えと言われても「ベリーベリーアイムソーリー」としか言えないよ、こっちは。
あ?お前英語出来ないだろって?……そうだよ!高校の時に英検3級受けて物の見事に落ちたのは私だけだったよチクショウ!私より成績の悪かった木村と仲原が受かったのにはすっげぇ納得いかねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
* * *
はい、やっとこさお城に着きました☆
着いて早々なんですけど―――帰っていいですか?
「あらあら!ヘルクォーツァ家の変人令嬢ではございませんか!」
「まあ、ほんとですわ!勉強ばかりで、ろくにお屋敷から出られないとばかり聞いておりましたが……」
威圧感たっぷりの大きな城門をくぐり、ようやくお城に着いたと思ったら、初老の執事さんに案内されるまま控え室?みたいな扉の前までやって来て、「順番にお呼びしますので、それまでごゆるりとお過ごしください」と言われ、その部屋に押し込まれた途端にこれですよ。見知らぬご令嬢方に絡まれました。
彼女達が言わんとするところは、淑女に必要なない学問を修めようとしているアンナはいかにも令嬢らしからぬ非常識な変人だってところかな。
そもそも令嬢らしくないのは私自身が一番良く分かってるからどうでもいいけど、私が何をしようか勝手じゃね?別に君らの人生に干渉してる訳でもないんだから。
あー、こんなところで面倒起こしたくねぇ〜。
ちなみにチャコはお茶会の準備の手伝いに駆り出されてここにはいない。
はっきり言うわ。
準備の為のお手伝いとか嘘言うんじゃねぇ!明らかに私とチャコを引き離すための口実じゃねーか!国の中枢部に人手が足りないなんて馬鹿なことはねーだろ!しかも今日は名目上王子様の婚約者候補探しの一端なんだから、名だたる貴族のご令嬢集めて準備が整ってないってことはまずあり得ねーよ!アホか!私は嘘つく奴大っっっ嫌いじゃぁぁぁぁぁ!!
「よくもまぁ、そのようなひんそーな格好で、恐れ多くも殿下の前に出られると思って?」
「しかもオレンジのドレスとか……勉強ばかりなさってるから、今流行りの色とかご存知ないのね?」
あ、やべぇ。
嘘つかれたことを思い出して腹立ってたら、見知らぬご令嬢がいつの間にか増えてた。
相手は子どもとはいえ女だ。それも軒並みに一流の貴族階級で、それなりに教養があるご令嬢ばかり。
私の予想だけど、彼女達はここらで一致団結して王子様の婚約者候補になりそうなライバル令嬢を精神的に追い詰めて、自分が選ばれる確率を少しでも上げようと目論んでるんじゃなかろうか?
貴族の令嬢として生まれた以上、お家の為に政略結婚させられることは免れない。
それは自我が芽生える前からよくよく言い聞かせられるもの。
例え相手が父親以上に歳が離れていようと、例え頭がハゲ散らかっていようと、例え理解しがたい趣味を持っていようと、お家の為あらば、自分の幸せは二の次に、相手方の家に嫁ぐ運命と受け入れる。
それが貴族の娘として生まれた者の価値だ。
だけど、いくら貴族令嬢とはいえ人間だから、叶う事ならイケメンであってほしい訳で。しかも今回のお茶会の相手は一国の王子様。
なんでか知らんが、王子様ならイケメンだろ?って方程式が皆の頭の中で出来上がってるみたい。実際はサフィリアスが影武者として参加してるんだろうけど、まぁゲームの奴はメインヒーロー扱いで飛び抜けたイケメンだったし、あながち間違っちゃぁいない。
正しくは側近に見せかけた本物のグリード様に見初められさえすれば、玉の輿どころの話じゃない。
そりゃライバルは一人でも減らしたいわな。
でもなぁ……その考えは理解するけど、納得はしないよ、こっちは。
一応精神年齢は彼女達より遥かに上だから、小娘共が寄って集ってピーチクパーチク言ってくるのは聞き流す事が出来るけど、私自身罵倒されて喜ぶマゾじゃないし。
あと、さっきまでの私はゲームの中のアンナがくそダっサい格好してたのは厳しすぎる躾のせいだと思ってたけど、訂正するわ。
十中八九、目の前の彼女達のせいだろ?
そりゃ8歳そこらの女の子が、こんな風に囲まれて理不尽に詰られたら人間不信にもなるし、目立ちたくもなくなるわ。
だけど残念なことに、アンナの中身は前世でそこそこ人生経験積んでるアラサーのおばちゃんなんだよねぇ。
彼女達の『一人でも多くのライバル蹴落として王子様に見初められなくちゃ♡』っていう期待には到底応えられないなぁ。
ともあれ、この状況から抜け出すにはどうしたものか。
下手に喧嘩を買って後々面倒な事になるのはいやだし、かといって大人しく屋敷に戻るのもなんだか負けた感じがして癪だし、素直に「王子様の婚約者候補に興味も魅力もありませんので、貴女方で勝手にやり合ってください」っつっても信じてもらえるかどうか。
困ったなぁ―――悩みながら顔を俯けた、まさにその時だった。
「そのように多勢で無勢をいびるなど、程度がしれる行為は慎んだ方がよくってよ?」
芯が強そうで凛とした声に、私を含めて周りの貴族令嬢達もハッとした様子で顔を上げた。
声がした方向へ顔を向ければ、そこには腕のいい人形師によって精巧に作られたアンティークドールさながらの美少女が、鮮やかな紺青色のドレスを纏って立っていた。
「ひっ……!」
私を囲んでいた少女達から、まるで恐ろしい物を見てしまったかのような小さな叫びが上がった。
無理もない、それだけ目の前にいる少女は本当に美しかったのだから。
シャンデリアよりも煌めく金髪、瑠璃の宝珠を埋め込んだかのような双眸。
白雪のような肌、薔薇色の頬。
長い睫毛、整った鼻梁。
小さい唇は水蜜桃のように淡く瑞々しく。
細い首に細い肩。
全体的に華奢ながら、他の追随を物ともしない圧倒的美しさと存在感。
その現実離れした美貌は、絵画に描かれた彼女に恋した誰かが呪いで喚び出してきたか、はたまた性質の悪い魔法使いに息を吹き込まれた人形と言われた方が、まだ納得出来る。
それだけ、彼女は美しすぎた。
あれ?でもここって乙女ゲームの世界だったよね?
攻略対象キャラ以外で、こんな綺麗な女性キャラいたっけ?
各攻略対象ルートで出現するライバル令嬢でも、これだけの美人はいなかった。
ヒロインはラズベリー色の髪にピンクの瞳だったし、ゲームの通りなら子爵令嬢のはずだから、今日のお茶会には呼ばれていないだろうし。
むしろこれだけ綺麗なら、彼女がヒロインでも文句ないよ。逆に文句言う奴がいたら、そいつの僻んだ顔を拝んでみたいわ。
ほんと、誰なんだろ……?
ぼんやりとゲームの設定とか世界観を思い出していると、私に突っかかってきていた令嬢の一人が慌てながらその場で膝を折った。
「ご、ご機嫌麗しゅう!ヴィ、ヴィッテンバッハ公爵家の、ロザリア様……!」
令嬢が発した名前に、私は目を見開きながら内心で『はぁぁぁぁ!?』と叫ばずにはいられなかった。
声にして出さなかったのは賢明だったと思う。
「まぁ、わたくしのことを知っていてくださっていたなんて、とても光栄ですわ」
そう言って手にした扇子を広げる様も、指の先から洗礼された動きで目を奪われる。
ほんとに8歳かよ?
いやいやいやいや、ちょっと待て。落ち着け。
そんなことより、もし彼女が本当にヴィッテンバッハ公爵家のロザリア嬢なら―――!
「殿下の御前に参る前に、まずは自己紹介しておきましょうか。わたくしはロザリア=キェリー=ヴィッテンバッハ」
サフィリアスルートの……!
「以後、お見知り置きをお願い致しますわ」
陰険で陰湿で性格最低にして最悪の、ラスボス級のデブスなライバル令嬢やんけーーーーーー!!!!
(そして目の前の美しい少女は、お手本のような美しい淑女の礼をした)