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聖剣士様は今日も我儘。  作者: 家ネコ
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出陣祭


石造りの立派なコロシアムの真ん中に祭壇は築かれていた。


観客は満員御礼。

騒めきと熱狂がハウリングしている。


ステージのような祭壇を見上げ、ミサキは法王に訊いた。


「アタシは、どうするの?」


「聖剣士様は、ワシの斜め後ろで跪き神に祈ってくだされ。この時は何もおっしゃらなくて結構。ワシが『竜退治の成功と国家安泰を祈願奉ります!』と神に申し上げたら、立ち上がって前に出て、聖火に聖杯に入った聖水を振りかけてくださればいいのじゃ」


法王が袖を翻して、祭壇の燃える聖火と金で彩られた聖杯を指し示した。


「聖火に聖水?」

不安気に口にするミサキに法王は笑いかけた。


「心配には及びませんですじゃ。介添えの侍女がお世話いたしますのじゃ」


「でも、次の人が来るのでしょう? アタシがしてもいいの?」


「して頂いて構いませんのじゃ。聖剣士様が現れたのに、まだ、召喚の儀式が続いている事に民が動揺しておりますのじゃ」


「やっぱり、ダメなんじゃない? 聖剣士確定の儀式みたいに聞こえる」


「いやいや、ただ、竜退治の成功と国の安泰を神にお願いする儀式ですじゃ。願いが聞き届けられれば、聖水が燃え上がりますのじゃ」


「はいィ? 水は普通、燃えないわよ」


「それは、聖剣士様と神殿の奇跡ですからのぅ……」

法王はニヤリと微笑んだ。


悪代官のように笑う法王を見て、胡散臭すぎる、この儀式は絶対にハッタリだとミサキは思った。

悪事の片棒を担ぐのは気が進まない。

祭壇に置かれている聖杯に目をやる。

チューリップの様に聖水を入れる部分が丸く、優美な長い脚がついている。

下の方を持って、聖水を聖火にゆっくりと注ぐのだろう。

理にかなった形だ。

ずいぶん昔から仕組まれてきた芝居なのだろう。


ミサキが踵を返すと、コンスタンスが立ちはだかった。

「民の安寧を図るのは、聖剣士様の勤めでございます。なさっていただかなくては」


安寧?

ミサキが頬をひきつらせた。

コンスタンスに近付き、人に聞こえないように耳打ちする。

「コンスタンス! アンタまで。人を騙すのなんて気が進まない」


「騙すなどと、人聞きの悪い。おみくじの吉凶に神社が責任を持たねばなりませんか? 戦勝祈願に良い結果が出て、民が安心することに何の問題がありますか?」

コンスタンスは、確固たる信念のもとに小声で反論する。


真実とか嘘とか善悪とかを完全に超越している……。為政者の論理だ……。

とにかく、民衆をおとなしくさせておく手段。

庶民をしているミサキには、理解はしても納得し難い状況だった。


「お勤めです!」

グズグズしているミサキをコンスタンスが追い立てる。

観客から笑いが漏れた。


いつもなら、けた外れに美しい少女が、麗しい甲冑姿でうやうやしく神の前に額づくのだ。

そして、神は少女の願いを聞き届け、神々しく燃え上がる聖火。

風に吹かれる絹のような黒髪、抜けるような白い肌、頬を紅潮させる聖剣士。

散華、香気、絵巻物のような出陣祭が繰り広げられる……ハズだった。


今回は、ごく普通の女子高生が着慣れないアイドル仕様の甲冑姿で、嫌々、女官に背中を押されて登壇したのだ。

民衆の間からクスクス笑いと指さす気配がする。

不慣れな初々しさが観客に受けたらしい。


「がんばれー! 聖剣士!」

やんやと軽い声援が飛ぶ。


茶化すような声援がミサキの癇に障った。

観客たちを見回した。

イベントに来ただけで、信心深そうに祈る姿など見当たらない。

元々、今まで、被害の少なかった人々が大半だ。城壁の外の人々の様な切実さはなかった。

ただ、荘厳なイベントを観賞しに来ただけだった。

その様子が、ミサキの気分を変えさせた。

やってやろうじゃないの。聖剣士のお勤めとやらを!

ミサキは背筋を伸ばした。


麗しさなどで競っては、先代たちに敵う訳などない。

剣士らしく凛々しく堂々としなくてはならない。

片膝をつき、肘を張り、祈りの姿勢に入る。

少女らしさではなく、目指すはあくまで騎士。

マントが風をはらんで、少しでも大きく見えるように工夫する。


法王が両手を天空に向かって差し挙げる。

聖歌が奏でられる。

神への祈りが始まった。


コロシアムの入口が騒めいた。

土煙を上げて馬が近づいてくる。

馬は止まる様子もなく、祭壇に荒々しく駆け上がった。


騎乗しているのは、あの赤目の少年王だ。


「お前ら! 何をしている!」


ラモスは赤い目が血走って、銀に輝く髪が逆立っている。大変に御立腹の様子だ。


「何って、言われても……」

聖剣士の服装である。

聖剣士なんて引き受けないと見栄を切った手前、ミサキはしどろもどろと、馬上のラモスを見上げた。


ラモスは、全くミサキを見ずに馬から飛び降りると、法王に歩み寄る。


法王が慌てた様子で、祭壇に走り寄り、聖杯を庇うように立った。


「ジジィ。良い根性だ。まだ、儀式を続けると?」


「王よ。いまだ、次の聖剣士は、召喚できておりません。竜の目覚めは近こうございます。神に国家安泰の神託を頂きとうございます」


「させるかぁ! それは、俺の聖剣士の仕事だ!」


困惑してミサキは、コンスタンスに耳打ちする。


「何が、どうなっているの?」


「今まで、この御神託は、その結果を違えたことはございません」

わかり切ったことと、コンスタンスはきっぱりと言う。


「えっと、炎が燃え上がれば、願いが聞き届けられるって事ね?」


「そうでございます」


「国家安泰なんて、誰がやってもいいんじゃない?」


「竜退治の件もございますから、聖剣士様でないと……」


あぁ。コイツらぁ。自分は次の人が来るまでの代わりを務めるだけ、次の人が正式。騙されるところだったと、ミサキは顔を曇らせたが、王と法王は、つかみ合いの喧嘩に突入していた。


「放せ! このジジィ」


王が聖杯の上の方を掴み、法王が下の方を掴んでいた。


「放しませぬ! 王。あなたには、魔力がどういうものか分かっておられぬ。異世界からホイホイと人を呼び寄せられるものではございませんのじゃ。あの娘で我慢しなされ」


「放せ! 自分の無能を俺のせいにするな! さっさと、次を呼べ!」


荒々しくラモスが聖杯を引っ張った。法王が聖杯の根元食らいつくように握る。


鈍い音がして、聖杯の台座が転がり、スローモーションの様にチュウリップ部分が宙に跳ね上がった。



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