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聖剣士様は今日も我儘。  作者: 家ネコ
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記録文書

神苑と呼ばれる神殿の庭に面したテラスで、竜の記録文書が山と積まれたテーブルの前で、ミサキは、ネコ脚の優美な椅子に、頬杖をつき不本意そうに足を組んで座っていた。

アイドルさながらの甲冑姿だ。フワフワのスカートが微風になびいている。


「下着が見えますよ」

すぐそばに、爽やかな笑みでバルバロスが立っている。


「あの石頭女。何を言っても通じないったら、ありゃしない」


「そうですか? コンスタンス殿はしっかりとした女官ですよ」

バルバロスは、クスクスと笑いをかみ殺す。


「アンタがここにいる時点で、疑わしいわよ。アタシは竜に詳しい人を頼んだのよ」


「私は、この城壁の中では竜に立ち向かうことになるかもしれない数少ない人間なんですが?」


竜に対して、思索を巡らさないこと自体で失格だとミサキは思っている。

「じゃあ、聞くけど、竜の弱点は何?」


「弱点ですか?」

暫し考えて注意深くいう。

「倒すのはあなたで、私ではないのでわかりかねます」


ミサキは顔をしかめ、ため息を吐いた。

「じゃあ、記録文書の竜が倒される所でも、推定される原因でもいいわ。読んでみて」


テーブルの上に山と積まれた文書の中から、一冊をバルバロスは持ち上げた。

手慣れた感じなので、読んだことはあるらしいとミサキは思った。


「前回のでよろしいですか?」


二十年前の竜退治の事を言っているらしい。

問題なしと、軽く頷く。

「いいわよ」


スゥッと、息を吸い込む。そして、おもむろにテノールで歌いだした。


「我らが麗し聖剣士。

降り立つ邪悪な竜めがけ、正義の刃を振り下ろす。

力強きその御業、悪しき巨体を吹き飛ばし。

光の粒になさめしむ」

歌い終わると、分かりましたか? と言うように、バルバロスは微笑んだ。


「はいィ?」

ミサキは目眩がした。


「前々回の物を、お願い」


バルバロスは心安く頷き、次の本を手にする。


「しなやかな黒き髪をなびかせて、風の中に立ちたれば、

さすがの竜も、観念し、視線の中で消え去りぬ」

前回とは違う旋律の歌声が朗々と響く。

歌い終わって、バルバロスは、また、にっこり微笑んだ。


前回のは、まだ、剣を振り下ろしている。前々回は、視線だけでどうしたって?まさか、吹き飛ばした? 聖剣士は、目から破壊光線でも出るのか? もう、意味不明。


ご詠歌や讃美歌で、神の御業について書かれているのと変わりない。


別の観点から考えようと次の指示を出す。

「聖剣士の服装は、どう書かれているの?」


バルバロスはパラパラと文書をめくる。

事務的に読み始めた。


「兜、白色、戦女神の守護印の描かれた物。鎧、白色、全能の神の守護印の描かれた物。スカート、白色、八百万の神の守護印の描かれた物。但し、薄絹に限る」


わけのわからない注釈が延々と続いて、静かにバルバロスは読み終わった。


結局、ミサキには、何が何だかサッパリ。

ミサキは、宗教の本なのか、何かのハウツー本なのかわからない記録文書を眺めた。


「ねぇ。他にないの? こう、なんか、もっとわかりやすいヤツ」


バルバロスは、苦笑する。

「正式文書は、これだけです。あとはもう誰かの個人的な記録にでも頼らないと」


「新聞とかないの?」


「新聞?」

初めて聞くらしい顔をされて、ミサキは説明する気が失せた。


「アンタ。二十年前、一応、生きていたわよね? 竜がどう倒されたか、聞いている?」


「私は、まだ、幼かったので見たわけではありませんが、聖剣士は、竜の踵に切りつけた。それが致命傷になって、消えたと聞いています」


「消えた? 消えるって比喩じゃないの? 竜って死ぬと消えるの?」


バルバロスは、黙って頷いた。


ミサキは、考え込んだ。

物理的作用は受けているようだが、死んだら消えてしまう事から考えて、自分達と同じ生物とは考えづらい。


とにかく、直接見た人にいろいろ聞いて回るしかないと思った。


「バルバロス。出かけるわ。後はヨロシク」


「よろしくとは?」


バルバロスは、怪訝そうに訊き返した。


ミサキは、振り返り、

「竜が出たら、知らせてくれるんでしょう? だから、手配をお願い。居場所は不明。帰ってくる時間も分からない。ヨロシク」

言い終わらないうちに歩き出していた。


庭の壁伝いに行けば、どこか、出口に出るでしょう的な当て推量で行動を始めた。


共謀しようにも、バルバロスもコンスタンスも頭が、固すぎる。今はまだ、話を聞いて回るだけなのだ。説明するのも説得するのも面倒なだけ、多少の困難と引き換えに置いて行くことに決めたのだ。


神殿の奥に向かう扉が勢いよく開いた。


「なりませぬ! 聖剣士様!」


コンスタンスが屈強な(?)女官を連れて走り出てきた。


控えていたのだ。ちゃんと、聖剣士の傍に……。


「アタシ。鎧を着ているわよ。お支度の必要ないから」


コンスタンスは、猛烈な勢いで歩み寄る。


「そうではございません! 聖剣士様とあろうお方が、それなりの勤めがあるとお思いになりませんか?」


「???」


ミサキが思考を巡らせる。ポンと手を叩いた。


「そうよねぇ。竜退治が聖剣士の専任事項っていっても、聖剣士って普通の女子だもんね。無駄かもしれないけど、気は心よね。で? 武器は何? 服装から言えば、剣? 槍? それとも弓? ピストルなんかあると助かるけど。とにかく、練習よ、練習」


武術の稽古と勘違いしたヤル気満々のミサキに、呆れたようにコンスタンスが使えないヤツと首を振る。


「竜退治は聖剣士様だけが行える偉業でございます。それはもう、空気を吸うように行えるはず。何の心配もございません」


コンスタンスの言葉を聞いて、今度はミサキがヤレヤレと首を振る。


「じゃあ、聖剣士の仕事って何?」


「神に竜退治の成功とこの国の安泰を祈るのですじゃ」


聞き覚えのある老人の声がした。


ミサキは振り返ると、ミサキが召喚された時と同じように正装した法王が立っていた。


「今から、出陣祭を執り行いますぞ」


城壁を破壊するような竜を相手に、神頼みですか? 納得でき過ぎて笑えないと、ミサキは思った。





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