お召し替え
数人の若い女官達が、銀の洗面器やら水差しやらタオルを捧げ持ってくる。
ミサキは一人で面を喰らっていた。
「あのう。洗面所っていう所は無いの?」
庶民育ちのミサキには、顔を洗うぐらいのことは、自分でするべきことだ。
ハッキリ、この待遇は居心地が悪い。
「ございません」
コンスタンスは素っ気無く答えた。
そして、お支度の列は続く。
衣装箱からのぞいているのは白銀に輝く鎧。
ミサキは、げっそりと、
「まさか、起きている間、ずっと鎧を着せておくつもり?」と、訊いた。
「竜は何時やって来るかわからないのでございますよ?」
驚いたように答えた。
驚いているところからすると、悪意はない。
「アタシが寝ている時は、どうするつもり?」
「記録にあるとおりに、私共、女官が聖剣士様のお休みの部屋の前で御用意して控えております」
少し得意気に言う。
「記録文書があるのね?」
「ございます」
前例通りにやっているのか……。この融通の利かなさ。
一生懸命が過ぎて、思考が停止しているみたいだ。
しかし、ミサキは普通の高校生だ。二十四時間戦えるわけではない。
「アタシ……。聖剣士に向いていないわぁ……」
独り言ちて、立ち上がり、鎧の重さを確かめるために持ち上げた。
そして、ギョッとした。
軽い。四六時中、着ているのだから助かると言えば、そうなのだが、これでは防御の役に立たない。
その上、鎧は胴ばかりで、すぐ下には薄物のふんわりとしたスカートがついている。
アイドルの舞台衣装の様に可愛らしく華麗だ。
ミサキは、あの赤目で銀髪の陰険大魔王の顔を思い出した。
この嫌がらせは、絶対にアイツの差し金に違いない。
竜に引き裂かれる少女を高みの見物を決め込むなんて、悪趣味もいいところである。
ミサキは舌打ちしながら、コンスタンスに命じる。
「その……。竜退治の記録とやらを持って来て、それと、竜に詳しい人も連れてきて! それから、元の服をお願い」
「かしこまりました。しかし、お支度が済んでから」
コンスタンスは慇懃に言う。
ミサキはしげしげとコンスタンスの顔を見る。
あのアイドルさながらの鎧を着せてから、セーラー服をどう使うのか?
話を理解してもらうには、否、あの鎧を着ないことを納得させるには……、頭脳フル回転させる。ミサキは黙り込んだ。
「失礼いたします」
コンスタンスの言葉が合図の様に若い女官たちが、作業に取り掛かる。
「ちょっちょっちょっと、待った」
ミサキが慌てる。
「幼子でもあるまいし、聖剣士様ともあろうお方が、駄々をこねるものではありません」
「ギャァ~ッ」
普通、神殿に似つかわしくない悲鳴が響きわたった。