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聖剣士様は今日も我儘。  作者: 家ネコ
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竜ってどんなの?

朝の光が鈍く顔を照らす。


ミサキは二日酔いで痛むこめかみを押さえた。


辺りを見回すと、石造りの部屋に天蓋付きのベッドだ。神殿に戻って来ていた。


何故と思う一方、聖剣士を引き受けたのだから当然と思いなおした。


「み、水……」


呻くように誰に言うでもなく頼んだ。


天蓋から垂れた薄絹の向こう側に水の入ったグラスが差し出された。


「あ、ありがとう」


ミサキは礼を言い、ノロノロと起き上がった。


薄絹の向こう側。


若い女官が恭しくグラスをのせた盆を捧げ持っている。


グラスを差し出した女官の隣に立っている年かさの女官が咳払いした。


女官は銀色の髪を高く結い上げていて、よく手入れされた品の良い婦人だった。赤い目をしているが、ほんの少し瞳の奥に暗い色を持っている。

名前をコンスタンスといった。


「コホン。聖剣士様ともあろうお方がなんです。この様にいぎたなく酔っぱらうなど……」


「はぁ」


記憶をなくしている程だ。確かにやり過ぎたと思ったミサキは力なく頷いた。


「歴代の聖剣士様は、それは皆様ご立派で、竜の現れるその日まで、ご準備、怠りなく…………」


コンスタンスの説教が延々と続く。


ミサキは我慢が出来ずにグラスを持ち上げ水を飲み干した。


「聞いていらっしゃいますか?」


コンスタンスの機嫌を損ねたらしい。


「聞いてる」


ミサキは頷いて見せる。


「真面目に考えていらっしゃいますか?」


コンスタンスの声音は怒気をはらんでいる。


「竜の事?」


ミサキは半ば呆れて訊き返した。

真面目に考えるから、この結果なのだ。

城壁を破壊するような敵を相手に、ほとんど一人で戦え状態なのだ。

素面と酔っ払いに大差があるとは思えない。


コンスタンスは躊躇なく答えた。

「当然でございます」


「あのさ。アンタ達、アタシに竜の事をどれくらい教えたつもりなの? 知らないものに真剣も真面目もないでしょう?」


虚を突かれたように女官はミサキの顔を見た。


「竜の事をご存じない?」

意外な事を聞くような様子だった。


「当たり前でしょ。アタシの世界には、そんなモノいないんだから」


「左様でございますか。聖剣士様としては異例かも知れませんわね。これは失礼いたしました」


コンスタンスは気を持ち直したらしい、手を叩いて部下の女官に言いつける。


「さあさあ、聖剣士様のお目覚めです。お支度の準備を!」

若い女官は、空いたグラスを持って、部屋を出て行き、ざわざわと人の気配が遠くでする。聖剣士様のお支度の用意をしているらしい。


二人きりになった部屋でコンスタンスにミサキは訊いた。


「竜ってどんなヤツ?」


「凶悪で邪悪で凶暴で、野蛮で猛獣で黒くて大きくて、信じられない化け物です」


輪郭さえはっきりしない。抽象的な語句が並ぶばかりだ。

「どんな格好?」


「ごつごつとした大きな鱗があって……」


「鱗があるのね?」


コンスタンスは、大仰に頷く。

「左様でございます。ねじ曲がった大きな角がございまして、目玉はギョロッと大きく、怖ろしい鼻息だと聞いております」


「……。聞いている? ……。アンタは竜を見たことある?」


「ございません」


「二十年前に出たのでしょう?」


「左様でございます」


「じゃあ」


コンスタンスは、息を吐いた。懐かしむような……、後悔と消えない傷を抱えたような不思議な切ない微笑みを浮かべた。


「私が神殿にお仕えいたしましたのは、先代の聖剣士様のお世話係としての事でございました」


虚空を振り仰ぎ遠い思い出を手繰っていた。


「あの方は、貴女様より年若く儚げでいらっしゃいました」


召喚されるのは花凛のハズだったのだ。ミサキより年下なのは仕方ないが、儚げという基準で比べるのはやめて欲しい。花凛もミサキは世の中に激しくのさばっているタイプだ。


「で?」

ミサキは、話を促した。


「清楚で黒い長い髪をしていらっしゃいました。異世界からいらしたばかりだったと言うのに……、右も左も分からないのは同じだと仰って、出仕したばかりの私を気遣ってくださいました。お優しい方でございました」


そして、哀しげな吐息を 再び、吐いた。


「お独りの時、帰りたいと肩を震わせてお泣きでございました。二週間もしないうちに竜が現れたのでございます。泣きながら引かれていくあの方のお顔を今も忘れません。ついて行くなど考えもおよびませんでした。あの方が竜を倒して異世界にお帰りになったと、大ケガをなさったと……後で聞きました」


「大ケガのまま帰したの?」


コンスタンスはシオシオと力なく頷いた。

「私も看病させて頂きたかった。でも、聖剣士様の強いご希望だったそうにございます」


「強い希望ね。……。で? 彼女にどんなアドバイスをしたの?」


コンスタンスは不思議そうな顔をした。

「アドバイス?」


「だって、アタシ達は異世界に住んでいるのよ。竜の事を知っているわけないじゃない。戦うなら……、戦わせるなら、それなりの助言ていうモノがあるでしょう」


コンスタンスは愚かなとでも言いたげな、今度の聖剣士はハズレだと言いたげな落胆の色を見せた。

「竜退治は、聖剣士様にしか出来ない偉業でございます。意見をするなど滅相もございません」


今までの聖剣士は竜の事を知っていたという事か?

なら、花凛も竜の事を知っていなければならない。そしたら、この世界の事にも予備知識がある? 花凛にそんな素振りはなかった。


ミサキは首を傾げるばかりだ。


「……。アタシに特殊能力なんて無いわよ」


「ございます」

コンスタンスの石頭は揺るぎもしない。疑念と言うもの持ち合わせていないようだ。


「どのあたりが?」


「異世界からいらっしゃいました」


「異世界。異世界。自分達の世界のことでしょう? 自分達でやっつけてみようと思わないの?」


「私達で倒せた前例がございません」


ミサキは、言葉を飲み込んだ。

バルバロスと言い、コンスタンスと言い、竜を科学的に分析しようともしない。

城壁で人々を護れているなら、竜に物理的な攻撃は威力があるはずなのだ。わざわざ異世界の少女を連れてこなくても、この世界の人々で何とかなるはずなのに……。


理解しがたい異世界だ。

それとも、気付かないだけで自分はスッゴイ能力に目覚めたとか? 


ミサキは自分の掌を見つめてみたが、何ら変わったことはありそうにもなかった。



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