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聖剣士様は今日も我儘。  作者: 家ネコ
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引き受けました

「えっ? もう、端っこ? 王都にしたら小さくない?」


「そうかな? 市民の邸宅だけだからな」


「市民の邸宅だけって、ちょっ、ちょっ、ちょっと、下町って、どこ?」


驚いて、ミサキが素っ頓狂な声を上げる。


「城壁の外に決まっている」


バルバロスは、決まっているだろうと平然としていう。


「竜の被害は城壁の外に集中しているのよね? もちろん、城壁の外にも違う城壁がある……とか?」


「何を言っている。城壁はコレだけだ。竜は城壁の外に出現して、下町の何分の一かを破壊して、聖剣士に倒される。それが通例だ」


「聖剣士だけが立ち向かっているの?」


ミサキは驚愕で顔をひきつらせた。


「そうだ」


「聖剣士を守る人もいなければ、平民を護る城壁もなし……。アンタ等、鬼畜じゃない」


「だから、被害者の名前など聞かないと言っているだろう」


気分悪そうにバルバロスは言う。


「下町の人は逃げ惑うだけ……」


「そうだ。二十年前は、なかなか倒せず、下町は半分以上が破壊され、城壁も一部壊れた。父は、城壁をまもろうとして竜に立ち向かって戦死した」


ミサキは貴族達への憤怒が強すぎて、黙りこくって輿の中に体を沈めた。


大門の衛士達は、髪の毛が金髪だったり、銀髪だったり、ブルーの瞳に赤色グラデーションのかかっている者が多い。


ドレープの付いた服に鎧兜をつけている。


バルバロスを見て、敬礼をし、黙って前を通らせた。


門を出ると、道路はもはや石畳ではない。


踏み固められた土の道が続いている。


家は泥レンガを積み上げた背の低い粗末な家が、建っている。


空気の温度も湿度も変わっていないはずなのに、春の楽園の雰囲気は消し飛んでいた。


それでも、町には活気はあって、人々の騒めきがあって、荷車が行き交っている。


人々は麻で出来た衣服に粗末な帯をしていても、明るい表情で立ち働いていた。


ミサキを見つけた金髪の小さな男の子が叫ぶ。


「あっ! 聖剣士様だ!」


小さな指先は、まっすぐセーラー服を着たままのミサキを指さしていた。


黒い髪は、この世界では完全に浮いていた。


男の子は、ニコニコとしながら、駆けてくる。


「聖剣士様! オイラ達を助けに来てくれたんだね! 竜なんてバッサッ、バッサッと切り倒しちゃって」


輿のそばまで来て、ピョンピョンと飛び跳ねて元気に叫ぶのだ。


輿は、その歩みを止めた。


市場にいた人々が歓喜の叫びでミサキの輿を迎えた。


「た、助かった~。竜が出る前に聖剣士様が来て下さった」


「おーい。みんな。助かったぞ~! 聖剣士様だ」


聖剣士様が現れた。この吉報を広めるために辺りは蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。


「聖剣士様じゃぁ。聖剣士様じゃぁ。ありがたや~。ありがたや~」

年老いた老婆などは、地面に平伏してミサキを拝んでいる。


ミサキは茫然と固まってしまった。


パニックしていた。


ミサキは自分の事を善人とも悪人とも思っていない。


普通の人間だ。


命がけで他人を助けなければならないと思っていないが、竜を倒せるのは自分だけと言われている事も理解している。


今、竜によって命の危機にさらされている人達。その群衆の歓喜を無視して、断り切れるほど、不人情にもなれない。


でも、命は惜しい。


竜ってメチャクチャ強いハズ……。


ミサキの頭の中は、肯定と拒否が渦巻いていた。


バルバロスは固まってしまったミサキをしばらく眺めていた。


パニックしているミサキの耳にそっと顔を近づけ小声で囁きかける。


「聖剣士。引き受けますか?」


ミサキは横目でバルバロスのウキウキとした顔を見て、その顔を邪険に押し退けた。


「次の人が来るまでね!」


「結構! これで私は竜の前に立たなくて済む!」


はっきりと、晴れ晴れとしたようにバルバロスは輿から、さっきの少年に声をかける。


「おーい。坊主。どの店に上等な酒がある?」


「オイラ、坊主じゃない。ココラットっていう名前がある」


「そうか。ココラット、どの店に聖剣士様に差し上げる酒がある?」


ココラットの顔に笑顔が広がる。


「それなら、オジサン。あの店だよ」

ココラットは、素直に指をさす。


オジサンという言葉にバルバロスが顔をしかめると、周りの民衆がドッと笑う。


どういう手順でそうなったのか、豪華な杯が差し出された。


バルバロスは盃を受け取ると、輿を飛び降りる。


酒屋に入ると、店主に命じた。


「聖剣士様、到着の祝い酒だ! 上等な酒を頼む! 皆にも振る舞え! 聖剣士様の奢りだ!」


ミサキが目を剥く。


「バルバロス! アンタねぇ! アタシの奢りって、アタシはお金なんて持ってないわよ!」


気軽な様子でバルバロスは振り返った。


「大丈夫ですよ。聖剣士様は竜と戦うその日まで、どんな贅沢も思いのままです。国家が保証しますから」


ニコニコと言い返してくる。態度だって、先ほどまでの偉そうなそぶりが消えている。


「国が振る舞う祭りなど、庶民には夢みたいなものです。たまには良いでしょう?」


バルバロスは、ワインの様なものが入ったゴブレットをミサキに差し出した。


「分かったわよ!」


ミサキはやけくそな気分だった。


ここにいる下町の住人は、自分と同じ竜の脅威にさらされている仲間と言えなくもない。


仲間が食事を共にし、笑いさざめいて共感することに何の問題も無い。


ゴブレットを引っ手繰る様に受け取り、一気に飲み干した。


「!! コレ、お酒じゃないの?」


ミサキは学校帰りでお腹はカラッポ。急激に酔いが回って来るのが分かる。


「ええ。それが何か?」


バルバロスは、何事かと言うように問い返す。


「アタシ。これでも未成年!」


「未成年? だから?」


バルバロスは不思議そうな顔をし、盃に酒を継ぎ足した。


ここは、異世界。日本の法律など知る人もいなかった。


ミサキが何かを言い返しかけたが、歓喜を帯びた群衆が輿を担ぎ上げた。


バルバロスは身軽な調子で楽しそうに輿の後からついて来る。


お祭りの御神輿状態で町を練り歩く。


輿の上でミサキは、盃に満たされた酒をあおった。


どうにでもなれ……!


その先の記憶は無い。


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