神殿にて
壮麗な白亜の神殿にミサキは召喚されていた。
床にはミサキが捕まった魔法陣が描かれている。
その中央にミサキはいた。
「この・ド・ブ・ス・では、全然、楽しめないじゃないか!!」
眼が眩んで、動けずに地面に座り込んでいるミサキの斜め上から、この罵声が浴びせかけられた。
花凛の姉でいる限り、この種の悪口は日常茶飯事だ。
ミサキが取り立ててブスな訳ではない。
比較対象物が尋常でないだけだ。
花凛より不細工という事実は否定しようも無いが、真実が、いつも心楽しいわけではなかった。
ミサキは真実を口にする。
「じゃあ、楽しまなかったら、いいじゃない」
ミサキは、いつも通りに言った。
ミサキは頭を振りながら、視力が回復してきたことを確認する。
「何ィ。このドブス。おまえのせいじゃないか!」
ミサキの頭に拳骨が振り下ろされる。
拳骨を鷲掴みにし、相手を組み伏した。
眼前の悪口雑言少年を見て、ミサキは驚いた。
真っ赤な血の色の双眸。
銀の糸の髪。
象牙のような素肌。
少年の冷ややかな表情は、どこかのアニメの吸血鬼さながらだった。
「ア、ア、アンタ……」
「誰か! この女を始末しろ!」
赤い双眸の少年は、ミサキの拘束にジタバタと抗う。
「ラモス王。そうおっしゃられても……。竜を倒していただく為に召喚いたしました聖剣士様なれば、そういう訳にも参りますまい」
傍にいた聖職者らしい白地に金の刺繍の法衣の老人が言った。
その老人も赤眼、銀髪、白い肌だった。
周りも皆、同じ様な容姿だ。
ミサキは、ここが何処かは分からないが、ここの人々は、これが普通だと納得した。
しかし、自分が組み伏せている少年王ラモスは、白い短パンみたいな腰布に宝石が付いているとはいえ透け透けのマントを身に着けているだけだ。
半裸も良い所で、威厳というものは微塵もない十六歳位の少年。
「ええっ!! コイツが王様?」
ミサキは釈然としないながらも少年王を放し、飛び離れた。
ラモスは侍女に助け起こされながら言う。
「エエィ。美女を召喚しなおせばよかろう!」
「召喚の為の魔力が足りませぬ。竜の目覚めは間近。魔力を溜め、次の聖剣士様をお迎えするまでは……。彼女で御辛抱を……」
ミサキはムカリとした。
「我慢なんてしてくれなくてもいいわよ。何するのかは知らないけれど、聖剣士なんて他の人に頼みなさいよ」
法衣の老人は振り返った。
「そうも参りませんのじゃ。聖剣様士は異世界の少女と決まっておりますのじゃ。異世界の少女でなければ、竜は倒せませぬ。我々が貴女の御国の人に聖剣士様をお頼みしているのは、言語が近いという事がございますのじゃ。懇切丁寧に説明させていただきますゆえ、どうか、お引き受けの程をお願い致すしだいじゃ」
強引な召喚の上に、図々しくも頼み事とは、ミサキは呆れた。
ラモスが、ミサキに向かって、皮肉な笑みを浮かべる。
「ふふん。要するにだ。竜を倒せば、お前の世界に帰してやる。帰してほしくば、言う事を聞けってことだ」
ラモスは嘲笑を込めた口調で、言い放ち、高笑いをした。
「竜は強いぞ。五体満足で生き残れるかな? 美女の悲壮も良いが、生意気な女の吠え面も悪くない。せいぜい俺を楽しませろ」
「誰が、竜退治なんてしないわよ!」
「それは、それは、帰れなくなるぞ」
脅すような口調で言いつのる。
「人のこと、甘く見るんじゃないわよ! ここで生きていけないほど、アタシは柔くないわよ」
「フフン。せいぜいやってみるがよい。俺は許可する。この世界で黒い瞳で黒い髪など人外もいいところだ。どんな運命が待っている事やら。ジジィ。次の聖剣士を召喚しておけ!」
癇に障る笑い声を立てながら、ラモスは踵を返した。
「ベ~だ」
ミサキが思いっきりアッカンベーをした。
ラモスは振り返りもしなかった。