感情...の制御が出来ない
「セシル様……お疲れですか?」
「あぁ……少しね……オリーの頼まれ事を済まそうとして」
「少し眠りますか?」
「そうだな。セレナ嬢、こっちへ来てくれないか?」
長椅子に座るセシル様は少し眠そうな表情に見えて声をかけると父から頼まれ事をして少し無理をしたらしい。
休んでもらおうと提案すると長椅子に呼ばれた。
しかもポンポンと座るように促された場所は狭い方の隙間。
座れない事はないけどそんな端に座れとな?
「どうしたんですか?」
「少し借りる」
「え?え、うそ……」
「おやすみ、セレナ嬢」
「お、おやすみなさい?」
座ってから聞いてみるとスッと密着してた身体が離されて足に重みが……。
これって……これって俗に言う膝枕!?
今日は出かけないからと無駄にフワフワしたボリュームたっぷりなドレスだけど……
しんどくないのかな?低くない?え、大丈夫?
軽くパニックな私の顔を見上げるようにしてクスッと笑い私の髪を撫でてから「おやすみ」と話を終わらされてしまった。
なんだこれ、なんだこれー!!!
すぐに規則正しい寝息が聞こえて来るけど……
なんだろう……私、翻弄されてますよね?遊ばれてますか??
幼児誑かしてどうするんですか?
誘拐でもするんですか?
「……綺麗な寝顔」
頭の中では文句ばかりなのに見下ろして仕舞えば霧散してしまう。
この綺麗な人を独り占めしてるってだけで私の独占欲は満たされて、優越感に浸ってしまう。
触り心地のいい髪に軽く優しく撫でてしまえばもう何も考えられない。
ずるい人……。
「セレナ嬢……」
「ん、ん?」
「おはよう。よく眠れたかい?」
「え……あ、ごめんなさい!!」
名前を呼ばれて意識が覚醒すると何故か見下ろされていた。
見下ろしてたはずなのに……気がつくと立場が逆転していた……。
イリュージョンですか!?
慌てて身体を起こすとそのまま後ろから引っ張られた……。
「え?」
「そんなに急いで離れなくてもいいじゃないか」
「で、でも……」
「もう少しこのまま……急に体温が感じられなくなるのは寂しいよ」
軽々と抱えられていつかの温室のように足の上に横抱きにされてしまう。
この人……本当は私の中身が大人に近いって気づいてるんじゃないかって思ってしまう。
じゃなかったらロリコンだよ!?
ほら頭の中で色々考えて文句を言った所で……
目が合ってしまえば何もかもどうでもよくなってしまう。
ずるい……私はこの人に抗えない、勝てないわ……。
諦めてセシル様の胸に縋るように身体を預ける。
この人の何もかもが心地いい……。
私を見つめる瞳も、身体の芯が震えるような優しい声も、頭を撫でる優しくて大きな手も、私を誘い逃げられないようにするような匂いも、包まれてしまえば逃れようなんて考えられなくなる体温も……
まるで私を捕らえて離さないように全てがあるんじゃないかと思う程……。
逃げられない……
「2週間なんてあっという間だな。俺がもう少し休めたらよかったのに」
「仕方ないさ。信頼されてる証だよ」
「いや、あいつは甘えてるだけだ。やれば出来るくせにやらないんだ!」
「任せてもいいと心を許してる証拠だろ?」
夕食の時、父の言葉にハッとしてしまった。
そうだ……2週間……2週間だよ!
明日にはセシル様はいなくなる……。
そんな……いなくなるなんて……
決まってた事だ……なんで忘れてた?
セシル様はずっとここにいるわけではないのに……
この国のどこかにいるわけでもない……他国の方なのに……。
分かってた事なのに……忘れてた……?
違う……考えたくなかったんだ……。
「少し気分が優れないので自室に戻りますわ。申し訳ありません」と先に席を立つことを許してもらい早足で自室に戻った。
ちゃんと笑えてたかな?大丈夫かな……。
私はベットに飛び込み今にも溢れそうだった涙を流した。
1人になる……あの心地いい時間がなくなる?
あの人がいなくなる……
そんなの嫌だ……
「お嬢様……」
「ッ!ご、ごめんなさい……モニカ……今は1人にして……」
「……かしこまりました」
扉が開き人が入ってくる声で誰か分かって1人にして欲しいと頼むと少し間を置いて了承して部屋を出て行ってくれた。
私は止め方がわからない涙を拭うこともせず流し続けた。
どのくらいたっただろう……
泣きすぎると頭が痛くなるって事を久しぶりに思い出した。
セレナになって泣いたのはセシル様の前の1回だけ。
前世でも泣く事に意味はない……周りを困らせるだけだって気づいて泣かなくなった。
「セレナ嬢?」
「……セ、シル様」
「入ってもいいかな?」
「だッだめ!です!」
窓から差し込む月の光に見上げると立派な満月で少し笑ってしまう。
『月みたいだ』セシル様の声がした気がした。
すると扉をノックする音がしてノックをしたであろう人の声にビクッとしてしまう。
セシル様だ……タイミングが良いのか、悪いのか……
入室許可を求める声に私は慌てて扉へ走り、うち開きの扉を押さえる。
「セレナ嬢……大切な話があるんだ……入れてもらえないかな?」
「……わかりました」
「ありがとう……あぁ、泣いてたんだね。1人で泣く必要なんてないのに……」
「……あまり見ないで下さいませ。きっとすごく醜いですわ」
いつになく真剣な声のセシル様に胸がキュウッと痛くなる。
私が本気で拒否出来ない事に気づいてるでしょう?
扉を開けて招きいれるとすぐに扉を閉められて、俯く私の顎を掴み上を向かされる……。
見ないで欲しい……。
確かに前世の自分より美人だと思う。
さすがあの父の子ども!って思うけど……泣きじゃくった後は台無しだとおもうんだよね……。
「なぜ?俺を思って泣いたんだろう?」
「……ずるいですわ。そんな言い方」
「嬉しいのだから仕方ないさ」
「ッ!?」
目線だけは合わせないように逸らすものの捕えられた顎は動かない……俯く事が許されない。
恥ずかしい言葉が降ってきて少しの反抗は許して欲しいと口を開くけどそんな言葉も飲み込んでしまう言葉と同時に目尻に暖かい何かが触れた。
それが唇だって理解するのに時間がかかったのは経験の乏しさのせいだろう……。
なにしてんのこと人!サラッと、とんでもないことを!
顎が解放されたと同時に浮遊感がして慌ててすぐ近くにあった物にしがみつくとそれはセシル様の服で横抱きに抱えられてる事に気づいた。
またもや軽々と……サラッと恥ずかしいことを……
お姫様抱っことか……もう無理……心臓がいたい……。
「セレナ嬢……俺は明日自国へ帰る」
「はい……知ってますよ」
「……セレナ嬢、俺の伴侶になってくれないか?」
「……え?」
私を抱えたままベットに座り話し出したセシル様に頷いてると聞きなれない単語が飛び込んできた。
伴侶って言った?この人……
「俺は……少し特殊な一族で、本能で生涯ただ1人の伴侶を見つけるらしい……正直信じてなかったんだ。長く生きてきてただの一度もそれを感じた事はなかったから……。
でも、セレナ嬢……君に出会ってわかってしまった。君が俺の生涯ただ1人の伴侶だ……」
「……そんな」
「あぁ。信じられないよな……。俺も最初はそう思った。まだ幼い少女だ……だが、本能が求めるんだ……頭より先に心が君に囚われた。見た目と違い大人な君も、子どもらしく寂しさを抱え傷つく君を……初めて恋をした……」
「……私、も……私も……好きです。セシル様……」
ファンタジーな設定みたいな話に頭がついていかないけど……私を見る瞳が今までみたどの瞳より強い光が宿っていた。
あぁ……この人は嘘をついていないんだって思えた。
恋をしたとそう言われてしまえば私の口からはもう慕う気持ちしか出て来ない……。
生涯ただ1人だけを……そんな幸せな事があるだろうか……。
きっとこの人はもし、先に私が死んだとしてもずっと私を思ってくれる気がする……。
だからこそ、先に死ぬなんて出来ないって思ってしまう。
「……セレナ嬢、いや、セレナ。俺の伴侶、妻になってくれるか?生涯ただ1人の妻に」
「なります。なります……」
「ありがとう……セレナが成人したら迎えに来ると約束する。何があっても必ず迎えにくると……」
「はい……約束ですよ」
私を抱きしめるセシル様の首に腕を回して抱きつく。
この国の成人は18歳。
まだ10年もあるけど……この人は必ず迎えに来てくれると確信が持てた。
大好きな人……生涯でたった1人の私の未来の旦那様。
「これは約束の証に……」
「いっ……」
「これは俺にしか外せない。俺の魔力の結晶だ……時間をかけてセレナの魔力と俺の魔力を馴染ませてくれる。10年もあったらほぼ同じ物になると思う。愛してる、セレナ」
「はい……大好きです、セシル様」
瞼に、頬に、口付けられて急に睡魔に襲われる。
抗えずにウトウトしだす私に額に口付けた後、耳元で「おやすみ」と囁かれた……。
最後の足掻きすら出来ずに私は睡魔に飲み込まれた。
大好きです……セシル様。
「お嬢様……大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、モニカ。心配かけてごめんなさいね?」
「いえ、それ以外なにも出来ませんから……」
「そんな事ないわ。すごく助けられてるんだから……ありがとう」
翌日、妙にスッキリした目覚めだった。
夢かと思ったけど左耳にあるピアスにホッとした。
少し魔力を流すと自分のとは違う魔力が私の中に流し込まれてるのがわかる。
混ざって一つになって私の魔力が変質していく……なんかちょっと恥ずかしいような気がする……。
首には真珠のネックレス……
1番お気に入りのシンプルなドレスを選びいつもはそのままにしてもらってる髪を編み込んでもらってハーフアップにした。
一番可愛く思ってもらえるように……
少しでも可愛いと覚えてもらえるように……。
「……セレナ」
「はい、セシル様」
「今日は一段と美しいね」
「……ありがとうございます」
恥ずかしげもなく褒め言葉をくれるセシル様にやっぱりこっちが照れてしまう。
でも、それが嬉しいんだから仕方ない。
父様がなんか言ってるけど、今は聞こえない。
セシル様の燃えるような紅い瞳に見つめられるともうたまらなかなる。
「必ず迎えにくる。私の可愛いセレナ」
「えぇ。待ってますわ。あなたの隣に並んでも恥ずかしくないように……努力しますわ」
「そのままでも充分だ。無理だけはしないように」
「……はい。待ってます」
そう約束して頭を撫でられると……
泣かずに見送ると決めたはずなのに視界が歪んでしまう。
あぁ……行かないで……やっぱり離れたくないよ。
でも、それは口に出来ない。
だって迎えにくると約束してくれたもの。
10年待つだけだもの……
きっとすぐよ。
そう言い聞かすように何度も繰り返すのに……
涙はどんどんと溜まっていく……。
「セレナ……愛してる。必ず迎えに来るから……」
「はい!セシル様……必ず……」
父が先に外へ出た瞬間ぎゅっと抱きしめられ耳元で愛を囁かれ、約束をする。
私はまだ回りきらない手で背中の服をぎゅっと握り何度も頷いた。
離れたくないの、離さないで……
どこにも行かないで……
そんな言葉は涙に変えて……
耳にキスをされてぎゅっともう一度抱きしめられ私はセシル様の首元に擦り寄り離れていく体温に涙はもう止まらなかった。
必ず迎えにきて下さい……。
待ってるから……貴方だけを思って待ってるから……。
耳たぶより少し上につけられたピアスに触れながら……
ただただ泣き続けた……。




