欲しい...言葉
「温室見せてくれるかい?」
「はい。どうぞ?」
「ありがとう」
温室へ行こうとしてると待ち伏せしてましたか?と聞きたくなる場所にいるセシル様に温室への立ち入り許可を求められた。
屋敷には結界がしてあるから悪意ある者は弾かれるけど、一応珍しい植物も育ててるから一応鍵してあるからね。
好きには入れないぜ!
「よく育ててるな」
「はい。魔力で満たしてそれぞれに合わせて……」
「ほぅ。すごいな……土地に関係なく育てられるな」
「でもまだまだなんです。空気や温度、水は魔力でどうにかなるんですけど……土はなかなか……」
育つ環境、育った環境、適した季節ごとにわけて育ててはいる……。
それぞれ結界をはって……でも、やっぱり土が合わない物は上手く育たない。
薬草は魔力を注ぐと効能もあがる。
でも、やっぱり特殊な環境で育ったりする薬草はここでは無理なんじゃないかなと最近思い始めてる。
生き残るために進化した種は、対応能力が高いものもあったらそうでないのも存在して……
軽くスランプ状態だ……
改善するなら魔道具かな?と兄に言われて悩んでる最中だったりもする。
「セシル様はこの国の方ではないんですよね?」
「……あぁ。今まで好き勝手してたんだが、年貢の納め時が来てね。この旅が最後になるんだ」
「……そうですか。好きに生きたいですよね、せっかく健康で生きてるのに……」
「……そうだな」
世間話ついでになんとなく口にした質問に少し考え深い答えが返ってきた。
前世では私は家と病院、本当に時々学校って言う生活だった。
記憶の最後の方は家に帰れるのも希だったし、運動も禁じられていた。
ちょっと走るだけで身体が動かなくなるんだもん……
でも、今はどうだろう?
身体が健康で、好きな事をさせてもらえる幸せな環境なのは理解してるし……感謝もしてる。
でも、貴族と言う枠組みがこれから先どう私を縛るのかが不安で仕方ない。
貴族ならば政略結婚もやむなしってのが普通なら……
その先で私は少しでも幸せに生きられるのだろか?
苦しくないのだろうか?
今の自由を桜花してその先の長い人生は不自由に耐えるしかないんだろうか?
元々、私はここにいていいのか?そんな考えが頭をよぎらなかったわけじゃない。
私が意識を持ったのは4歳だ。
4歳なんて人格や性格があってないような物かもしれない。
使用人達の態度、私の中にある4年の記憶からしても正直あまりよろしくない子だったけど。
その子はどこにいったのだろう……私は何なのだろう……。
「セレナ……大丈夫だ。落ち着け」
「へ?」
「何に悩んでるかわからないが大丈夫だ。ここにいていいんだ」
「な、なんで……そん、な……」
思考の海に溺れそうになってると、ふっと右手が温かくなって現実世界に引き戻される。
心の中を読まれたのかと思うくらいの慰めの言葉に私は涙を我慢する事が出来なかった。
そんなに表情に出ていただろうか……
会って1日も経ってないこの人が私の一番深い部分にある棘を抜こうとしてくれてる……。
一度溢れた涙は止める事が出来なくてギュッと抱きしめてくれたセシル様の胸にすがり付いて泣き声をあげて泣いてしまった。
『ここにいていい』たったそれだけなのに……
私はそう言ってもらいたかったんだ……。
寂しかった……怖かった。
元々病室しか知らないような人生を過ごし終えた……。
気がついたら見た事のない世界だった。
記憶の中にある前世との共通点を見つけては少し安心したりしてた……。
植物、食べ物……でもどこか此処は私の居場所じゃないんじゃないか?その疑問は消える事はなかった。
あぁ……私はここにいていいのか……。
この人はそれを認めてくれるのか……。
それだけで凄く安心してしまった。
「起きたか?泣き虫姫」
「……にゃ!?ご、ご、ごめんなさい!!!」
「いや、いい」
「……あのおろしてもらっても、あの?」
「もう少しここにいろ」
いつの間にか寝てたのか目を開けるとセシル様の顔が……。
自分の状況を理解するのに少しかかったが、どうもセシル様の足の上に横抱きにされてるらしい……。
一瞬で顔に熱が集まってきて謝るがおろしてくれない。
なぜだ……。
優しい瞳で見つめられると文句が出ないんだから仕方ない。
だって言葉というかなんというかすべてが消されるみたいに声にならないんだもん。
髪を指で少し遊ぶようにクルクルされたりしたらそこに感覚があるかのようにドキドキ脈打ってるような熱をもってるような不思議な感じがする。
「セレナの髪は月の色だな、瞳も」
「……そうですか?」
「あぁ。」
「……セシル様の瞳は揺らめいて見えます。瞳に炎を閉じ込めたみたい。不思議な感じですね……でも凄く綺麗です」
「そうか?子供の頃は血の色と馬鹿にされたこともあるぞ」
髪を持ってた手が頬に添えられて瞳をのぞき込まれると恥ずかしさが押し寄せるけど、セシル様の瞳を見ると不思議と恥ずかしさ薄れて逆に吸い込まれるんじゃないかと思うくらい不思議な綺麗な瞳に魅了されてしまう。
髪だって私からしたら黒髪の方が親しみやすく、好ましい。
だってみんな緑とかピンクとか……染めないといけないような色なんだもの。
私の髪ですらそうだ……一瞬白髪なのかと思ったくらいだもん。
でも月の色か……
こっちの月は黄色っぽくなくて青っぽい白だけど……綺麗だから嬉しい……。
血の色って……こんなに綺麗なの?
採血されてる時に何度も見たけど、もっと黒い紅だったよ?
「もしこれが血の色なら血も綺麗ですね」
「……そうか。そんな風に思うのか」
「はい。髪も本当に真っ黒……光に透けても黒いですね……と言うか少し青く光るように見える……凄く綺麗だと思います」
「……遠慮しなくていい。触ればいい」
手を伸ばし髪に触れようとして何してるんだと手を下ろそうとしてキュッと手を握られセシル様の髪に触れてしまう。
あ、思ったより柔らかい……。
真っ直ぐでサラサラしてるから硬いのかと思ったのに……
気持ちいいかも……。
私、くせっ毛なんだよね……軽くウェーブかかってる……。
ちょっと羨ましいぞ!
お互いの髪を撫でるという不思議な状態になりつつも心地よくてセシル様の手に軽く擦り寄った時、同時にセシル様も擦り寄るように私の手に……
やめてドキドキする!
精神年齢的には20歳くらいなの!
見た目幼児だからってやーめーてー!とか思いながらこんな時間が続けばいいとか意味わからない事を考えてるんだから矛盾だわ……。
「セレナ嬢の髪も瞳も、魔力も……俺にとってはすごく心地いい」
「そうですか?」
「あぁ……ずっとここでこうしていたいと思うくらいに」
「私も少しそう思いました」
同じような事を考えてたらしく思わずクスクス笑ってしまう。
この人の近くは落ち着く……ドキドキはするけど……
それでも……ずっといたいと思うくらい凄く心地いい……。
どのくらいそうしてたのか……。
モニカがお昼ご飯に、呼びにくるまでずっとそうしてた……。
まぁ……モニカがワタワタしてたけど気にしちゃだめだ。
ほら見た目幼児だから!気にしない!!
ずっとモニカがじとーっと私を見てたけど……気にしない!
看護師さんが言ってた!イケメンは早い者勝ちなんだって!
「セレナ嬢、街に出て見ないか?城下は賑わってるとオリーが言ってたからな」
「えっと……案内とか出来ないですけど……」
「構わない。一緒に楽しもう」
「はい!」
食後のお茶を飲んでると街に行こうと誘われた。
父も兄も許してくれなかったから初めての外だ!
動きやすいシンプルなワンピースに着替えて玄関に向かうともうすでにセシル様が待っていてくれた。
手を差し出されて少し遠慮気味に手を重ねるとキュッと握ってくれてエスコートされつつ玄関から踏み出した。
馬車に乗り込み走り出す。
窓から見えるのは貴族の屋敷が並ぶ貴族街。
王城を背に20分くらいで少しずつ変わってきた。
大きな屋敷はあるものの造りが違う。
おぉ。もしかして富豪ゾーンかな??
馬車が止まり下りるとそこはもうお店だらけだった。
想像してたより大きいお店や造りが豪華だったりするから多分高級志向のお店ばっかりなんだろうな……。
もっと下町?的なの想像してたよ。
もう少し先なのかな?
「どうした?」
「い、いえ!初めてなので少し緊張してます」
「そうか。適当に見てみようか」
「はい!」
差し出された手に少し気づくのが遅れたのか視界がセシル様でいっぱいになってビクッとしてしまった……。
マンガやアニメで見てた世界が広がってるんだもん。
少しは惚けちゃうよね?
ギルドとかあるのかしら?
冒険者とかいるのかな?
見て回るらしく私は大人しくセシル様の手に手を重ね、握られ歩き出す。
父とも兄とも違う手にドキドキしたのは内緒!!
「綺麗……ガラスですね。中が見えるようになってる箱なんて初めて見ました」
「欲しいのか?」
「え?あーいえ。無駄にあるんですよね、宝石も靴も……私にしたらそんなにいらないんですけどね……」
「それは仕方ないだろ?貴族の女性は着飾るのも仕事だからな」
「そんな物ですかー」
並んでる商品の一つに目が止まり見つめてると想定外の問いかけがきた。
欲しいけど……余ってるんだよね……多分わがまま言ってた時に買って貰ったんだろう品々が……。
でも中が見える宝石箱っていいな……使わなくて入れてるだけでも飾りみたいで素敵だと思う。
貴族の令嬢としては不釣り合いな言い分にセシル様は少し不思議そうな表情で答えてくれる。
着飾るのも仕事かー……贅沢なんて必要なくない?とか思ってるけど……そうでもないのかもな。
「セレナ嬢もそろそろ専属を決めないといけない時期だろうし、色々見て回るのも悪くないだろう」
「専属ですか……ドレスとかも全部父様が選んで用意してくるのでわかりません」
「オリーはそういうタイプなのか、想像がつかないな」
「いらないって言ったら泣きますよ、父様」
専属とか決めないといけないのか……
でもそっか……既製品ってのがないんだもんね……。
私は別に気にしないけど、公爵令嬢が中古ってわけにはいかないだろうし……。
私はメロメロな父様しか知らないけど、外ではそうでもないのか私の言葉にセシル様はククッと笑う。
最近はそうでもないけど、毎日のように何かを買ってきては私に貢いでくれてた父様に全力で拒否したら泣かした経験がある。
私は悪くないはずなのに罪悪感が凄かった……。
「セレナ嬢はシンプルな物が好きなんだな」
「え?」
「いや、先程から目を止めてるものが全てそうだからな……確かにあまりゴテゴテしたのは似合わないかもな」
「ッ!そ、そうですか?」
「あぁ……真珠が似合いそうだ」
頭の上から降ってきた言葉にキョトンとすると私は無意識にシンプルな物ばかり見てたようで……
スッと首に添えられた手にビクッとしたけど逃がしてくれないみたいだ……。
真珠が似合うとか……私、見た目幼女ですよ!
本当にこの人はドキドキさせるな……心臓大丈夫かな……。
「楽しかったか?」
「はい!とても!色んなお店があるんですね!」
「そうか。ならこれは今日の記念に……レディ」
「え、そんな……」
公園でベンチに座って一息ついてると感想を聞かれてテンション高めに答えてしまう。
だって雑貨屋一つでもモチーフごとに店があったり、アクセサリーも靴もドレスも色んなお店があった。
今度は下町に行くのが目標だ!
職人さんの所もみたい!
庭師の人が職人街があるって前に言ってたからね!
色々考えてるとスッと箱を出されて中身を見て狼狽えた……。
パールのネックレスだ……。
いくつもついてるものではなくて重ね付けも出来そうなパールが3つついてるだけのシンプルな物。
キラキラ(ギラギラ)してる物よりこういうのが好きって……
本当にこの人は……紳士だよ、本当に……。
「レディ……ここで断られてしまうとコレは不要な物になる。処分するしかないんだが……受け取ってもらえないだろうか?」
「セシル様……ずるいですわ。断れないじゃないですか」
「では、私にレディに首飾りをつける名誉を与えて頂けますか?」
「……はい、よろこんで」
ずるい。
拒否されて泣く父よりずるいわ。
断れないもの……跪き懇願するような瞳で見上げられてしまうと……嫌なんて言えない。
スッと背を向け髪を避けるとスマートにネックレスを付けられてしまう。
慣れてるのか……この人……。
まぁ大人だもんね。
でも幼児にアクセサリーって何考えてるの。
「あぁ。良く似合う」
「ありがとうございます」
「こちらこそ名誉をいただきましたから」
満足気に頷くセシル様にお礼を言うとこっちが恥ずかしくなる言葉が降ってくる。
もうやめて……まじで……
父や兄以外の異性にとか初めてだな。
本当に免疫ないのに……16年の記憶が役にたたないよー!!
「お嬢様、よかったですね」
「モニカ……からかわないで」
「からかってませんよ。普段使いにも出来ますし、毎日つけれますよ?」
「もぅ……子どもとか妹に見られてるだけよ……」
鏡を見てニヤニヤしてたのがバレたのかモニカが微笑んでからかってくる。
照れ隠しで反論して軽く落ち込んだ……
子どもか妹に……
ってか、落ち込むってなんだよー。
もしそうならこれ、初恋だよ!?
「セシル様は美しい方ですが、それ以上にお嬢様を見る目が優しいです。私も安心です!」
「え?どういう」
「お嬢様は少し警戒心がないですからね。早く心に決めた方が出来るといいと思いますよ!セシル様なら比べる対象が良すぎてそこらの男性など歯が立ちませんからね」
「そ、そうなの?」
モニカの言い分には反論したい所だけど……出来ないのが悔しい!
でも、そうかもしれない。
セシル様に本気で相手にしてもらえるとは思えない……。
でも、セシル様を好きならそこらの男なんて霞んで見えるだろう。
適当な男にひっかかりはしないかもね。
でも、本当に……嬉しいな……。
それからの日々は嘘みたいに早く過ぎてしまった……。
朝から温室で手入れをして、お昼からお菓子を作ってはセシル様に味見をしてもらったり……。
2人で本を読んで過ごしたり……。
父と出かけてしまう日もあったけど……それ以外の日はずっと一緒にいてくれた。




