第三話 〜俺、ハイジャックに巻き込まれました〜
移動当日、お世話になった人に軽く会社に挨拶をして、彼は空港に向かった。
(お見送りもなしか・・)
せめて、部下くらいには見送りに来て欲しかったのか? 彼は、少し沈んだ表情をしている。
「山崎の野郎・・ LINKで『お世話になりました』だけって・・ もっと言うことあっただろ・・」
文句を言いながら、手続きを済ませ、搭乗時間までゆっくりしていると、少し怪しい軍団を見つける。
ローブ、黒のブーツ、手には木ので出来た細い杖と分厚い本
(空港でコスプレか・・ なかなか気合が入ってる連中だな・・ 外国の遊園地にでも行くのだろうか?)
彼がそう思うのも無理はない。
その人達の服装は、某人気SF映画に登場する人々の格好そのものだったからだ。
いつもならそんな奴らは気にも止めないが、今回は気になって目が離せない。
すると、視線に気づいた一人の少女が彼に近づいて来た。
「格好・・ そんなに変?」
金色の長い髪、彫りが深く整った顔立ち、将来は、美人になるであろう可憐な少女は、不思議そうに彼に問いかけてきた。
「いや・・ とても似合っていて素敵な格好だと思うよ」
お世辞ではなく、本当にテレビの中から出て来たような姿だった。
「ありがとう・・」
そう言って 少女は嬉しそうに、また集団の中に戻って行った。
「そろそろだな・・」
搭乗開始時間になったので、彼は飛行機に乗り込む。
目的の空港である『サンノゼ』までは、約10時間かかる。
(10時間か・・ 長いな・・・)
彼は、タブレットに手をかける。どうやら、読書をして時間を潰すらしい。
「レゼロ・・ 僕ガイル・・ 魔法高校の優等生・・ さて、どれから読もうか・・」
彼のタブレットには、ライトノベルが200冊ほどに専門書が20冊程度入っていた。
最近は、タブレットのような情報端末が大変進化している。
充電は、必要なく全てソーラーエネルギーでまかなえるほど省エネが進んでいる。
そのため、紙の本を読む人はかなり減っており
現在、外で紙の本を読んでいると『積読をしてインテリぶりたい人間』と思われてしまうらしい。
彼は、引っ越しを経験して電子書籍の有能性を思い知った。以前なら引っ越しをする場合
読みたい本をダンボールに詰め、郵送しなければならなかったが、今は、この薄い板一枚に数万冊の本が入る。
凄いことだ、と思いながら、彼はタブレットに落としてある小説に意識を向けた。
ひととき、読書に没頭していた意識が『尿意』という生理現象で現実に戻される。
彼は、急いでタブレットをカバンにしまい、トイレへと向かった。
「ふぅ〜」と尿意が過ぎた安心感と小説の続きの楽しみを感じながらトイレを出ると彼は、異様な光景を目にした。
乗客がみんなある男から前の方に集められている。
何かあったのか、と思い、彼もそこへ向かおうとするが、次の瞬間
「おい!! これで全員か? 下手な真似したらぶち殺すからな!!」
間違いない、ハイジャックだ。
さっき空港で見かけたローブを纏っている集団だ。
しかし、ハイジャックにしては、おかしい点が一つあった。
犯人である男の一人が人質に突きつけているのは、拳銃ではなくその集団が全員が所持しているただの木の杖だった。
一応拳銃は所持しているみたいだが、なぜ、それを使わないのだろうと彼は思っていた。
すると、乗客の一人がその男を取り押さえに行った。拳銃を持っているのは、見る限り人質をとっている男のみ、
しかも、突撃して行った男は、服の上からでもわかるほど筋肉質であり、一対一なら負けるはないと判断したんだろう。
誰もがそう思っていた。
しかし、その男に向けて集団の一人が杖を振り下ろした瞬間
男の体は『消失』した。
『破壊』されたのではない、『消失』の文字通りに跡形もなく消え去ったのである。
まるで、その男がもともとこの世に存在していなかったかのように綺麗さっぱり消えてなくなった。
このとき、どのくらいの乗客が状況を理解できたのだろうか。
それを、トイレの影から見ていた彼の目には異常な現象にしか映らなかった。
きっと、他の乗客の目にもそう映っているに違いない。
その光景を見るまで演出だと思っていた乗客もたくさんいたのだろう
悲鳴をあげる者もいれば、逃げようとする者が今、初めて出てきた。
しかし、そのような乗客には、すぐさま杖が振り落とされる。
そして、乗客が大人しくなったのを確認して、男が口を開いた。
「俺たちは異世界から来たものだ。要求はただ一つ、現在、『WPL』が所持しているある俺たちの世界の人間の遺体の返還である。」