第二話 〜俺、部長に売られてました〜
「えっと・・ 服 パソコン マンガ ゲーム機
うん だいたいあっちに送るものは準備出来たかな」
男の部屋には、たくさんのダンボールが積み重ねられている。
10・・ いや、20個近くはあるだろう。
(しかし なんで俺なんだよ・・・)
あれから2日経つが、まだ納得していないらしく、男は途方にくれたような表情をしていた。
東京の六本木の高層マンションに現在、彼は住んでいるらしい。
もちろん 賃料は高く普通の若手社員の月収なんて軽く超えるだろう。
部屋の間取りは1LDKでマンションの一階にはジム、二階にはプールもあり、まるで高級ホテルのようだ。
「今日は会社も休みだし、気分転換にジムにでも行こうかな」
そういって彼はジムに向かった。
「珍しいですね 天草さんがジムに来られるなんて」
ジムに入ると、若い男が話しかけてきた。
「まあ・・ たまにはいいかなと思いまして・・ 」
「体を動かすことはいいことです。頑張りましょう。天草さん」
「あの・・ 安藤さん・・ 私、天草じゃなくて山草なんですけど・・」
「おお そうでしたか・・ 大変失礼しました。」
「いい加減隣の部屋なんですから覚えてくださいよ」
「すみません 名前を覚えるのは苦手でして・・ 下の名前も教えてくれませんか? フルネームなら覚えられるんですよ」
「健斗・・ 山草健斗です。」
「山草健斗さんですね・・ わかりました。もう大丈夫です」
(本当に大丈夫なのか?)
と疑問を抱きながらもトレーニングに入った。
彼は、どうやら隣人でボディビルダーをやっており、日々筋トレを欠かさないんだとか。
自分とは全く正反対で苦手な人間だといってもいい、のかもしれない。
そんなことは悟られないようにいつも愛想笑いを浮かべて、なるべく避けるようにしている。
トレーニングが一通り終わり、休憩をしていると聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
(この声・・ 山下か・・ あんなところでなに話してるんだ)
声の先に目を向けると、トレーニングウェア姿の女数人が話をしている。
「知ってる? うちの部署の山草さん 明日から海外に転勤するんだって」
「え〜 そうなんだ でもなんでいきなり」
「なんか、本社の人が退職したらしくてその代わりとして行くんだって」
「うわ〜 本社か〜 羨ましいような羨ましくないような」
「うそ〜 私なら絶対いやだわ〜 部長が推薦したらしいんだけど、どうも大人の事情が絡んでるみたいなのよ」
「どういうこと」
「絶対、誰にも言わないでね これは、別の部署の人から聞いた話なんだけど、部長
正直仕事があまり出来ないらしくて、前会議で『部長を山草さんに変える』とか言われていたらしいのよ
それで、地位を奪われるのが怖くなった部長が山草さんを本社に推薦したらしいよ」
「え〜 それって部長 最悪じゃない 前々から信用はしてなかったけどまさかそこまでするとは思わなかったわ」
「内緒だからね 特に山草さんには絶対に聞かれたらダメだから」
(聞っちゃったんだけど・・・)
そんなことを思いながら彼は、彼女たちに見つからないように隠れている。
(あいつらもヒソヒソ話のつもりだろうが、丸聞こえだよ・・)
確かに彼女たちの声は、10m近く離れているだろう彼の元に届いていた。
(しかし・・ 部長のやつ・・ 本当にクズ野郎だな・・)
本来ならまた抗議に行くべきなんだろうが、彼はそれをしなかった。
理由は、自分の評価が下がることを避けたかったからだと思う。
彼が勤めていた会社は世界中に多くの支部を持っている。
正直、日本支部の部長が変わるなどあまり興味がない。しかし、本社のことなら話は別だ。
もし、部長に抗議して日本支部に残れたとしても本社の人間からは、どんな理由であっても
『ドタキャン』したと思われるだろう。そうすると、今後の出世が難しい。だから、彼は抗議に行かなかったんだろう。
(CEOとかまでは偉くなりたいと思っていないけど、ある程度の出世はしたいしな・・ これもいい機会だし本社で活躍するか・・)
彼に、『本社でやっていけるだろうか・・』などの不安などは一切なかった。
「よし、今日のトレーニングはこの辺りでやめておこう」
彼は、軽くシャワーを浴びて部屋へ戻り、ゆっくり読書をし始めた。
読んでいる本は、『異世界生活始めました』というファンタジーものだ。
彼の本棚には、一般にはライトノベルと呼ばれるジャンルの本がたくさんあった。
彼は、俗にいわれる『オタク』というやつだ。
会社では、隠しているが休日には、メイド喫茶にもコミケにもいく。
彼が、日本に残っていたい理由は、このアニメや漫画の文化がある国から離れたくないからだろう。
「ああ 異世界にでも行って人生やり直したいな・・」