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第九話 〜俺、仮説をたてました。〜

仕事は、採用が決まった次の日から始まった。

担当するプロジェクトのメンバーは、アルベルトしかいないが、

この研究所には、もう一つの研究がある、そのメンバーにも挨拶をしたいと彼が言い出したのだ。

「プロジェクトが違うとあまり接する機会がないから、気を使わなくてもいいのだが・・」

アルベルトは、こう言っているが、入社して先輩に挨拶に行くのは社会人の常識である、メンバーが少ないならなおさらだ。

どうやら、この世界では、アルベルトを見る限り、そのような風習はなく、新人でも実力があれば、自分勝手に行動していいと考えられる。

実際、彼女は、一人で研究をこなし、それなりの成果を出しているのか、文句をつける人はいないとシャーが言っていた。

アルベルトが休憩室のような場所(椅子と机があるだけの部屋)にみんなを集めてくれた。

女性が3人(アルベルトも含め)、男性が3人いるので全員集まっているだろう。

「うん、みんな集まったな、それじゃあ、私から軽く彼の説明をしよう。

彼の名は、ヤマグサケント、元異世界の人間だ。

私の知人の紹介で今日から私の助手として働くことになった。

よろしく頼むぞ。

それでは、ヤマグサくん 挨拶をよろしく」

軽い深呼吸をし、彼が自己紹介を始めた。

「初めまして。

今日からこの研究所で働かせていただきます、山草健斗です。

異世界からきました。そのため、魔力も使えませんし、身体能力もこの世界の人の平均以下です。

そのため、みなさんにご迷惑をかけることがあると思いますが、どうぞよろしくお願いします。」

普通の挨拶だ。エリートならもっと斬新な挨拶をしてもいいはずだが、彼は、あっさりとごく普通の自己紹介をした。元いた世界の入社式でも彼は、普通の挨拶をした。

別に気の利いた挨拶ができない訳ではない。

友達の結婚式で挨拶を述べた時は、会場中が涙するほどの感動的な話をしている。

『出る杭は打たれる』、日本人なら一度は耳にしたことがある言葉だと思う。

才能のある者は、人から避難され、制裁を受けるという意味で彼の座右の銘の1つだ。

彼は、2つ座右の銘を持っている。

そして、もう一つは、『能ある鷹は爪を隠す』であり、彼が才能を隠して行動する理由である。

強力な武器というのは、『ここぞ!!』という時に出さなければ効果は薄い、

ましてや、それを見せびらかすなんて以ての外だ。

どんないい拳銃でも必ず弾切れになる。

だから、彼は、必要最低限しか能力を使わない。しかし、転勤の件に関しては、それが仇となった。

彼は、将来ある程度の出世をしたいと思っていたので、本社の仕事に関しては、なかなか気合を入れてやっていた。まあ、自分の会社の仕事は、言ったら悪いがテキトウにやっていた。

だから、部長もいきなり本社から役職を変えると言われて、「なんであんなやつに・・」と思うのも無理はない。後輩の山崎が言っていたが、「他に優秀なエンジニアならたくさんいるのに」というように彼は、前の会社では、あくまで普通の人間(一般的にみたら凄い人ではあるが・・)なのだから。

挨拶を終えると、一人の女性が声をかけてきた。

「ヤマグサ君だっけ?私は、エミリア、よろしくね」

元いた世界では、大変珍しい銀髪、これまたかなりの美人だ。

どうやら、この世界の人間は、レベルが高いらしい。

「よろしくお願いします」

「アルの助手なんだって?大変よ、頑張ってね!!」

「おいおい エミ、何が大変だって?」

「事実を言ったまでよ。そうでなきゃ、3ヶ月で20人なんてやめる訳ないわ

みんなどんどん斐れていっていたもん」

「彼らは、ただ優秀じゃなかっただけだ。彼は、凄いぞ。1時間足らずでブリッド語とエンチャ語を完璧にマスターした天才だからな」

「え、そうなの!? それは、凄いわ!!」

「だろう? だから、彼なら大丈夫だ。」

過度な期待をされている、彼は、いつも通りテキトウに仕事をしようと思っていたのだが、どうやら、そうはいかないようだ。

「じゃあ、頑張ってね〜」

そして、彼は、アルベルトの研究室に連れて行かれる。

「じゃあ、とりあえずこれをやってもらおうかな」

といって、彼女は、本を10冊ほど渡してきた。

「これは?」

「見ればわかるだろう?

私の書いた論文だ、これを2週間で理解してきてくれ」

「はい?」

「だから、この論文を2週間以内にすべて理解してきて」

彼は、3ヶ月で20人もやめた理由がわかった気がした。

「あの〜 アルベルトさんは一日何時間寝てるんですか?」

「2時間寝れば多いほうだな」

彼女は、一日が24時間あるということを知らないのだろう。

もちろん、そんなことはないと思うが、睡眠時間があまりにも短すぎる。

「なんだい 驚いた顔をして、安心してくれ、君にも同じような生活をさせるつもりはない。

2週間で論文を10冊理解してこいというのは、無理だと思うかもしれない。

しかし、私は、その無理だと思うことに対する姿勢を見たいのだ

君が来る前の20人は、その論文を渡した瞬間、無理だと思い、チャレンジもせずやめてしまった

だから、私にはなんでやめたのかわからないんだ」

なかなかいいことを言っていると彼は、関心した。

そして、その日から彼女の論文を読み始めた。

最初は、少しびっくりはしたが、実際に読み始めると、論文の内容は関連しているものが多く、

意外に覚える内容は少ないことがわかった。これならすぐに理解できるだろう。

1冊目の論文を約2時間で読破し、それ以降もどんどん読む時間を縮めていき、

その日中に全ての論文を理解した。

彼は、次の日、研究所に顔を出した。

「どうしたんだい? 何か質問でもあるのかい?」

「論文を理解しましたので、報告にきました。」

「冗談はやめてくれよ、まだ渡して1日しか経っていないぞ」

「共通する点が多くあったので、意外に時間はかかりませんでした。あと、アルベルトさんが貸してくださった専門用語の説明資料のおかげです。」

「期待してはいたがまさかここまでとは・・」

「次は、何をすればいいですか?」

「すまない。まさかこんなに早く終えるなんて予想もしなかったから何も考えてなかったんだよ」

「じゃあ、確かめたいことがあるので、資料館を使わせてもらってもいいですか?」

「それは構わないが、一体何をするんだい?」

「アルベルトさんは、『エンチャントドラゴンが突然現れた』と論文で書いてましたよね?」

「ああ、確かにそう書いている。だが、それがどうした?」

「論文を読んでいる時に、『どうして、エンチャントドラゴンがいきなり現れたのか』を考えてみました。」

「それは、ドラゴンの突然変異だと書いていたと思うが・・」

「研究している方にこんなこと言うのは失礼だと思うのですが・・」

「構わない、言ってみたまえ」

「その考えは、間違っていると思います。」

「どうして、そう思うんだい?」

「それの確認をするために今から資料館に行きましょう」

そう言って、彼らは、資料館に向かった。

資料館は、図書館のような作りになっており、蔵書数は、約8万冊とこの世界の研究所ではなかなかに多いほうだ。しかし、彼の通っていた大学の図書館には1690万冊の蔵書があったので、どうも物足りなさを感じてしまう。

そこで、彼は、一冊の本を手に取った。日本語に翻訳すると、生物の進化という本である。

「あって、よかった」

「その本がどうしたのかい?」

「アルベルトさんは、この本を読まれたことはありますか?」

「いや、それは読んだことないな」

彼は、仕事を探している合間に図書館でこの世界の知識を身につけていた。

そこで、この本と出会った。

「それでは、今から仮説を述べます。」

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