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神様スイッチボックス  作者: 葦元狐雪
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伊勢男

 伊勢君は、自信に満ち溢れた笑顔のまま、ピクリとも動こうとしなかった。

彼だけではない、赤いワンピースの少女も、道路を走っている車も動きを止めていた。

路上に石像の真似をして立っているパフォーマーのように、お金をあげると動き出すのではないかと思い、小銭入れから硬貨を取り出すと、彼の足元に落としてみた。

しかし、相変わらず、キラリとした笑顔を絶やすことなくこちらを見ている。

隣にいるワンピースの彼女の足元にも小銭を落としてみたが、彼と同じく、不思議そうな顔を保ったまま動こうとはしなかった。

さらに眼前で何度か手を振ってみるも、瞬き一つとしなかった。


 『僕』はハァー、と短いため息をつくと、これからどうするかと考える。本当は、今すぐ妻と子供の元へ向かいたいのだが、この状況を放って置くわけにはいかない。


「大丈夫だ。俺たちに構わず、早く病院へ行くんだ!」


と伊勢君に言われたような気がして、彼の方をもう一度見るが、状況は何も変わってはいなかった。

どうすりゃいいんだよ。こうなった原因がわからない以上、迂闊に動き回るのは危険ではないか?

もしこのまま自分だけ時間が進み、老人になってから、ようやくみんなの時間が動き始め、それぞれに着物を着た人が玉手箱を手渡して回るのではないかと考えてしまう。


「逆浦島太郎だな、これは」


その辺にあるベンチに座っている『僕』はそう呟くと、フッと品のない笑いを唇にのぼらせる。我ながらうまい事を言ったもんだ。なぁ、君はどう思うんだい? 伊勢君。


「ははは! そんなことを言ってる場合か? 奥さんが今どうなっているのか気にならないのか?」


またしても彼の言葉が聞こえてきた気がしたが、どうやら杞憂だったようだ。


 伊勢君は「強運」で有名だった。神社へ初詣へ行った際、おみくじを引くと必ず「大吉」が出た。彼曰く、おみくじで大吉以外を引いたことがないらしい。

また、商店街の、抽選会の催しに参加した時は、彼が1等から3等までの豪華景品を当ててしまったことがあり、こんなにいらないから、とたまたま近くにいた人に配っていた。

1度、どうしてそんなに運がいいのかと聞いたことがあった。すると彼は、


「そうだな。俺は、人から運を分けてもらっているのかもしれない。ギブアンドテイクさ」


そう言うと、伊勢君はウインクをしながらこちらに親指をグッと突き出してきた。

じゃあ、伊勢君も他の人に運を分けてあげているのか?と言うと、彼は少し怪訝そうな顔を見せ、


「少し違うな。俺が運を分けているんじゃないんだ、俺が誰かを助けることで、助けた人から運をちょっとだけもらうのさ、お礼にね」


中指と親指でものを摘むようなジェスチャーをした後、彼は遠くにある歩道橋を指差した。

そこには、溢れそうなくらい物が詰まった買い物袋を持ち、一歩一歩、踏みしめるように階段を登る婦人の姿があった。


「あの人は運がいい! あの人は助かるだろう! なんといっても、この俺が目をつけた人なんだからな!」


そう言い終わるや否や、彼は婦人の元まで飛んで行き、買い物袋を手伝おうとしていた。

婦人は初めは断る素振りを見せていたが、甘いマスクにやられたのか、やがて、彼に買い物袋を手渡した。

彼は、そのまま歩道橋を渡りきると、向こう側で、こちらに向かってブンブンと大きく手を振っている。焼け爛れた真っ赤な空が、僕らを鮮やかに照らしだしていた。


 『僕』は彼の言った言葉を思い出す。


「今日の僕は最高に運がいい、自分を信じろ、か」


そう呟くと、彼は、両側の頬をパンパンと叩き、両足に力を込めてグンと立ち上がる。


迷っている場合じゃない。仮に今日、僕の運が最高にいいならば、この状況はきっと神様からのプレゼントなんだろう。そう考えることに決めた。

そうかい、わかったよ。信じるよ伊勢君。

君も、僕自信も。

『僕』は勢いよく公園から飛びだし、街路樹の並び立つ歩道を走り出した。

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