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テルトリュート  作者: 伊和春賀
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第1話 全ての始まり

素人の拙い文ですが、読んでもらえると嬉しいです。

改良するため、大幅に更新するときがあります。向上のためと思い、ご了承ください。

 止まない雨はない。そんな綺麗事を思い出していた。


 確かにそうなのだろうが――。

 窓の外の青天を見ながら考える。混じりけのない青を久々に見た。まるで夢を見ているかのようだ。いや、本当に夢であるなら、それの方が数段良い。

 壁に触れる感触。木々が風にそよぐ音。自分の感覚は、これが夢ではないと告げていた。再び壁に触れても、指先が感じたのはザラザラとした感触だった。


 これが本当に夢であるならば、自分は何をしていただろうか。今のように、空を眺めているだけだろうか。それとも、窓から飛び出して空を飛んでいただろうか。どちらも似合わないな、そう思い、苦笑した。幼い時分ならば突飛な発想ではないだろうが、10代後半の自分が言うと、どうにも子供じみている想像でしかないような、そんな気がするのだ。

 だが、空を眺めていることは、このところ毎日していた。こんな柄にもないことを続けてしまうのは、ひとえに現実からの逃避でしかない。とはいえ、その現実逃避もマンション群に囲まれた狭い空の下では上手くいかないもので、走り去る自動車の音に何度現実に戻されたことか、数えあげればきりがない。

それでも、幾許かの安らぎにはなっていた。それは、今見ているような広大な空を眺める機会が皆無だったからかもしれない。この青天が与えてくれる悦楽は比べれば、あの狭い空が与えてくれる悦楽は微々たるものだが、それでも自分はそれを見ることを、唯一の楽しみとしていた。


 しかしその悦楽は、現実に裏打ちされたものだと気づいたのは、こうして孤独になってからだった。現実がそこにあるからこそ、現実からは逃避できる。その現実が消えたら、逃避は逃避と言えるだろうか。

窓の外の青天を見ながら考えていた。眼下に目を移せば、一面に広がるのは木立の群れだった。風が吹くたびにさわさわとそよぐ森の緑に、懐かしさは微塵もなかった。だから、こんな緑よりも、青を眺め続けていたかった。


 そんな眺望も、一つの思考によって阻害され始めていた。それは、自分がなぜここにいるのか、ということだった。

 昨日の行動を振り返ってみるが、常日頃の行動とは相違ない。起床と睡眠を繰り返す日々に、なんら異常はなかった。(がい)(じつ)リズムは、常に精密だった。


 イレギュラーは今朝発生した。


 起床し、洗顔し、摂食し、更衣し、外出する。寸分の狂いもなく正確に、いつも通りの朝を過ごしただけであった。ただの一言も話すことなく、辿り着く場所はいつもの公園だ。何もかもが撤去され、残された遊具は砂場だけ。それさえもネットが張られて使いようのない、そんな公園だ。都会の片隅に忘れ去られたかのように存在するその公園を使うのは、鳥と自分くらいなものだった。そんな公園の、ペンキの剥がれたベンチに腰を下ろして足を延ばす。そうして、狭い空を見上げるのが、自分の僅かな楽しみであった。そして、これが自分に与えられた唯一の逃避だった。


 今日もその悦楽を、逃避を、享受していたはずだった。


 この記憶の次は、地平線いっぱいに広がる森林だ。最初は夢かと思ったが、自分の感覚器官はこれが夢ではないこと、そして他に重要なことを教えてくれた。それは自分が、(まど)(べり)に座っていること。そして、木立の群れよりもかなり高い場所に座っていることだった。

 空中に投げ出された脚は、地に着くことを望んでいた。幸い自分の背後には、今いるこの部屋が存在していた。だから、これが夢でないと気づくや否や、その部屋に入った。いや、入ったというよりは転がり込んだと言った方がいいかもしれない。


 入り込んだその部屋を自分は見たことは無かった。そして、今に至るまで自分の置かれた状況を理解できないでいる。


 四方八方を石に囲まれた部屋。出口はなく、ただ正方形に開けられた、もはや穴というべき窓だけが、外界との接触点だった。机も椅子もベッドもない。何もない部屋がここにはあった。もはや部屋というよりも、牢獄と言った方がいいのかもしれない。いや、牢獄よりも劣悪かもしれない。


 これを見て、自分がやったことは頬をつねるということだ。古典的だが、最も有効で無策な現実を知る手段だ。結果は、頬が痛みを感じた、それだけだった。知らない場所にいるが、自分の感覚器官は正常に作用していた。視覚も、触覚も、聴覚も、嗅覚も、味覚も、五感全てが、何の狂いもなく働いていた。疑う余地なく、それでいて疑いしか残らない、この現状に思考はついていけなかった。


 これが現実だというなら、馬鹿馬鹿しいにも程がある。ベンチで座っているはずの自分が、見ず知らずの牢獄に閉じ込められる。これを夢と言わずに何というのだろうか。他人に、私は突然知らないところにワープしましたなどと言っても、信じてはもらえないだろう。可哀相な人と思われるのが関の山だ。まあ、そんなことを話す友人も知人もいないのだが。


 自分が知っているものは、窓の外の空の色だけであった。だから、現実と知った後はずっとそれを見ていた。何かが変わることを期待していたものの、やはり何も変わることは無かった。空でさえも、雲一つ通り過ぎることなく、混じりけのない青のままであった。

 何が起きたのか。把握できる当てはなかった。


 空を見続けているうちに、新たな考えが浮かんできた。それは、自分が死んだのではないかということだ。自分は無意識のうちに車道に飛び出し、轢死した。苦しみを感じることなく、一瞬のうちに。ただ、それは自分には考え辛かった。

 第一に、自分にははっきりとベンチに座っていた記憶がある。そこから無意識に立ち上がったというなら話は別だが、自分の意識の中に立ち上がってどこかへ行こうというものはなかった。あるのは、空を眺め続けたいという欲望だけだった。

 第二に、自分には自殺する理由がない。深刻な悩みはあったが、それは死ぬほどではなかった。自分の人生を終わりにしようなどと考えたことは無いし、そうするのは自分が許さなかった。どうであれ、生き続けていれば何を言われることは無いが、死んでしまえばいいように言われるだけ、自分はそう考えている。

 自分の心の内を理解する者はいない。であるのに、誰もが葬儀では悲しそうにする。自分にはそれが許せない。だから、死ぬのは嫌なのだ。心情を理解したようにふるまう、感情の安い受け売りは大嫌いだ。

 

 やはり、自分は死んではいない。とりあえず、生きてはいるのだ。

 次に湧き上がる疑問は、ここがどこかということだ。しかし、それには有効な回答はなかった。

 窓から見える光景を見たことは無かった。少なくとも日本には存在していないはずだ。アメリカとか、ロシアとか、中国とか、そういった広大な国に行けばあるのかもしれないが、自分は知らない。とにかくここは、自分の記憶に整合するような場所ではなかった。

 

 そうこう考えているうちに、実際に行動を起こしていないことに気付いた。最近は思考するだけで、身体を動かしてはいなかった。だから、なにか行動を起こそうと考えなかったのかもしれない。そんなことに気づいてから少しして、部屋中の壁という壁を確認した。時には、壁を押してみたが、出口らしいものはなく、それは隠されてもいなかった。


 この確認を終え、自分の脳裏によぎったのは、ここで餓死するのではないかということだ。脱出することがかなわないなら、そうなるのが運命だ。人間は水なしでも3日間は生きられるという。水ありなら一か月だ。つまり最低でも3日は生きられるがそれ以上となると、どこにも保障はない。

だがこの時、気がかりだったのは食料だけで、孤独というものは気にしなかった。孤独でいることに慣れすぎていた。


  何度も何度も、壁の中に隠し扉がないか確認した。全ては無駄に終わったが、何回やってもやめることは無かった。壁に触れるたびに心臓の鼓動が早くなっている気がした。

脱出するあてがない以上、ここで死ぬしかない。早すぎる終わりではあるが、受け入れなくてはならない。しかし、簡単に受け入れられるものではなかった。


 10代の自分にとって、人生の終わりは程遠い。そう考えていた。しかし、それは覆されてしまった。

転落死とか、病死とか、そんな意図しない死が訪れた訳ではなく、交通事故とか殺人事件とか、

そんな他殺される事態が発生したわけでもなく、言うならば、現状打破の方法が思いつかない、ただそれだけのこと。たったそれだけだが、人を死へと(いざな)う。ゆっくりと、確実に。もはや、処刑というほかに何もなかった。目標を失敗した男に課された罰にしては、あんまりな処遇だ。

 誰が課したかもわからないこの罰を、甘んじて受け入れるほかなかった。いつでもそうであったように、こんな死に際に近くなったとしても、それは変わることは無かった。他者に現実を思い知らされ、諦めてきたのは自分だ。


 そう思うと、なぜだか悔しくなってきた。やり場のない感情がこみあげてくる。石の壁を殴っても痛いだけ。石の壁を蹴っても痛いだけ。そうと分かっていても、感情を何かにぶつけずにはいられなかった。

 そして、自分は床を思いっきり踏みつけた。そのエネルギーの大半は自分に返ってきた。それでも自分は何度も痛みを反復させた。

 感情はとどまるところを知らなかった。排出よりも、湧出の方が数倍多かった。

 

だからその時は気付いていなかった。不穏な音がしていることに。そして、その音は自分の足元から聞こえてくることに。


 次の瞬間、自分の身体は宙に放り出された。あるべき地面が無くなっていた。地団駄の繰り返しで床が抜けたのだ。それに気づき、残った床石に手を伸ばそうとしたが、自分の落下速度の方が速かった。

 ああ、ここで自分は死ぬんだ。そう思った。餓死するよりはマシなのかもしれないが、それでも死ぬことに変わりはない。そんなのは嫌だと思っても、誰にも落下は止められない。

 

 しかし、自分は死ぬことは無かった。どうやら下の階があったようで、そこに落ちたらしい。幸い、着地には成功し、大きな怪我を負うことは無かった。

階下の部屋は、石造りであることには変わりはないが、一面だけ、ぽっかりと開いた出口が存在していた。中は暗く、何も見えないが、上階にはない出口がそこにはあった。自分はどことなく嬉しくなった。出口が見つかった喜びもあるが、一見無意味に見えたあの地団駄が、功を奏したことの方が嬉しかった。自分もこうして報われることがあるのではないか、そう思えたからだ。無意味な努力も報われる、そんなことを渇望していた。

 

 自分は歩き出した。見つけ出した出口に向かって一直線に。脇目も振らず、ただまっすぐに。

 

「止まれ」

 高い声が後ろから貫いた。自分の背後から距離はあるが、自分を威圧する声に他ならなかった。自分は足を止めた。しかし、振り返る気にはとてもならなかった。動いてはならない。そう思い、無意識に両手を挙げた。

「こっちを見ろ」

 荒い息が近づいてくる。足音一つ一つが、自分を釘で固定していく。

「こっちを見ろ!」

 固まった足を懸命に動かして、やっとのことで体を反転させることができた。

 振り返った先には銀髪の少女がいた。無数の白い光球に囲まれた少女が、両手を前に突き出している。


 それが何かは分からなかったが、本能はそれを自分への攻撃手段と感じ取っていた。

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