第七章 対人地雷
高速で走って空中を落ちてくる薬莢を踏みながら、ヘリのいる高さまで登って行ったスミレは、鎖でつながれた二本の斧の片方を投げて、地上にいる両腕のない、ぼくに向けて、大口径の機関銃を撃っていた射撃手の首を切断する。
スパッ!
でも、その頭を失った射撃手の手は、銃の引き金を握り締めたまま硬直してしまって、弾をめちゃくちゃな方向にばらまき出したので、地上にいる、ぼくは、必死に高速で動きまわってそれを避ける(ちゃんと狙わない射撃は、正確に狙われるより、はるかに避けにくい)
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!
その間に空中のスミレは、投げた斧とつながっている鎖を引っ張って、それを受け止めながらヘリの横の開口部に飛び込むと同時に、人間に反応できない速さのまま、その中にいた軍人たち残り七人の首を両手の斧で次々と切断していく。
スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ!
そして、スミレは、操縦する人間が死んで傾いていくヘリの中で、二つの斧を背中に装着すると、空いた両方の手で捕まっていた二人の奴隷(やはり若い女)の、それぞれのえり首をつかんで墜落するヘリから飛び出す。
この時、ヘリの回転するローターが、スミレの頭をかすめて、髪の毛の先が少しだけ切れるけど、すかさず身体をひねったスミレは、自分も二人の奴隷も傷付ける事なく、無事に地上に着地する。
それから、ほんの少し遅れてスミレの向こう側に落ちたヘリは、地面に激突すると機体がひしゃげて回転するローターがちぎれて、その破片が飛び散ってスミレに当たりそうになったので、高速で動いていた、ぼくは、一瞬でスミレの向こう側にまわって、今は両腕がないから足で蹴ってその破片をはじく。
ガン!
その時に、落ちたヘリのさらに向こうから近付いて来る装甲車が見えたので、ぼくと二人の奴隷をつかんだスミレは、高速で走って地下シェルターがある建物の陰に隠れる。
そして、そこに着いたスミレは、すぐに腰にぶら下げてあったダクトテープを使って、二人の奴隷の目と口をふさいで手足も縛る。
そうしないと、担いでいる時に目が合ったら気が散るし、叫ばれたりしたら無駄にゾンビを引き付けてしまうし、高速で走っている時に手足を広げられて何かに引っかかったら、その奴隷の手足がちぎれてしまうからだ。
それから、その作業が済んだスミレは、ぼくにダクトテープを差し出しながら言う。
「これを腰にぶら下げておきなさい。それで、もしも、ここの軍人の血を吸う事ができて、腕を再生できたなら、その部分にこのテープを巻くのよ。そうすれば多少の間は太陽の光を防げるから」
それで、ぼくは、そのダクトテープをありがたく受け取る。
なぜなら、今は昼だから、身体を再生できたとしても、すぐにその部分を太陽の光から隠さないと、あっという間に黒焦げになって焼け落ちてしまうからだ。
ところで、こうして、ぼくたちがこの建物のすぐそばにいる限り、地下シェルターの中にいる軍人たちは外に出られなくて、もう一機のヘリやもう一台の装甲車を動かす事はできないから、今、相手が使える戦力はさっき見た一台の装甲車だけになる。
ただ、もちろん、その装甲車の装甲は吸血鬼の力でも破壊できないし、地下シェルターの出入口はそれよりももっと頑丈だろうから、もう、ぼくたちの方からは、ここの軍人たちに攻撃はできない。
だけど、相手の方もこの地下シェルターがある建物のそばにいる、ぼくたちに向けては、大口径の機関銃を撃つ事ができないだろうから(地下シェルターの出入口は、大口径の機関銃でも壊れないと思うけれど、もしも建物が崩れてしまったら、中の人間が出られなくなるので)ここから先はお互いにがまん比べだ
だから、ぼくはスミレに言う。
「ぼくは、この場所を見張っているから、スミレは、そろそろクロの様子を見に行ってくれ」
「そうね、次に相手が動くまでに、かなり待たされるかもしれないものね。たぶん私は、二~三時間もあればここに戻って来られると思うけど、あんたは両腕がないんだから、危なくなったらちゃんと逃げるのよ。それから、この二人の奴隷は、あのビルのどこかの部屋に閉じ込めておくわ。あと、今が夜だったら、あんたが両腕を再生するために必要な人間を捕まえてきてあげるんだけど、昼間じゃこのヘルメットは脱げないから無理だわ。じゃあね」
そう言って、スミレは二人の奴隷を両肩に担いで、高速で(一応、二人の奴隷に気を使ってか音速は出さずに)走って、その場所を離れて行く。
それから、ぼくは一人で考える。
この地下シェルターの中にいる軍人たちは、さっきの戦いを監視カメラの映像で見ていたはずだけど、ぼくとスミレが吸血鬼だとは、まだ考えていないだろう。
なぜなら普通の人間は、ゾンビのような現実味のある怪物なら現実に存在するのを見て、すぐにそれを受け入れられるけれど、吸血鬼のような古典的な怪物になると、現実に存在するのを見ても、なかなかそれを受け入れる事ができないものだからだ。
それで、たぶん、ここの軍人たちは、ぼくとスミレの事を吸血鬼ではなく、普通のゾンビよりも少し知能が高い特殊な個体か何かだと考えているはずだ。
そして、もしも、そうならば、この決着は、意外と早くつくかもしれない。
なぜなら、ここの軍人たちは、ゾンビと戦って持久戦になるとまでは考えていなかっただろうから、あの装甲車の中にある水や食料は、多くても二~三日分しかないはずだからだ。
つまり、あの装甲車に乗っている軍人たちは、このまま何もしなければ、あと十日ほどで飢え死にしてしまうから、その前にどうしても何らかの行動に出なければいけない。
それで、もしも、ぼくらの事を、ゾンビの一種と考えて、人間よりは知能が高くないと考えてくれれば、かなり早くにその行動に出てくれるはずだ。
あと問題は、地下シェルターの中にいる方の軍人たちだけど、どうせここの連中は、奴隷を集めるような快楽のために、貴重な燃料や弾薬を無駄に使うような人間たちだから、これから何ヶ月も(あるいは何年も)ずっと地下に閉じこもっているなんて絶対に耐えられる訳がないので、きっと装甲車に乗っている軍人たちが行動に出ると言い出せば、いっしょに行動するだろう。
そうすると、あとは、その行動に出るタイミングがいつになるのかだけど、このまま何かを待ったところで、この状況が変わるとは思えない以上、さっきまで二人だった、ぼくらのうちの一人がどこかに行ってしまって、両腕のない、ぼくが、一人だけになった今が、その時のはずだ。
ぼくが、そう思っていると、突然、周りで、爆発が起こって、一瞬でこの建物全体が煙に包まれて、それから続けて強い光と大音響が炸裂する。
バーン! バーン! バーン! バーン!
それは、たぶん、あらかじめ遠隔操作で爆発できるように、この周りに仕掛けてあった発煙手榴弾と閃光手榴弾で、それによってこの建物を傷付ける事なく、近付くゾンビを、かく乱できるように準備していたのもだろう。
そして、確かにその仕掛けなら、万が一、装甲車が使えなくなった場合でも、この周りにいるゾンビを混乱させて、その隙を突いて、そいつらを倒す事が可能かもしれない。
ただし、それは相手がゾンビだったならばの話だ。
それで、そんなものには惑わされない、ぼくは、爆発が起こった瞬間に、その建物の中に飛び込んで高速で移動して、わずかに開いた地下シェルターの出入口を見つけると、そのすき間に身体をすべり込ませる。
その出入口のすぐ後ろには、今、まさに外へ飛び出そうとしていた軍人たちがいたので、両腕のない、ぼくは、脚で蹴って、その者たちの首をへし折っていく。
ゴキッ! ゴキッ! ゴキッ!
そうやって、最初にいた三人の軍人を一瞬で倒した、ぼくは、そのまま四人目の軍人の両腕を折って、その銃を落とさせる。
ゴキッ! ゴキッ! ガシャン!
それから、その軍人の腹を軽く蹴ってひざまずかせてから、その出入口を内側から引っ張って閉めて(両腕がないから取っ手に足を引っかけて、なんとか無理やり引っ張った)その場所に太陽の光が入らなくなってから、ぼくはヘルメットを脱ぐ。
そして、ぼくは、四人目の軍人の首すじを噛むと、その血を吸って失っていた両腕を再生させる(きっと、今、監視カメラで、この様子を見ている軍人たちは、混乱しているだろうね。こいつは本当にゾンビなのかって)
だけど、そうやって血を吸いながら、ふと、その四人の軍人が持っていた銃を見た、ぼくは、それが三十二発の弾が入る弾倉を付けた、フルオートで連射が可能な散弾銃だという事に気が付いて、ぞっとする。
なぜなら、その銃は、九~十八粒の散弾が入った弾を、一秒間に六発もフルオートで連射できる凶悪なものだからだ。
もしも、その四人が、同時にその銃を五秒間連射すれば、最大で二千発以上の散弾が飛び散るので、それなら音速で走るゾンビでも(あるいは吸血鬼でも)粉砕できるかもしれないのだ。
それで、これは、油断していると、かなり痛い目に遭うぞと、ぼくは自分の気を引き締める。
それから、両腕を完全に再生させて、ひさしぶりに全身の部位が全てそろった、ぼくは、片方だけ残っていた手袋をポケットから出して、袖がある方の手にはめると、もう片方の袖がない方の腕にはダクトテープを巻きつける。
そして、バイザーを上げた状態のヘルメットを被って刀を抜いた、ぼくは、血を吸いつくした四人目の軍人を含む全員の死体が、後でゾンビに喰われてもゾンビ化しないように、その首を全て切断しておく。
スパッ! スパッ! スパッ! スパッ!
この地下シェルターは軍事施設のものだから、何百人もの軍人を収容できる大きさがあるはずだけど、この世界が崩壊した時に、ここに逃げ込めた軍人が、それほど多いとは思えない。
それで、ぼくは、今、この中にいる軍人は、せいぜい二~三十人だろうと予測する。
ただ、その二~三十人が、全員、あのフルオートで連射できる散弾銃を持っていて、それでいっせいに攻撃されれば、さすがの吸血鬼でも一瞬で殺されてしまう。
これが、もしも屋外だったなら、音速で動いて相手をかく乱する事が可能なのだけど、地下の一本道の廊下で攻撃されてしまえば、いくら音速で動ける吸血鬼でも、全ての散弾を避けきるのは不可能だ。
だから、ぼくは、四人の軍人の死体を二人ずつに分けて、それを両肩に担いで、いざとなったら、それを盾として使えるようにする。
あと、たぶん、ここには対人地雷(爆発と同時に七百個の細かい鉄球をばらまく、これまた凶悪なやつ)とかも設置してあるはずだ。
その対人地雷が、ワイヤーに引っかかったら爆発するみたいな仕掛けで設置してあれば、吸血鬼のぼくなら、すり抜けるのは簡単だけど、ここの連中はきっと監視カメラの映像を見ながら遠隔操作で爆発させたりもするだろうから、ゆっくりと慎重に進む方が危険かもしれないと、ぼくは考える。
それで、ぼくは覚悟を決めると、刀を構えて高速で長い階段を一気にかけ降りて、一本道の長い廊下に出た瞬間に速さを音速にまで上げる。
ドン!
けれど、その瞬間に、ぼくは、廊下の向こうの方に、今朝、捕まえられた若い女の奴隷の一人が立っているのに気が付いて、全身に鳥肌が立つ。
なぜなら、その奴隷は、手を縛られた状態で、上半身に五つの対人地雷を貼り付けられていたからだ。