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第五章 単純に奴隷

 スミレとの再開から三日が過ぎた夜、まだ上半身と片腕だけしか身体がない、ぼくは、スミレが背負っている巨大なリュックの中に押し込められた状態で、人狼の子供だったクロの事を考えていた。


 すると、その時、街のどこかで、ゾンビが音速で動き出した衝撃波の音が響く。


 ドン!


 そして、その音が、聞こえると同時に、ヘルメットも被らずに泣きながら歩いていたスミレは、吸血鬼の速さではなく人間の速さのまま、廃墟となった建物の中に入ってその奥に隠れる。


 そこで、背負っていたリュックの陰から、鎖でつながれた二本の斧を出したスミレは、暗闇の中に現れたそのゾンビの首を音もなく切断する。


 スパッ!


 それから、すぐにスミレは斧を背中に装着すると、通りに出て再び泣きながら夜の街を歩き出す。


 それで、スミレの背中のリュックの中にいた、ぼくは、他にする事もないので再びクロの事を考える。


 あのクロが人狼ならば、成長すれば吸血鬼やゾンビと同じように音速で動く事ができるから、もしも、ぼくとスミレが死んで、一人だけになったとしても、今の世界でもなんとか生きていけるだろう。


 なにより人狼は、吸血鬼と違って人間の血を吸う必要がなく、普通の食料で生きられるから、たとえ人間がこのまま絶滅してしまって、ぼくのような吸血鬼が生きていけない状況になっても、クロなら生きていけるのだ。


 さらに、人狼は、吸血鬼にとっての太陽の光のような絶対的な弱点もないから(人狼が銀の武器を苦手とする話は全くの嘘だ)今の世界で生きるのなら、ひょっとしたら吸血鬼よりもずっと有利かもしれない。


 ただし、人狼は、ある程度の傷なら再生できるものの、首を切断されれば死ぬし、切断された部位を自分で接合する事もできないし、もちろん失った部位を人間の血を吸って再生するなんて事もできないから、吸血鬼のような、むちゃな戦い方はできない。


 だから、もしも、吸血鬼と人狼が戦ったら、吸血鬼一人に対して人狼三人くらいで、ようやく対等といったところだろう。


 あと、確か、架空の物語の中での人狼は、狼に変身したりなんかするけれど、現実の人狼はそんな事はできないはずだ(それは、現実の吸血鬼がコウモリに変身できないのと同じだ)


 それと、現実の人狼は、狼と同じく寿命が十年しかないので、人間の八倍の早さで成長するらしい。


 だから、クロは、スミレと初めて会った時に、生まれてまだ一週間だったけれど、その時すでに人間の子供の二ヶ月の状態にまで成長していたみたいだ。


 でも、鈍感な、ぼくは、その事にぜんぜん気が付いてなくて、一目でそれに気が付いたスミレから教えられたのだ。


「あのね、生まれて一週間の人間の子供は、こんなふうに抱いている人の顔を眼で追ったりなんかできないし、話しかけた言葉にこんなふうに反応したりもしないのよ。そういう事も育児書にちゃんと書いてあるから、もっとしっかり読んで! それで、ここまで成長が早い子供なんて、人狼以外に説明ができないから、もうこの子は人狼で間違いないわ!」


 という訳で、そのスミレの言葉を聞いた、ぼくは、クロを手に入れた時の事を思い出してみたんだ。


 あの時、ぼくが殺したクロの父親と思われる男は、ぼくの攻撃の速さに全く反応できずに簡単に首を切断されたから、確実に人間だった。


 でも、そうすると、あの美女三号が人狼だった事になる。


 ならば、あの時、人狼である美女三号は、お腹のクロがすでに臨月だったために、音速で動く事ができなくて、ゾンビに噛まれるのを防げなかった訳だ。


 ところで、そんな事を再び思い出している、ぼくが、今、スミレが背負うリュックの中にいるのは、ぼくの残りの身体である、下半身と両脚と片腕を再生するのに、あと一人と半分の人間の血が必要だからだ。


 そして、スミレは、今、ぼくが血を吸うための人間をおびき寄せるために、こうして、ヘルメットも被らずに、泣きながら夜の街を歩いているのだ。


 ちなみに、スミレがそんな事を始めたのは、その少し前に、ぼくが、スミレに向かって、世界がこんなふうになってから人間を捕まえるのが大変で、一ヶ月に一人か二人を捕まえるのがやっとだ、と話した事がきっかけだった。


 それで、その話を聞いた時に、スミレはこう答えたのだ。


「私は、世界がこんなふうになってからも、人間を捕まえるのに苦労した事はないわ。だって、十才のままのこの身体で、泣きながら街を歩いていたら、性的欲望をみなぎらせた最低の男たちが、すぐに寄って来るんだもの」


 それを聞いた、ぼくは、その男たちの中には、純粋に善意で助けようとしている者もいるだろうと言ったんだけど、その言葉はスミレに全否定された。


「あんたね! 何、甘い事を言っているのよ! 自分一人で生き延びるのにも苦労する、こんな世界で、善意で人を助けようとする人間なんている訳がないでしょう! いい? 善意っていうものは、余裕があって初めて生まれるものなのよ! こんな世界で生きている人間に、余裕がある訳がないじゃない!」


 そう言ったスミレは、少しだけ考えると、今すぐに、そういう性的欲望をみなぎらせた最低の男を捕まえに行きましょうと、言い出したんだ。


 でも、それは、もちろん、ぼくのためではなく、二~三時間おきにミルクを要求するクロの世話を、すでに三日間一人でやっていたスミレが、そのあまりの大変さにうんざりして、ぼくにもそれをさせるために、ぼくの全身を再生させる必要があると判断したからだ。


 ただし、今、こうして泣いているスミレの声は、どこかにいる人間だけでなく、どこかにいるゾンビにも聞こえる訳だから、さっきみたいに人間が現れるより先にゾンビがやって来てしまう事があって、その時は、どこかにいる人間に見つからないように、こっそりと、そのゾンビの首を切断しなければいけなかった。


 そして、そんな事を一時間くらいやっていたら、本当に性的欲望をみなぎらせた最低の男が寄って来たので、ぼくは、リュックの中でびっくりしてしまう。


 ぼくが、何週間もかかって、ようやく見つけられる人間を、本当にスミレは、わずか一時間でおびき寄せてしまったのだ。


 それで、その男が眼を血走らせて、スミレの背後から、こっそりと近付いて来ているのが、スミレのリュックの中にいる、ぼくにも見えたのだけれど、その男に、これっぽっちも善意がない事は一目で分かった(人間の男の性欲って本当に恐いよね)


 だけど、スミレは慣れたもので、近付いてきた男を建物の陰に誘い込むと、素早くダクトテープを使って、その男の頭をぐるぐる巻きにして眼と口をふさいで、それから手足も縛り上げる。


 そして、その後でリュックから引っ張り出された、ぼくは、容赦なく、その男の首を噛んで血を吸って残りの身体を再生させていく。


 その時の、ぼくは、上半身と片腕しかない状態だったけれど、ちゃんとライダースーツを着ていたので、下半身と両脚が再生されていくのに合わせて、そのスーツがだんだんとふくらんでいく。


 それから、男の血を吸い終わって、完全に下半身と両脚を再生した、ぼくは、リュックの外にぶら下げてあったヘルメットの一つを被って、ブーツを履いて、リュックの中にあった短刀を腰に装着する(長い方の刀はリュックの中に隠せなくて、それをスミレに持たせてしまうと、男をおびき寄せるのが難しくなると思って、今回は置いてきた)


 それで、もう、ぼくの再生できていない部位は片方の腕だけになったので、これでようやくスミレに運んでもらわなくても自分の脚で動けるのでうれしい。


「あと、もう一人、人間を捕まえれば、あんたもクロの世話ができるようになるけど、もうじき夜が明けるから、それは明日にしましょう。それに、そろそろクロがお腹をすかせる頃だから、早く帰らないといけないわ」


 そう言ったスミレも、リュックの外にぶら下げてあった、もう一つのヘルメットを被って、それから、ぼくが血を吸った男の死体が、後でゾンビに喰われてもゾンビ化しないように、その首を斧で切断する。


 スパッ!


 けれど、その時、夜の街の遠くの方から、かすかに何かの音が聞こえてきて、ぼくもスミレも動きを止める。


 それから、しばらくして、それがヘリコプターの音だと、ぼくも気が付くけれど、今の世界で空を飛ぶ乗り物が動いている音を聞くなんて何ヵ月もなかったから、思わずスミレと顔を見合わせてしまう。


 そして、突然、そのヘリからと思われる男の声が、スピーカーから大音量で街に響き渡る。


「今から、この街の中央の公園に、ゾンビたちをおびき寄せて抹殺します。生き残っている人間がいたら、その抹殺が終わってから、中央の公園に集まってください」


 その声は、録音されたもののようで、同じ言葉がずっとくり返される。


 どうやら、そのヘリに乗っている人間たちは、音速で動く事はできても、人間の言葉までは理解できないゾンビを、上空からの呼び掛けでおびき寄せつつ、言葉で警告して、その抹殺作業に人間が巻き込まれるのを防ぐつもりらしい。


 という事は、そのヘリに乗っている人間たちは、本気で、この街の生き残りの人間たちを助けるつもりのようだ。


 スミレもそれに気が付いて、驚きの声を上げる。


「まさか、今の世界で、生き残っている人間たちを助けようなんて考える、善意のある人間がまだいたなんて、信じられないわ! でも、あのヘリは、どこから来たのかしら?」


「たぶん、どこかの軍事施設からだろう。民間の人間が、ヘリの発着場みたいな広い場所を、ゾンビから守りきれるはずがないからね」


 だけど、もうすぐ、クロが起きる時間になるので、一旦、スミレが一人で高層ビルへ戻って、クロにミルクをあげて寝かしつけてから、その後で中央の公園の近くで待ち合わせようという事になり、ぼくは一人で、そのヘリの追跡を始める。


 ただし、そのヘリは、たぶん軍用のヘリだから、きっと人間が発する熱を、赤外線で探知しながら飛んでいるに決まっているので、ぼくは絶対に、そのヘリから直接見える場所には出ないように気を付ける。


 ぼくとスミレの、ヘルメットとライダースーツは、太陽の光だけでなく、熱も遮断するようにできていて、通常ならば赤外線でも探知はされないのだけれど、今は夜で、ぼくはヘルメットのバイザーを上げているから、顔の熱が探知されてしまうのだ(それは、太陽の強い光でもほとんどを遮断する、この特別なバイザーを閉じてしまうと、弱い光しかない夜は何も見えなくなってしまうからだ)


 それから、東の空が明るくなり始めて、街を周っていたヘリが、中央の公園の上空にまで来た時には、その真下に三百体くらいのゾンビが集まっていて、ぼくは、この街にそれだけの数のゾンビが潜んでいた事に、素直に驚いてしまう(この時、ぼくは、ゾンビはゴキブリと同じだと思った)


 そして、ぼくは、太陽が昇り始める前にヘルメットのバイザーを閉じて、その上空のヘリに見つからないように、あるビルの屋上の看板の陰に隠れて、その下からのぞいて公園の様子をうかがう。


 すると、しばらくしてから、ヘリの真下に密集した三百体のゾンビの群れの中に、上空のヘリから手榴弾がいくつか投げ込まれて、その爆発で多くのゾンビがふっ飛ぶ。


 ドカーン! ドカーン! ドカーン!


 けれど、ゾンビは、ふっ飛ばされて手足がちぎれても、まだ頭さえつながっていれば再び動き出して、ヘリの真下に集まって来る。


 そして、それに対して、再び手榴弾が投げ込まれる。


 ドカーン! ドカーン! ドカーン!


 それが、何回かくり返されて、まともに動くゾンビがいなくなったら、今度は大口径の機関銃による射撃が始まって、倒れたままうごめいているゾンビの頭が破壊されていく。


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!


 グシャャャャャャャャャャャャャャャャ!


 それで、たぶん、ほとんどのゾンビの頭が破壊されたはずなんだけど、多くの肉片が重なりすぎて、それがちゃんと確認できない状態になってしまうと、そこへ再びさらに手榴弾が投げ込まれる。


 ドカーン! ドカーン! ドカーン!


 その、いくつもの爆発で、肉片と肉片の間が空いて、ゾンビの状態が確認しやすくなったら、今度はさらに、ダメ押しとなる機関銃による射撃が行われて、残っていたゾンビの頭も残らず破壊されていく。


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!


 グシャャャャャャャャャャャャャャャャ!


 そして、こうした攻撃の全てが終わって、完全に夜が明けた頃には、もうその公園にいた三百体のゾンビは、全てが細かい肉片に変わっていた。


 それで、そこまでやって、初めてヘリから二人の軍人が一人ずつロープで降りてくるんだけれど、それでもまだヘリを着陸させようとしない用心深さは、さすがだと、ぼくは思った。


 それと同時に、ぼくは、これほど用心深い軍人たちが拠点にしている場所は、ひょっとしたら人間養殖計画の条件も満たしているのではないかと、少しだけ期待してしまう。


 そして、ヘリから軍人たちが降りて来たのを見て、ようやく安心したらしい、この街で生き残っていた二十人ほどの人間たちが、周りの建物の陰から出て来て公園の中に集まって行く。


 すると、二人の軍人は、それらの人々を男と女に分けた後さらに年令で分けたので、その結果、若い男、中年以上の男、若い女、中年以上の女、という四つの組ができる。


 それから、まだ世界がこんなふうになっていなかった頃にあった、女子供から先に助けるという慣習にならってなのか、若い女から先に、一人ずつロープでヘリにつり上げられていく。


 ただし、そのヘリの定員を考えると、元々乗っていた軍人を除けば、新たに乗せられる人数は、せいぜい六~七人くらいだから、何往復かしないと全員は運べそうにない。


 だから、たぶん、今、降りている二人の軍人を警備の役で残して、その分二人多く八~九人ほどを乗せたところで、そのヘリは、一旦、飛び去るのだろうと、ぼくは思った。


 それなのに、若い女の、たった三人だけを乗せ終わったところで、その二人の軍人がロープでヘリに戻り出したので、ぼくは驚き、それからすぐに、そのヘリに乗っている軍人たちの本当の意図に気が付く。


 そして、その軍人の最後の一人がヘリに乗り込み終わると同時に、その下にいくつもの手榴弾が投げ込まれて、そこに残っていた人間たちの全員がふっ飛んで、身体がバラバラになる。


 ドカーン! ドカーン! ドカーン!


 さらに、転がった人間たちの死体が、後でゾンビに喰われてもゾンビ化しないように、その頭を破壊するための機関銃の射撃までが始まる。


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!


 グシャャャャャャャャャャャャャャャャ!


 つまり、そのヘリに乗っている軍人たちは、この街で生き残っている人間たちを助けるつもりなどなく、単純に奴隷となる人間を捕まえに来ただけだったのだ。

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