第二十二章 総当たり攻撃
自分の隠れ家の一つに何年かぶりに戻ってみて、そこで自分の両親と、スミレの母親の両親を発見してしまった、ぼくは、それにどう対応するかで考え込んでしまう。
実は、ぼくは、世界が崩壊し始めてすぐの頃に、自分たちの家族の事が心配で、ずっと探しまわっていたのだけれど、どうしても見付けられなくて、もう死んだものとあきらめていたのだ。
その家族が、こうして無事に見付かったからには、これから先は、ぼくの力で守ってあげようと思うけれど、その家族を苦しめないためには、ぼくとスミレが吸血鬼になっている事は、絶対に秘密にしておかなければいけない。
なぜなら、自分たちの子供や孫が人間の血を吸う化け物になった事を知ったら、家族は本当に心配して悩むだろうし、さらに、その事を他の人間に知られたりしたら、その家族が差別されたり危害を加えられたりする恐れがあるからだ。
だから、行方不明になった当時の姿のままで成長が止まっている、ぼくとスミレが、家族の前に出るには、それを納得させるための言い訳が必要だ。
それで、ぼくは、この姿を見せても吸血鬼だと気付かれずにすむ言い訳を、いろいろと考えて、それをスミレに言ってみる。
「スミレ、お前のおじいちゃんと、おばあちゃんは、ぼくたちが行方不明になった時にタイムスリップして、今、ここに現れたと言ったら、信じると思うか?」
「………あのね、それで今はごまかせたとしても、何年か経った時に、ずっと成長しないままなのは、どうやってごまかすのよ?」
「あっ、そうか……。じゃあ実験で冷凍睡眠状態にされていたとか、宇宙人にさらわれて遠い宇宙を旅しているうちに地球では長い年月が過ぎていたとか、天国から特別に許されて帰って来たとかも、全部ダメか……」
「あんたね、成長していない事をごまかしても、太陽の光を浴びたら黒焦げになる事とか、傷付いてもすぐに再生される事は、どうやって、ごまかすつもりなのよ! 家族に顔を見せるなんて絶対に無理だから、あきらめなさい!」
それで、ぼくは、しぶしぶ、ここの人間たちへの対応は、全てユキとコハクに任せる事にする。
「………という訳で、ユキとコハク、お前たちは、あの人間たちに失礼のないように対応するんだ。あと全員、吸血鬼や人狼だとバレないように、気を付けて動いてくれ。特にツキヨ、お前は三才児なんだから、あの人間たちの前では活発に動きまわらないように。それとコハク、お前はここの人間たちを絶対に誘惑するな!」
それから、ユキが、ほら穴の曲がり角のところから、奥にいる人間たちに向かって大声で話して、自分たちがこの隠れ家の本当の所有者である事と、ここには服を取りに来ただけだから争うつもりはない事を伝える。
すると、ここの人間たちも、しばらくは疑っていたけれど、ぼくたちが何らかの方法で出入口のロックを解除したのは事実だし、この中の設備について所有者しか知らない事をユキに話させてから、ヘルメットを脱いだコハクが出て行って説明すると、どうにか話を信じてもらえて、奥に通してもらえる。
その時の、ぼくとスミレは、これまでにいろいろあって顔に傷を負っているから、ヘルメットのバイザーは上げたくないと、ユキが説明したのと、ぼくのヘルメットが黒焦げで、身体にダクトテープを巻いただけという姿だったので、ここの人間たちはみんな同情してくれて、顔を見せなくても怪しまれずにすんだ。
それから紹介を受けて、ここの人間たちは全部で七人で、四十代の、ぼくの両親と、スミレの死んだ母親の両親、そして二十代の、スミレの死んだ母親の妹と、その友人の女が二人という構成だと分かった。
その七人の人間たちは、たぶん、男が二人だけで、しかも、その二人ともが若くなかったからこそ、危険をひたすら避けて、今まで死なずにすんだのだろう。
それと、このほら穴は、もともと炭鉱として使われていた時代に、ぼくの曾祖父が働いていたもので、ぼくにその事を教えてくれたのも、ぼくの親父だったから、それで、みんなでここに避難してきたみたいだ。
あと、ぼくは吸血鬼なので、この隠れ家には燃料をたくわえただけで、水や食料の事は全く考えていなかったけれど、この近くには川が流れていて、そこで水を汲んだり魚を釣ったりできるし、それ以外にも、木の実を採ったり狩りができるから、それでなんとか、ここの人間たちは生きてきたようだ。
それから、ぼくは、ぼくと同じように身体にダクトテープを巻いただけのユキと、下半身にダクトテープを巻いたスミレの三人で、ここの人間たちに断ってから、さらに奥へ行って、保管してあったライダースーツとヘルメットを身に着ける(ここの人間の中には、ぼくやスミレと同じ体格の人間がいなかったので、保管されていた服は全てそのまま残っていた)
あと、業者がサイズを間違えて作ったものが、ユキの身体に合ったので、ユキも、ぼくと同じものを身に着けて、スミレも、シャワールームへ行って新しいライダースーツに着替える。
そして、ぼくは、ここの人間たちに、ぼくたちが制圧した軍事施設へ移り住む事を、ユキとスミレからすすめさせて、それで、試しに一度、ぼくの親父が一人で、そこを実際に見てみる事になる。
それから、軍人たちにヘリを手配させようとして、コハクが衛星携帯電話を掛けに外へ出たので、ぼくとスミレもいっしょに出て、朝日が昇る山の中で、二人だけで話す。
「スミレ、これで、ぼくの親父さえ説得できれば、ぼくたちの家族の全員を、あの軍事施設で保護する事ができる。ぼくたちの顔を見せる事ができないのは残念だけれど、いつでも家族の無事な姿を確認できるというだけでも、こんな世界では十分に贅沢だろう?」
「………そうね。私も自分の家族が、こんな世界でまだ生きているとは思ってなかったから、本当に夢みたいね。それと、自分たちの家族を保護できる手段があるというのも、あんたが人間養殖計画なんてものを思い付いたおかげだわ。あんたの、むちゃくちゃな思い付きも、たまには役に立つじゃない」
そんなふうに、ぼくが、自分の子供であるスミレからほめられたのは、初めての事だ。
それから、衛星携帯電話を掛け終わったコハクに、ヘリがここに到着するまでには、あと五時間くらいかかると言われたので、まる二日ほど寝ていなかった、ぼくは、それまで、ほら穴の奥で眠らせてもらう。
そして、昼ごろになってから起こされた、ぼくは、みんなといっしょに外へ出ると、上空に到着したヘリに、ぼくの親父をロープで吊り上げてもらってから、ぼくたち五人も、吸血鬼や人狼である事がバレないように、一人ずつ吊り上げてもらって(ツキヨは、ちゃんとカゴで吊り上げてもらった)それから、ぼくたちが制圧した方の軍事施設の、だいたいの位置をコハクに説明して、そこへ向かうように指示してもらう。
ただし、音速で走れる、ぼくたちにとっては、時速三百キロ程度しか出せないヘリでの移動は、さっきまで寝ていたというのに、あくびが出るくらい退屈だ(音速は時速で言うと千二百キロ以上になるので、ヘリの速さはその四分の一でしかないのだ)
すると、その途中、地上のはるか遠くの方で津波ゾンビが移動しているのが見えたので、ぼくは、その直径八キロの大きさの、アメーバのようにうごめく五千万体を超える数のゾンビのかたまりを見ながら考える。
二日前の夜の時点で、人間養殖計画の障害になると思われるものは、三つあった訳だけど、その障害の一つだった人狼軍人たちはすでに全員を倒して、もう一つの障害と思われた謎の人物は、すでにその正体がコハクである事が分かって仲間にできたのだから、あの津波ゾンビさえ倒せば、全ての障害がなくなる。
でも、ニューヨークのマンハッタン島に近い面積を持つ、そのかたまりは、ヘリや無人航空機からの攻撃力では、とても倒せそうにない。
たぶん、あの津波ゾンビを倒すには、何十機もの大型爆撃機で、何千発もの爆弾を投下する必要があるはずで、コハクは、すでに四つの軍事施設を支配しているとは言っていたけれど、さすがに、それだけの戦力は持っていないだろう。
そして、それからずっと津波ゾンビをどうやって倒すかを考え続けたけれど、ちゃんとした答えを出せないまま夕方になって、そのうちに自分たちが制圧した方の軍事施設に到着したので、ぼくたち五人は、ぼくの親父を連れて地下シェルターに入る。
それで、ぼくの親父の案内はユキに任せて、スミレとツキヨがクロと遊んでいる間に、ぼくは、津波ゾンビをどうやって倒すかをコハクに相談しようとするけれど、その時に、監視モニターがある部屋にいた女の一人から、通信が入っている事を知らされる。
「少年、それは私が支配する軍事施設からの、衛星回線を使った通信だと思うわ。だから、ちょっとだけ、その部屋を私だけに貸してもらえないかしら?」
その要求は、なんとなく怪しいとは思ったものの、津波ゾンビを倒すためにはコハクの協力が絶対に必要なので、その部屋にいた女たちを廊下に出して、ぼくは扉の前で待つ。
それから、コハクは、ほんの五分くらいで部屋から出て来たので、ぼくは、女たちをその部屋に戻して、コハクを連れて別の部屋に入って話を切り出す。
「コハク、さっきのヘリの中からも見えたけど、あの津波ゾンビがいると、人間養殖計画が進められないんだ。人間を増やすためには、食料を生産する必要があるけれど、農作物や家畜を地上で育てても、津波ゾンビが来たら確実に全滅してしまう。だから、何とかして、あの津波ゾンビを倒したい」
「ふーん。いいわよ。手伝ってあげる。だけど、それには、あの津波ゾンビを決められた時間に、決められた場所に誘導する必要があるわ。けれど、あの津波ゾンビは音速で移動できるから、時速五百キロ程度しか出ない無人航空機で誘導するのは無理よ。つまり、吸血鬼か人狼が直接あの津波ゾンビを誘導する必要があるの。君たちにそれができる?」
「ちょっと待て、コハク。その前に、どうやって、あの津波ゾンビを倒すのか、その方法を教えろ」
「………私ね、前に四つの軍事施設を支配しているって言ったでしょう? その一つが核ミサイル基地なの」
「はははは………。おい、コハク、核ミサイルっていうのは、その軍事施設にいる軍人だけでは発射できないだろ。この国の大統領しか知らないパスコードが必要だ。それはAからZまでの二十六文字を六ケタ並べたもので、組み合わせは三億通り以上ある。だから、お前が大統領を捕まえない限り、絶対に核ミサイルは発射できない」
「………少年、君は、パスコードの解除方法に、総当たり攻撃っていう方法があるのを知っているかしら?」
「もちろん知っている。AAAAAAから、ZZZZZZまで、三億通りのパスコードを順番に一つずつ正解するまで全て入力していく方法だろ? でも、核ミサイルのパスコードは発射管制室にあるダイヤルを手で合わせる必要がある。それに、そのダイヤルを合わせるには、二人の人間が同時にカギを回して五秒以上固定しておかないとダメだ」
「そうね、だから、核ミサイルのパスコードを総当たり攻撃で解除するためには、十基のミサイル発射管制室に二十人の人間を集めても、せいぜい一時間に三千六百通りしか試せないわ。もしも、六十人以上の人間を集めて、交代で二十四時間やらせても、一日で試せるのは、たった八万六千四百通りだけよ」
「そうだろ? それだと三億通りのパスコードを解除するのに、九年十ヶ月かかる。だけど、パスコードは一定期間ごとに書き換えられるから、その間に新しいパスコードに変わって…………………」
「………少年、君も気が付いたわね? 確かに通常の世界でなら、一定期間ごとに書き換えられてしまうから、核ミサイルのパスコードを総当たり攻撃で解除するなんて絶対に不可能よ……。けれど、今は世界が崩壊しているから、核ミサイルのパスコードを書き換える人間が誰もいないわ。だから九年十ヶ月かけて総当たり攻撃をすれば、それは絶対に解除できるのよ……。ところでパスコードは、どんな組み合わせか分からないから、本当に三億通りの全てを試すまで解除できない訳じゃないわ。もしも五千万通りで解除できれば、一年八ヶ月ですむでしょう?」
「………お前、まさか、さっきの衛星通信は……」
「そうよ。さっき五千二百二十万通りを試したところで、解除に成功したという連絡があったの。これで私は支配している軍事施設にある核ミサイルを、いつでも発射する事ができるわ」
それを聞いて、ぼくは、めまいがする。
この変わり者の痴女は、これから自分の気が向いた時に、いつでも核ミサイルを発射できると言うのだ。
それが、ゾンビよりも危険だと思うのは、ぼくだけだろうか。