第十九章 一心同体
ツキヨの炎で両腕を失っても、ひるむ事なく強引にユキの首を噛んだ、その人狼軍人は、たぶん、この下水道の中のどこかでゾンビに噛まれて、ウィルスに感染してしまったのだろう。
そうなると、吸血鬼ほどは再生能力が強力ではない人狼は、人間のように数秒でゾンビになったりはしないものの、それでも数時間で完全なゾンビになってしまう。
それで、その人狼軍人は、ゆっくりと時間を掛けてゾンビになっていく過程で、脳をウィルスに侵されて理性がなくなって、自分が巻き込まれるかもしれない、むちゃくちゃな罠を仕掛けたり、ライフルを撃ちながら向かって来たりした訳だ。
そして、ぼくは、ユキの首を噛んでゾンビウィルスを感染させている、その人狼軍人に対して背後から音速で近付くと、その首を刀で切断する。
スパッ!
それから、ぼくは、素早く刀をさやに収めながら、もう片方の手で腰から短刀を抜いて、ユキの頭の、あごより少し上の部分を切断する。
スパッ!
そして、空中を飛ぶユキの頭をつかんだ、ぼくは、その切断面を噛んで、自分の体内にある吸血鬼の毒を、ユキに注入する。
噛まれてすぐに、その場所より上の部分で切断したので、ゾンビウィルスがユキの頭に入るのは防いだはずだけれど、人狼の再生能力は吸血鬼ほど強力ではないから、ぼくが頭を切断した時点で、ユキは、もう死んでいる。
でも、もしもユキの運が良くて、その身体が吸血鬼の毒に適応するのならば、ぼくが注入した毒で吸血鬼になる事で、ユキは生き返るはずなのだ。
それで、ぼくは、ユキに突き飛ばされて倒れていたツキヨを、助け起こしながら言う。
「ツキヨ、すまないが、お前の手に傷を付ける。それから、その手で、このユキの頭を持っていてくれ。そうしないと、もしも、ユキが吸血鬼として生き返っても、この頭の中にある血だけでは、すぐに死んでしまうから」
吸血鬼は、他の吸血鬼の血では生きられないので、今、ここでユキを救うには、人狼であるツキヨの血が必要なのだ。
だから、ぼくは、ツキヨにユキの頭の髪の毛をつかませて、その手の甲に短刀を突き刺して、ユキの頭にツキヨの血が滴るようにする。
だけど、いくら人狼でも、三才のツキヨに、それほど多くの血を流させる訳にはいかないから、できるだけ早く地上に出て、なんとか人間を見付けないといけない。
しかし、この上の街は、今日の昼間に人狼軍人が隠れていないかを確かめようとして、ぼくとコハクで、何万体ものゾンビの大群を連れて周ったので、生き残っていた人間は全て、その時にゾンビに喰われてしまったはずだ。
だから、今、この付近で人間を見付けるのは、かなり難しいだろう。
それで、どうしようか考えていると、どこかから助けを求める人間の声が、かすかに聞こえてくる事に、ぼくとツキヨは気が付く。
「アニキさん、聞こえる?」
「ああ」
けれど、下水道の中に人間がいるのは、どう考えても不自然だし、まだ、もう一人の人狼軍人が、どこかにいる訳だから、そいつの罠かもしれないので、ぼくは、ユキの弓と矢の入った筒を拾って肩に掛けると、ユキの頭をつかんだツキヨを抱いて、警戒しながらゆっくりと、その声がする方向へと歩いて行く。
それから、しばらくして、ぼくは、その声が下水道の壁にある小さな横穴の中から聞こえてくる事に気が付くが、その横穴には太い鉄格子がはまっていて、つかんで引っ張ってもビクともせず、さすがの吸血鬼の力でも外せそうにない。
すると、ツキヨが言う。
「アニキさん、私も手伝う」
それで、ツキヨが口に燃料を含んでからターボライターで着火して、ものすごく細いガスバーナーのような炎を口から吹いて鉄格子の端を熱して、その鉄が十分に柔らかくなったところで、ぼくが吸血鬼の力でねじ曲げる事で、なんとか、その横穴に入れるようになる。
ただし、その横穴は、ぼくの十四才の身体でも、少し姿勢を低くしなければ頭をぶつけてしまうほどの高さしかなく、片方の手で光を放つ発炎筒を持った、ぼくは、もう片方の手でツキヨを抱いて慎重に進む。
でも、曲がりくねったその横穴は、思ったよりも長くて、ぼくは、その途中でなんとなく不安になるが、それでも、しばらくすると、どうにか、その奥にある十メートル四方ほどのコンクリートで囲まれた部屋に出る。
ところが、その部屋の四方の壁には、二十人ほどの人間たちが両手と両足を鎖でつながれていて、その中の男の一人が助けを求めて叫んでいるけれど、それ以外の者は、意識を失っているか、死んでいるようで、全く動かない。
それを見た瞬間に、ぼくは、人狼軍人よりも、もっと危険なヤツが、この地下のどこかに潜んでいる事に気が付いて、すぐにスミレとコハクに合流して、全員で地上へ逃げなければと思う。
それで、部屋の奥に分厚い鉄の扉があるのが見えたので、それが、どこにつながっているのかを調べてみようとしたけれど、鍵が掛けられているようで全く動かない(さすがに、その扉は分厚すぎて、ツキヨの炎で熱しても破れそうになかった)
その時、ぼくに抱かれたツキヨが小さい声で叫ぶ。
「アニキさん! ユキさんが!」
どうやらユキには運があったようで、吸血鬼の毒が適応したらしく、ツキヨがつかんだその頭は切断面の皮膚も再生されて、ユキは薄く目を開け始めている。
それで、ぼくは、急いで抱いていたツキヨを降ろすと、その手からユキの頭を受け取って、光を放つ発炎筒をツキヨに渡してから、叫んでいる男の腕を短刀で刺して、そこからふき出る血をユキの頭にかける(その男は、さらに大きな声で叫び出すけれど、どうせ、この後すぐに死ぬ訳だから無視する)
その時のユキの頭は、あごの上で切断されて口がない状態だけれど、かけられた血を皮膚の細胞から吸収して、頭の下の部分がどんどん再生されていく。
そして、ユキの頭の下あごが再生されたところで、ぼくはユキの顔を、その男の首に押し付けて口で血を吸えるようにしながら、自分の腰にぶら下げていたダクトテープで、その男の腕の傷をふさいで無駄な血が流れるのを止める。
ところで、ユキは二十四才の男だから、ぼくの十四才の身体よりも大きくて、大人三人分の血を吸わなければ全身を再生できないので、ぼくはツキヨに言う。
「ツキヨ、壁につながれた人間で、まだ生きている人間を探してくれ」
それから、しばらくして、なんとかユキの上半身が(腕はまだだけど)再生されたところで、ツキヨが手招きをする二人目の男のところにユキの上半身を抱えたまま行って、さっきと同じように、その二人目の男の血をユキに吸わせながら、再びツキヨに言う。
「ツキヨ、あと、壁につながれた人間の中から、ユキの足に合いそうな靴を脱がせて持って来てくれ」
それで、さらに、しばらくして、下半身と両脚も再生できたユキが、三人目の男から血を吸っている間に、ぼくは、ツキヨが持って来た靴をユキに履かせて、脚から胴体へとダクトテープをぐるぐる巻いていく。
だけど、その時、鎖でつながれた人間の一人が意識を取り戻して、突然、話し出す。
「………お前たちも……すぐに………アイツらに……捕まる……」
それは、残っていた最後の人狼軍人だった。
どうやら、この下水道に隠れていた人狼軍人の二人は、ここで何者かに襲われてしまって、その一人がこうして捕まり、もう一人は逃げたもののゾンビウィルスに感染する事になってしまったようだ。
「………アイツらには……誰も勝てない……お前たちも……全員が……ここで死ぬんだ……」
ぼくは、鎖でつながれている、その人狼軍人の首を刀で切断する。
スパッ!
そして、不安そうにしているツキヨを抱き上げながら、三人目の男の血を吸い続けているユキに言う。
「ユキ、今、こいつが言った事は、たぶん本当の事だ。ここには、かなり危険なヤツがいる。だから、すぐにスミレとコハクを見付けて、みんなで地上に出ないといけない」
それから、ぼくは、ユキが両腕を再生できたところで、ユキが血を吸いつくして死んだ人間が、後でゾンビに喰われてもゾンビ化しないように、その首を切断しておく。
スパッ! スパッ! スパッ!
そして、ぼくは、弓と矢が入った筒とダクトテープをユキに渡してから、ツキヨを抱いて、三人で横穴を通って元の場所へ戻る。
それで、再び元の下水道に出てから、両腕にもダクトテープを巻き終わったユキに、ツキヨを肩車させて、まずはスミレがいると思われる方向に走り出そうとしたところで、ぼくは、そこに二人の男が並んで立っている事に気が付く。
その二人は、たぶん吸血鬼だろう。
さっきの部屋の、鎖でつながれていた人間たちは、その二人の吸血鬼の保存食だった訳だ。
さらに、その二人の吸血鬼もゾンビウィルスに感染していて、その二人から襲われたせいで、ユキを噛んだ人狼軍人もウィルスに感染していたのだ。
そして、ウィルスに脳を侵されて、理性を失った吸血鬼は、この世界で最も凶悪な怪物だから、出会ってしまった以上、ぼくは、なんとしてでも、その二人を倒さなければいけない。
すると、その二人は、ぴったりと身体を付けて並んだまま、それぞれが両腕で二本の刀を抜いて、全部で四本の刀を構える。
だから、ぼくは、光を放つ発炎筒を捨てると、背中の刀と腰の短刀の両方を抜いて、いきなり音速で汚水を巻き上げながら突っ込んで、同時にユキが弓矢を放つ。
ドン! ザザン!
ビュッ! ビュッ! ビュッ! ビュッ!
それでも、その二人は、その場から全く動かずに、刀だけでユキの放つ弓矢を払っていく。
キン! キン! キン! キン!
それで、ぼくは、その二人を分断しようと、下水道の壁から天井へと駆け上がって、真上から斬り降ろすけれど、その二人は身体をぴったりと付けて並んだまま、ユキの弓矢と、ぼくの刀と短刀の、全ての攻撃をはじく。
キン! キン! キン!
そして、その二人の四本の刀のうちの一本によって、ぼくは、刀を持つ方の腕を切断されてしまう。
スパッ!
それでも、ぼくは怯まずに、短刀でその相手の腕を切断しようとするけれど、それは、もう一人の刀によってはじかれる。
キン!
さらに、その二人は、ユキの弓矢を全てはじきながら、ぴったり並んだまま、ぼくに斬りかかって来るので、ぼくは、なんとか飛び退いてそれを避ける。
キン! キン! キン! ザシュッ!
けれど、どれだけ動いても、その二人は身体をぴったり付けたまま、決して離れない。
そこで、ぼくは、やっと気が付く。
この二人は、二人ではあるが、二人ではない。
双子の中に、一つの卵子が分裂して生まれる、一卵性双生児というのがいるが、その一卵性双生児の中に、ごくまれに、二人の身体が結合したままで生まれてくる結合双生児というのがいる。
この二人は、まさにそれで、生まれた時から腰の部分が完全につながっていて、絶対に離れる事ができない身体なのだ。
そして、一卵性双生児というのは、ただでさえ性格や考え方まで似てしまうのだけれど、生まれた時から、ずっといっしょに行動し続ける結合双生児の意思は、本当に完全に百パーセント一致する。
それに気が付いて、ぼくは、ぞっとしてしまう。
もしもこの世に、互いの意思を完全に一致させる、文字どおり一心同体の二人の剣士がいて、その二人ともが、それぞれで二本の刀を使うとしたら、その四本の刀をすり抜ける事などできるのだろうか?
しかも、その二人ともが吸血鬼で、さらにゾンビウィルスに感染して理性すらなくしているとしたら、そんな相手に、どう戦えば勝てるのだろうか?