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第十七章 巨大迷路

 男たちを性的に興奮させてから、その血を吸うために、この国の軍事施設をいくつも支配していると言うコハクに、ぼくは、あきれて言う。


「お前なあ、そんな目的のために、軍事施設をいくつも支配するなよ………。そんな事をしなくても、お前だったら、普通に街を歩いていれば勝手に男が寄って来るだろう?」


「あら、街にいる男なんて、どんどん減っていくだけだから、ちゃんと安全な場所に確保しておく必要があるわ。それで、今の世界で最も安全な場所は、軍事施設の地下シェルターだから、そこを支配すれば軍人の男たちを確保できる上に、その軍人たちの安全も保てる訳だから、効率的でしょう?」


「………いや、確かにそうだけど、そのために、そんなにいくつもの軍事施設を支配しなくてもいいんじゃないのか?」


「あのね、普通の成人の男からなら、死んでしまうまでに一度に三リットルくらいは血を吸えるけれど、その男を殺さないように、健康を維持したままで血を吸うとなると、一ヶ月に一度、二百ミリリットルくらいしか吸ってはいけないのよ。そうすると、十五人以上から血を吸わないと、同じだけの量が得られない訳でしょう? それに、できれば一ヶ月に二回は血を吸いたいから、最低でも三十人は確保しておく必要があるのよ。さらに、自分の身体の部位を失った場合に再生させる時や、その人間たちが病気や怪我をした時の事を考えたら、百人くらい確保しないと安心はできないわ」


「まあ、そうだな。万が一の事を考えれば、そのくらいの人数は必要か………。確かに、そうすると、二~三ヶ所の軍事施設を支配しないといけないな……」


「そうでしょう? ………でも、私はすでに三ヶ所の軍事施設を支配して、百人以上の軍人を確保しているから、ここを支配するのは、予備の地下シェルターがほしかったからよ。確保した軍人を、できるだけ多くのシェルターに分散させれば、ゾンビに侵入された時に失う数が少なくてすむもの」


 それを聞いて、ぼくは考える。


 ぼくが、いつもやるように、血を吸うたびに人間を殺して使い捨てにしていれば、百人いても四年くらいで全員を失ってしまうが、コハクがやるように少しずつ血を吸えば、その人間たちを殺す事なく寿命が来るまでに、何十年でも血を吸い続けられる。


 さらに、その百人の半分以上を女にすれば、人間たちは勝手に繁殖するだろうから、寿命が来るまでに新しく生まれた子供たちが育って、それが永久に続くはずだ。


 そして、今、ぼくの周りにいる吸血鬼は、ぼくとスミレとコハクの三人しかいないから、三百人以上の人間を確保すれば、ぼくたちは、永久に人間の血を吸い続けられるだろう。


 だから、ぼくは、それを人間養殖計画の当面の目標にしようと考える。


 ただし、それだけの数の人間と、その人間たちを生活させるための、いくつもの軍事施設を効率的に支配するには、どうしてもコハクの協力が必要だ。


 だけど、たぶんコハクも、このまま何もしないでいれば、せっかく確保した軍人たちを寿命で失ってしまう事になるのは分かっているはずだから、人間を増やすために、きっと、ぼくの計画に乗ってくれるだろう。


 そして、ぼくが、そんな事を考えていると、コハクは着信で振動している衛星携帯電話を取り出して、その電話の相手と話してから、ぼくに向かって言う。


「ここの軍人たちが、やっと降伏したわ。すぐに、ここの地下シェルターの中に入りましょう」


 そして、コハクは、ぼくを連れて、その軍事施設の中央にある建物の中から地下シェルターに入る。


 それから、その中で待ち構えていた軍人たちに出入口を閉められて、太陽の光が入らなくなると、すぐに、コハクはヘルメットを脱ぐ。


 すると、十七才のまま永遠に老いる事がないコハクの、ウェーブがかかった長い髪が背中に広がって、後ろにいた、ぼくは、思わずその姿に見とれてしまう。


 吸血鬼は、その強力な再生能力によって、身体が常に完全な健康状態に保たれるので、人間でいた時よりも、さらに美しくなるのだけれど、たぶん、もとから美しかったであろうコハクの姿は、本当に文字どおり人間離れした美しさなのだ。


 それは、ぼくのように、吸血鬼になって完全に性欲がなくなっている者でさえ、見とれさせてしまうのだから、普通の人間には、その美しさに抵抗する事など絶対にできないだろう。


 それで、地下シェルターの中で銃を構えていた軍人たちも、全員、コハクの美しさに意識を吸いこまれて、放心状態になってしまう。


 それから、コハクは、ヘルメットを脇に抱えると、心を奪われた軍人たちと、ぼくを引き連れて、自分の城を歩く女王のように、ゆっくりと優雅に地下への階段を降りて行く(ちなみに、ぼくは万が一の事を考えて、ヘルメットはバイザーを上げただけで、被ったままにしておいた)


 その時の、ぼくは、コハクの後ろを歩きながら、ここの軍人たちが仕掛けているかもしれない罠を、ずっと警戒していたのだけれど、たぶん、コハクの美しさが、ここの軍人たちの行動をためらわせたようで、何事もないまま最下層の広間に到着する。


 すると、その広間に集まっていた何十人もの軍人たちも、全員がコハクを見て、一目で心を奪われてしまう。


 そして、コハクは、ここで最も階級が高いであろう軍人に、輸血用の血液が必要だから、十人ほどから血液を採取してほしいと頼むと、今後の事を話し合いたいからと言って、広間の奥にある、その軍人の部屋に二人だけで入って行く。


 それで、ぼくは、マフィアのボスとその愛人が密会しているところを守る用心棒のように、その軍人の部屋の入口のドアに背中を付けて、広間で二人の衛生兵が軍人たちから順番に血液を採取している前で、話し合い(?)が終わるのを待つ。


 それから、一時間ほどが経って、ぼくが、十人分の血液が入った保冷バッグを受け取っていると、ちょうどコハクもその部屋から出てくる。


「話し合いは、うまくいったのか?」


「ええ、もちろん」


 という訳で、コハクが、ここのリーダーを誘惑して手なずけてしまった事で、もう、この軍事施設の制圧は完了してしまう。


 ここの軍人たちは、無人航空機からのミサイル攻撃で、仲間たちの多くを殺されているので、ぼくたちの事を憎んでいたはずだけれど、人間の男にとって、性欲は他の何よりも優先するから、コハクの美しさは、そんな憎しみすら上書きしてしまった訳だ(シェイクスピアのお話に出てくるロミオだって、憎んでいた家の娘のジュリエットを好きになるのは止められなかったからね)


 それに加えて、どうやら、もともと、ここを支配していた三人の人狼軍人たちは、ここで、かなり横暴にふるまっていて、ここの軍人たちの間では、かなりの不満が溜まっていたので、それに比べれば、吸血鬼であっても、コハクのような美しい痴女に支配されるのは、ここの軍人たちにとっては、かなりマシな事らしい(という事を後からコハクに聞いた)


 それから、コハクは、ここの軍人たちの全員を紹介されて(コハクは全員の名前を憶えたようだけれど、その後ろにいた、ぼくは、いつものように頭の中で全て番号に置き換えた)さらに、この軍事施設で使える設備や兵器のおおまかな説明と、武器弾薬や燃料や水や食料などが、どのくらい、たくわえられているのかも教えてもらう。


 そうやって、ここの軍人たちから、いろいろな説明を受けていると、ぼくが前にやったような、軍人たちを全員抹殺するという強引な制圧よりも、コハクの制圧の方が、そこにいる軍人たちの協力を得られる分、何かと便利だという事に気が付く。


 ただし、ここの軍人たちは、奴隷を捕まえるために、それ以外の人間たちを無駄に殺すような悪い人間たちだから、コハクのものになっていなければ、ぼくは、すぐにでも全員を抹殺しているところだ(ここにいる軍人たちは全て、ここを支配するコハクのものになった訳だから、もう、ぼくでも、コハクの許可なしには殺す事ができない)


 そして、この軍事施設の制圧が完了して、必要最低限の説明を受け終わった、ぼくたちは、逃げた二人の人狼軍人を追うために、地下シェルターから外に出る。


 その時の、ぼくは、地下シェルターから出る前に、採取された血を吸って片腕を再生して、その腕にもダクトテープを巻いておいたので、久しぶりに全身が完全な状態になっている。


 さらに、ぼくは、リュックを背負って、その中に対人地雷とか手榴弾とか、人狼軍人を捕まえるために必要と思われる、いろいろな物を詰め込んでいた。


 それから、コハクが、無人航空機に監視させている情報を、衛星携帯電話で確認したところ、二人の人狼軍人は別々の順路で逃げたものの、結局は同じ街で合流して、そこに隠れているという事だった。


 どうやら、人狼軍人たちは、この軍事施設を捨てる事になった場合に逃げる先を、事前に打ち合わせしてあったようだ。


 ならば、その逃げた先には、吸血鬼や人狼を相手にして戦うための準備もしてあるのだろう。


 けれど、もちろん、ぼくは、そんな事で追うのをためらったりはしはない。


 それで、コハクが、スマホの地図アプリでその位置を確認してから、すぐに、ぼくたちは、音速で二人の人狼軍人たちが逃げ込んだ街へと向かう。


 ドン!


 でも、それから二時間ほど走って到着した、その街は、高層ビルが立ち並ぶ、かなり巨大な街で、二人の人狼軍人を探し出すのは、かなり手間がかかりそうに見えた。


 そして、その街の最も高いビルの屋上に登って、周りを見回してから、途方に暮れたコハクが言う。


「ねえ、君、どうやって、この街に隠れた二人の人狼軍人を見付けるの?」


「コハク、お前、ハーメルンの笛吹き男っていう童話は知っているか?」


「………ドイツのグリム童話の一つよね? 笛を吹いて街中のネズミを集めたっていう……。それが、どうかしたの?」


 ぼくは、背負っていたリュックの中から、二つの拡声器を取り出して、その一つをコハクに渡しながら言う。


「そいつと同じ事をする。これから、ぼくと、お前で、この街の東西に分かれて、この拡声器でゾンビを集めながら、街中を高速でまわるんだ。たぶん、これだけ大きな街なら、何万体ものゾンビが集まるはずだ。それだけのゾンビを引き連れて走れば、どこかに隠れている人狼軍人も飛び出してくるだろう。それを上空の無人航空機から見張っていれば見付けられる」


「………まさか、それ、本気で言っているんじゃないよね?」


「じゃあ、ぼくは東からまわるぞ!」


「………私も変わり者だけれど、君の頭も十分おかしいよ!」


 それから、ぼくたちは、拡声器を使って大声を出しながら高速で走って、ゾンビを集めながら街をまわる。


 そして、それぞれの後ろに何万体ものゾンビを集めると、その直径は野球場くらいの大きさになるので、その大群を引き連れたまま、一つずつのビルを、窓を割りながら一階から屋上まで順番にまわっていく。


 ところが、それから、太陽が沈みかける時間になるまで街の全てのビルをまわっても、二人の人狼軍人たちが出てくる気配がない。


 それで、ゾンビの大群を引き連れたまま、最初にいたビルの屋上で合流した、ぼくとコハクは、ちょうど、その上空をかすめた無人航空機に向かって跳んで、二人でその翼の下にぶら下がる(無人航空機は、全部で千七百キロもの爆弾を積めるので、二人くらいがつかまっても問題なく飛べるのだ)


 すると、ぼくたちを追いかけて来たゾンビの大群の何十体かが、同じように屋上から跳ぶけれど、そいつらは先へと進んで行く無人航空機に届かずに、次々と地面へ落ちていく。


 その様子を見ながら、夕焼けの空の下で無人航空機につかまったコハクが、風に負けないように大声で言う。


「ちょっと! さんざん走り回って、結局、見付からなかったじゃない!」


「いや、これで人狼軍人たちのいる場所がはっきりした!」


「どこよ!」


「地下の下水道の中だ!」


 つまり、ぼくたちは、これからこの街の地下にある下水道に入って、その巨大迷路の中から、二人の人狼軍人を見付けないといけないのだ。

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