第十六章 軍人たちを確保
コハクの命令によるミサイル攻撃で破壊されたヘリや装甲車が、周りで燃え上がる中で、片腕の再生がまだできていない、ぼくは、大型トレーラーの残骸の陰に隠れたまま考える。
ここの人狼軍人たちも、さっきのミサイル攻撃が、はるか上空を飛ぶ無人航空機からのものだという事には、じきに気が付くだろう。
そして、それに気が付いた人狼軍人たちは、その無人航空機によって、自分たちが監視される事にも気が付くはずだ。
なぜなら、地上から離れた上空から見れば、人間の眼でも、音速で動くものをとらえる事ができるからだ(それは、崩壊する前の世界にあった航空ショーとかで、音速で飛んでいた戦闘機でも、ある程度、離れて見れば、人間の眼でとらえる事ができたのと同じ事だ)
それで、昨日の夜のコハクは、ここの上空を飛んでいた無人航空機から監視させる事で、津波ゾンビに追いかけられた、ぼくを、ここからずっと離れた街にたどり着くまで追跡する事ができた訳だ。
でも、人狼軍人たちが、その事に気が付いてしまったら、すぐに、無人航空機からの監視を避けるために、三人がばらばらになって、ここから逃げ出すだろう。
だから、ぼくたちは、その前に人狼軍人たちを見付けて倒さなければいけない。
なぜなら、ここで人狼軍人たちを逃がしてしまえば、そいつらが、いつか再び襲ってくるのを、この後ずっと警戒し続けなければいけなくなって面倒だからだ。
それで、ぼくは、コハクに確認する。
「今、ここの上空を飛んでいる無人航空機の数は、いくつだ?」
「三機よ。だけど、もうすぐ燃料切れで、一機が交代する時間になるから、ほんの少しの間、使えるのは二機だけになるわ」
「分かった。ぼくは、今から、地雷ゾンビの集団を連れている人狼軍人を見付けて、そいつを倒す。だから、お前は、そいつ以外の二人の人狼軍人を、無人航空機に追跡させてくれ」
そう言って、ぼくは、大型トレーラーの残骸の陰から飛び出して、昼の日差しの下で、軍事施設の敷地の中へ入る。
たぶん、人狼軍人たちは、装甲車やヘリが爆破されたのを見た後で、すぐに、近くに攻撃ヘリが飛んでないかを探したはずだ、
そして、それが見つからなくて、しばらく考えてから、さっきの攻撃が無人航空機からのものだという事に、気が付くだろう。
その後で、無人航空機によって、自分たちが監視される事にも気が付いて、その監視を避けようと逃げ出すまでに掛かる時間はごくわずかだ。
だから、ぼくは、すぐに走る早さを音速にまで上げる。
ドン!
それで、なんとか、ぼくは、ここの軍事施設から逃げ出そうとする人狼軍人一号と、それに導かれる地雷ゾンビ集団の姿を、間一髪で見付けて、それを追いかける。
そして、隠していたワイヤーの一本を腰のところから引っ張り出した、ぼくは、高速で走る地雷ゾンビ集団の後ろに近付いて、片腕でワイヤーを振って、最後尾にいた七体ほどのゾンビの首を、まとめて切断する。
スパパパパパパパ!
それから、ぼくは、対人地雷を起爆された場合に、それに巻き込まれないように、地雷ゾンビたちの死体から十メートル以内には近付かないように気を付けつつ、ここの敷地の中にある、いくつもの車の残骸を避けながら、人狼軍人一号を追いかける。
ところが、その時、ぼくの周りにあった車の残骸のいくつかが、突然、爆発する。
ズガーーン!! ズガーーン!! ズガーーン!! ズガーーン!! ズガーーン!!
しかも、それらの車の残骸の中には、爆発物といっしょに大量の燃料も仕掛けてあったようで、ぼくは、全身を炎に巻かれてしまってから、ようやく、自分が罠にかかった事に気が付く。
ここの人狼軍人たちは、昨日の夜にここを襲った、ぼくとスミレが、ヘルメットを被っていたのを見て、それが吸血鬼だと気が付いて、ぼくたちが再びここを襲ってきた時のために、この罠を仕掛けていたのだろう。
ゾンビとは違って、知能がある相手と戦う場合は、戦うたびに、相手も新しい何かを仕掛けてくるのは当たり前の事なのに、今のぼくは、逃げる人狼軍人一号を追いかける事に気を取られて、ここに罠を仕掛けられている可能性を、完全に見落としていた。
それで、ぼくは、全身を炎に巻かれながら、すぐに、人狼軍人一号を追うのをやめて、その場から逃げ出すのだけれど、今度は逆に、地雷ゾンビ集団を導いた人狼軍人一号に追いかけられて、絶体絶命の危機になる。
なぜなら、このまま昼間の屋外で、炎に焼かれて身体がむき出しになってしまえば、太陽の光を浴びて、確実に死んでしまうからだ。
だから、ぼくは、炎に巻かれたまま必死に逃げて、太陽の光から隠れられる場所を探すのだけれど、この軍事施設にある建物の中には、あらかじめ対人地雷が仕掛けられているはずだから、そこには逃げ込めない。
そして、さらに、追いかけてくる人狼軍人一号が、後ろからフルオートで連射できる散弾銃を撃ってくるから、ぼくは、その弾も避けないといけないので、まっすぐ走る事もできない。
バ! ババ! バ! バ! ババ! バ!
すると、そのうちに、ぼくの身体に巻いてあったダクトテープが、炎の熱で溶けて、少しずつ身体がむき出しになっていって、その部分の身体が太陽の光を浴びて黒焦げになっていく。
それで、ぼくは、その激痛を我慢しながら、このまま逃げ続けても、どうせ死ぬのならば、せめて、この人狼軍人一号だけでも殺さなければと思って、走る向きを変えようとするけれど、その瞬間に、走って来たコハクに抱きつかれる。
コハクは、ぼくを自分のマントで包んで、ぼくの身体を燃やしていた炎を消しつつ、太陽の光から、ぼくを隠してくれる(そのマントに、人狼軍人一号が撃つ散弾銃の弾が当たるけれど、どうやら、それは防弾繊維でできているようで、かなり接近して撃たれなければ、破れる事はないようだ)
そのまま、コハクは、ぼくの手からワイヤーを奪って、それを人狼軍人一号の首に向けて振る。
ビシッ!
けれど、それは人狼軍人一号が持つ散弾銃で防がれてしまう。
キン!
でも、その時、すでにコハクは、ぼくの腰から、もう一本のワイヤーを抜いていて、それで人狼軍人の脚をなぎ払っていた。
スパッ!
それで、脚を失って倒れた人狼軍人一号は、自分が導いていた地雷ゾンビ集団に追い付かれて、そのゾンビたちに捕まってしまう。
そして、人狼軍人一号は、地雷ゾンビたちに身体を喰われながら、自分がゾンビになるのを避けるために腕のパネルを操作して、そこに集まっていた地雷ゾンビたち全員の、身体に貼り付けられていた対人地雷が爆発する。
ドドドドドドドドドドドドドドドドカン!
その爆発でばらまかれた、およそ六万個の鉄球によって、人狼軍人一号をふくむ集団の中にいたゾンビたち八十体ほどの身体が粉々になって、その肉片が飛び散る。
グシャャャャャャャャャャャャャャャャ!
それから、集団の外側にいて爆発に巻き込まれなかったゾンビ十数体ほどが、ぼくたちの方に向かって走って来るけれど、そいつらは、コハクの持つ二本のワイヤーによって、次々と首を切断されていく。
スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ!
それで、もう動くゾンビがいなくなった事を確認した、ぼくは、後ろから抱きついて、ぼくの身体を自分のマントで包んでいる、コハクに向かって言う。
「………ありがとう。助かった」
「あら、ひょっとして、私が助けに来ないと思っていた?」
「ああ……。お前が戦っているところは、今まで見た事がなかったからな。てっきり自分では戦わない主義かと思っていた」
「ねえ、惚れなおした?」
ぼくは、それには答えずに、なんとか努力して、後ろのコハクの身体を意識から切り離しながら、腰にぶら下げておいたダクトテープを自分の身体に巻いて、太陽の光を浴びないようにしてから、急いでそのマントの外に出る。
なにしろコハクは、ひじまでの手袋と、ひざまでのブーツしか身に着けていないから、そのマントの中で、コハクの身体に触れながら、正気を失わないようにするには、ものすごい精神力が必要だったのだ。
「………ところで、コハク、ここから逃げた、残る二人の人狼軍人たちの行き先を教えてくれ。そいつらも、すぐに倒しておきたいから」
「ちょっと待って。そいつらは無人航空機で、ちゃんと監視しているから、すぐに追わなくても大丈夫よ。それよりも先に、この軍事施設を制圧してしまいましょうよ」
「それは構わないが………。お前が無人航空機で破壊した装甲車やヘリに、ここの軍人たちの大部分が乗っていたはずだから、たぶん、今、ここの地下シェルターの中に残っている軍人は、せいぜい二~三十人くらいだろう。そのくらいの人数なら、ぼくたち二人で簡単に制圧できる。だけど問題は、中にいる軍人たちが、地下シェルターの出入口を開けるかどうかだ………。さっきのミサイル攻撃で、圧倒的な戦力差を見せつけてしまったから、中のやつらも恐がって、ずっと閉じこもったままになるんじゃないのか」
「それなら大丈夫よ。今、私が支配している方の軍事施設にいる将校が、通信でここの地下シェルターにいる軍人たちを説得しているところだから。実は、今までも説得はさせていたんだけど、これまでは人狼軍人たちがいたから、ここの軍人たちも強気で、ぜんぜん言う事を聞かなかったの。けれど、さっき人狼軍人の一人が死んだところを、監視カメラで中の軍人たちも見ていたでしょうから、そろそろ、あきらめて私たちに降伏するわ」
それを聞いた、ぼくは、コハクが、ただ本能のままに行動している変なやつではなく、ちゃんと考えて行動している、まともなやつだという事にやっと気が付く。
それから、ぼくは、さっきコハクが助けてくれなかったら死んでいた訳だし、この変わり者の痴女を信じてみようかと思って話しかける。
「………コハク、今まで隠していたけれど、実は、ぼくは、仲間たちといっしょに、人間養殖計画というのを進めようとしている。それで、昨日の夜に、ぼくたちが、この軍事施設を襲ったのも、その計画をここの軍人たちから妨害されないようにするためだったんだ」
「へえ、そうなんだ。ひょっとして、その計画って、人間を守りながら増やすの?」
「ああ、そうだ。ただし、人間のくせに他の人間を無駄に殺すような悪い連中とか、ぼくたちに逆らうような生意気な連中は除いて、安全で従順な人間だけを集めて繁殖させようと思っている。そうすれば、いつかは昔のような人間社会を再生できるはずだから………。それで、もし良ければだけど、お前もその計画を手伝わないか?」
「ふーん。おもしろそうね。ちょっと考えてみるわ」
「………それと、話は変わるけど、お前がなんでこの国の軍事施設をいくつも支配しているのか、そろそろ、ぼくにも教えてほしいんだ」
「うーん、それを説明するには、なんで私が、いつも男を誘惑しているのかを説明する必要があるわね」
「え! それにも理由があるのか! お前って、ただの変態じゃなかったのか!」
「まあ、ずいぶん失礼ね。………でも、変態というのは別に否定はしないわ……。それで、話を戻すけど、どうやら、君はまだ気が付いてないみたいだけれど、実は人間の血は、感情によって味が変わるのよ。たぶん、その時々の感情によって分泌されるホルモンが変わる事が、影響しているんでしょうね」
「待ってくれ。人間の血の味が違うのって、ただの個体差じゃなかったのか?」
「ええ、そうなのよ。私も最初は、それぞれの人間ごとに血の味が違うと思っていたわ。だけど、ある時、人間を殺さないように少しだけ血を吸って、その一ヶ月後に同じ人間から血を吸ってみて、その味が違っている事に気が付いたの」
「なるほど………。それで、人間の感情が味に影響する事が分ったのか……」
「そうよ。それから私は、いろいろな感情を引き出しながら人間の血を吸って、自分が一番おいしいと思うのが、どういう時の血かを調べたの」
「おい、それで、まさか………」
「そうよ。それで、私が一番おいしいと思うのが、性的な興奮をしている時の男の血だという事が分かったの………。だから、それからの私は、男を誘惑して性的な行為をしてから、その血を吸うようになったって訳よ。けれど、人間の好きな食べ物が人それぞれで違うように、吸血鬼の好みも吸血鬼ごとに違うはずだから、君がおいしいと思う血は、私とは違っているでしょうね」
「そうか………それで、お前は、世界が崩壊する前から、病院にある輸血用の血液なんか飲まずに、男を誘惑して性的な行為をしてから、その血を吸っていたのか………。だけど、ちょっと待て! お前、ひょっとして、そのための男を捕まえる目的で、この国の軍事施設をいくつも支配しているんじゃないだろうな!」
「あら、それの何が悪いの?」
それを聞いて、ぼくは呆然とする。
なんと、この変わり者の痴女は、性的に興奮させてから血を吸うための軍人たちを確保するという、とんでもない理由で、この国の軍事施設を次々と支配しているのだ。