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第十四章 強い誘惑

 世界が崩壊する前から、必要もなく人間を殺してきたと言う、吸血鬼のギンは、その体内に入ったゾンビウィルスで、脳が侵されて理性がなくなる前から、すでに危険な怪物だった。


 だから、ぼくは、そばに立つ六才の身体のギンが持つ、二本のワイヤーに意識を集中させて、その攻撃を警戒する。


 でも、今のぼくには片腕がない上に、もしも両腕があったとしても、刀ではギンのワイヤーに勝てる見込みなどない訳だから、これはかなり危険な状況だ。


 せめて、どこかで人間を見付けて、その血を吸うだけの時間があれば、まだ、ぼくにも生き延びる道が見えてくるのだけれど……。


 そして、そんな絶体絶命の、ぼくに対して、自分が優位だと分かっているだろうギンは、余裕で話しかけてくる。


「…………ク……クソジジイさん……ぼくを……敵に回さない方が……良いよ……か……刀では……ぼくのワイヤーとの……相性が……わ……悪すぎるから……」


 だけど、ぼくは、自分の方がどれほど不利であろうとも、簡単にそれを認めるような性格ではないので、強気でギンに言葉を返す。


「ギン、お前は、まだ気が付いてないのかもしれないが、たとえ吸血鬼でも体内にゾンビウィルスが入ったら、やがてゾンビになるのは避けられないんだ。それに、どうやら、お前は、ウィルスに脳を侵され始めているのとは関係なく、これまでずっと人間の命を粗末に扱ってきたようだ。ぼくとしては、そんな危険なやつを生かしておく訳にはいかない」


「…………ははははは……ま……まるで奥の手でも……隠しているみたいな……口ぶりだけど……そ……そんな……はったりで……ぼくは怯まないよ……ク……クソジジイさん……あんたでは……ぼくには勝てない……」


 次の瞬間、ぼくは、わずかな差で、ギンよりも先に音速で動いて、近くのビルの窓を割ってその中に飛び込む。


 ドン! バリン!


 その直後に放たれたギンのワイヤーが、ガラスの破片をはじきながら、ぼくの身体をかすめてビルの中の床を打つ。


 ビシッ!


 そして、ぼくは、すぐ後ろから追いかけて来るギンが次々と放つワイヤーを避けるために、ビルの中を複雑な順路で走って階段を駆け上がり、再び窓を破って隣のビルに跳び込む。


 ビシッ! ビシッ! ビシッ! バリン!


 そうやって、ビルの中のいくつものフロアを駆け回って、別のビルへ跳び移るという事をくり返しながら、ぼくは、ある物を探す。


 そして、街にある何十棟ものビルを跳び移って行くうちに、どうにか運良く、建設中のままで放置されていたビルを見付けた、ぼくは、そこに跳び込んで、鉄骨で組まれた足場を跳んで、積まれていた資材をふっ飛ばしながら、ギンをかく乱するように、その中をとにかく動き回る。


 その建設中のビルの中では、複雑に組まれた鉄骨が邪魔になるので、ギンもワイヤーを自由には放てない。


 ただし、それでも、今のままでは、ぼくの方もギンに近付く事はできないので、ここから先は、がまん比べになる。


 お互いに、少しでも隙を見せた方が負けだ。


 そして、鉄骨の間を高速で動き回る、ぼくは、時々、ギンのワイヤーに捕まえられそうになる時もあったけれど、そんな時は、すかさず、その場所のあちこちに落ちていた鉄パイプを拾って、それで受け止める。


 ぼくが、建設中のビルの中に入ったのは、ギンのワイヤーを自由に放てなくするだけでなく、そこに置かれている資材を利用するためでもあったのだ。


 ただし、ギンのワイヤーの一本目を、鉄パイプで受け止めても、それをそのまま持っていれば、続けて放たれる二本目のワイヤーで、ぼくは身体を切断されてしまう。


 だから、ぼくは、一本目のワイヤーを受け止めた後、すぐにその鉄パイプを離して、二本目のワイヤーが来る前にそれまでとは違う方向へ動いて、それを避けていた(その時に、ぼくに両腕があったのなら、二本目のワイヤーも受け止められるんだけど、片腕ではそれができないのだ)


 そして、そんな事を何回かくり返しているうちに、ギンは、ぼくをなんとか捕まえようと焦って、ワイヤーの攻撃の一本目と二本目の間隔が、だんだん短くなってくる。


 それで、ぼくは頃合いを見て、再び拾った鉄パイプで、ギンのワイヤーの一本目を受け止めるのだけれど、それから間髪を入れずに放たれた二本目のワイヤーに、とうとう身体を捕まえられてしまう。


 この時、ギンは自分が勝ったと思っただろう。


 けれど、その二本目のワイヤーも、ぼくは、もう一本の鉄パイプで受け止めていた。


 実は、この時の、ぼくは、二本の鉄パイプを自分の胸に突き刺す事で身体に固定して、それによって、ギンのワイヤーを二本とも、手を使わずに受け止める事に成功したのだ。


 そして、ぼくは、一瞬だけ隙を見せたギンに対して、今まで逃げ回るふりをしながら、こっそりと鉄骨の間に張り巡らせておいたワイヤーを素早く引っ張る。


 スパッ!


 その瞬間に、ぼくが引っ張ったワイヤーに絡められたギンの身体は、バラバラに切断されて床に転がる。


 そもそも、この建設中のビルに入った、ぼくの、本当の目的は、そこにあった資材の中からワイヤーを手に入れる事だったのだ。


 それから、ぼくは、手に持っていたワイヤーを捨てると、自分の胸に刺していた二本の鉄パイプを引き抜きながら、床に散らばったギンの肉片に近付いて、その中からヘルメットを被ったギンの頭を拾い上げる。


「ギン、相手が自分と同じ武器を使う可能性を考えていなかったのは、致命的な失敗だったな。もしも、その脳がゾンビウィルスで侵されていなければ、ちゃんと気が付いていたのかもしれないけれどね」


 その、ぼくの言葉に対して、身体がなくなって肺に空気を溜められないギンは、かすれた声で答える。


「…………じ……自分の胸に……鉄パイプを……刺すなんて……そ……そんな無茶な……戦い方をするのは……ク……クソジジイさん……だけだよ……もう少し早く……あ……会えていたら……いろいろと……あんたに……教われたんだけど……ざ……残念だよ……」


「ギン、もしも、ぼくたちが出会ったのが、お前がゾンビの血を吸う前だったとしても、ぼくは、お前を殺していたよ。なぜなら、ぼくは、人間を無駄に殺すようなやつは、それが人間でも吸血鬼でも絶対に許さないからね」


 そう言ってから、ぼくは、ギンの頭が入ったヘルメットを持ったまま、最初にギンと出会った高層ビルに戻って、その中の部屋の床にギンの頭を置くと、そこに吊るされていたゾンビの首を、全て刀で切断する。


 スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ!


 それから、ギンの頭を持って再びビルの屋上に出た、ぼくは、ギンのヘルメットを両ひざに挟むと、噛まれないように注意しながら、片手でギンの頭をヘルメットから抜いて、夜が明けるのを待つ。


 そして、空の端が明るくなってきて、自分のヘルメットのバイザーを閉じた、ぼくは、ギンの頭の髪をつかんで高く掲げる。


 普通の吸血鬼なら、すでに、頭の中にある少ない血では生きられないはずだけれど、ゾンビ化が進んでいたために、まだわずかに息があったギンは、太陽の光を浴びると、かすれた声で叫ぶ。


「……ゴ……ガガ……ガ……グ……ア……アア………………」


 吸血鬼にとって、太陽の光で焼かれる時の苦痛は想像を絶するもので、以前に何度か太陽の光を浴びた事がある、ぼくは、それを思い出して気分が悪くなるけれど、なんとかギンの頭が完全に焼け崩れて灰になるまでの何十秒かを、必死にがまんする。


 それから、全ての灰が風で流されていくのを見届けた、ぼくは、手に付いたギンの灰を払って、これからクロが待つ、ぼくとスミレで制圧した方の軍事施設に、どうやって帰ればいいだろうかと考える。


 ところが、その時になって、ぼくは、いつの間にか、すぐ後ろに何者かが立っているのに気が付く。


 その者は、ぼくと同じように、フルフェイスのヘルメットを被っているから、吸血鬼だという事は、すぐに予測ができたのだけれど、普通の吸血鬼なら人間に怪しまれないために着るはずの、ライダースーツではなく、いかにも怪しい黒いマントで全身をおおっていた。


 そして、その者の独特の恰好に見覚えがあった、ぼくは、少しだけ迷ってから、よせばいいのに、手が届くほどの距離にまで近付いてしまう。


「久しぶりね、少年。十年以上、経つかしら?」


 ぼくは、その声が、コハク(琥珀)という名前の女のもので、バイザーを閉じたフルフェイスのヘルメットと黒いマントの下に隠されて、今は見えないけれど、その女の身体が十七才のままで成長が止まっている事も知っていた。


「十四年ぶりだ。コハク」


「そう………。あれから、そんなに経つのね。ところで、さっき、あなたが太陽の光で焼いた吸血鬼とは、どういう関係だったの?」


 そう聞かれた、ぼくは、普段なら絶対にしない言い訳じみた言葉を、つい反射的に言ってしまう。


「いや、あれは、ゾンビウィルスに感染した吸血鬼だ。つい昨日の夜に会ったばかりだったけれど、危険だと思って殺したんだ。だって、すでに、ウィルスに脳を侵されていて、言葉もたどたどしくて、これは放っておけないと………………」


 そんなふうに、必要のない言い訳を口走っていた、ぼくは、突然、コハクに抱きしめられて言葉が出なくなる。


「あら、私は責めている訳じゃないのよ。ちょっと聞いてみただけ」


 その時、ぼくの頭の中では、すぐに離れて逃げろという警報が鳴り響いていたのだけれど、ぼくは全く動けなくなる。


 吸血鬼になってからの、ぼくには、完全に性欲がないというのに、密着したコハクの身体が、過去に二人の間であった性的な記憶を思い出させて、それで頭の中がいっぱいになってしまったのだ。


 たぶん、十四年前と同じように、コハクは、ひじの上までの手袋と、ひざの上までのブーツ以外は、マントの下には何も身に着けていないのだろう。


 この女は、本物の痴女なのだ。


 そして、十四年前に十四才だった、ぼくは、その時すでに付き合っていた人がいたというのに、この十七才の身体の吸血鬼の痴女の強い誘惑に逆らえなくて、血を吸われた後に吸血鬼にされてしまったのだ。

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