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第十三章 生まれつきの怪物

 体内に入ったゾンビウィルスを、吸血鬼の強力な再生能力で抑えている、六才の身体のギンは、自分では気が付いていないようだけれど、あと何日かで完全にゾンビになってしまう。


 そして、ゆっくりと時間を掛けてゾンビになっていく吸血鬼は、完全なゾンビになる直前の、理性がなくなって、わずかに知能だけが残った状態になった時に、この世界で最も凶悪な怪物になるのだ。


 だから、ぼくは、そうなる前にギンを殺さなければいけない。


 そうしなければ、ウィルスに脳を侵されたギンによって、残り少ない貴重な人間が無駄に殺されてしまうだろうし、ぼくやスミレやユキだって攻撃されるかもしれないのだ。


 でも、ギンの武器である二本のワイヤーに対して、ぼくの武器である刀はかなり相性が悪い。


 なぜなら、刀では、ワイヤーを防ごうとして、それを受け止めた瞬間に絡めとられてしまって、攻撃を封じられるからだ。


 それに、今のぼくには片腕がない。


 せめて、両腕で、刀と短刀の二本を使えるようにならなければ、ぼくは、ギンの二本のワイヤーを防ぐ事すらできないだろう。


 そして、ギンは、ぼくがそんな事を考えているとは知りもせずに、手足と歯のない何十体ものゾンビが、天井からワイヤーで吊るされている部屋で、ぼくに親切にしてくれる。


「…………クソジジイさん……よ……良かったら……どれでも……す……好きなゾンビの……血を吸ってよ……そ……そうすれば……片腕も再生できるから……」


「ああ、そうだね、ギン。だけど、ぼくは、できたら人間の血を吸いたいんだ。これまで十四年間、ずっと人間の血だけを吸ってきたから、どうしてもゾンビの血を吸うのには抵抗があるんだ」


「…………それは分かるよ……ぼ……ぼくも最初は……ゾンビの血を吸うなんて……ぜ……絶対に嫌だったもの……けれど……す……すぐに慣れるよ……」


 そう言うギンに対して、ぼくは言い訳をくり返して、無理やりその部屋から離れる。


「ごめんよ、ギン。ぼくは、ちょっと人間を探しに行ってみるよ。探せばこの街にも、まだどこかにいるはずだから」


「…………だ……だったら……ぼくも手伝うよ……クソジジイさん……こ……この辺りは……詳しくないだろ……」


 それで、ぼくは、競技用自転車のヘルメットを被ったギンと二人で、夜中のビルの屋上に出て、ぼくの片腕を再生させるために人間を探し始める。


 今日の空は雲がなく月も明るいから、ひょっとしたら、こっそりと街を歩く人間が見つかるかもしれない。


 そして、ぼくは、人間を探しながらも、ギンの脳を侵すウィルスの進行度を確かめるために、ギンに話しかける。


「ところで、ギンが、今、身に着けている、ヘルメットとライダースーツって、やっぱり世界が崩壊する前に、特別に注文したものなのか?」


「…………そうだよ……ぜ……全身を隠せて……人間に怪しまれない……格好っていったら……バ……バイクか……競技用自転車の……ライダースーツしか……な……ないからね……ちゃんと……太陽の光を……と……通さない……特別製だよ……」


 六才の時に吸血鬼になって、その時から成長が止まったギンでも、崩壊する前の世界でなら、ネットでやり取りができたので、必要な物を手に入れるのは簡単だったろう(ぼくたちのような吸血鬼は、どんな犯罪者や警察にも捕まらないから、お金なら簡単に手に入ったし)


 そして、崩壊する前の世界では、病院に行けば輸血用の血液がいつでも手に入ったから、ぼくたち吸血鬼は無駄に人間を殺す事もなく、ちゃんと人間と共存する事ができた(もちろん、直接、人間から血を吸う事にこだわっていた、変わり者の吸血鬼もいたけどね)


 あの頃の世界は、ぼくたち吸血鬼にとっても、本当に生活しやすい夢のような環境だったのだ。


 だから、ぼくは、いつの日かちゃんとした人間の社会が復活するのを、心の底から望んでいる。


 そして、そのためには、なんとしてでも人間養殖計画を進める必要があり、その障害となる三人の人狼軍人たちや、ロケランを撃った謎の人物や、津波ゾンビを倒さなければいけないのだ。


 そんな事を考えながら、ビルの屋上から屋上へと跳んで人間を探していると、道路をゆっくりと徘徊している、五体ほどのゾンビが見えて、ギンがそれに興味を示したので、ぼくは、あわててギンを止める。


「ギン、今はゾンビの事は放っておいてくれ。そいつらが暴れたら、その音を聞いて人間が隠れてしまうから」


「…………ちょっと……か……からかうだけだから……」


 そう言って、ギンは、衝撃波が出ないように、音速は出さない程度の速さで、ゾンビたちから、かなり離れた場所に降りるけれど、ゾンビたちはギンに気が付いて音速で走り出してしまい、衝撃波が空気を震わせる。


 ドン!


 それで、ぼくは、ギンが二本のワイヤーで、すぐに五体のゾンビの首を切断するだろうと思ったのだけれど、なぜかギンはゾンビの頭ではなく脚の方を切断する。


 スパッ!


 そして、脚がなくなったゾンビたちは、それでも怯む事なく、倒れてすぐに腕だけで這って、高速でギンのところへ迫って来る。


 それに対して、ギンは平然と二本のワイヤーを振って、五体のゾンビの十本の腕を次々と切断していく。


 スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ!


 その後、手足を失っても、まだいも虫のように這って来るゾンビたちに対して、ギンはワイヤーを振る手を休めず、その口の中の歯を削いでいく(動くゾンビを殺さないように、口の中の歯だけを削いでいくのは、首を切断するより、はるかに難しいのに、ギンはそれを簡単にやってしまう)


 スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ!


 それから、しばらくすると、ゾンビたちは、ギンの足元に集まるけれど、手も足も歯もないから、そこで、ただうごめいている事しかできない。


「…………ははははは……こ……こいつら……こうなると……けっこう……か……かわいいよね……」


 そう言いながら、ギンは、ワイヤーを振って、うごめくゾンビたちの身体を、ハムを切るように端の方から薄く削いでいく。


「…………クソジジイさん……ぼ……ぼくと……競争しようよ……ゾ……ゾンビを殺さずに……できるだけ……小さい身体にした方が……か……勝ちだよ……」


 でも、ぼくは刀を抜くと、ギンの足元で、うごめいている五体のゾンビの首を、無言で全て切断する。


 スパッ! スパッ! スパッ! スパッ! スパッ!


 すると、ギンは、首を切断された五体のゾンビの死体が散らばる中心で、それからしばらくの間、動かずにいたけれど、やがて小声で話し出す。


「…………ク……クソジジイさん……ぼ……ぼくに……い……嫌がらせを……するんだね……」


「ギン、相手がゾンビでも、そんなふうに、おもしろがって傷付けるような事はやめろ。そいつらだって元々は、ぼくたちと同じ人間だったんだ」


「…………じ……自分は……吸血鬼のくせに……何を言っているんだよ……そ……それに……ぼくたちにとって……人間なんて……ただの……しょ……食料でしか……ないじゃないか……」


「確かに人間は、ぼくたちにとって、ただの食料にすぎない。でも、ぼくもギンも、吸血鬼になる前は人間だっただろ。だから、必要な時しか人間は殺してはいけないし、ゾンビを傷付けるのを、おもしろがってもいけないんだ。ギン、お前だって、世界がこんなふうに崩壊する前は、無駄に人間を殺したりなんかしなかっただろ?」


 するとギンは、突然、笑いだす。


「…………ははははは……クソジジイさん……ぼ……ぼくの秘密を……教えてあげるよ……ゾンビが出現して……せ……世界が崩壊する前……この国の……行方不明者の数が……ど……どれだけいたか……憶えているかい……」


「………ギン、まさか……」


「…………そうだよ……ぼ……ぼくはね……吸血鬼になってからは……ずっと毎日……ひ……必要がなくても……人間を殺してきたんだよ……だって……た……楽しいからね……人間を殺すのは……千人までは……か……数えたんだよ……でもその後……何人殺したか……ぜ……ぜんぜん憶えてないよ……」


 それで、ぼくは、ようやく気が付く。


 ギンは、ゾンビの血を吸って、ウィルスに脳を侵されたから、怪物になろうとしている訳ではない。


 この六才の身体の男の子は、生まれつきの怪物だったのだ。

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