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第十二章 最も凶悪な怪物

 月明かりの下で、この街よりもはるかに大きい直径八キロにもなる津波ゾンビが、高速で近付いて来ているのを見た、ぼくたちは、ビルの屋上から屋上へと跳びながら走って、その街の反対側へと逃げる。


 そして、その街の端まで来た、ぼくたちが、後ろを振り返ると、街に到達したその津波ゾンビが、建物の垂直な壁も登って街の全てを包み込んでいくところだった。


 その五千万体を超えるゾンビたちの圧倒的な力は、吸血鬼や人狼ごときが立ち向かえるような相手ではない。


 それで、ぼくたちは街を離れると、人家のない荒野を高速で走りながら、なんとかその津波ゾンビの進路から外れようとするのだけれど、それはニューヨークのマンハッタン島に近い面積のかたまりだから、ちょっとやそっとではその進路から外れる事ができない。


 でも、それから一時間ほど走った、ぼくたちは、その行く手に津波ゾンビの直径よりも、はるかに巨大な湖があるのを見付けて、ひょっとしたら音速で走るゾンビたちも、泳ぐのが得意だとは限らないはずだと気が付いた、ぼくは、スミレとユキに目配せをして、まっすぐその湖に向かう。


 そして、湖に飛び込んだ、ぼくたちは、イルカのような泳ぎ方で高速で湖を横断する。


 ただし、地上では音速で走れる吸血鬼や人狼でも、強い抵抗がある水の中では、せいぜい時速二百キロでしか進めない(それでも、人間が作る普通の乗り物よりは、はるかに速い訳だが)


 だけど、そうやって泳ぎながら後ろを振り返った、ぼくたちは、びっくりする。


 なぜなら、津波ゾンビたちはバタフライの泳ぎ方で、トビウオのように水面を跳ねながら、ぼくたちよりも、はるかに速く進んでいたからだ(イルカのように水中を泳ぐより、トビウオのように水面を跳ねた方が、抵抗がある水との接触を最低限に抑えられるので、ずっと速いのだ)


 それで、まさかゾンビたちに、より速い泳ぎ方を教わる事になるとは思わなかったけれど、このままでは追い付かれてしまうので、ぼくたちも、その泳ぎ方を真似て必死に逃げる(けれど、月明かりの下で、トビウオのように水面を跳ねるゾンビの大群って、どう見てもギャグだよね)


 ただし、その泳ぎ方だと、水しぶきがものすごく大きくなってしまい、周囲がよく見えなくなって、ぼくには、スミレやユキがどこにいるのかも分からなくなる。


 それに、人狼軍人との戦いで片腕を失っていた、ぼくは、バタフライの泳ぎ方では、どうしてもスミレやユキよりも遅くなるので、やがて二人とは完全にはぐれてしまう。


 そして、一人になった、ぼくは、なんとか湖の対岸に着くと、すぐ後ろに迫る、五千万人分の水しぶきを、もうもうと上げる、津波ゾンビのかたまりから離れるために、すぐに音速で走り出す。


 ドン!


 それで、その時の津波ゾンビはまだ湖の中にいて、移動する速さが、せいぜい時速三百キロ程度にまで落ちていたので、音速で走った、ぼくは、それを一気に引き離す事に成功する。


 そして、それから、さらに一時間ほど走り続けた、ぼくは、ある街の高層ビルの屋上に登って、月明かりの下で周りを見て、ようやく津波ゾンビの脅威から逃げきれた事にほっとする。


 でも、その時の、ぼくは、そこからどうやって、クロが待っている軍事施設へ帰ったらいいのかも分からない、完全な迷子になってしまっていた。


 しかも、水の中を、高速で泳いだせいで、迷彩服の下の身体に巻いていた、ダクトテープがはがれて、再生されている方の片腕と下半身と両脚が、太陽の光に対して無防備な状態になっている。


 そのままでは、朝が来て太陽が昇ってしまえば、再び夜になるまで完全に動けなくなってしまう。


 だから、ぼくはダクトテープを探すために、急いでその高層ビルの上の階から、順番に部屋の中を物色していく。


 そうしながら、ぼくは、三人の人狼軍人たちの事を考える。


 あの三人は、ぼくが人間養殖計画で使う予定の、制圧した方の軍事施設を奪い返そうとするはずだから、なんとか早めに倒さなければいけない。


 そして、その制圧した方の軍事施設には、今はクロと四人の女たちしかいない訳だから、その人狼軍人たちが攻撃してくる前に、急いで帰る必要がある(軍事施設の地下シェルターの出入口は、普通の兵器では壊せないから大丈夫だとは思うけど)


 それから、ぼくは次に、地雷ゾンビ集団をロケランで攻撃した、謎の人物の事を考える。


 その人物は、吸血鬼か人狼のはずだけど、ゾンビと人狼と吸血鬼が集団で戦っていたところに、積極的にかかわってきた変わり者だから、何をするか予測できない要注意人物だ。


 そいつにも、ぼくの人間養殖計画に、ちょっかいを出されたくはないので、見つけたらすぐに倒す必要があるだろう。


 そして、ぼくは最後に、津波ゾンビの事を考える。


 あの津波ゾンビのようなモノに、この世界をうろつかれると、人間養殖計画が進められない。


 なぜなら、軍事施設の地下シェルターの中に隠れれば、あの津波ゾンビは防げるだろうけれども、そこでは人間の食料の生産ができないからだ。


 これまで、ぼくは、ゾンビは人間しか喰わないから、人間の食料は地下シェルターの上の敷地で、農作物や家畜を育てれば良いと思っていたけれど、あの津波ゾンビに来られてしまったら、そんな物は簡単に全滅してしまうだろう。


 だから、人間養殖計画を進めるためには、どうしても、あの津波ゾンビを倒さなければいけないのだ。


 だけど、そんな方法があるのだろうか?


 そんなふうに考え事をしながら、ダクトテープを探していた、ぼくは、高層ビルのある部屋で、六才くらいの男の子とばったり出会ってしまう。


 その男の子は、ぼくに出会ってびっくりしたのか震えている。


 けれど、電気の供給が止まって、エレベーターが動かない、こんな高層ビルの上の階にいるのだから、その男の子は吸血鬼か人狼の可能性が高い。


 さらに、その男の子は、競技用自転車のライダースーツを身に着けていたので、たぶん吸血鬼だろうと、ぼくは予想する。


 なぜなら、太陽の光から全身を隠せて、人間に見られても怪しまれない格好となると、どうしてもライダースーツになるからだ(たぶん、ぼくが前に着ていたものと同じように、世界が崩壊する前に特別に注文していたものだろう)


 そして、その男の子が吸血鬼だとすれば、十才の身体のスミレでも、ぼくに匹敵する能力を持つのだから、たとえ六才の身体でも、その能力を油断する訳にはいかない。


 だから、ぼくは警戒しながら、その震えている男の子に話しかける。


「ぼくは、国連の仕事の手伝いをしている者だ。君たち生存者を救助するために、ここに来た。ここには君の他にも誰かいるのかい?」


「…………お兄ちゃん……な……名前は……何?」


「ぼくは、みんなから、クソジジイとか、アニキって呼ばれている。君ならどっちでも、好きな方で呼んで良いよ」


「…………ク……クソジジイ……本当の目的は……何?」


「本当に目的は生存者の救出だ。ぼくたち国連の人間は、生存している人間たちが、ゾンビを恐れずに安心して暮らせる場所を、作ろうとしているんだ」


「…………嘘だ……そ……その迷彩服……前に見たよ……若い女が目的……だね?」


 その男の子が大人だったのなら、ぼくの方が先に動いて、斬り殺していたのだけれど、もしも人間の子供だったらと考えてしまった、ぼくは、動くのがわずかに遅れてしまい、それで、その部屋に仕掛けられていた、何本ものワイヤーに身体を絡められて、全身をバラバラに切断されてしまう。


 スパッ!


 そして、両手で二本のワイヤーをたぐり寄せた男の子は、血だまりの中に転がった、いくつもの肉片の中から、ヘルメットを被った、ぼくの頭を拾い上げながら言う。


「…………ああ……ご……ごめん……クソジジイさん……吸血鬼だったのか……そ……そんな服だから……人間だと思った……」


 この男の子に先に会ったのが、人狼のユキの方だったら、本当に死んでいたところだ。


 でも、その男の子は、急いで、ぼくの肉片を集めて、それをつなげてくれる。


 吸血鬼の身体は、切断されても、すぐにつなげれば結合するので、それで、ぼくの身体はなんとか元の状態になる。


 それでも、その男の子は、ぼくの片腕がないのを見て、それを見つけるために、部屋の隅の方を探し始めたので、ぼくはそれを止める。


「ああ、こっちの腕は、ここへ来る前から、なかったから、探さなくても良いよ。大丈夫だ」


 ただし、身体は接合されても、切断された服は元には戻らないので、ぼくは、フルフェイスのヘルメットを被ってブーツを履いた他は何も着ていない、ちんこ丸出しの変態になってしまう。


「えーと、悪いけど、ぼくが履けるサイズの下着と、ダクトテープなんて、どこかにないかな?」


 それで、その男の子から、未開封の新品の下着と、ダクトテープをもらった、ぼくは、それを履いて全身をテープでぐるぐる巻きにする。


 あと、その男の子は、ギン(銀)という名前で、六才の時に吸血鬼になったと教えてくれる。


「そうか。ぼくは、十四才の時に吸血鬼になってから、もう十四年が経つよ。もうじき、吸血鬼になってからの方が長くなるな。ギンは吸血鬼になってから、何年くらい経つ?」


「…………な……何年か……もう……思い出せないよ……」


「いや、ギン、無理に思い出さなくても良いよ。……ところで、ぼくは、今だけちょっと、はぐれてしまっているけれど、本当は一人の吸血鬼と、二人の人狼といっしょに行動しているんだ。その人狼の一人は、まだ生まれて十一日目だけどね。ギンはいっしょに行動している仲間とかはいないの?」


「…………ぼくは……ず……ずっと一人だよ……」


「そうなんだ。……ギン、それはそうと、さっきから、ずっと震えているけれど、ひょっとして、ぼくの事が恐いのかい?」


「…………そ……そんな事ないよ……クソジジイさん……吸血鬼のぼくに……こ……恐いものなんて……ある訳ないよ……」


「そうだよね。……ところで、実は、ぼくたちは、残り少なくなった人間を増やすための計画を、始めようとしているんだ。人間養殖計画っていう名前なんだけどね。よかったら、ギンも、ぼくたちの計画を手伝ってみないか?」


「…………に……人間を……増やす計画って……お……面白そうだね……」


「そうだろ。人間を増やさないと、血を吸う相手がいなくなって、ぼくたち吸血鬼も、生きていけなくなるからね」


「…………クソジジイさん……へ……変な事……言うよね……ち……血を吸う相手なら……た……たくさん……いるじゃない……」


「え? たくさんって、ギン、人間がたくさんいる場所を知っているのか?」


「…………ち……違うよ……」


 そう言って、ギンは、ぼくを、別の階の会議室のような広い部屋に案内してくれて、その部屋の中を見せてくれる。


「…………ほら……い……いくらでも……いるよね……?」


 それを見て、ぼくは身体を硬直させる。


 その部屋の中には、手足を切断されて全ての歯を抜かれて、いも虫のようにうごめく何十体ものゾンビが、天井からワイヤーで吊るされていたからだ。


 どうやら、ギンは、空腹を我慢できずに、ゾンビの血を吸ってしまったようだ。


 だけど、吸血鬼の再生能力は強力だから、ゾンビウィルスが体内に入ってから、完全なゾンビになるまでには、とても時間が掛かる(でも、それは進行を遅らせるだけで、進行を止める訳ではないのだ)


 そして、ゆっくりとゾンビになっていく吸血鬼が、理性がなくなって、わずかに知能だけが残った状態になった時ほど、危険な存在はない。


 つまり、ギンは、これからもうすぐ、この世界で最も凶悪な怪物になるところなのだ。

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