第十一章 津波
ゾンビの身体に貼り付けられた、対人地雷の爆発によってばらまかれた細かい鉄球で、刀を持つ方の腕をちぎられてしまった、ぼくは、地雷ゾンビ集団から離れるために、すぐに走る速さを音速にまで上げる。
ドン!
でも、どうやら、ここに用意された地雷ゾンビたちは、一体の身体には一つの対人地雷しか貼り付けられていないので、その一つさえ爆発したら後は普通のゾンビになる(対人地雷の爆発は外側にのみ向けられるので、それを貼り付けられたゾンビは、爆発しても無傷なのだ)
ただし、その対人地雷がなくなった後の、普通のゾンビだけを狙おうにも、そいつは、地雷ゾンビ集団の中に混ざっているから、うかつに近付く事ができない。
そして、対人地雷の爆発は、十メートル以内で巻き込まれてしまうと、ばらまかれた鉄球の密度が高くて、吸血鬼や人狼でも致命傷になってしまうから、それよりも距離を空ける必要がある(人間だったら、五十メートルくらいは離れないと危険だろう)
だけど、それだけの距離を離れてしまうと、ぼくの刀はもちろん(今はその刀すら持ってないのだけれど)スミレが持つ鎖でつながった二本の斧でも、地雷ゾンビを攻撃するのが難しくなる。
それで、地雷ゾンビ集団に対して攻撃手段がなくなった、ぼくは、上半身だけのスミレを抱いたまま、情けないけれど、ユキが弓矢で地雷ゾンビたちを倒してくれるのを待つ(もしもユキがいなかったら、本当に逃げるしかなかった)
ビュッ! グシャ! ビュッ! グシャ!
ビュッ! グシャ! ビュッ! グシャ!
けれど、ユキの弓矢は、放った矢を回収していかないと、そのうちに矢がなくなってしまう。
それで、ユキは、残り九十体ほどの地雷ゾンビ集団をうまく誘導して、同じ場所をぐるぐる回るようにして、矢を回収しながらゾンビを倒そうとする。
ビュッ! グシャ! ビュッ! グシャ!
ビュッ! グシャ! ビュッ! グシャ!
でも、そこに突然、フルオートで連射ができる散弾銃を構えた、軍人が音速で走って来て、ぼくたちと地雷ゾンビ集団の間に横から入って来る。
そいつこそが、この地雷ゾンビ集団を用意した、人狼軍人なのだろう(そいつは、さっきまで地下シェルターの中にいたはずだけど、ぼくたちが建物から離れた隙に、中から出て来たのだ)
四十代くらいに見える、その人狼軍人の銃を持つ片方の腕には、細かく番号が書かれた操作パネルのような物が付けられていて、その番号を押す事で、ゾンビに貼り付けられている対人地雷を起爆するようだ。
ただし、その人狼軍人が用意した地雷ゾンビたちには知能がないので、そいつらに追い付かれてしまえば、この人狼軍人自身も喰われてしまう。
それにもかかわらず、こうやって危険な戦いの現場に出て来たのは、すでに一つの軍事施設を制圧している、ぼくたちの事を、よほど警戒しているからだろう。
そして、その人狼軍人は、高速で走りながら散弾銃を短く連射する事で、ユキの進路を妨害して矢を拾えないようにする。
バ! ババ! バ! バ! ババ! バ!
それに対して、ユキの方も、その散弾を避けながら弓矢を放って、その人狼軍人を倒そうとする。
ビュッ! ビュッ! ビュッ! ビュッ!
だけど、その人狼軍人は、ユキの矢を簡単に避けながら散弾銃を撃ち続けて、ユキと後ろの地雷ゾンビ集団との距離が、少しずつ縮まってきてしまう。
それは、人狼軍人が撃つ散弾は広がるので、ユキの方が大きく避ける必要がある上に、引き金を引くだけの銃と違って、弓を引くには上半身を大きく動かす必要があるので、どうしてもユキの走る速さが遅くなってしまうからだ。
バ! バ! バ! ババ! バ! ババ!
そこで、ぼくは、ユキを援護するために、横の方からその人狼軍人に近付いて、ぼくに抱かれたスミレが、鎖でつながれた二本の斧の片方を投げる。
ヒュン!
それと同時に、ユキも弓矢を放つので、その人狼軍人は、それらを全て避けなければいけない。
ビュッ! ビュッ! ビュッ! ビュッ!
それで、その人狼軍人の走る速さが遅くなって、もう少しで後ろの地雷ゾンビ集団に、追い付かれそうになるのだけれど、その時、高速で近付く何かが、ぼくの頭をかすめていく。
ダーン!
それは、スナイパーライフルの弾だ。
けれど、ほぼ音速で動いている、ぼくたちを狙って撃つ事ができるという事は、それを撃った者も人狼という事になる。
その上、さらに、ぼくたちの後ろから迫って来ている、黄色いゼッケンを付けた地雷ゾンビ集団とは別に、正面の方からも、青いゼッケンを付けた新たな地雷ゾンビ集団が現れる。
そして、その新たな地雷ゾンビ集団の前にも、軍人が高速で走っていて、そいつは、普通なら地面に設置して撃つような、大きな機関銃を撃ってくる(そいつの、銃を持つ腕にも操作パネルがあるので、青いゼッケンの地雷ゾンビ集団の対人地雷の方は、そいつが起爆するようだ)
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!
つまり、この軍事施設には人狼軍人が三人もいるのだ(ところで、これ以降は、最初に見た散弾銃のやつを人狼軍人一号、どこかからスナイパーライフルを撃ってくるやつを人狼軍人二号、最後に現れた機関銃のやつを人狼軍人三号、と呼ぶ事にする)
それで、前後から、散弾銃と機関銃で撃たれ、さらに、どこかからスナイパーライフルで狙われている、ぼくとユキは、体勢を立て直すために、一旦、人狼軍人たちから離れようとする。
ところが、それまで、まっすぐ、ぼくたちに向かって来ていた、人狼軍人一号と三号が、突然、互いに進路を左右にずらし、ぼくたちの外側へ弧を描くように、大きく周り込もうと動き出す。
これは、まずい。
なぜなら、このまま、人狼軍人一号と三号が導く地雷ゾンビ集団のかたまりが、円としてつながってしまえば、ぼくたちは、その円の中に閉じ込められてしまうからだ。
そうなったら、盾になる物を持たない、ぼくたちは、地雷ソンビ集団の全員の対人地雷の爆発によって、一瞬で身体が粉々になって死んでしまうだろう。
だから、ぼくは、ユキに眼で合図して、二人で人狼軍人一号を追う。
なんとか、ぼくたちが人狼軍人に近付いてしまえば、彼らも自分たち自身が巻き込まれるので、対人地雷を起爆する事ができなくなるからだ。
そして、そうさせまいと、人狼軍人一号と三号は、ぼくたちに向けて散弾銃と機関銃を撃ち、さらに、それを援護しようと、どこかにいる人狼軍人二号も、スナイパーライフルを撃ってくる。
バ! ババ! バ! バ! ババ! バ!
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!
ダーン! ダーン! ダーン! ダーン!
それで、こんな状況になってから、ぼくは反省する。
せめて、スミレの身体の全身を再生させて、完全に動ける状態にしておいてから、この軍事施設を襲撃するべきだった。
もしも、今、スミレが独立して動ける状態だったならば、三人の人狼軍人とも対等に戦えたはずなのだ。
でも、ぼくとユキしか動けない、二対三のこの状況では、こちらが圧倒的に不利で、そうなったのは、戦っている最中に軍人を襲って、その血を吸って身体を再生させれば良いだろうと甘く考えていた、ぼくの責任だ(ぼくには、現代兵器とゾンビを組み合わせて襲ってくる、人狼の軍人がいるなんて、想像もできなかったのだ)
だから、ぼくは、今回はここの軍事施設を制圧するのはあきらめて、ここから逃げる事だけに専念する。
なんとかして、目の前の人狼軍人一号の、操作パネルを付けた方の腕さえ切断できれば、黄色のゼッケンを付けた地雷ゾンビ集団の対人地雷は起爆できなくなる。
そうすれば、ぼくたちは、そのゾンビたちを蹴散らして、ここから逃げるができるはずだ。
だけど、人狼軍人たちが撃つ散弾銃と、スナイパーライフルと、機関銃の弾を避けながらでは、ぼくもユキも、なかなか人狼軍人一号に近付く事ができない。
それで、人狼軍人一号の前に、人狼軍人三号が導いている地雷ゾンビ集団の後ろの方が近付いてきて、その輪がつながりそうになって、もうダメかと思った時に、突然、そのゾンビたちが爆発してふっ飛ぶ。
ドカーン!
それは、ロケランの弾による爆発で、さらに続けて四つの弾が、次々と地雷ゾンビ集団の中に撃ち込まれて、ゾンビたちがふっ飛んでいく。
ドカーン! ドカーン! ドカーン! ドカーン!
それで、人狼軍人一号と三号は、それを、ぼくたちの側の援軍だと思ったらしく、そのまま戦いを続けるのは危険だと判断したようで、すぐに、ぼくたちから離れて、音速でどこかへ去って行く。
ドン!
そして、ぼくたちの方も、そんな援軍などいる覚えがないので、その謎の者を警戒して、すぐに音速でその場を離れる(走りながら、ぼくは、抱いていたスミレに、ぼくの刀を拾ってもらい、ユキも何本かの矢を回収する)
ドン!
それでも、まだ後ろから、ロケランの爆発に巻き込まれなかった地雷ゾンビの何体かが追って来るけれど、人狼軍人がいなくなって、そいつらの対人地雷が爆発する事はないから、スミレが簡単にその首を切断していく(この時は、ユキに矢を温存させるために、ぼくたちの前を走らせた)
スパッ! スパッ! スパッ! スパッ!
それで、一時間ほど走って、もう誰からも追跡されてない事を確認した、ぼくとユキは、近くに見えた街に行って、その中の廃墟となったビルの一つに隠れて小声で話す。
「さっきのロケランは、たぶん、ぼくたちが、大型輸送ヘリの残骸の所に置いてきたものだろう。そして、それは、ほとんど音速で走っていた地雷ゾンビたちに着弾した訳だから、撃ったのは吸血鬼か人狼という事になる。……ユキ、お前、仲間の人狼を探しているって言っていたな? あのロケランを撃ったやつが、お前の仲間だっていう可能性はあるのか?」
「アニキ、正直、俺には分からないです。けれど、もしも俺や仲間の人狼が、人狼と吸血鬼とゾンビが集団で戦っているのを、遠くから見かけたら、絶対にそいつらにはかかわらないようにします」
「そうだな。そんなものに、かかわろうとするのは、よっぽどの変わり者だけだ。そして、吸血鬼や人狼の変わり者ほど、危険な存在はない…………」
そう言いながら、ぼくは、昔、出会った事がある、かなりの変わり者の吸血鬼の事を思い出す。
その吸血鬼こそ、ぼくを吸血鬼にした人物なのだが…………。
「そんな事よりも、今のうちに、私の身体を再生させたいから、あんたたちは、しばらく、部屋の隅の物陰に隠れて静かにしてなさい」
そう言って、部屋の真ん中の椅子に座っていたスミレは、机に顔を伏せて泣き出す(そうすると下半身が机の下に隠れるので、普通の十才の子供にしか見えなくなる)
それで、その状況を理解できなくて、きょとんとしているユキを引っ張って、ぼくは部屋の隅の物陰に隠れる。
「アニキ、スミレさんは、なんで泣くんですか?」
「しっ、黙って見ていろ」
そうして、それから、三十分ほど待っていると、いつもどおり、性的欲望をみなぎらせた最低の男が、部屋の中にのこのこやって来て、いつもどおりスミレに捕まって、血を吸われてしまう。
そして、スミレは、腰の部分で結んでいたライダースーツをほどいていたので、血を吸って下半身が再生されていくのに合わせて、それがふくらんでいく。
「アニキ、人間の男って、アホですね」
「お前ら人狼だって、冬になって発情期が来ればアホになるだろ」
でも、ぼくたち吸血鬼だけは、老いる事がなく、ほぼ永遠に生きられるので、吸血鬼になると同時に必要のない生殖能力はなくなって、性欲もなくなるから、アホにはならないのだ(もしも吸血鬼に、人間と同じだけの性欲があったなら、人間の女たちは全員、吸血鬼の男たちに犯されちゃっていたところだよ)
それから、しばらくして、自分の身体が完全に再生されて、ブーツを履き終わったスミレは、血を吸いつくした男の死体が、後でゾンビに喰われてもゾンビ化しないように、その首を斧で切断する。
スパッ!
「あんたの片腕も再生しないといけないでしょうから、私はそのへんを歩き回って、もう一人アホを捕まえて来るわ」
そう言って、スミレが部屋を出ようとしたところで、五感の鋭い人狼のユキが、何かに気が付いてそれを止める。
「スミレさん待ってください。アニキ、何か波の音のようなものが、遠くからかすかに聞こえます」
「波の音?」
「まるで、巨大な津波が、全てを飲み込みながら近付いて来るような音です」
その言葉を、スミレが疑う。
「こんな内陸に津波だなんて、何を言っているの?」
それで、ぼくたちは、その音の正体を確認するために、急いでこの街で一番高いビルの屋上に登って、そこから夜の街の外に広がる平野を見る。
吸血鬼も人狼も、夜でも星の光だけで、かなり遠くまで見えるのだけれど、今は月も昇り始めていたので、より遠くまではっきりと見る事ができる。
そして、遠くにある、その何かのかたまりを見付けた時に、ぼくたちは最初、大量発生したイナゴの群れか何かだと思った。
だけど、その何かは、虫よりももっと大きな何かの大群で、しかもものすごい速さでこっちに近付いて来る。
「アニキ、やばいですよ」
その何かは、五千万体を超えて集まったゾンビの群れが、直径八キロほどの、巨大なアメーバのようなかたまりになって、高速で移動してしていたのだ(ちなみに、直径八キロっていうと、日本という国の東京にある、山手線という電車の環状線の円の大きさと、だいたい同じだ)
それを、一言で表すとすれば、津波ゾンビという言葉になるのだろうか。