第十章 地雷ゾンビ
遠距離からのミサイル攻撃が来なくなったので、しばらくしてから、ぼくたちは、高層ビルの最上階へ戻る。
でも、その場所は、何者かにその位置を知られてしまった訳だし、現代兵器での攻撃に対しては全くの無防備だから、もう、そこで暮らす事はできない。
なので、ぼくたちは、とにかくクロの世話に必要な物だけでも、そこから運び出すために、急いで荷造りをする。
だけど、クロの世話に必要な物は、粉ミルクや哺乳瓶やスプーン、ヤカンや鍋や哺乳瓶用の消毒液、食器用洗剤や食器洗い用のスポンジや洗面器、紙おむつやベビー服やタオル、ウェットティッシュやティッシュやベビーソープ、ベビーベッドや毛布やベビーバス、洗濯用洗剤やバケツや洗濯バサミ、水や灯油を入れたポリタンクや灯油コンロ、体温計や体重計や育児書などがあるので、それは、かなりの大きさになる。
そして、スミレはまだ上半身しかないので、それらの荷物は、ぼくとユキの二人で運べるように、二つに分けてまとめなければいけない。
ところで、さっき、ぼくとユキが窓を割って飛び出したので、この部屋の遮光カーテンもなくなって太陽の光が入ってくるから、ぼくもスミレも、ヘルメットのバイザーは閉じたままにしている(あと、ぼくは、ライダースーツの破れた部分を補強するために、ダクトテープを巻き直しておいた)
それで、荷造りをしていると、人狼のユキが、ぼくに尋ねてくる。
「さっき言っていた、GPS発信機が付けられていた奴隷って、もしかして、軍人がヘリで集めていた若い女たちの事か?」
「ユキ、何度も言っているだろ。ぼくに話しかける時は、まず、アニキと言うんだ。そして、もっと丁寧に話せ」
「…………アニキ……GPS発信機が付けられていた奴隷というのは……軍人がヘリで集めていた若い女たちの事ですか?」
「そうだ。軍人のヘリの中にいたのを、スミレが運び出したんだ。……ひょっとして、ユキも軍人がやっている奴隷狩りを見た事があるのか?」
「ああ……はい、アニキ。俺がここに戻るのが遅れたのは、仲間の人狼を探すために、遠くにある小さないなか町まで行っていて、そこで、その奴隷狩りに巻き込まれたからだ……巻き込まれたからです。その時、俺は人間の救助をしているヘリを見付けて、仲間の人狼も、そのヘリに救助されたのかもしれないと思って近付いたんだ……近付いたんです」
「それで、そのヘリに乗った軍人たちが、若い女だけを乗せた後で、他の集まっていた人間たちを殺そうとした時に、ユキはその現場にいた訳だ」
「そうだ……そうです、アニキ。それで、俺は完全に油断していたので、最初の手榴弾の爆発で倒れて、その後の機関銃の弾でわき腹をえぐられてしまって、その傷が再生されるまで、しばらくは全速で走れなかったんだ……走れなかったんです。それで、俺はなんとか近くの山まで逃げて、そこにあった洞窟の中に隠れたんだ……隠れたんです。けれど、その時には奴隷を運ぶための汎用ヘリだけじゃなくて、応援で攻撃ヘリも来ていて、そのミサイル攻撃で洞窟が崩れてしまったんだ……崩れてしまったんです」
「だから、その崩れた洞窟から出るのに時間が掛かったのと、その後も軍人たちを警戒して、複雑な順路で遠回りしたのとで、ユキがここに戻るのが予定より十日ほど遅れてしまった訳だな」
「ああ、そうだ……ええ、そうです、アニキ…………って、確かに、俺は人狼で、人間時間じゃ生まれてからまだ三年しか経ってないけど、だからって、あんたをアニキって呼ばなきゃいけない理由にはならないだろ!」
「……ユキ。今のこの世界で、お前の子供であるクロを無事に育てるには、音速で動くゾンビや凶悪な人間たちと戦って、クロを守ってあげなければいけない。そのためには、ぼくたちは、一つのチームとして団結しなければいけないんだ。そして、そのチームがより強くなるには、その中のリーダーが誰かを、はっきりさせておく必要がある。スポーツのチームや軍隊と同じだ。分かるだろ?」
「……それは、そうだが……」
「ユキ。分かりました、アニキ、だ」
「……分かりました……アニキ……」
「でも、その話からすると、ユキを襲った軍人たちと、ぼくとスミレが倒した軍人たちは、別々の部隊ではあるけれど、ある程度は連絡を取り合って、情報交換をしていたようだな。でなければ、それぞれの奴隷狩りのやり方が、これほど似たものになるはずがない」
すると、クロが眠るベビーベッドにもたれかかっていた、上半身だけのスミレも、この話に加わる(今のスミレは下半身がないので、ライダースーツの下の部分は、邪魔にならないように結んで、そこにブーツもぶら下げてあった)
「つまり、あんたが逃がしてしまった、装甲車に乗った軍人たちが、運搬中の奴隷に付けてあったGPS発信機の情報を、ユキを襲った軍人たちに教えて、それで、そいつらがミサイル攻撃をしてきたという事ね」
「たぶん、そうだろう。だけど、そうなると、装甲車に乗った軍人たちは、ユキを襲った軍人たちの所に向かった事になる。そして、そいつらはきっと全員で、ぼくとスミレで制圧した、人間養殖計画に使う予定のあの軍事施設を奪い返しに来るだろうな」
「ちょっと待ってくれ。いや……ちょっと待ってください、アニキ。その人間養殖計画って何ですか?」
そう聞かれた、ぼくは、人間養殖計画の事をユキに簡単に説明して、その計画によって多くの人間が安心して暮らせる場所を作れば、人狼の子供であるクロも、そこで安心して育てられるという事を教える。
「だから、ぼくたちは、クロのためにも、ぼくとスミレで制圧したあの軍事施設を守らなければいけない。そして、その決着を早くつけるには、ユキを襲った軍人たちの方に、こちらから先に攻撃を仕掛けた方が良いだろう」
「え! アニキ、軍人相手に、こっちから攻撃をするんですか?」
「そうだ。すでに、ぼくとスミレの二人だけで、一つの軍事施設を制圧できているんだから、お前も加わった三人なら楽勝だ。それに、今は制圧した方の軍事施設にある、ロケランなどの武器も持ち出せるから、装甲車だって壊せる。ただし、クロは危険だから、制圧した方の軍事施設にいる奴隷だった女たちに、預けておいた方が良いだろう」
それで、ぼくたちは荷造りが終わると、すぐに、ぼくがスミレを、ユキがクロを抱いて、それぞれで荷物を半分ずつ担いで、さらに、ぼくが持ち出していた四本のロケランも二本ずつ持って、まず制圧した方の軍事施設に行く(ところで、その途中で何体かのゾンビとすれ違ったけれど、荷物が多くて刀を抜けなかったので、今回だけは放っておいた)
そして、今はスミレが上半身だけだから、その姿を軍事施設にいる女たちに見せる訳にはいかないので、スミレをユキに預けて、軍事施設からちょっと離れた場所に、二人を待機させておく。
「アニキ、その女たち、クロの世話をちゃんとできるんですかね?」
「クロは、もう、人間の子供で言うと生後三ヶ月近くになるから、世話をするのはそれほど面倒じゃない。あと、軍事施設の中には水も大量にたくわえてあるし、発電機もあって電気も使えるから、お湯を沸かすのも洗濯をするのも、世界が崩壊する前と同じように楽にできる。問題は、クロがどれだけ人見知りをするかだけど、もしもクロが嫌がるようなら、預けるのはやめるから心配するな」
「その女たち、クロに虐待とかしないわよね?」
「その女たちも、ぼくを怒らせて、地下シェルターの外に放り出されるのは嫌だろうから、ちゃんと頼めば変な事はしないはずだ。あと女は四人いて交代で世話をするから、育児ノイローゼにもならないだろう」
それから、ぼくは、ユキに服と靴と頭のサイズを聞いてから、一人でクロを抱いて、ロケラン四本以外の二つの荷物を全て担いで、制圧した軍事施設の地下シェルターがある建物まで行く。
そして、地下シェルターの出入口の前に立った、ぼくは、中で監視モニターを見ている女たちに合図して、出入口のロックを解除させて中に入る。
それから、監視モニターがある部屋まで行った、ぼくは、そこにいた四人の女たちに順番にクロを抱かせて、クロが嫌がらないか、確かめてから、荷物をほどいて中にあった育児書を見せて、とにかくそこに書いてあるとおりに丁寧に世話をしてくれと、ちゃんと頼む。
それで、どうやらクロは人見知りをしない性格らしく、四人の女たちの方も子供が嫌いな者はいないようで、みんな笑ってクロを抱いているから、とりあえず安心する(ところで、女って、小さな男の子を抱いたら、必ず紙おむつの間をのぞいて、ちんこを確認するけど、それってセクハラだよね)
そして、クロを預けた、ぼくは、倉庫で迷彩服のフルセットを二着と、迷彩のヘルメットを一つと、あと地下シェルターの中の武器庫から、さらに八本のロケランを持ち出して、スミレとユキのいる場所に戻る(本当は、ヘリを撃ち落とすための、対空ミサイルとかも持ち出したかったのだけれど、そういう複雑な誘導装置の付いた武器は、使い方がさっぱり分からないのであきらめる)
「アニキ、クロは大丈夫ですか?」
「あんたね、もしもクロに何かあったら、その女たち、全員、殺すわよ!」
「二人とも、クロの事が心配だったら、さっさとユキを襲った軍人たちを倒すんだ。速く倒せば、それだけ早く帰ってクロに再会できるだろ。それと、ユキ、お前はこの迷彩服を着て迷彩のヘルメットも被れ。軍隊で支給される本物の迷彩服なら、赤外線でも探知しにくくなっているから、これを着たら軍人たちに発見されにくくなる」
そう言いながら、ぼくも、ライダースーツの片腕と下半身の全てが破れて、ダクトテープを巻いただけなので、その上から迷彩服を着てブーツを履き手袋をはめる。
それから、ぼくがスミレを抱いて四本のロケランを担ぎ、ユキが八本のロケランを担ぐと、お互いすぐに音速で走り出して、それによって発生した衝撃波が空気を震わせる。
ドン!
そして、ぼくたちは、ユキの案内で、まずユキが軍人たちに襲われた時に隠れた洞窟に行って、さらに、その場所から応援に来た攻撃ヘリが現れた方向に走る。
この時の、ぼくは、スミレを抱いてない方の手でなら刀が使えるので、ゾンビを見付けた場合はその首を切断しようと構えるのだけれど、その前に必ずユキが、弓矢でゾンビの頭をふっ飛ばしてしまう。
ビュッ! グシャ! ビュッ! グシャ!
ユキの人狼の力で放たれた矢は、ゾンビの頭など簡単に粉砕してしまうのだ。
そして、ユキは、走りながら落ちた矢を回収して、それを再び矢筒に収める。
そうやって、ほとんどのゾンビをユキが倒してしまうので、ぼくは、走りながら退屈してしまうけれど、この後で軍人たちとの戦いがあるのだから、今は体力が温存できて丁度いいと思う事にする。
それから、かなり探しまわって、太陽が沈み始めた頃にやっと、ぼくたちは、ユキを襲った軍人たちの拠点と思われる軍事施設を見付けて、その敷地の中に侵入する。
「たぶん、あの二台の装甲車が横に停まっている建物の中に地下シェルターがあって、ほとんどの軍人たちはその中にいるのだろう。そして、二台の装甲車のどちらかには、中に軍人たちが乗っているはずだ」
ぼくたちは、墜落したのであろう大型輸送ヘリの残骸の陰に隠れて、これからどう動くのかを打ち合わせる。
「もう少しして、太陽が完全に沈んだら、あの装甲車を二台とも動けなくする。それによって、地下シェルターの中の軍人たちが、外に出るしかない状況を作るんだ。それから、地下シェルターの出入口が開いたら、すぐに中に突入する。軍人たちはフルオートで連射できる散弾銃を持っているだろうし、中には対人地雷も仕掛けてあるだろうから、軍人の死体をいくつも担いで、それを盾の代わりに使うんだ」
それから、ぼくは、ユキに注意する。
「ユキ、お前は吸血鬼と違って、手足がちぎれてしまったら、それを拾って接合する事も、人間の血を吸って再生する事もできない訳だから、なるべく、ぼくから離れるな」
そして、太陽が完全に沈んでから、ヘルメットのバイザーを上げた、ぼくは、ユキと二人でロケランを撃って、二台の装甲車を動けなくしようとする。
ドカーン! ドカーン!
だけど、二人とも、そんなものを撃つのは初めてだから(最初に制圧した方の軍事施設で、練習しておけば良かったのだ)なかなか当たらなくて、二人で七本撃ってようやく二台を動けなくする。
ドカーン! ドカーン! ドカーン! ドカーン! ドカーン!
それから、残った五本のロケランはそこに置いたままにして、すぐに、ぼくは、スミレを抱いてユキといっしょに音速で走る。
ドン!
そして、地下シェルターがある建物のそばに行った、ぼくとユキは、そこで中から軍人たちが出て来るのを待つ。
ところが、そこで予想外の出来事が起こる。
近くにあった、倉庫らしい建物の大きなシャッターが開いて、その中から百体くらいのゾンビが出てきたのだ。
そして、どういう訳か、そのゾンビたちは、胴体に黄色いゼッケンが付けられていて、胸と背中に一番から百番までの番号が記されている。
けれど、ここの軍人たちは、どうやって音速で動けるゾンビを、そんなに大勢、建物の中に閉じ込める事ができたのだろうか?
そう思いながらも、ぼくは、スミレを抱いたまま刀を抜き、スミレも鎖でつながれた二本の斧を構え、ユキは弓矢でゾンビの頭をふっ飛ばし始める。
ビュッ! グシャ! ビュッ! グシャ!
ビュッ! グシャ! ビュッ! グシャ!
でも、高速で走る百体のゾンビは、すぐに、ぼくたちの、近くにまで迫って来るので、弓矢を使うユキはゾンビとの距離をあけるために走り出して、ぼくはスミレを抱いたまま、そこでゾンビを待ち構える。
だけど、ぼくは、すぐ近くまで迫った一体のゾンビの身体を見て、その胸のゼッケンのふくらみ方から、その下に隠されたものの正体に気が付く。
そのゾンビのゼッケンの下には、対人地雷が貼り付けてあるのだ(普通の対人地雷は、遠隔操作で起爆するためには、有線のコードをつなげる必要があるのだけれど、それは、どうにかして無線で起爆できるようにしてあるようだ)
ドカン!
その対人地雷が爆発した時、ぼくは、とっさに抱いていたスミレをかばって、身体をひねりながら飛び退くけれど、その爆発でばらまかれた細かい鉄球を受けて、ぼくの刀を持つ方の腕が粉々になってちぎれてしまう。
グシャ!
しかし、ここの軍人たちは、音速で動くゾンビに、どうやって対人地雷を貼り付けたというのか?
そして、ぼくは、高速で走ってゾンビから離れながら、ある考えに至る。
それは、もしかしたら、ここの軍人たちの中に人狼が混じっているのではないか、という考えだ。
なぜなら、ぼくやスミレのような吸血鬼は、太陽の光を浴びると黒焦げになってしまうので、軍隊の中にもぐり込む事など不可能だけれど、ユキのような二十才以上の人狼ならば、それが可能なはずだからだ。
そして、もしも軍人の中に人狼がいるのならば、そいつならゾンビを捕まえて、その身体に対人地雷を貼り付けた、地雷ゾンビを用意する事もできるだろう。
それで、ぼくは気を引き締める。
もしも、本当にそうならば、これはかなりやっかいな戦いになるからだ。