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第94話 空戦の決着と岸壁の洞窟

 スフィアは身体をぴったりとバニングにつけて、俺と何度も練習した技を繰り出す。


「行きますっ! 『疾風機動(ウィンドシフト)』!」


 スフィアは正面から、怨嗟の唸りを上げて迫る闇霊弾に向かっていく――風を纏って回転し、ギリギリまで引きつけて回避しながら、バニングは黒竜から落ちかけていたイリーナに接近し、前足でしっかりと抱え込む――拾う前に防御強化(ガードライズ)をかけ、バニングの腕で潰れてしまわないようにとの配慮は欠かさない。


(闇霊弾を抜けた……今だ!)


「――バニングさんっ、お願い!」


 バニングが回転しながら、揺らめく炎を纏う。俺たちのように、防護結界が使える騎乗者でなければ使えない技――それは、まさに閃火竜の名にふさわしい。


「このようなところで敗れるわけにはいかない……私は、子供に負けるほど弱くない……っ!」


 鉄仮面の騎士の声が聞こえる。その声からは、自分の実力に自信と誇りを持っていることがうかがえる――しかし。


(残念だが俺たちの娘も、ここで負けるほど弱くはないんだ)


 炎を纏う体当たりではない。『修羅残影剣・転移瞬烈』を、『炎にまとわれた状態のバニングと共に』発動する、竜と騎乗者が一体となって可能になる奥義。


 ――紅蓮修羅・閃火瞬烈――


「なっ……!?」


 炎をまとった竜の残影が放たれると、黒竜の騎乗者は動揺に声を上げつつも、全力で何重もの防護結界を展開する――それはSランク相当の魔法戦闘に特化した者なら可能な技術ではあるが、俺の目には脅威となる使い手とは感じられなかった。


(このまま押し切れるはずだ。スフィア、分かってるな。敵の防護結界が消えたら……)


「うんっ!」


「くぅぅっ……うぅ……あぁぁぁぁっ!」


 防護結界は、熟達することで万能の防御として機能する。しかし魔法使いが陥りがちな罠がひとつある――結界で攻撃を受け止めてしまうと、防ぎ切るか、魔力を使い切るまで逃げられない。それこそ、転移魔法でも使わなければ。


 敵は苦悶の声を上げながらも最後の最後まで粘りきるが、ふっとその身体から力が抜ける。魔力が尽きる直前に、スフィアは『紅蓮修羅』の進行方向をずらす――すると炎竜の残影は空をどこまでも飛んでいき、やがて見えなくなった。


「……見誤っていました……子供でも……勇者と呼ばれる、者が……」


(っ……まずい……!)


 敵がバランスを崩し、黒竜の上から落下していく。バニングが加速して下に回り、拾おうとするが、最後の意地なのか、敵は魔石をこちらに投擲してくる――封じられた風精霊が爆ぜるように飛び出し、乱気流が起きて、接近を阻まれてしまう。


「お父さんっ……!」


(――あいつにはまだ聞きたいことがある! まだ間に合う、ギリギリで拾うぞ!)


「っ……うんっ!」


 俺たちの戦っていた場所は、底を大河が流れる渓谷の上空――この高度で落ちればただでは済まないが、川面に激突する前に、衝撃を軽減することはできる。


 スフィアが即座に俺の意志を汲み取り、バニングの誘導閃ホーミングカノンを川に向かって撃ち込む。何本も水柱が上がり、水面に到達する前に落下速度が減衰する――そこを狙って、俺たちは着水するギリギリで、鉄仮面の騎士を拾った。


「……う……」


 バニングが空いているほうの腕で、横からさらうように抱える。受け止めた際の衝撃は殺しきれず、骨の一つ二つは折れているかもしれない――だが、俺の技能を引き継いだスフィアなら回復魔法が使える。


(ひとまずどこかに降りるか……スフィア、あの岸壁に大きい洞窟が空いてる。そこに向かおう)


「うん!」


 エルセインの鎧を着た人物二人をアルベイン側の村に運ぶと、混乱を招く可能性がある。しかし改めて同じ鎧を着た二人を見ると、どういう事情なのかが気にかかる。


(仲間同士で戦ってるとは……どういうことなのか、何となく想像はつくが……)


「お父さん、どういうこと?」


 ラトクリス魔王国から、エルセインに向かって飛んでいったという黒竜。それがイリーナを攻撃したこの人物が乗っていた竜ならば、一つ気にかかる点がある。『隠密』を使って潜むことができるのに、なぜ目撃されるような形を選んだのか。


 あえて隠密をかけず、アルベインの民にあえて姿を見られる可能性を残したのだとしたら、それは一体なぜなのか。


 考えられることはいくつかあるが、おそらくラトクリス魔王国が、エルセインに通じているという誤解をさせるためだろう。


(俺はジュリアスが密偵の計略にかかり、戦いを挑んできたと予想していた。あまりにも無謀すぎたからだ。だからジュリアスの申し入れをあえて受けたが、この渓谷で騎竜戦を行わせることこそが、密偵の……つまり、この人物の狙っていたことなんだろう)


「すごーい……お父さん、一言もお話してないのに、そこまでわかっちゃうの?」


(いや、これは推論だ。どれくらい当たってるかどうかは、話を聞けばわかるだろう)


 そして、もう一つ気がかりがある。この鉄仮面の騎士が『闇霊弾』を使ったとき、俺はある魔法を想起した。


 死霊を呼び出す魔法――つまり、召喚術の一種。魔王国に関わりがあり、召喚術を使う人物を、俺はよく知っている。言わずもがな、ヴェルレーヌだ。


 ひとまず洞窟の入り口にバニングが降り立ち、腕からイリーナともう一人の女性を下ろす。スフィアは飛び降りて、水しぶきで濡れた髪をかきあげる。


(スフィア、彼女の鉄仮面を外してみてくれ)


「うん、わかった……あっ……この人……」


 鉄仮面を脱がせると、中から出てきたのは紫の髪――そして、黒褐色の肌。


 ダークエルフ。さらりとした髪のヴェルレーヌとは違って、ふわふわと波打つような髪質をした見るからに淑やかそうな少女が、容姿に見合わない鎧を身に着けている。


 気を失っていたイリーナは、バニングの腕から降ろされてしばらくすると目覚め、辛うじて身体を起こして、ダークエルフの女性を見やった。


「……クリューネさん……どうして……」

「クリューネさん……それが、この人の名前?」

「っ……あ、あなたは……びしょびしょじゃないですか、そんな格好だと風邪を引いてしまいますよ……あっ……」


 イリーナも思いきり水しぶきを浴びており、鎧の上から着けていたマントが水を含んでしまっている。革製のマントなので、濡らしたままにすると傷んでしまうだろう。


(お父さん、私はアルベインの人とも少し特徴が違うから、身構えられてないのかな?)


(相手が俺だったらこうはいかなさそうだな……かなり勝ち気そうに見えたが)


 イリーナは何の種族だろうか。ダークエルフとも違って、人間に近い。水色の長い髪に、羽のような形をした髪飾りを二つつけている。 


 顔立ちは俺に対して噛み付いていたときは勝ち気に見えたが、素の彼女は比較的おっとりとしているようだった。何事も、第一印象だけではわからないものだ。


「私は、そうそう風邪をひかないので大丈夫です。それよりお姉さん、もうひとりの人……すぐに治療しないといけないって、お父さんが……」

「お父さん? もしかして……この、見たこともない竜のことですか?」

「いえ、この竜はバニングさんです。お父さんは、いつも私を見てくれてます」

「っ……す、すみません、私、何も知らないで、無神経なことを言ってしまって……」


(いや、本当にいるんだが。うちの娘に宿ってる守護者のようなものだと思ってくれ)


「ひぃっ……お、男の声っ……何奴!? エルセイン魔王国の近衛騎士がひとり、イリーナ=ビュフォンの前に姿を現せ! この槍で……あ、あれっ?」

「槍、ですか? 落としちゃったみたいですね」

「……や、槍がなくても、この子は私が守る! さあ出てこい!」

「あの、この声は本当にお父さんなので、怖がらなくても大丈夫です」


(エルセインの騎士は、子供の言うことだからって信じないのか? それは騎士道精神に反するんじゃないのか)


「くっ……それは確かに……恩人の言うことを信じなくて、何が騎士か……!」

「あの、槍は後で探してあげますから、クリューネさんの治療がしたいので、洞窟まで運ぶのを手伝っていただけますか?」

「ち、治療……しかしこの方は……」

「私もお父さんも、このひとからお話を聞きたいんです。そうじゃないと、何もわからないので」

「も、申し訳ありません。恩人の決定に迷うなどと、あってはならないことです。直ちに運ばせていただきます」


 自分を攻撃した相手なので少し迷ったようだが、イリーナはスフィアと一緒にクリューネを運んでいく。


 洞窟の中に入ると、スフィアが明かり(ライティング)の魔法を使い、辺りを光の球が浮遊して照らし出す。クリューネを寝かせたところで、イリーナは自分のマントを外して手をかざし、魔法を唱える。


「水の民イリーナの名において請願する。水精よ、この革を浸した水を糧にせよ」


 『水の民』ということは、他の属性の民もいるのだろうか。魔族とひとくくりにされているが、人種は色々あるようだ――水の民はほぼ人間に近いようだが。


 イリーナの髪を濡らしたしずくから生じた水精が、空中に浮かんで水のかたまりを形成し、ぐんぐんと革の水分を吸って大きくなる。すると、イリーナのマントから水分が抜けて見事に乾いた。


 そしてイリーナはマントを地面に敷き、その上にクリューネを寝かせる。水精はそのまま活動し、三人の服が乾いていく。


「クリューネさんの鎧の外し方って、どうすればいいですか?」

「それはですね、ここの留め具を外しまして……」


 イリーナは俺がいることを忘れ、クリューネの鎧を外していく。あくまで治療であると言い聞かせながら、俺は鎧の内側で水分が抜けておらず、布鎧が濡れて張り付いたクリューネの肢体を目にする――はっきりとした起伏が、水分を含んだ布越しに強調されてしまっている。


(お父さん、魔力を少し分けてあげてもいい?)


(あ、ああ……意識が戻る程度に、分けてやってくれるか)


 スフィアにとって魔力は肉体を維持するために必要なものでもあるが、ごく一部なら分けても問題はない。


「魔力の供与ですね。では、しばらくお待ち下さい……なかなかきつく締め付けていますね。ですが、ここを緩めれば……」


 しかし問題は、魔力を分けるには肌に触れると最も効率が良いということで――治療の名目でクリューネの布鎧を手際よく脱がせていくイリーナを見て、実は仕返ししてるつもりなのではないだろうかという疑いを持ってしまった。

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