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第89話 お忍びの国王と新たな家族


 ミラルカを乗せてバニングを駆り、飛び回ること一刻ほど。彼女がなかなか飽きる気配を見せないので、あらゆる空中機動を見せ、攻撃手段まで披露したところで、「私が魔法を使うほうが強力だけど、なかなか便利そうね」という評価を得た。


 閃火竜の吐くブレスは、まっすぐにしか飛ばない火竜のブレスとは全く異なる。『閃火の息レーザーブレス』は、バニングが視認した敵全てに追尾するのである。火炎クルミだけでなく『火鼠のベーコン』を食べさせてやったことで、体内に高濃度の火精霊が宿った結果、ブレスの軌道を火精霊の力で制御できるようになったと考えられる。


 もちろん、攻撃手段などは現状使うつもりはないが、騎竜戦というくらいなので速さを競うだけではなく、空中戦のことも想定しておいた方がいいだろう。


 そんなわけで、デモンストレーションを終えて地上に降りる。竜の巣に戻ってくると、シュラ老と子どもたちが拍手で迎えてくれた。


「いや、やはり凄まじいものですな。ただの火竜だったバニングが、今では国一つを揺るがす力を持っておるのですから。食は全ての源なのだと、この爺も教えられました」

「この人のことだから、できるだけ強くした方が余裕が持てると思ったんでしょうね。絶対に勝てると思った勝負しか、基本的にしない人なのよ」


 俺が先にバニングから降りたあと、ミラルカの足を両手で受け止めて支えてやり、安全に降りられるようにする。無事に着陸すると、スカートを抑えて俺をジト目で見やりながら、いちおう感謝しているというようにふぁさっと髪をかき上げる。


 空中では子供のようにはしゃぐ一幕もあったのだが――特に宙返りなどは喜んでもらえた。しかし、どうも俺と一緒に竜に乗って楽しんだというのは恥ずかしいらしく、あくまで必要あって一緒に騎乗したのだと言わんばかりだ。


「ミラルカお嬢様、いかがでしたか? 大変楽しそうでいらっしゃいましたが」

「っ……な、なぜそんなことが分かるのかしら? あの高度で声が届くとは思えないのだけど」

「シュラ老は竜を空で運動させてるときも、状況を把握できるように魔法を使ってる。それで、バニングが聞いてる音が聞けるんだ」

「そ、そういうことは早く言いなさい……黙っているなんて、趣味が悪いわね」


 シュラ老は白い髭を撫でつつ笑っている。ロロとスーラも楽しそうにしているが、ミラルカに一瞥されてビクッとする。魔王討伐した勇者が、子供を威嚇するのもどうなのか。


「それにしても、儂たちには見えておりますが、気配を消す力も優れたものです。これだけ大きな竜でも、王都からは観測されぬでしょうな」

「王都には、別口で竜を飼育する施設を作ってもらおうと思ってる。竜騎士団は、時代に適応するには必要だと思うからな。空中戦力を持ってるのは、エルセインだけじゃない」

「僻地の住民を医者の元に運ぶなどにも、竜は適していますからな。恐ろしく強い生き物ですが、人に寄り添わないというわけではない。ディック殿の先見の明には、儂も常日頃から感嘆しておるのです」

「いや、俺も最初は利己的な理由で竜が欲しかっただけなんだが……まあいい。バニング、また今度な。本番じゃ『俺に似た別のやつ』が乗るかもしれないが」


 バニングは俺に返事をする時は、比較的高い鳴き声になる。妻と揃ってクルル、と鳴くと、俺たちが洞窟を後にするまで、子竜と並んで見送ってくれていた。


 ◆◇◆


 転移陣を使い、銀の水瓶亭の地下に飛ぶ。今日はこれから、夜の部にコーディが来ることになっていて、そこで国王陛下と話してきた内容を教えてもらうことになっていたのだが――。


 一階に上がり、ホールに出ると、そこには外套を羽織り、目立たないような格好をしつつも、やはりその気品を隠しきれていない女性――マナリナがいた。


「ディック様、ミラルカ……申し訳ありません、突然訪問してしまって」

「マナリナ……どうしたの? そんなに慌てて。落ち着いて、わけを話してみて」


 ミラルカはマナリナに歩み寄って気遣う。教授とゼミの教え子という間柄だが、同い年の二人は親友と言っていい関係だった。


「どうしたんだ? まだ営業時間前だから、ゆっくり話を聞けるが」


 カウンターの中にいるヴェルレーヌも頷いてくれる。マナリナを店に入れて、俺が戻るまで話していてくれたのだろう。


「ご主人様はこれまで公の場を避けてきたが、そのことを気にかける人物もいるということだ。まして、この国がご主人様に護られていると理解すれば、なおさら礼儀を払わねばという思いを抱く。国王も人間なのだからな」

「国王……って。マナリナ、国王陛下が何かおっしゃられたのか? もしかして、勝手に騎竜戦を受けたことをお怒りとか……」


 マナリナは首を振る。彼女は深刻というよりも、話しづらいというか、申し訳なさそうというか――何となく、恥じらっているようにも見えた。


「……父上が、コーディ騎士団長の訪問を受けて、エルセイン王国との騎竜戦は、ぜひ国民を挙げて観戦したいとおっしゃって。お礼も兼ねて、今夜……こちらのお店に、どうしても行きたいと……」

「そんなことになってしまったの……? ディック、どうやら貴方の苦手な展開になってしまったみたいね」

「全く想定してなかったということもないけどな。でも、そうか……うちの店に、国王陛下がお忍びで来るのか」


 国王には何人も『影』がいて、極秘に玉座を離れる際にも問題がないように準備されている。それは、どの国でも珍しくない慣習だ。多忙を極める国王でも、どうしても公にできない私事のために、王城を抜け出すことはある。例えば王室の行事と親族の危篤が重なってしまったとか、隠し子が会いに来て、血の繋がりを自分の目で見定めたいと考えた場合とか色々だ。例としてちょっと極端ではあるが。


「お父様は、私の魔法大学への入学式の時も、極秘裏に見に来てくださいました。そのような方なので、度重なるディック様の救国の恩に、直接お礼を言いたいと……昔、魔王討伐の褒美としてこのギルドハウスを贈った時にも、ずっと引っかかっていたとのことです。あの少年は、実は何か大義あって、十二番目のギルドを選んだのではないかと……」

「少年……確かにあの時はそうだったけれど、国王陛下は当時の姿しか知らないのね。ディックが公の場を徹底的に避けてきたからかしら。今回は目立ちすぎたわね」

「俺もまあ、急場とはいえごり押しだったかとは思ってはいるがな。エルセインとの国交を復活させて上手くやっていくには、影で動いてばかりいるわけにもいかないか」


 国王陛下に俺の存在を意識させないようにしてきて、それは徹底できていたのだが――さすがにマナリナの婚約破棄の件、ヴィンスブルクトの謀反の件、『蛇』討伐の件と立て続けに国を揺るがす有事が続けば、その解決に関わった存在を意識しないわけにもいかないだろう。


 陛下は誰かが勝手に解決してくれている、で済ませ続けていられるような人物ではない。公に話が広まらない前提ならば、今の段階で直接話すことには意義がある。


「分かった、陛下をこの酒場で迎える。『訳ありの客』として来てもらおう。マナリナ、作法を陛下に伝えてもらえるか」

「は、はい……実は、すでにお伝えしてあります。お父様……陛下が、どうしてもとおっしゃるので、断りきれず……申し訳ありません」

「謝ることはない。俺もコーディに任せきりにせず、自分で挨拶に行くべきだったな」

「そんなことをしたら、もっと大変なことになるじゃない……」

「ん、何か言ったか?」

「い、いえ、何でもありません。ミラルカ、お父様には私からちゃんとお話してありますから、その点については心配ないわ」


 俺が国王陛下と会うと、時と場合によっては大変なことになる……何がどう大変なのだろう。


 とりあえず悪いことはしていないし、国王陛下から悪印象は持たれていないと思うので、まず話をうかがってみるとしよう。


 ◆◇◆


 アルベイン五十二世国王、クラウス=ソル=アルベイン。


 師匠とパーティを組んでいたという初代王の子孫である彼は、戦闘評価だけを見ればAランク相当だが、王の権威などを冒険者強度に換算すれば、SSランクは超えるだろう。


 つまり、ギルドと王国の個人レベルの力関係は、すでに遥か昔から逆転してしまっているのだ。昔は王室と貴族に強者が揃っていたが、前線で戦ったり、困難な依頼を受ける必要のない彼らは、長い年月の中でその戦闘力を衰えさせていった。


 戦闘評価が全てではなく、一般人から見ればAランクでも十分に超人の領域にある。戦う必要のない王がそれだけの力を維持しているというのは、王が自らに鍛錬を課してきた証でもある。


 彼はコーディとティミスの二人を伴い、夜の部が始まってきっかり五分後に店に入ってきた。カウンターにやってくると、曜日に対応した灰色の外套はあえてそのままに、合言葉を口にする。さすがに顔を出せば、瞬く間に客に気づかれてしまうだろう。


 俺はマナリナ、ミラルカと共に、個室席から様子を見る。マナリナは自分のことのように緊張していて、ミラルカが彼女の肩に手を置き、安心させていた。


「『ミルク』を一つ。無ければ、『この店でしか飲めない、おすすめの酒』を貰えるだろうか」

「かしこまりました。『当店特製でブレンド』いたしますか?」

「うむ……いや、違うな。ああ、『私だけのオリジナル』をお願いしたい」


 その話しぶりだけで、陛下が俺の酒場の流儀に倣おうとしていること、普段の国王としての振る舞いを控えようとしていることは分かった。


「それでは、お席にご案内いたします。お約束された方がお待ちしております」

「ありがとう。あなたは侍女の服を着ているが、それは『彼』の指示によるものだろうか?」


 『彼』というのは俺のことだろう。俺をギルドマスターとも、ディックとも呼ばず、周囲に気取られないように伏せてくれている。


 エルフが店主をしていることが気にかかったようだが、ヴェルレーヌが元魔王とまでは気がついていないようだ。


「いえ、これは自主的に用意した服です。まだこの店に来て一年も経ちませんが、主人には大変なご厚誼を頂いております」


 元魔王と、アルベイン王――ある意味で因縁のある関係だが、ヴェルレーヌは陛下に対して悪感情があるわけでもなく、その対応は自然なものだった。


「なるほど、彼の趣味ではないのか。それは失礼した……娘にも侍女の格好をさせるとなれば、父として少し思うところもあるのでな。まあ、悪いというわけではないが」


(それだけ娘を溺愛してるなら、女性問題の激しかったヴィンスブルクトに嫁にやるなんて考えそうにもないが……公爵家をないがしろにするわけにもいかなかったのが大きいか)


「それではお席にご案内いたします」


 ヴェルレーヌに案内され、陛下たちは俺たちの隣の個室に入る。マナリナとミラルカが同席するという話にはなっていないので、まず俺が一人で陛下のいる個室に入った。


「おお……忘却のディック殿。見違えるほど、男ぶりが増したようだな」


 陛下は悪気があるのではなく、通り名で律儀に呼んでくれたのだろう。陛下の隣に座ったティミス、そして向かい側にいるコーディが苦笑している。


「お久しぶりです、陛下。変わらずご壮健そうで何よりです。この度は、このような場にお越しいただき、まことに……」

「良いのだ、私はこの店の客として、然るべき流儀に従いたい。そう固くならず、マナリナとティミスの父親として、そのあたりの中年男として扱ってくれ」

「お、お父様……」

「わ、分かりました……どうしても不敬に感じてしまうんですが。クラウスさん……いや、呼び方だけはやはり、陛下と呼ばせてください」

「私のような形だけの王を、そう呼んでくれるのか。ディック殿の前では、私はただのクラウスとして扱われても、自然なことなのだがな」


 国王の俺に対する評価を、俺はあえて調査部に調査させたりなんてしなかった。


 なぜ、そこまで評価が高まったのか。具体的な理由は、陛下が続けて話してくれた。


「久しくまみえず、どうしているのかと思っていたが、最近は功績ばかりが私の元に報告されていた。この国は、魔王討伐隊によって今も護られている。ディック殿たちがいなければ、マナリナに不幸な結婚をさせ、ベルベキアに攻められ、最後には王都が沈んでいた。アルベイン王国があるのは、君のおかげだ。それを、少しでも早く伝えたかった」

「国を裏切ろうとしていた人々も、陛下に露見しないように立ち振る舞っていましたから。第三者の立場にいた俺は、警戒されずに情報を掴むことができたというだけです。それに、俺はあくまで依頼を遂行しただけで……」

「ディック殿たちの働きで、自分の責務から解放された者、無自覚に護られた者は多くいる。私もその一人だった……『蛇』を討つことは、アルベイン王を継ぐ者の義務。しかし私では蛇を討伐するどころか、途中の階層で命を落としていただろう。強く勇敢な者が王となった時代ならば、私は玉座に就く権利など有していない。ディック殿たちが王で、私達が騎士か冒険者ということもあっただろうな」


 クラウス王に俺の働きが伝わっているのは、コーディが説明したからだろう。肝心のところを省いたり、カスミさんやレオニードさんの功績とするにも限界がある。何より彼女が、俺のしたことをありのままに伝えたいというなら、何も言うなとは言えない。


「……陛下は、ディックに王位を譲りたいと考えておられる。君はそれをどう思う?」

「俺は……その気持ちは身に余る光栄ですが、俺は王になる以外にしたいことがある。国王を軽んじるわけじゃありません。でも俺は、このギルドのマスターだけで十分に自分のしたいことができている。それ以上の地位は望みません」


 クラウス陛下は俺をじっと見ていた。壮年に差し掛かっているはずの陛下の容貌は若々しく、ユマの父親のグレナディンさんと同じように、三十代半ばに見える。


 マナリナと近い色の黒髪を総髪にしていて、立派な髭を蓄えている。しかし、剃り落とせばかなり若く見えるのではないだろうか――おそらくは威厳を出すために、あえて髭を伸ばしているのだろう。


「……王になるよりも、したいことがある……か。誰よりも王にふさわしい器を持っているだろうディック殿が、迷いなくそれを言う。これが、器量の違いというものなのだろうな」

「い、いや……俺は、根が冒険者なんです。自分の力を試すことができるなら試したいし、俺たちでなければ達成できない依頼を受けたい。未踏の迷宮があれば潜りますし、優秀な仲間が入ればギルドに引き込みます。やりたいことをやってると、時間が幾らあっても足りないんですよ。自分が二人居たらと思うくらいです」

「はっはっはっ……なるほどな。歴代の王にも、理由を付けて冒険に出る者はいた。もちろん公的な記録には残っていないがな。自由は生きるために必要だ、束縛は人を殺す。尤も、王のように恵まれた地位にいる人間が言うことでもないのだろうが」


 昔陛下は、謁見の間で話した時に、俺にギルドマスターの地位を授与する時、それだけでいいのかと聞いていた。


 それは、自分が魔王を討伐したなら得たいと思うものと、俺の考えが大きく異なっていたからだろう。


 あの時はただ、目立たずにギルドをやるための環境をくれればそれでいいと思っていた。しかし今は、陛下の価値観が、王座から見える景色だけで作られたものではないのだということに興味を持っている。


 凄く有能とは確かに言えないし、この国がここまで持っているのは難しいバランスの上にあってのことで、必ずしも陛下のやり方を全て肯定することはできない。


 だが、完璧な人間などいないのだから。不正を知った時にそれを正し、自分が臣民に助けられていることを理解している王なら、それでいい。


「私の影が今ごろ玉座に座っているだろうが、彼もよく言っている。国王の影は今の人数では足りていないと。私に似た容姿の者が、ごろごろと居られても困るのだがな」

「お父様……まだお酒も召し上がっていらっしゃらないのに、今日はよくお話されるのですね」

「ん? ああ、こういった場所に来るのは初めてだからな。少々浮かれているのかもしれない。娘たちの顔も見られたことだしな」


 陛下の見せる父親の顔。ティミスは親子の姿を俺に見せて照れているが、正直を言って、自分の親が懐かしくなったりもする。


 まあ両親も、俺の顔を見ればケロッとして「会いたかった」なんてことを言うのだろう。そのわりに帰ってこない放蕩冒険者たちだが、『束縛が人を殺す』というならば、自由な生き方を否定すべきではない。俺が今、自分の心に従って生きているように。


「……そういえば、飲み物がまだですね。少し席を外させてください」


 個室を出て、厨房に行く。すると、料理番のハレ姐さんとラムサスが、俺を見るなり、救いの神でも見つけたかのような顔をした。


「あぁ……ごめん、ダンナ。任せてもらったのに、国王陛下が来てると思ったら、あたい、ガラにもなく緊張しちまって……」

「め、面目ないデス。でもマスターが来てくれたら百人、千人力デスね」

「ここだけの話だが、陛下は俺たちの話も分かる陽気なお人柄だ。あまり緊張せず、料理に取り掛かってくれ。責任は俺が取る」


 俺は二人の肩に手をかざし、『安らぎの光マインドキュア』を発動させる――二人の魂の色が目に見えて変化し、緊張を示す赤から、冷静さを示す青になる。


「俺はドリンクを作る。ヴェルレーヌ、俺にじきじきに作らせようって待ってたのか?」

「どういった趣向のお酒にするか、お話の内容によって変わってきますので……どうやら、明るい席のお酒で良いようですね」


 陛下がどんな話を持ち込んでくるのか、ヴェルレーヌは案じていたようだ。今のところは俺の評価と陛下の価値観を聞いただけで、本題はこれからということになるが――酒は、クラウス陛下のイメージに合うものを出すべきだろう。


(……しかし……魔法を使った時に、何か……いつもと違うような……)


 魂の色が見えるなどと、ユマでなければできないようなことだが、今の俺には確かに見えた。しかし、もう一度目を凝らしても色は見えない。


「ダンナ、どうしたの? どんな酒を作ろうか迷ってるとか?」

「あ、ああ……いや、何でもない。大丈夫だ」


 俺は気を取り直し、用意していた酒瓶を取り出して、ブレンドの準備を始めた。


 ◆◇◆


 アルベイン国内において、酒造で有名な土地。奇しくも騎竜戦の行われる渓谷近くにもその一つがあり、王室の行事のためにも酒を納めている。


 その産地でも、最も上質とされるのが『ディラ・アルベイン』という酒である。製法が他の酒とは全く違い、製法は一子相伝で、材料の貴重さもあり、一年間に酒造用の樽一杯分しか作られない。『紅孔雀』という赤い果実を醸して作られるその酒は別格の味で、知る人ぞ知る幻の酒だ。


 飲み口がすっきりしており、後からキレのある辛口が追いかけてきて、全身を熱くする。効能としては魔力の増大効果が大きい。


 このディラ・アルベインには混ぜものなど一切必要ないとも言えるが、姉妹といえる酒『ラキュベイン』と合わせることで、見た目の美しさと、味のさらなる展開が加わる。


 ラキュベインは製法が門外不出とされており、俺も材料の全ては知らないが、白い酒である。男女ともに好まれる高級酒で、乳のようなまろやかな甘みがある。これをグラスの底に注ぎ、ディラ・アルベインをスプーンを利用して静かに注ぎ入れると、二層に分かれた酒ができる。これがこの店でも最高クラスのブレンド、『白く燃える湖』だ。


 ハレ姉さんとラムサスが用意したオードブルをヴェルレーヌに運んでもらい、俺はマナリナとミラルカも含め、六人分のブレンドを運んだ。


「最初は混ぜずに三分の一ほど飲んでから、ゆっくり混ぜて飲んでみてください」


 俺の指示に従い、陛下は変化する酒の味を楽しむ。


「これは……ディラ・アルベイン。しかしこの冷たさは……」


 氷室がまだ普及していないので、王室でもぬるい酒しか飲めないということだろう。氷で割ってしまうと、酒の味が変わってしまう。季節は夏、冷やした酒が何よりも旨く感じる季節だ。


 そして混ぜたあと、名前が体を表わして、白いラキュベインが炎のようにグラスの底から上に向けてたなびく。店の照明の中で、赤と白の酒が幻想的な姿を見せていた。


「……うむっ……これは……っ」


 目をカッと見開き、クラウス陛下がグラスを持つ手が震える。ティミス、そしてコーディも、同じように驚きを隠せずにいた。


「なんだこの酒は……二種類を混ぜただけ……それでなぜここまで変わる……?」


 片方は『魔力増幅』、一方は『魔力強化』。その二つをかけ合わせた酒は効能が跳ね上がる――効能の相性が良ければ、味の相性も抜群である場合が少なくない。


 一方ずつで飲んでも美味い酒が、ほどよく混ざることで香りと味の快楽を生む。俺でも病みつきになりそうな味で、普段は飲むのを控えているブレンドだった。


「……美味しい。ディラ・アルベイン……少ししか口にしたことがありませんでしたが、こんな飲み方もあるのですね……」


 女騎士として凛とした態度を保とうとしていたティミスも、一発で蕩けてしまう。コーディも頬が赤らんで、困った顔をしていた。味の感想は上々のようで何よりだ。


 ミラルカ、マナリナも魂の色が変化している。緊張を示す赤にも近い色だが――これは、酒場の中で変化してもいい色なのだろうか。『桃色』になっている。


 しかし陛下はさすがの落ち着きで、魂の色が全体に白っぽくなり、穏やかになったものの、赤の系統の色はほとんど混じらなかった。


「……ディラ・アルベインは王室ですら、限られた量しか納入されぬのだが。どうやら、王室で買い付けている金額が安すぎたようだな。これは反省しなくてはならん」

「いや、この酒を作ってる職人は厳格な人物で、本当に満足した質のものしか王室に納入しないんです。鮮度の問題で、一度に運べる量しか輸送もできない。俺は鮮度を保てる荷馬車を持っているので、それを利用して、運べなかった分のおこぼれに預かってるんです……こんな美味い酒、運べないからって捨てるのは勿体無いですからね」


 企業秘密を明かすのは普段しないことだが、ディラ・アルベインを出すのならば、出所はちゃんと説明しておくべきだろう。


「そのような経路で仕入れていたのか……私はこの酒を作っている職人の性格など、考えもしなかった。運べぬ酒を捨てていたとしたら、勿体無いことをさせていたものだ」


 実際は、運べないという口実で村人たちに振る舞って飲んでいたそうだが、それは言わなくてもいいだろう。酒職人たちが酒好きというのは分かる話だし、だからこそ味にこだわるのだから。


「それに、この肉の香ばしさと旨味……これだけで、幾らでも酒を飲めそうだ」


 このブレンドには牛と豚のどちらの肉も合うが、今回は牛のグリルを出している。ハレ姉さんの得意分野である肉料理の腕が発揮された一品だ。


「お父様、お野菜も召し上がってくださいね。これからも、健康でいていただかなければ」

「ティミスはマナリナと同じことを言うな……やはり姉妹か。そちらの席にいるのだろう? あとで挨拶をしなければな」

「その前に……陛下、エルセイン王との騎竜戦の件ですが。ディックは広く力を示すことは好みません。可能ならば、観戦は最低限ということでお願いしたいのですが……」


 コーディは俺が難色を示すと考え、国王陛下がじきじきに説得しにやってきたのではないか――とも考えたのだが、思った以上に陛下は俺の心情を汲んでくれていた。


「国家同士の威信を賭けた戦いではあるが、確かに、勝負に挑む者の意志を尊重すべきだ。私としては、ディック殿の功績を皆に知って貰いたいという思いがあるのだが……」

「俺が王位を望まないなら、その必要はない……ということですね。しかしまあ、俺は目立たないために色んな方法を使えますから、人を集めて娯楽として見てもらうのはいいかもしれません。『蛇』の件で王都は騒々しいことになっていましたし、人々にも不安はあるでしょう。エルセインとの対話を改めて進めるきっかけにもなる」

「ディック……そうか。君がそう言うのなら、僕はそれに従うだけだ。騎士団長として、できる限りのことをするよ」


 アルベイン代表の謎の竜使いとして出場する――しかしそれだと、アルベインの民からすると、誰とも知らない人物を応援することになるか。


 『仮面の救い手』の名前は広まっているので、その一員ということにすればいい。今まで色々と活動してきたおかげで、打てる手は無数に……そう考えたところで。


 視界が揺らぎ、目の前のものが二つに見える。


「っ……す、すみません。少し、席を外します。酔いが回ったようで……」

「ディック、大丈夫かい? 僕も付き添おうか?」

「いや、大丈夫だ。ちょっと、休んでくる……皆、心配するなと言っておいてくれ……陛下、それでは……」

「う、うむ……すまぬ、疲労が残っていたか。もし具合が悪ければ、王家付きの医者を……」


 陛下の言葉が最後まで耳に入らない。俺は急速に乱れた意識を辛うじて律して、二階に上がっていき、居間のソファに倒れ込んだ。


「ディー君っ……!? 大変、すごい熱……ヴェルちゃん、来てっ!」


 ヴェルレーヌは二階に上がる俺の様子を見ていたのか、すぐに駆け上がってくる。そして、師匠と一緒に俺の介抱を始めてくれた。


「これは……やはり、ご主人様の肉体といえど、あれほどの冒険者強度を生み出す魔力には……吸魔を行える精霊を召喚すれば……いや、とても吸収しきれない……!」

「どうすれば……私の身体にディー君の魔力を移せば……っ」


 俺がこうなった原因が見えてくる――『蛇』を倒す時に、皆から集めた力を、俺はあの一撃で使い切っていなかったのだ。


 消耗したのは、俺の元来持っていた魔力で、それが回復すると、集めた力と合わせて、俺の器を超えてしまった。


「リムセリット殿と私……いや、他にも多くの者が、あのときご主人様に力を託した。しかし、魔力吸収ができるのは全員ではない……だが……」

「ディー君……絶対助けるからね。私は、ディー君のお師匠様だから……っ」


(……師匠も、ヴェルレーヌも。泣いてる……俺はそんな状態なのか……)


 身体が動かない。意識がばらばらになって、辛うじて繋がって、全身に激痛が走るが、声も出せない。


 これが、器を超えた力を使った反動――甘んじて受けるべきなのだろうが。ただ耐え続けて、その後も俺の命が続くのか分からない。


(魔力を……分ける……そうだ。俺には、それができる……『小さき魂スモールスピリット』で……)


 声が出ているのかも分からない。しかし俺は、少しでも早く皆を安心させたくて、自分の中から溢れそうになっている色とりどりの魔力を、『分け身』として自分から切り離そうとした。


 ◆◇◆


 気がつくと俺は、ベッドに寝かされていた。


(……生きてる。魔力の暴走も、落ち着いている……上手くいったのか?)


 看病をしてくれていた師匠とヴェルレーヌが、ベッドの両側に身をあずけて眠っている。


 俺は朦朧としながら、『小さき魂』を使ったはずだった。自分の魔力を分けて作り出した分身に、意識は繋がっている――しかし、光球の姿はどこにもない。


「……ん……」

「……えっ……?」


 すぐ近くで、身じろぎをする気配がした。毛布に隠れていて見えなかったが――俺のすぐ近くで、誰かが一緒に眠っている。


 ――驚くべきことに、俺の意識は、その『誰か』と繋がっている。事態が飲み込めず、俺はそろそろと毛布をめくって――。


 そこにいた、銀色のさらりとした髪に、幾つかの色に変化した毛先を持つ少女を見て、最大の混乱を迎えた。


(き、金色……桃色……栗色に、黒……一番師匠に似てるようにも見えるが……こ、この子は……!)


「……あ……」


 薄く目が開いて、少女が俺の方を見上げる。


 そしてこともあろうに、彼女は身体を起こし、俺に抱きつきながら言った。 


「おはよー、お父さん」

「っ……お、お父……お父さん……お、俺が、君の……!?」

「あ……ディー君も、女の子も起きてる。や、やっぱり、私によく似てるよね……」

「な、何を言うか。私の要素もちゃんと入っているではないか……まさか、私達の魔力が混ざりあって、人工精霊ができてしまうとはな……」


 そんな話は聞いたことがない。しかし、魔力には感情が乗せられるというし、ベアトリスは実際に、身体が魔力でできている。


 ヴェルレーヌの言うとおりなら、精霊の作り方は、魔法使いならば誰でもできるのかもしれない――しかし人格を持つことが、そうそうありえるわけがない。


(俺の、娘……『小さき魂』で分離した魔力が、意志を持った……だって……?)


 まったくもって理解がついていかない。だが、蛇を倒す時に理解を超えたことをしたのだから、その反動でこうなってもおかしくはない――のだろうか。


 少女は俺にぎゅっと抱きついている。魔力が物質化して、ベアトリスのように人間と変わらない質感となっていた。体温は低めだが温かく、容姿と背丈を見る限りでは十歳前後に見えるが――と、観察する自分を自制する。


「お父さん、名前をつけてくれる? ママたちの名前のどれかでいい?」

「っ……マ、ママって……誰のことだ?」

「んーとね……お姉ちゃん二人も、私のママだよ。そうだよね?」

「え、えっと……そ、その、私もこんなことになるって思ってなくて……私が産んだわけじゃないけど、ママなのは、ママかもしれないっていうか……ど、どうしようディー君っ」

「過程を飛ばして母になってしまうとは……悪い気はしないのだが、いかんせん、母としての心構えが足りていないな。パパと力を合わせて、娘を教育していかねば」


 蛇を倒す時に皆の力を集めたために、結果として娘ができてしまった。自分でも何を言っているのか分からないが、そうなってしまったのだから仕方がない。


「お父さんは、お父さんとパパ、どっちがいい?」

「……お、お父さんでいいが……できれば、ただのディックと呼んでくれ」

「うん。わかった。ありがとー、お父さん♪」


 あまり話を聞かないところは誰に似たのか。複数人に該当する気がする。


 蛇と戦った時にパーティを組んでいた師匠、コーディ、ミラルカ、ユマ、アイリーン、ヴェルレーヌ、シェリー。彼女たちそれぞれの性質を持っているとしたら――本体の俺に魔力量は及ばないが、器用さは半端ではないことになりそうだ。


 容姿は俺に少し似てないこともないが、全員に似た部分があるといえばそうだ。耳が長めなのは、ヴェルレーヌの特徴だろう。


 しかし自分の子供という認識が本能に訴えかけてくるのか――見ていると、やたらと可愛く感じて仕方がない。


「ディー君のこと、私もこれからパパって呼んだほうがいいのかな……?」

「む、むぅ……ご主人様が否定しようとも、私達の娘であることは事実だが……考えてみると、パパと呼んでしまったら、その前の過程が飛んでしまうな……し、しかし、響きとしては捨てがたいものがある……私は母としてどうすればいいのだ……っ」


 師匠とヴェルレーヌの反応ですら見ていて恥ずかしくて仕方がないのに、ミラルカと王女姉妹の足音が寝室に近づいてきていた。




※本日から、並行して新しい連載を始めております。

 今まで書いてこなかったジャンルになりますが、よろしければ

 ↓のほうからご覧いただければ幸いです。m(_ _)m

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