表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/207

第7話 若き女騎士と二人の護衛

 俺はみんなに酒を出したあと、残っていた客に声をかけて退店してもらい、店じまいをした。一仕事終えた俺の元に、ヴェルレーヌがやってきてエールを差し出す――その後ろでは、カウンターで三人の女性がまだくだを巻いている。


「ねー、ディックって女の人に興味ないのかな~。あたしのこと友達としか思ってないのかな~?」

「友達以上になることを、すごく真面目に考えているのよ……ひっく。ごめんなさい、何かしら……しゃっくりなんて……ひくっ」

「ミラルカはディックさんのことを、どう考えているんですの? 今の気持ちを知りたいですわ」

「今の……私は昔から、ディックのことは……ひっく。ひねくれているけど、優しい人だと思ってるわ……」

「うん、僕もそう思うよ。ディックはなんだかんだいって、僕らのことを常に考えてくれていたからね」


 コーディが爽やかに受けてくれたので、ミラルカの本音を聞いた照れくささが若干中和された。

 優しい、という評価が喜ぶべきなのか分からないが、まあそんなふうに思ってくれているのなら、普段の毒舌によるダメージも緩和されるというものだ。


「……アイリーン、ディックは優しかった?」

「えっ……だ、だから違うよ? あたしとディックは、まだそういうの、全然っていうか……」

「きっとディック様は、とてもロマンチックな気分にしてくださって、そのまま夢見心地のままで……ああ、いけませんわ、そんなこと。わたくしたちは、まだ知り合って間もないというのに……」


 頭を抱えたくなる会話が続いているが、コーディは言っていたとおりに最後の一杯を飲み干すと席を立ち、ヴェルレーヌに代金を渡してから店をあとにした。


「じゃあみんな、またそのうち会おう。ディック、今日は世話になったね」

「おう、まあ気にするな」

「世話になった……コーディ、何かディックに頼みごとでもしたの?」

「まあ、ちょっとな。今のところは内密にさせておいてくれ」

「ふぅん……今日は私も、少しくらいはあなたのために何かしてもいい気分なのだけど。今回は必要ないというなら、それでもいいわ。そのうち借りを返させなさい」


 借りというと、さっきの酒のことだろうか。誕生日祝いが、それだけ嬉しかったということで……何だろう、すでに微妙にデレている気がしなくもない。


「すぅ……すぅ……」

「あら、王女殿下が寝ちゃってる。ミラルカ、連れて帰れる?」

「無理ではないけれど……ディック、この店に休めるところはないかしら」


 この展開は――飲み会の後につぶれてしまい、仕方ないので泊まっていくという例のあれだろうか。


「ご主人様……今夜は、お楽しみになりそうですね」

「なんだそれは……というかお前も同じ家だろ。アイリーンは近くなんだから、帰って寝るんだぞ」

「えー、あたしもせっかくだから泊まりたいな。ミラルカ、王女さま、一緒に寝ようよ」


 アイリーンは王女を軽々と抱き上げると、ギルドの二階――俺の居住スペースに行ってしまった。ミラルカも当然というようについていこうとして、立ち上がった拍子に少しふらついてしまう。俺は反射的に立ち上がり、彼女の体を受け止めた。


「おっと、気をつけろよ。『可憐なる災厄』も、酒には勝てなかったか」

「……あ、ありがとう……少しふらついただけよ、心配しないで」


 ミラルカはすぐ離れると、二階への階段を上がろうとする。しかし足に力が入らないようで、その場に座り込んでしまった。


「……足にくるなんて、いったいお酒に何を入れたの?」

「初めてなのに、結構きつめのを飲むからだよ。解毒してやろうか? 肝臓の上から触る必要があるけどな」

「い、いいわ……肝臓って、おなかに触るってことじゃない。まさかいつもそんなことしてるの?」

「し、してないけど。体が心配だから、必要ならそういうこともできるぞっていうだけで……まあいいや。肩を貸してやってもいいし、おんぶでもいいから、上に連れてってやるよ」

「……わ、私に選択の余地を与えないで。そんなの、どちらでも同じくらい……」

「では、私が連れて行ってやろう。案ずるな、魔王と勇者というのは過去の話。私はただのメイドなのだからな」

「っ……あ、あなたにつれていって欲しいと言っているわけじゃ……」


 ヴェルレーヌは何を思ったか、ミラルカを抱え上げて連れて行ってしまった――さすが魔王。アイリーンといい、人一人運ぶなど造作でもない力の持ち主たちだ。


 ミラルカは恨めしそうに俺を見ていたが、俺もおんぶをすることによって、彼女の発育を確かめられなかったのが残念といえば残念だった。友情を重んじる俺だが、男女の間に友情は存在しないという言葉にも、それなりに心を動かされてしまうのだ。


 こうして銀の水瓶亭は営業を終える。俺は魔法で灯しているランタンを消し、客の忘れ物などがないかを確かめ、戻ってきた魔王と一緒に使った食器とグラスの拭き上げ、そして明日に向けての仕込みを行うのだった。


 そして、2日後の昼下がり。ティミスの依頼に備えて一日で『仕込み』を終えた俺は、彼女の来店を待っていた。


 火竜の被害は今のところ軽いもので、森の近くの住民が手を出そうとして、威嚇されたというくらいだった。威嚇で済めばいいが、虫の居所が悪ければ人間を襲うこともあるので、すでに森には侵入制限がかけられている。


 時間が経てば火竜たちの繁殖期が終わり、飛べるようになった幼竜とともに、火山帯に帰っていく。

 しかし餌は確実に不足するので、火竜たちは近隣の村まで飛んでいき、家畜を襲うようになる。そうなる前に対処しなければならない。


 ――そして、ドアベルが鳴り。『依頼者』であることを示す、火曜日に対応した褐色の外套を羽織って、一人の女騎士と、一人の虎獣人の女性、そして射手らしき物静かな男がやってきた。


 女騎士の容姿を見て、すぐに悟る――マナリナと、どこか面影が似ている。しかし鎧を着て、槍を背負ったその姿は勇ましく、堂々と立派な胸を張って歩く姿は、武人としての誇りを感じさせる。


 その隣にいる虎獣人に、俺は瞠目せずにいられなかった。彼女は刀を持っている――はるか東方の国で特殊な鍛造技術を用いて作られる、こちらで主流の長剣とは一線を画する強度、切れ味を持つ武器。彼女のクラスが『ソードマスター』であることを、その武器が示していた。


 カウンターに座っている俺を、女騎士と虎獣人は一瞥するが、まだ客としか認識していない。そして女騎士のほうが、ヴェルレーヌに問いかけた。


「ここは、銀の水瓶亭で間違いありませんか? 私はアルベイン王国騎士団の――」

「お客様、こちらでは素性を明かされる必要はございません。ここはただ、お酒を楽しんでいただくための場でございます」


 マナリナの時と違い、ティミスは真面目すぎるのか、『合言葉』を言う前に名乗ろうとする。他の客が来ないように出入り口に魔法をかけて選別しているから、問題はないのだが。


「オーダーはいかがなさいますか?」

「『ミルク』を。それがなければ、『この店でしか飲めない、おすすめのお酒』をお願いします」

「かしこまりました。『当店特製でブレンド』いたしますか?」

「はい、『私だけのオリジナル』で」


 合言葉が通り、女騎士はヴェルレーヌを静かに見つめる。ヴェルレーヌが微笑むと、女騎士はふぅ、と安心したように息をついた。


「あぁ、良かった。やっぱりここで良かったみたい」

「……ティミス様、やはりこんな場末のギルドに依頼など必要ありません。火竜は、私が一刀で切り伏せてみせます」

「ライア、私もそう思っています。私とあなたが組めば、火竜など敵ではありません」


 彼女たち二人のやりとりを聞いていて、俺は思う――これは、コーディが困るわけだと。

 ティミスはCランク冒険者に相当する力しかないのに、火竜を倒せるという絶対的な自信を持っている。

 それはどうやら、同行している虎獣人の女性を信頼しているからでもあるようだ。俺の目から見ても、Aランクに相当する力は確かに持っている――しかしそれは、戦闘評価6000程度ということになる。


 Aランクが6人揃い、最大の連携効果を発揮すれば、パーティでの戦闘評価が1万2千となり、火竜を倒せる可能性が出てくる。しかし、ライアだけでは全く足りていない。もう一人のずっと喋らずに控えている射手の男も、俺の経験上、Bランク相当の腕しかないようだ。


 未経験、無知というものがどれほど恐ろしいか、と見ていて思う。ティミスはマナリナと比べると、自信に溢れているように見える――それも、自分の力ひとつでのし上がろうとする野心があるからだろう。


「ライア様とおっしゃいましたか。彼女とそちらの男性は、ティミス様とはどのようなご関係ですか?」

「ライアとマッキンリーは、私の護衛です。ですから、今回は特別に同行してもらいました。何か問題でも?」

「いえ、問題はありません。依頼を受けさせていただく上で、ティミス様のパーティについて情報を教えていただくことも、必要なことというだけです」


 まず騎士が護衛をつけているというのも違和感はあるが、それも彼女が国王の側室の娘であるから、ということだろう。百人長ならば騎士団の部下もいるが、ティミスは連れて来なかった――それは、火竜討伐で犠牲者を出さないようにという考えからか。


 それにしても、ライアという虎獣人にはどうしても一目置いてしまう――彼女は虎と人間のハーフではなく、まったく別個の種族だ。虎のような獣耳を持ち、その体の一部が体毛に覆われているが、見た目はほとんど人間と変わらない。年齢は二十歳ほどだろうか、髪は短くしていて、その瞳は一見すると静かだが、奥には鋭い光を宿している。


 虎獣人の筋力はまさに肉食獣のもので、全身が引き締まっている。身に着けている革の胸当てに腰鎧、脚絆と、前衛としては軽装備にも見えるが、それはスピードを殺さないためだろう。刀を使って大ダメージを狙い、俊敏さを活かして離脱する、それがおそらく彼女の戦闘スタイルだ。彼女は片方の目を眼帯で覆っている――おそらく、ティミスの護衛となる前は、傭兵でもやっていたのだろう。俺のギルドに欲しい、そんな考えがよぎるほどの逸材だ。


 マッキンリーは俺と同じか少し上くらいの年齢で、フードを未だに外さず、その目には何か陰があるように見える。中肉中背でそこそこ筋肉がついており、重量のありそうなクロスボウに似た形の武器――アルバレストを担いでいる。アルバレストは普通のクロスボウで撃てない大きな矢弾を放つことができるので、ただの矢では通じない火竜討伐にも使える武器だ。


 ティミスは二人の実力を信頼しているが、過大に評価してもいる。だからこそ、火竜討伐に志願したのだろう――仲間を頼るのは悪いことじゃないが、実力の劣るティミスがパーティに入れば、それだけ戦闘評価を下げてしまう。


「この店を紹介してくれたのは、私の信頼できる同僚です。ですから様子を見には来ましたが、どうしても力を貸してほしいとは思っていません。あなたがたが、火竜討伐をする上で有益な情報を持っているのならば、その限りではありませんが」


 そのティミスが信頼できる同僚というのが、コーディの忠実な部下というわけだ。騎士団長が自分のために動いているなど、この血気盛んな女性騎士は、まだ全く気がついていない。


「お客様のご心配を解消する意味で申し上げますが、当ギルドの情報は常に有益です。そして、火竜討伐を確実に成功させたいと望むのならば、一つお約束をお願いいたします。私達の指示には忠実に従ってください」


 ヴェルレーヌも一歩も引かない。ライアの視線が鋭さを増すが、彼女は何も言わなかった。

 ティミスも少し考えている様子だったが、ここで依頼をせずに帰るというほど、彼女は浅慮ではなかった。


「……私は火竜をどうしても狩らなければなりません。お父様の期待に応えるためにも、母のためにも」

「お嬢様……」


 ライアは心から主人の身を案じている。本来なら彼女がティミスの無茶を諌めるべきなのだろうが、彼女の願いを成就させることの方が、ライアの中で優先されているのだろう。


「私どもに従ってくだされば、ティミス様のパーティ三名の生還と、火竜討伐の成功を保証いたします。半分ほどプランを説明して、そこで決めていただくこともできますが……」

「……いいえ、それだけの誠意を示していただけるなら、私も誠意をもって応じます。お話を聞くというのは、そういうことです……情報には、それだけの価値がありますから、聞いただけで終わりというわけにはいきません。失礼なことを言ってすみませんでした」

「いえ、そのように言っていただければ、こちらとしても嬉しく思います。そちらの席をどうぞ、お飲み物をお出しします」


 ティミスもただ自信過剰なだけではなく、勝率を上げる方法があるなら知っておきたい、そう思う冷静さはある。俺の立てた討伐計画通りに動くことができれば、彼女は確実に勝利を手にする。


 そしてライアの刀の一撃は、弱点を突ければ火竜に打撃を与えられる。マッキンリーのアルバレストも、俺の立てた計画をさらに安全にし、難易度を下げるために寄与する。これは、嬉しい誤算だった。


 すべては、これから始まる交渉次第だ。俺はティミスとヴェルレーヌの会話に、酒を口にしながら耳を傾けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ