第6話 ラストオーダーと誕生祝い
「勝たせてやることはできる。そのティミスに、ギルド員を接触させよう。部下を無駄に犠牲にしたくなければ、12番通りのギルドの力を借りるようにと伝えさせる。あとは、そのティミスって騎士の考え次第だ」
「……ありがとう。こんな無茶なことは、断られるのが普通だ。それなのに君は……」
「いや、無理なことなら普通に断るさ。面倒なことを背負うために、ギルドをやってるわけじゃない」
「それでも、僕は恩に着るよ。国王陛下は、自分の娘を昇進させてやりたいと思っているだけだ。ティミスを守ることを第一に考えると、僕は彼女の望みを叶えられない。同じ部隊に入って戦うとして、もし最後の一撃をティミスに譲ったとしても、火竜の最後の暴走に巻き込まれる危険を消すことができないんだ」
それについてはコーディが冷静に分析できていて良かったところではある――彼の言う通り、火竜は追い込まれると最後の抵抗を試みて暴れたり、ブレスを吐き散らすことが珍しくない。
「報酬については、そのティミスから払ってもらうのが良さそうだな」
「場合によっては、彼女が報酬として提示するものは……いや、それは話してみないと分からないか」
「思わせぶりだな……まあいい。コーディ、後は任せろ。『面談』次第で依頼を受けるか決めるが、どう転がっても、彼女が死なないで済むようには考える」
「……すまない。本当は僕が上手く、危険な任務に手を出してまで昇進を急ぐことはないと諭すべきなのに」
「説教役は嫌われてもいい奴が務めればいい。騎士団長殿は、常に皆に尊敬されるのが仕事だろ……と、堅苦しい話はここまでだ。まあ酒場に来たんだから、もう少し飲んでいけよ」
俺が話を切り上げたのは、ミラルカたちが個室から出てきたからだった。彼女たちはコーディを見つけると、軽く挨拶をして、空いているカウンターの席を埋めた。席は俺、コーディ、アイリーン、ミラルカ、マナリナの順だ。
「あ、コーディの顔色がよくなってる。気苦労がなくなったってこと?」
「いや、こいつはまた厄介ごとを抱え込んでるよ。マナリナのはからいで、多少は楽になったみたいだけどな」
「王女殿下、その節は大変お世話になりました。国王陛下に、貴族と騎士団の関係についてご進言をいただいたそうで……」
「あまりそういう話題ばかりも良くないわね、ディックは目立ちたくない病だから」
「病とはなんだ……まあでも、うちの店ではあまり国家規模の話はしないでもらえると助かるな」
「あはは、それにしても懐かしいよね。こうやって4人揃うのって、すごく久しぶりじゃない?」
『奇跡の子供たち』の最後のひとりであるユマは、俺たちの中で最も忙しくしていると言っていい。まだ14歳だというのに、孤児院の院長と、大司教の後継者としての勉強で、ほとんど遊ぶ時間もないという。
しかしアイリーンとミラルカは、たまに彼女に会いに行っているそうだ。俺にも会いたがっているというが、そう聞いてから会いに行くのも照れるものがある。それも複雑な男心だ。
「お客様、そろそろラストオーダーのお時間になりますが、いかがなさいますか?」
「あ、あの……ディック様、一つお願いしてもよろしいでしょうか。私のために作ってくださったように、『特別なお酒』を、また作ってくださいませんか……?」
「あ、ああ……まあ、別に構わないが。じゃあ、ちょっと待っててくれ」
俺はひそかに店の厨房に入り、4人に出すための酒をブレンドした。
ミラルカには落ち着いた淑女になってほしいとの願いを込め、月夜草から作ったリキュールと、ロイヤルパパインの実を絞った果汁を合わせたものを。
アイリーンは強い酒が好きなので、酒精の純度を高めたドワーフの火酒を、永久凍土産の結晶氷割りで。
マナリナには、アルベイン王国の伝統ある名酒のひとつであるチェリー酒にクリームを合わせ、飲みやすくするためにシロップを足した。
エール酒が好きなコーディには、そのままお代わりを出す。まあ俺も、今日はエールで通すつもりだ――いつもは一つの種類の酒ではまったく酔わないので、ほろ酔い気分を味わうには複数種類を飲むしかないのだが。
俺の代わりに、ヴェルレーヌがみんなにブレンドした酒のグラスを出す。グラスの形をいろいろと作れる職人を見つけるのは、かなり大変だった――しかしブレンドした酒を入れる器が、エールと同じジョッキというわけにはいかない。酒は雰囲気を楽しむものでもあるのだ、と自分が飲むようになってから思うようになった。
「……ディック、どこでこんなレシピを覚えたの?」
「まあ、独学で色々試してるんだ。時間はあるからな……あ、そうだ。ミラルカ、念のために聞いておくけど、酒が飲める年だよな?」
「え、ええ……あっ……」
ミラルカが何かに気づいたような顔をする。年齢的に、ミラルカはぎりぎり16になっているか、なってないかのはず――誕生日も、確か今くらいの時期だったような……。
「……あっ! ミラルカ、今日誕生日じゃない? ちょうど一年前って、まだお酒飲めなくて、来年になったら飲めるって言ってたよね」
「……え、ええ。そうだったみたい」
「良かった、偶然だけどみんなで祝うことができるね。あ……もしかしてディックは、知っていたのかな?」
もちろん知らなかったのだが、ミラルカははっとしたような目で俺を見る。
可憐なる災厄が、誕生日を祝われていると思い込み、俺の評価を爆上げする――そんなことになったら、彼女はデレてくれるのだろうか。俺の精神衛生的には非常に助かるが、そんな甘い話は……。
「……あれ、ミラルカ、どうしたの?」
「っ……い、いえ、何でもないわ。ちょっと、目にごみが入っただけ……」
アイリーンに心配されて、ミラルカは目元をハンカチで押さえる。それでもなかなか涙が止まらないようで、うつむいたままで止まってしまった。
俺はミラルカ以外のみんなに視線を注がれる。コーディは自分のことになると、女性に対してからきし弱いくせに、人のことになるとわりとお節介なところがあり、「何か言ってあげなよ」という顔で見ている。アイリーンもそんな感じだ。
「……え、えーとだな、その、誕生日だったのなら、それは結構めでたいことだよな」
「うわ、すっごいあいまいな感じ。全力で照れ隠ししてる」
「ミラルカ、おめでとうございます。こんな時は、みなさんでその、グラスを合わせたりするのでは……?」
王女殿下の言葉に、ミラルカは誤魔化しきれないと悟ったのか、まだ目が赤いままで顔を上げると、「何か文句があるの?」という顔で俺を睨んだ。そんな目で見られても苦笑するほかない。
「……お客様、仕切りはお任せいたします」
「なにげに自分も飲もうとするんじゃない、勤務中だろ」
「酒場の店員ですから、まかないでお酒を飲むというのも、風雅でよいのではないでしょうか」
店員の特権と言わんばかりに、高い酒をグラスに注いでいる持っているヴェルレーヌ。エルフの神秘的な外見もあいまって、やたらとサマになっていた。
彼女が好きな酒は、初めて店に来たときに飲んだ霊命酒だ。滋養強壮に効くとかそういう類のものが大好きらしく、栄養のありそうな素材が入荷すると、新メニューになるかもしれないと言ってよく酒に漬けている。
「風雅というのか知らんが、まあいいや。えーと、依頼達成と、誕生日を祝って。乾杯!」
「……目立ちたくないからって、名前を省略するなんて。まあ、いいけれど」
「かんぱーい! うぉー、今日はまだ飲むぞー!」
「えっ、まだ飲まれるんですか? もう、強いお酒を一瓶ほど開けられているのでは……?」
「アイリーンは生半可なことでは酔わないので、水みたいに飲んでしまうんですよ。僕とは大違いだ」
立派なザル女に成長するまでは、酔うと色っぽくなる姿を見られたのだが――まあそれはそれで、そんな状態が続いたら俺も据え膳的なものに箸を伸ばさざるを得ないので、良かったのかもしれない。
「く~、目から火が出そう! ドワーフのお酒って、身体が溶岩みたいに熱くなるよね!」
「純度が高すぎて、本当に火がついてしまうんじゃないかしら……」
「よし、アイリーンの火吹き芸でお祝いしよう。火打石なら常備してある」
「鬼族最強の武闘家が火を吹くようになったら、さらに伝説が一つ加わってしまうね。僕も負けていられないな」
こうして話していると、旅をしていたころを思い出す。毎日破天荒な彼らの行動にツッコミを入れて矯正しようとする日々――懐かしいが、二度と同じ旅路は繰り返したくない、心からそう思う。
「ふふっ……みなさん、本当に仲が良いんですのね。これだけ強い人たちが仲良しだったら、魔王を倒せたことも不思議ではありませんわ」
「うむ、全くもって……い、いえ。何でもございません、お客様」
魔王が思わず相槌を打ちかけて誤魔化す。マナリナは魔王の顔を知らないとはいえ、目の前にいるとは夢にも思わないだろう。
そして俺の作ったブレンドを、ミラルカとマナリナが口にする。経験上、二人のようなタイプには体質的にも合っていると思うし、味もなかなかだと思うのだが――この瞬間が一番緊張する。
「……お酒って、苦いものだと思っていたけど……そうじゃないものもあるのね」
「んっ……美味しい。すごくまろやかで、お酒が本当に入っているのかわからないくらいですわ」
「もう大人になった二人には、相応に濃くしてあるけどな」
「何を言ってるの、ふたつ年上なだけなのに。ずっと大人みたいな顔をしているけど、この人、まだ20歳にもなっていないわよ。騙されないようにね、マナリナ」
「ディック様の御歳は、初めて謁見の間に来られたときに存じ上げています。私より2つ年上とお伺いしましたから……もう一度お会いしたとき、すごく大人びた風貌になられていて驚きました」
いちおう酔っ払いとしても身だしなみというのがあるし、客が減るような姿でカウンターに座っているわけにもいかないので、それなりに服などには気を使っている。だらしなくしているとヴェルレーヌとアイリーンの注意を受けるというのもあるが。
大人びたかどうかは、自分で鏡を見ても多少はやさぐれたなと思うものの、5年経ったなりの変化だと思う。酒で身体を悪くするということは全くない、俺は翌日に酔いを残さないよう、医療魔法で酒の毒を中和することができるのだ。これはギルド員にも好評で、飲んでも翌日の任務に差支えがなくなると喜ばれている。
そんなわけで、ミラルカとマナリナも大丈夫だろうと思ったのだが……。
最初は一口ずつ上品に飲んでいたミラルカが、半分ほどグラスの中身が減ったところで、くぃっと残りを飲み干してしまう。マナリナはグラスをぽーっと見つめながら、少しずつ口をつけているが、ゆっくりとはいえきつめの酒精が入った一杯を、短い時間で飲んでしまった。
「み、ミラルカ、マナリナ。甘くて飲みやすいかもしれないけど、ほんとに酒としては普通にきついから、ほどほどにしておけよ?」
「……誕生日なのに、何を我慢する必要があるの? いいからもう一杯出しなさい」
「い、いや……それくらいにしとけって。千鳥足で、家に帰れなくなるぞ」
酒については俺の方がはるかに先輩なので、親切心で忠告する――しかしミラルカは席を立つと、あろうことか、俺の肩に手を置いてぐっと迫ってくる。
「ち、近いっ……一杯で酔うとかどういうことだ、個室ではジュースしか飲んでなかったろ!」
「……あんな美味しいものの味を教えておいて、お預けをするなんて許されると思う?」
「ディック様、わたくしも、もう一杯いただきたいのですが……ラスト・オーダーを、一度だけ延長してくださいませんこと……?」
金と黒の髪の美少女コンビが、俺に酒をねだってくる。飲ませるんじゃなかった、酒の味がするけど成分が薄いやつを出せばよかった、と後悔してももう遅い。
「では……お店じまいをした後ならば、それはオーダー外となりますので、良いのではないでしょうか」
「あ~……わかったよ、俺の蒔いた種みたいなもんだしな。何がいい?」
「わたくしは、美味しいお酒が飲みたいですわ。ディック様の手によるものならば、なんでも……」
「私は……さっきと同じものでいいわ。ディックの、とても美味しかったから、いくらでも入りそう……」
「ね、狙って言ってるんじゃないだろうな……潰れるほどは飲ませないぞ。あと一杯にしておけよ」
「ディック、僕ももう一杯いいかな。それを飲んだら、騎士団の詰め所に帰るよ」
酒の匂いをさせて帰ってきたら、コーディのイメージが悪化しないかとも思うが、こいつなら酔っぱらっていても爽やかなままだろう。酔い覚ましの魔法も、適度に酔って気分が良くなっている時にかけるのは無粋というものだ。