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第67話 友情の万能性と双子亭の夜

※本日の更新は2回目になります。

 まだご覧になっていない場合は、よろしければ1話前からお読みください。



 アイリーンに頼んで、ヴィンスブルクトの部下が会合を行っている宿屋に侵入してもらったときのこと。俺は彼女の状況を把握し、場合によってはサポートするために、『小さき魂スモールスピリット』の魔法文字を彼女の身体に描いた。


 その効果が継続していて、アイリーンとコーディの話が俺に伝わっていた。それで、俺はコーディが男性ではないということを、会話の内容から薄々と悟った。


 コーディは黙って聞いていたが、俺が話し終えたあと、きゅっと半分残っていた酒をあおってしまった。


「だ、大丈夫か? 一気に飲むとかなり辛いと思うぞ」

「……これが飲まずにいられると思うのかい?」

「うっ……す、すまない。俺は、許されないことをしたな……どんなことでもするから、許してくれ。この通りだ」


 カウンターに手を突いて謝ると、コーディはそこまでしなくてもいいと言うように、俺の肩をぽんと叩いた。


「いや、今のは言ってみたかっただけで、本当に怒ってはいないよ。流れとしても、不可抗力と言える部分はあるからね。アイリーンに描いた魔法文字を消す方法が、そのときはなかったわけだし」

「……それでも俺は、意識を『小さき魂スモールスピリット』に向けないっていう選択もあったんだ。なのに、聞こえてくるからしょうがないとか、それは開き直りだからな」

「うん、開き直りだ。ディックはひどいやつだ、絶対に許されないことをしたね」

「そうだよな……フガッ」


 やはり怒られるのが当たり前だ、とヘコみかけたところで、コーディは片手で俺の頬をつまんできた。


「もう知られてしまったんだから、怒ってもしょうがない。だから君ももう気にしない。いいね?」


 俺が頷くと、コーディは手を離して笑った。俺が驚くのは、やはりその手が、こうして見ると男のものではないということだった。しっとりとして、少し冷んやりとしている。


「……こういうときこそ酔いが回った方がいいのに、君の作ったお酒はそうさせてはくれない。やっぱり君は、僕なんかよりよっぽどまじめだ」

「い、いや……今酔っ払ったら、ちょっと危険じゃないか。明日の探索にも響くしな」

「やっぱり真面目じゃないか。君は僕の前でもあまりふざけたりしない、それで友達と言えるかな? 僕はいつも寂しく思っていたんだよ」

「……やっぱり酔ってるな。飲んだあとにすっきりしてくるとはいえ、きつめの酒だし」


 コーディは珍しく俺を睨む――その視線が今までにないほど強くて、俺は思わず笑ってしまう。仕事の愚痴を言っているときですら、そんな目をしたことはなかったからだ。


 そしてコーディは俺の反応を見て笑い、空になったグラスを持ち上げて言った。


「もう一杯作ってくれたら許してあげよう。これから僕たちは、時間の関係もあって仕方なく一緒にお風呂に入るわけだけれど、君には過剰に気にしないことを命ずるよ。僕もそうするからね」

「いや、そこは無理して一緒に入らなくても……」

「友情は不可能を可能にする。そんな話を、どこかで見たことがあるよ」


 ふだんのコーディなら冗談に聞こえるようなことを、きっぱりと言う。

 これでコーディが男だったら、俺も笑ってそれで終わりなのだが――やはり男女で風呂ということに変わりはなく。俺は気にしていないと言いながらも、葛藤することになるのは避けられそうになかった。



 ◆◇◆



 赤の双子亭の敷地内には、姉妹と女性ギルド員が暮らす共同住宅がある。


 ロッテはふと夜中に目を覚まし、隣のベッドで寝ていた姉がいないことに気づいて、一階の居間に降りてきた。すると、カンテラの淡い明かりを浴びて、テーブルで書きものをしている姉の姿を見つけた。


「姉様、眠れなかったのですか?」

「……ううん。ちょっと目が覚めたから、日誌をつけていただけ」

「迷宮探索の内容についてですか。魔物は多かったですが、人数が多かったので、さほど苦労しませんでしたね」


 姉のティーカップが空になっていることに気づいたロッテは、台所に行ってヤカンを火にかけ、再び戻ってきた。そして、シェリーの日誌を横から見る。


 羽根ペンで書かれたシェリーの文字は流麗で、ロッテはいつも見るだけで感嘆してしまう。昔から何でも自分よりうまくこなす姉が、ロッテにとっては自分のことをさしおいて、一番の自慢だった。


「……私たちは、ディックたちの役に立てていると思う?」

「それは……まだ始まったばかりですから、急ぐことはないと思います。明日は、6階の魔法陣に飛んで、その防衛を行うんですよね。魔物は掃討しても湧いてくるようですし、私たちにも果たすべき仕事はあります」

「……ロッテは、私より大人。私も、そうでないといけないのに」

「姉様……」


 姉が何を考えているのか、ロッテは敏感に感じ取る。

 双子の片割れであるシェリーの考えていること、何を感じているかを、ロッテは他の誰よりも理解できると自負していた。


 シェリーは黒い艶髪をかきあげると、日誌として使っている鍵付きノートを閉じて、ふぅ、とため息をつく。

 そんな姉を見ていて、ロッテは自然にそうしたいと思い、座っている彼女を横から抱きしめた。


「……ディック様と一緒に戦いたいんですね、ほんとうは。でも、魔王討伐隊の方々は……」

「あれだけ強い人達に比べたら、私は何も役に立たない。私にできるのは、ディックと一緒に進むことじゃなくて、後ろを守ること……それはわかってる。だから、我がままは言えない」

「我がままなものですか。姉様の気持ちを、少しはディック様も知ってくれたらいいのです」


 男性という存在を信頼することのなかったロッテにとって、姉が認めた相手であるディックが、初めて男性の中で意識するに値すると感じた存在だった。


 前代のギルドマスターに教えられたことの一つが、いくら男を嫌悪していても、ギルドマスターを継ぐ以上は、ギルド員としても男性を分け隔てなく雇用し、差別をしないことだった。


 それでもシェリーとロッテの生い立ちに起因する男への不信は根強かった。その状況は、ディック、そしてギルドマスターとしての偉大な先達であるレオニードという知己を得ることで、緩やかに変化していった。


「……ありがとう、ロッテ。でも、私は、ディックにとっては同じギルドマスターというだけ。ただの友人で、それ以上にはなりえない」

「本音を言えば、私は姉様を誰にも渡したくありません。ですが姉様が、何も行動を起こさずに身を引くというのは、とてもしゃくなのです。こんなに綺麗で奥ゆかしくて、非の打ち所のないお姉さまを、あのひとが何も気づかないままに袖にするなんて、とても許せません」

「ロッテ……私はあくまでも、ディックの知り合いというだけ。絶対に、余計なことを言ってはだめ」

「姉様……」


 気づかないわけがない、分からないわけもない。


 双子であるということは、同じ男性に惹かれてしまうということもある。いっそのこと、シェリーと二人でディックに色仕掛けでもしてしまえば、思いの外簡単に幸福は手に入るのかもしれない。


 しかしロッテは、そんなことを仮にであっても提案すれば、姉を困らせてしまうと知っていた。


 王都の男性たちから注目され、絶世の美女と評されるミラルカ・イーリス。彼女にも何ら劣ることのないシェリーの魅力を、ロッテはすぐ近くにいて知っている。


 どうしても姉が勇気を出せないなら、自分がディックを――ロッテはそう思い、自信過剰に過ぎる、ミラルカにも、ディックの連れた女性のいずれにも、簡単に勝てるわけがないと自分を諌める。


 そのジレンマに身を焦がすうちに、ロッテは気がつく。いつの間にか姉よりも、自分の方が、ディックに省みられないことに焦りを感じている。


「……ロッテ、お湯が湧いてる」

「あっ……も、申し訳ありません姉様、すぐにお茶をお淹れします」


 ロッテははぱっと姉から離れると、台所に歩いていく。笛のような音を立てるヤカンを火からおろし、濡らした布巾を使って蓋を外そうとしていると、居間から姉の声が聞こえた。


「……心配してくれてありがとう」


 シェリーの言葉をロッテは嬉しく思いながら、同時に胸を痛める。


 気のせいでも、気の回しすぎでもない。やはり姉は、本気で銀の水瓶亭のマスターに思いを寄せている。


 今日一日を終えて転移するとき、ディックに対しての態度が素っ気なかったのは、彼とパーティの仲間たちが親しくしているところを、長く見ていられなかったからだった。


 ロッテは迷宮探索の中で、ディックに姉の存在を強く意識してもらうために、何ができるかと考える。


 ディックたちが通り過ぎた階層を探索することで、彼が気づかなかった迷宮の秘密を見つけることができたら。


 それを妙案と考えたロッテは、陶器のポットに入れた茶の葉を十分に蒸らしたあと、カップに注いだ。この夜が明けないうちに、姉にも相談しておきたい。


 ディックのためだけではない。自分たちが冒険者として成長し、王都の平和に貢献するため。ロッテは個人的な動機を大義に置き換え、姉の向かいに座り、明日からの方針の提案を始めた。


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[一言] お風呂シーン書き忘れてますよ…(ボソリ
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