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第57話 光剣と魔力剣の激突

 魔法大学の構内にある、攻撃魔法などの訓練を行うための実技訓練場。


 今日は店の昼休みに、コーディと時間を繰り合わせて、ここで手合わせをすることになった。


 俺たちは練習用の木剣など使わない。多少の傷は俺の回復魔法で回復させる前提で、実戦さながらの戦いの最中だった。


「――そこっ!」

「おっと……!」


 コーディは剣精によって召喚した『光剣ライトブレード』を振るい、瞬きもできないほどの速さで攻撃してくる。


 俺が使っているのは鋼鉄の剣で、『斬撃強化』で常に強化し続け、光剣で折られることを防いでいるが、徐々に刃が欠けてくる――光剣の物質に換算した硬度が、尋常ではないのだ。


 そして『剣精』は、剣を扱うコーディの動きをも強化する。それでSSSランクちょうどくらいの強さなのだが、そこに俺の強化魔法を乗せることで、かつての魔王戦ではヴェルレーヌの守りを破ることができた。


 ヴェルレーヌは魔王城の玉座の間に魔法陣を敷いており、その中では防御力が飛躍的に向上する。俺たちは魔法陣を維持するヴェルレーヌの魔力を削り切って勝ったわけだが――と思い出している間にも、コーディは斬り下ろし、突き、払い抜けと猛攻を続けている。


(限界解放してるから反応が追い付いてるが……恐ろしいな、本当に……!)


「迂闊だね、ディックッ!」

「――なんのっ!」


 コーディは打ち合った手ごたえで俺の剣が耐久限界と判断し、剣の出力を上げて武器破壊を狙ってくる。


 ――『斬撃回数強化スピリットブレード・アタックライズ』――


 俺はまともに剣を受けるのではなく、魔力の刃を多数発生させる。剣が破損していなければ魔力の刃の威力は強くなるのだが、今のぼろぼろの剣でも十分な攻撃力があり、コーディは受け、回避することを余儀なくされる――はずなのだが。


「――『無限剣壁ラグナ・ブレイドウォール』!」


 しまった、と舌打ちをしたくなる――武器の精霊だからといって、防御手段がないわけではない。


 攻撃こそ最大の防御と言わんばかりの、光剣による自動反撃。それはまさに剣の壁だ――光剣の射程は無限に近いので、油断すれば流れ弾を被弾しかねない。


 予想通りに、俺の魔力の刃を返しきり、視認することなどできない光の速さの攻撃が俺に迫る――しかし、光剣は曲がることがないので、着弾場所を長年の勘で予想すれば、なんとか受けることはできる。


 だが、そこで俺の剣がついに折れる。よくここまで持ったと言いたいところだ。俺が確認する中では地上最強の武器である光剣を、受けられる武器などない。強化しない鋼鉄の剣では、光剣にかかるとバターのようにサクッと切断されてしまう。


 しかし俺は武器を失ったわけではない。練習の段階では成功率は半分ほどだが、折れた剣を補う方法がある。


 限界解放をした状態で、魔力を爆発的に圧縮する――そうすると、何が起こるか。


「もらったよ、ディック!」

「――いや、まだだっ……!」


 ――『魔力剣・物質変換スピリットブレード・マテリアライズ』――


「っ……折れた剣を、蘇らせた……!?」

「作り物ではあるけどな……っ!」


 鋼鉄の刃を強化したときと、光剣を受けたときの手ごたえがまるで違う。俺は自分から攻めることができるようになり、コーディに連撃を繰り出す。


 俺の剣の威力が高まったため、一撃打ち合うごとにコーディの消耗する魔力が大きくなる。それは俺も同じで、このまま打ち合えばいずれどちらかが力尽きる。


 それでも、俺もコーディも笑っていた。極限の読み合いを続け、一瞬気を抜けば致命傷を負うような剣戟を続けながらも、楽しくて仕方がない。


「くっ……!」


 完璧な受けを続けていたコーディだが、ごくわずかに剣の軌道が狂い、身体のバランスがぶれる。


 ――手加減なんてしたら、許さないよ。


 コーディの目がそう言っている。ここで容赦なく一本を取りに来いと言っているのだ――だから俺は、躊躇する前に追い打ちを繰り出す。


 魔力剣を物質変換した状態で、斬撃回数強化を繰り出す。ただでさえコーディが受けるのに苦労した一撃が、魔力によって十六の斬撃に増え、コーディにあらゆる方向から襲い掛かる。


「――まだっ!」


 一瞬だけ体勢を崩しただけでコーディは踏みとどまり、自動反撃に費やす魔力を爆発的に増やして、俺の魔力の刃を受ける。それでも防御しきれず、コーディの練習着が破れていく。


 それでも14、15――ほぼ同時に襲い掛かった斬撃を凌ぎきり、そして。 


「っ……!?」


 正面から来た15回目の斬撃を防いだあと、すぐ裏に16回目が重なっていて、コーディはついに無防備な状態で一撃を受けそうになる。


「――はぁぁっ!」


 緊急回避――何よりも速い『光』を操るからこそできる、有無を言わさぬ割り込み。全身から魔力を爆発させ、魔力の刃を生身で受けることを避ける。


 ザシュッ、とコーディの身体の中心を、斬撃が駆け抜けるように見えたが、これでは浅すぎる。しかし即座に追い打ちをかけることはできない。


 物質変換は強力だが、維持できる時間は短い。俺の折れた剣に継ぎ足された魔力の刃が、かき消える――コーディはそれを見逃さず、俺が剣を再生成する前に踏み込み、光剣を突き付けてきた。


「……これは……判定に困るところだね。僕が勝ったと思っていいのか……」

「いや、コーディの一本だな。俺の詰めが甘かった」


 物質変換した剣での魔力刃の制御が、まだ完全ではない。気を抜けば物質変換がその場で解けてしまう状態で技を繰り出すと、どうしても技を終えた直後に魔力剣の維持が難しくなり、今のように消えてしまう。


 斬撃が二つ重なったのは、偶然だった。それを意図的に仕込み、コーディが絶対に回避できない状態まで詰められなければ、一本は取れないのだ。


 コーディは自分に厳しいので、俺の言葉をそのまま受け取っていいか、考えていたが――やがてふっと笑って、光剣を引き、剣精の召喚を解除した。


「あまりに一撃が重いものだから、久しぶりに思い出したよ。負けるというのは、こういう時に起こるものなんだって」

「光剣の性能には、やっぱり勝てなかったけどな。俺は常に自分を強化しまくってるのに、ほとんど生身のコーディに勝てないんだから」

「剣精は、僕の戦う力を引き出してくれるからね。それでも、相手の一撃が重いと、剣を維持するために意識を向ける必要が出てくる。まだ、洗練の余地がありそうだ」


 汗で濡れ、頬に張り付いた髪を払いつつ、コーディは言う。


 その頬に伝った滴が流れていく先を、なんとはなしに見て――俺は、思わず目を疑った。


「ディック、何を見て……あっ……」


 コーディもようやく気付いた。先ほど緊急回避していたが、浅く入った斬撃で、服の前が大きく破れている。


 しっかりと胸を押さえつけていたサラシも切れて、その下の肌が見えてしまっている。コーディはすぐに、破れたサラシをたぐり寄せて胸を手で隠し、俺に背を向けた。


「……ご、ごめん。戦いに夢中になっていると、やっぱり、意識から飛んでしまうみたいだ」

「い、いや……俺の方こそ悪い……っ」


 自分でも驚くほどに動揺してしまう。サラシというものが、どれくらい体型を隠すことに貢献しているのか、俺は実情を知らなさすぎた。


 彼女には胸がほとんどないので男装しやすいのでは、と思っていたのだが、そんなことはなかった。サラシを巻かずにいたら、俺の彼女に対する認識がまるで変わってしまうだろうと思うくらいにはあった。


(ま、まずい……こんなこと考えてたらコーディに悪い、そう分かっているが、これは……いや、その前にするべきことがあるな)


 俺の攻撃を凌いだとはいえ、魔力刃の余波で練習着はぼろぼろになり、白い肩から背中にかけてが見えてしまっている。全方位からの攻撃なので、そうなるのは無理もない。


 俺は訓練中の汗を拭くためのタオルをまだ使っていなかったので、それを取ってくると、コーディの背中にかけた。


「あ、ありがとう。ディックは使わなくていいのかい?」

「更衣室にもう一枚あるから、あとで汗を流した後に使うよ」

「……うちのタオルの匂いとは違うね。石鹸の、いい匂いがする。それとも、これがディックの家の匂いかな」

「何を言ってるんだ……まあ、家ごとに特徴的だとはいうけどな」


 コーディが珍しくそんなことを気にするので、思わず笑ってしまう。コーディもこちらの様子を省みつつ、楽しそうに笑って、タオルで首まわりの汗を拭いた。


 コーディの髪型は特徴的で、肩よりも短くしているのだが、一部だけ長くして後ろで結び、おさげにしている。これはコーディの母親が好きな髪型で、昔からそうしているということだった。


 そのおさげを上げて首を拭こうとするとき、白いうなじが露わになり、息を飲む。


 意識しては無粋だと思うほど、コーディの女性らしい部分を続けて見せられ、とりあえず視線を別の場所に逃がしつつ、今見たものを反芻してしまう。


「……でも、よかった。ディックが手加減無しで、攻めてきてくれて」

「まあ、それはな。手加減なんてできる相手じゃないし、気を抜けば命にかかわるからな」

「あはは……僕も何度か危ないなと思ったよ。さっきの一撃も、緊急回避をしないと危ないところだった。胸の間を、縦に切りつけられていたところだよ」


 胸の谷間からへそにかけて、俺の残した傷が――なんてことにならなくてよかった。よほどの重傷でなければ、すぐに回復魔法をかければ、傷は綺麗に消せるのだが。


「それにしても、悔しいな。ラグナの力を引き出せば、どんな武器でも押されないと思ったのに。ディックの一撃が重くて、後ろに下がりたいと何度思ったか……」

「俺も色々と研究してるからな。でも剣の維持で精一杯だったよ」

「魔力の剣か。その性質を考えれば、突き詰めると光剣と同じ性能になると思う。僕も追いつかれないように頑張らないとね」


 コーディは話しながら、破れてぼろぼろになったサラシを外すと、代わりに俺の渡したタオルを巻いた。長さがちょうど足りていて、なんとか端と端を結ぶことができている。


 彼女はタオルの上から胸を押さえたままで立ち上がると、俺の方を振り返った。


「よっと。ちょっとピリピリすると思ったら、色んなところにかすり傷ができてるみたいだね。さっき斬られかけたところも……」

「そ、そうか……しまったな、コーディはそういうとこに回復魔法をかけるのは嫌なんだよな」


 俺に女性だと知られた今は、なおさら見せたくないだろう。


 しかしコーディは、昔と違って、少しだけためらったあと、自分から腹部を見せてきた。引き締まっているが、幾つにも腹筋が割れているというわけでもなくて、同じ剣士でも男性とは体つきが全く違う。


 これは、見られるのを嫌がられるわけだと思った。俺との違いが一目瞭然だ――腰のくびれ方が、俺には絶対真似できないことになっている。


「……ちょっと、擦り傷が、ここのところに……あまり見ないようにして、治してくれるかな。このまま水を浴びると、しみるからね」


 それは大胆に踏み込みすぎているのではないかと思ったが、コーディはあくまで治療と思って頼んでいる。そのうっすらとついた赤い痕は、タオルで抑えられている胸のあいだの部分にまで続いていた。


 久しぶりに頭に血が上り、俺はコーディがどんな顔をしているかと伺って、さらに後悔する。顔を赤らめ、しっとりと汗をかいた体を恥じらっている彼女の顔は、騎士団長以前に、ひとりの女剣士としか言いようがなかった。


 俺はコーディの要望通りに、直視しないようにしつつ、コーディの肌の赤くなった部分に手を伸ばす。


「見ないようにするからな。『癒しのヒール』……」

「ディー君、ちゃんと見て治癒したほうがいいよ。私がやってあげようか?」


 まさに治療を開始せんとしたところで声をかけられる。いつの間にか、師匠が俺たちのそばに立っていた。


「っ……い、いつから居たんだ? まさか転移してきたのか」

「光剣の子と練習をするって言ってたから、私もあとで様子を見に行くかもって言ったよね? だから、来てみたんだけど……お邪魔だった?」

「い、いや、そんなことはないですよ。ありがとうございます、師匠殿」


 コーディはどちらかというと騎士団長らしい呼び方で敬称をつけ、師匠の治療を受ける。『快癒の光リカバーライト』を惜しみなく使って、師匠は傷の上に指を浮かせてなぞらせるだけで治してしまった。


「これでよしと。ディー君、手加減なしだったんだね。そういうの、すごくいいと思う」

「そいつは光栄だ。まあ、俺たちの手合わせは常に手加減なしだからな。そうでないと意味がない」

「今のディックには勝てる気がしなかったけど、まだ置いて行かれずに済みそうだね。次の手合わせに向けて、研鑽しておくよ」


 そうしてコーディが切磋琢磨してくれることで、俺は随分助けられている。


 自分ひとりだけが、他の誰よりも遠いところに行ってしまうという感覚を持たずに済むからだ。


「……ディー君、魔王討伐隊の人たちと旅をして、本当に良かったんだね。昔よりすごくいい顔してる」

「そ、それは……師匠、あまり恥ずかしいことを言わないでくれ」

「あはは。ディックも師匠殿の前ではかたなしなんだね。これは、見ていて面白いな」


 コーディはすっかりぎこちなさから解放され、いつもの彼女に戻る。しかし、肌を見られたことはやはり意識していて、時々俺を見る目が今までと違っている。


 ――しかし、今はそう浮ついていることもできない。師匠が審問官によって審判を受けるため、これから俺と一緒に出頭することになっているからだ。


「師匠……じゃあ、行こうか。俺たちが着替えてくるまで待っててくれ」

「うん。大丈夫、逃げたりしないから」


 白の山羊亭で戦ったときの戦闘用の衣服とは違い、ヴェルレーヌに借りたモノトーンの洋服を着ている師匠は、罪人である自覚を示すように、いつもより静かに振る舞っていた。


 審問官の他にも、俺と縁のある人物が出席する。一方的に罪状が決められ、師匠が磔刑に処されるということはないだろうが、牢に入れられるという可能性は否定できない。


 コーディも神妙な様子で俺たちを見ていたが、そうしてばかりもいられないと着替えに向かう。俺もまだ訓練の興奮が冷めやらぬ中、自分の更衣室に歩いていった。


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