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第50話 鬼神と聖女、そして可憐なる災厄

 王都の8番通りにある緑の大蟹亭は、命なきものを操る『人形使い』が多く所属するギルドである。


 『人形創製クリエイトパペット』『巨人創製クリエイトゴーレム』という魔法で、精霊や浮遊霊を無機物に宿すことでさまざまな素材から意のままに操作できる人形を作ることができるのだが、ユマの鎮魂の力は浮遊霊だけでなく精霊の魂にすら干渉できるため、彼女がいるだけで完全に封じ込められてしまった。


 地面の土塊を材料としてゴーレムを召喚するため、広い敷地を持つ緑の大蟹亭だったが、防衛の際に主力となるゴーレムが機能しないことで、アイリーンとユマは何ら苦労なく警備を突破してギルドマスターの元にまでたどり着くことができた。他のギルド員の実力は最高でもAランクで、アイリーンを足止めできるような者は一人もいなかった。


 ギルド本部の最上階に辿り着き、待ち受けていたギルドマスターが戦闘態勢に入るなり、アイリーンは容赦なく瞬時に移動して背後を取り、加減した一撃で昏倒させる。


「ぐっ……な、何者……」

「ごめんね、起きた時には全部終わってるから。えーと、首輪ってこれかな?」


 ギルドマスターは精霊使い(シャーマン)の女性で、肌の露出の多い民族衣装を身に着けている。アイリーンはディックには目に毒だと思いながら、彼女の首輪を外し、近くにあった外套をかけておいた。


「アイリーンさん、大丈夫でしたか? あ……無事にすんだみたいですね。わぁ、色んな人形がいっぱい……」


 後から入って来たユマは、部屋の中の人形を見て、その数に感嘆する。それらを操ることもできるのだろうとアイリーンは推測するが、今回は一つたりとも動くことなく、棚の中に整然と並べられたままだ。


「ユマちゃんはこのギルドにとっては天敵だったみたいだね。考えてみたら、魔王討伐の旅をしてるときも、ゴーレムとかって全然出てこなかったもんね」

「魔王軍の方々は、精霊ではなく、魔族や人、動物の霊などを使ってゴーレムを作ると言いますから、私は敵の方々がいるところに入るときは、常に周囲を浄化してさしあげるようにしていたのです」

「それやっても全然疲れないのが、ほんとすごいよね。あたしから見ると、浄化の力? が、常に広がってるように見えるんだけど……近くにいるだけで落ち着くよね」

「討伐隊の皆さんには見えるようですが、私自身は、これが自然なので……」


 潜在的な魔力だけを見れば、ユマは討伐隊の中でも最高の容量を持っている。しかし彼女はそれを鎮魂にしか使わないので、戦闘評価などが加算されていないのである。


 鎮魂能力だけでSSSランクと認められることが、どれだけ常識はずれなことであるかとアイリーンは思う。本人には魔力を他のことに応用したりという考えが全くない。物理的な戦闘能力、汎用性のある魔法を捨てることで、鎮魂に特化しているという考えもあるので、ディックはいつも、「ユマはそのままで、彼女なりの完成系なんだ」と言っていた。


「うーん、やっぱりユマちゃんがいてくれて良かった。魔王討伐隊の癒し担当だしね。どれだけ殺伐とした戦いのあとでも、ユマちゃんがいるとほっこりするし」

「そう言っていただけるとうれしいです、司祭のつとめは、皆さんの心を安らげることですから。そしていつか、みなさんで手を取り合って神の国へ……」

「ユマちゃんは、とりあえずディックに神の国を見せてあげて。あの人、好奇心が旺盛だから」

「い、いえ……そうしたい気持ちはやまやまなのですが、肉体から魂が離れすぎると、この地上で触れることができなくなってしまうというか、昇天……してしまいますので……」


 仮面をつけたままでもじもじとしているユマを見ていると、アイリーンはいつも心配になる。


 昔はアイリーンも世俗のことに興味がなく、父と武闘の修行ばかりに励んでいたのだが、王都に住み始めてからアイリーンの耳には、男女の関係についての知識がいろいろと入ってくるようになった。


(ユマちゃんは天然なところがあるからわかってないけど、ディックはよくがまんできるよね……男の人はむらむらを鎮めてあげると大人しくなるとか、昇天させてさしあげるとか、それって歓楽街につとめてるお姉さんたちもよく冗談で言ってるんだけど……)


「アイリーンさん、何かお悩みごとですか?」

「ひゃぅっ……ち、違うよ? あたしはただ、ディックはよく我慢できるなーって……じゃなくて、ちょっと考え事してただけっていうか……」

「アイリーンさんの魂から、桃色の波動が……これは鬼神の力と、人間の魂の力が混ざっているのでしょうか……いえ、これは、魂の中にある欲求が漏れているみたいですね」

「そ、それはだめぇ! あたしは別に、昇天させたいとか思ってないから!」


 アイリーンはユマに駆け寄り、その口に手を当ててふさぐ。息が苦しくない程度で、ユマはそのままでも話続けられたが、微笑んで頷く。


「はい、アイリーンさんのお気持ちは、私の胸にとどめておきます。昇天はまだ早いですからね、私たちには」

「あ、あはは……はぁ~、あたしたちってなんなんだろうね。こうやって別行動しててもディックディックって、どれだけディックに依存しちゃってるんだろう」

「そんなこともありませんよ?」

「えっ……そ、そうなの? ユマちゃんは、ディックから自立できてるの?」


 アイリーンは意外に感じて問いただす。ユマは倒れているギルドマスターの首輪を広い、それをぎゅっと握りしめる――彼女の浄化の力は、魔道具に残っていた魔力の残滓すら消し去り、刻まれていた魔法文字が消えていく。


「私は数ヶ月、ディックさんに会わなくてもがまんできました。それは、王都の中でディックさんが元気でいらっしゃるのを感じていたからです。会わなくても大丈夫ですから、ちゃんと自立しています」

「……そっか。でもそれって、ディックがこの王都から離れちゃっても分かるってことだよね」

「そ、それは……大丈夫です、私たちが王都の外で救い手の仕事をしていても、ときどきディックさんは様子を見にきてくれていますし……」

「えっ、そうだったの? まったく、外に出るの面倒みたいな顔して、ほんとは全然違うよね。世話焼きで、料理が上手で、何をお願いしても断らなくて」

「そんな方ですから、なかなかお会いする約束ができないのがつらいところですね。酒場に出かけられるようになって良かったです、お父様とお母様が許してくれたので」


 アイリーンはユマの言葉から、彼女もディックに会いたいのだ、ということを感じ取る。

 自覚がないだけで、ユマもまた、ディックを中心に動いている。魔王討伐隊を組んでいたときから、まるで変わっていない――そう思うとアイリーンの胸は温かくなる。


「ミラルカを優先してあげようと思ってたけど、私たちだって若いんだし、遠慮ばかりしてちゃだめだよね」

「……? 遠慮とは、何についてでしょうか?」

「ううん、なんでもない……」


 何気なく答えたところで、アイリーンは耳につけた魔道具のピアスから、ディックとミラルカが交戦を始めたことを感じ取る。


「っ……ディックさんが、緊張しています。うかがっていた通り、白の山羊亭というギルドには、私たちと同じランクの方が……」

「うん、急いで行かないと。えっと、他にここですることってあったかな?」

「あとのことは、ディックさんのギルドにお任せして良いとのことです。私たちは、急いで1番通りに向かいましょう」

「ユマちゃん、おんぶがいい? それとも抱っこ?」

「え、えっと……おんぶでお願いしますっ」


 アイリーンはユマを背負うと、窓を開けて跳躍し、外に飛び出していく。彼女の跳躍力を持ってすれば、隣の通りの建物の上まで飛び移ることは不可能ではなかった。


「ディック、あたしの分も残しておいてよねっ!」

「あ、あいかわらずすごいです、アイリーンさん……っ」


 ユマはアイリーンに必死にしがみつくが、本当はその必要はないと分かっていた。アイリーンの背中の安定感は、他のどんな乗り物よりも安定しているのではないかと思うほどだったからだ。


 ――そして時間は数刻前、ディックとミラルカが白の山羊亭に到着したところまで遡る。


 ◆◇◆

 

 1番通りにある白の山羊亭は、八つのギルドを統括するだけあって、最大の規模を持っている。敷地だけなら、魔法大学にも匹敵していると言えるだろう。


 『隠密ハイディング』は複数人でも効果があるので、俺は正門を通らずに敷地内に入った。ミラルカも慣れたもので、俺の魔法の効果を信用して、見張りの視界に入るところでも大胆に進んでいく。


 敷地内には樹木の数はまばらではあるが、林があり、そこを抜けて行けばギルド本部の近くまで出られる。


「ディックの『隠密』は、会話をしても敵に聞こえなくなるのよね……既存の魔法を改造する技術は、いつもながら大したものね」

「ミラルカが褒めてくれるのは珍しいな」

「評価するべき点は、素直に評価するわ。そこで意地を張るのは無意味だから」


 そのきっぱりとしたところも、教授といて生徒に慕われる理由になりそうだ。頑張れば褒めてくれる、そういう先生のもとで学ぶのは良いことだと思う。


「敵を全員敷地から追い出して、ミラルカ先生の殲滅魔法を使うっていうのが、最も分かりやすい攻略法なんだがな」

「王都の中でそんな破壊魔みたいなことをしたら、たとえばれなくても後ろめたいわ。私は誰に対しても、胸を張れる生き方をしていきたいの」

「全くもって同意するよ……待て、ミラルカ」


 ――どうやら敵に見つかったらしい。それをありえないことだとは思っていなかった。


 俺の『隠密』がかかっている状態では、Sランク以下の敵であれば、攻撃されるまで気づかない。


 しかしSランクの敵が何らかの方法で戦闘評価を上げ、SSランク相当の力を手に入れていたら話は別になる。もしくは、俺と同等のランクの人物が俺たちの侵入を察知する方法を持ち、それを部下に伝えることが可能ならば、初めから隠密行動など不可能ということになる。


「林を抜ければ気づかれないとでも思ったか……馬鹿めっ!」


 ギルド本部の周囲で警戒していたのは、男女二名ずつの冒険者だった。男性二人が前衛で、全員の力がSランク相当――さすがに、クライブと同等の力を持つ者を強化魔法で量産するとまではいかなかったらしい。


 地力に合わせて、強化の限度は変わってくる。AランクならばSランクまで引き上げられる――俺の強化魔法は抑制された状態では、3000までしか戦闘評価を上げられない。


 しかし敵がかけられている強化は、それ以上の補正がかかっているように見える。


(やはり、あの人しかいない……こんな実力者が何人もいるなんて思いたくはないが……)


 だが、もし俺の知らないSSSランク冒険者がいて、この先に待ち受けているとしたら。それを俺は厄介だとは思うものの、同時に『欲しい』と思ってしまう。


「ここをどこだと思っている……白の山羊亭に土足で入り込んで、無事で済むと思うなッ!」


 三十台ほどの、中年の男――筋肉質な『槌闘士ブレイカー』が、林を駆け抜けて俺に肉薄してくる。


(魔法の武器を使っているのか……これは『分解』するには手間だな。ならば……!)


「――おぉぉぉぉっ!」


 槌闘士は長柄槌ポールハンマーを振りかざし、柄がしなって見えるほどの勢いで叩きつけに来る。『骨砕きボーンクラッシュ』という技で、打撃による骨折を狙っている。槌闘士の戦い方の基礎といえるが、俺の個人的な考え方では、単純にしてえげつない戦法だと感じている。


 しかしそれは当たればの話だ。武器で受けるまでもないと判断し、体術のみで避ける。


 重量のある武器ゆえに、隙が大きい。初撃を外したあとのリカバリーを考えていないのなら、これで終わりだ――と思うところだが。


 俺は隙だらけの敵に打撃をあえて撃ち込まなかった。距離を取り、剣を抜いて『斬撃強化(スピリット・ブレード』を発動させる。


「素直に釣られていればいいものを……くっ!」

「――ネタばらしはまだ早いだろ。借り物の力に頼りすぎるのは良くないな」


 強化魔法には、一度だけ物理攻撃を反射するものがある。『物理反射スピリット・リフレクト』――他人に付与する強化魔法は、種類によっては重複させることができるのである。俺はそれを破るべく、魔力で強化したコインを飛ばして発動させた。跳ね返って来たコインは受け止めておく。


(師匠……あんたなのか。あんたは俺になんて拘っていなかったはずだ……なのに……)


「――借り物の力で何が悪いッ! あの方の邪魔をさせてなるものかっ!」


 師匠は簡単に人の心を掴み、掌握してしまう。初めて俺に出会ったとき、そうしようとしたように。


 けれど彼女はいつでも気まぐれで、善悪というものに囚われることを拒み、いつでも自分がしたいように振る舞った。


 『ディー君の優しさを私は尊敬するけど、同時に、ぐちゃぐちゃに踏みにじりたくなる。たまらなく好きで、壊したいほど嫌いでもある』


 頭の中に彼女の言葉が蘇る。


 俺は、師匠の元に一度でも帰るべきだったのか。でもそうすれば、目の前にいる彼らのように、自分を見失っていたかもしれない。


「――ディック、気が抜けているわよ。私がやってあげるから、立て直しなさい」


 ――『広域殲滅型十式・地裂岩砕陣』――


「なっ……!?」


 再度俺を狙って攻撃しようとした男、遠くから攻撃魔法を放とうとしていた女、木陰から俺たちに短刀を投擲しようとしていた男――残り一人の女は回復役か。


 前衛後衛の距離に関係なく、ミラルカの足元から展開した魔法陣が一気に飲み込み、一瞬にして地面を破断し、地形を変貌させる。


「うぉぉぉっ……!?」


 大の男でも叫ぶしかないだろう――いきなり自分の足元の地面の地層がずれて高低差が生じ、断崖絶壁と言っていいほどの高さに押し上げられていくのだから。


 分断され、混乱する彼らを倒すために俺が選んだのはコインだった――どんな投射武器でもいいのだが。『射撃誘導スピリット・ホーミング』の魔法を発動させ、地形に関係なく全員の額にコインを着弾させて倒す。物理反射がかかっていることを見越して、残りの三人には二発ずつ撃ち込んだ。


「これだけ派手にやれば、もう隠密行動なんて必要ないわね。ディック、私をエスコートしなさい。敵が誰であろうが、殲滅してあげる」


 胸を張って言うミラルカを見ていて、俺は思う。今の俺がついていきたいと思うのは、師匠ではない――それくらいに、今のミラルカは頼りがいという言葉を体現して見えた。


「……世話かけたな、お嬢さん。ここからはもう迷わない……行くぞっ!」


 ミラルカとの阿吽の呼吸で、俺は彼女を抱え上げて、近くの木の梢を足場にして飛び上がった――ギルド本部の屋上へと。


 俺は師匠に会うことを恐れているわけではない。


 『灰色の道化師』と再会したとき、どんな言葉からもう一度時間を動かせばいいのか、決めかねていただけだ。


 俺は彼女を殺すつもりはない。しかし、白の山羊亭からは手を引いてもらう。


 そんなことを言えば、彼女は静かに激昂すると分かっていた。その怒りを鎮めるには、少々今の俺でも手を焼くだろう――あくまでも少しだけで、こちらが折れるつもりなど全くなかった。

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