第47話 もう一人の幹部と最強の駒
シェリーの能力によって言いなりとなったクライブだが、赤の双子亭を襲撃して荒らしまわったこと、ギルド員たちに傷を負わせた件については、一通り話を聞きだしてから罰を与えることになった。
「これからお前にいくつか質問する。その内容に関係なく、やったことは償ってもらうぞ」
「……はい。何なりとお尋ねください……お嬢様のお知り合いの方であれば、お嬢様と同じように敬わねば」
荒い言葉を使っていたのに、がらりと言葉遣いが変わって、何か気味悪くも感じる。シェリーが芳香で魅惑した相手に対し、丁寧な態度を要求するという志向の表れだろう。
「姉さま、従属の魔道具は量産ができないようですね。二つだけ出てきましたが、やはり私たち姉妹の分だけ……ということなのでしょうか。ああ、鳥肌が立ってしまいます……」
「誰が、私たちのギルドを襲撃するように指示を出したの?」
シェリーは初めから核心に触れる質問をする。クライブは絶対に答えなければならないはずだ。
「ギルドマスターの血判が押された指令状を受け取り、オレはそれに従って行動した……それは、オレがその指令を面白いと思ったからです。お嬢様方を屈服させ、オレの意のままに動かすというのは、この指令においてオレに与えられた特典だった。その節は、大変失礼を……うぐぉっ!」
ガスッ、とチェーンフレイルの先端についた鉄球がクライブの脳天に落とされる。気が付くと、ロッテの瞳から光が消えていた――薄暗い中ということもあって、俺でもゾクッとしてしまう。
「すでに無力化されているとはいえ、言っていることがあまりに下衆すぎます。最低中の最低です。それもこれも、この男が男として生まれてきたからいけないんです。ちょうど鎌を持っていますし、いらないものは刈り取ってしまった方が……姉さまとディック様も、そう思いませんか?」
「前科があるだろうから、止めはしないけどな。その顔は怖すぎる、俺を怖がらせないでくれ」
「ディックが怯えている……さっきの戦いでも、余裕の笑顔があったのに。ロッテ、すごい……」
「はっ……ね、姉さま、私、何か姉さまに褒められるようなことを? 今、意識が飛んでしまったのですが……あっ、フレイルが勝手に……」
このままだとロッテは勝手に手が動いたことにして、クライブを物理的に性転換させてしまいそうだ。それはさておいて、あらかた情報を聞き出しておきたい。
「ギルドマスターの血判っていうのは、幹部に重要な指令を下す時にでも使われるのか?」
「お、オレが……王都に来て……白の山羊亭と契約した時に、そういう内容になっていて……ギルドマスターはオレと同格だから、本来なら従う理由もなかったんですが……」
「おい、しっかり答えろ。それくらいで、何をフラフラしてるんだ」
俺はクライブの胸倉を掴みあげる。しかし忘れていた――そういえば、双子とクライブに対して補助魔法を使っていた。
今のロッテはSSランクに相当する力を持っており、クライブはBランクまで弱体化している。フレイルで一撃でとどめを刺されなかっただけ、ロッテが手加減をしていたということだ――危ないところだった。
「白の山羊亭のギルドマスターに従い、契約する理由があったんだな? それは何なんだ」
「……それは……オレの力を、『あの方』が、一つ引き上げてくれたから……」
「あの方……その人物は、ギルドマスターではない……?」
シェリーの質問に、クライブは答えない。いや、答えないのではなく、『知らない』のだ。
クライブの元の実力は今より低く、『あの方』という人物によって、今の力を引き出されたということになる。
俺の強化魔法と同じようなことができる者が、白の山羊亭にいる。そいつは表に姿を見せることなく、クライブに力を与え、その忠誠を得たということだ。俺の目立ちたくないという姿勢に似たものを感じて、思わず苦笑してしまう。
白の山羊亭のギルドマスターが、傘下のギルドに対する支配を強めるために動き出した。事態はそれほど単純な構図ではなく、ギルドマスターの背後に何者かがいる。
「その何者かが王都にいるとするなら、所在を掴むことは不可能ではないはず」
「シェリー、これからは連携を密に取ることにしよう。このギルドに、転移陣を設置してもいいか? そうすれば、どんな状況でも即座に助けに来られるからな」
「っ……て、転移陣なんて貴重なもの、そんな、そこまで遠くないのに……」
「そ、そんな……私たちも、ギルドマスターを務める身です。他のギルドマスターの方に、そこまで頼りきりになってしまってはいけません。姉さまがどうしてもとおっしゃるなら、話は別ですが」
ちらっ、とロッテがシェリーを見やる。シェリーはしきりに遠慮しているが、無理もない。
普通なら、転移陣を設置するために必要な転移魔法の封じられた結晶は、遺跡迷宮に何か月も潜って一個手に入るかどうかという希少品だからだ。
しかし今回の件で、侵入者を感知した時点で俺を呼んでくれていたら、無傷で迎撃できた。そう考えると、俺は友好関係にあるギルドには転移陣を置かせてもらった方がいいのではないかと思ったのだ。
「転移魔法陣の使い方を、私にも教えてくれるの? すごく貴重な機密のはずなのに……」
「使い方自体はそこまで難しくないからな。今のところ、人の手では一から作ることができないっていうだけで」
「クライブさん、これは機密ですから、聞かなかったことにしてくださいね……あ、聞こえていませんね」
「……お嬢様……み、水を……水を……」
「しょうがないな。おい、死ぬなよ」
フレイルの一撃がやはり重かったようで、クライブの意識が朦朧としているので、回復魔法をかける。ロッテのフレイル攻撃と回復魔法のループで凶悪な拷問が完成しそうだが、そんなことをしている暇はない。
「この首輪で操られてるギルドマスターは、既に他にいるのか?」
「紫の……蠍亭の、マスターは……オレから首輪を奪って、利用しようと攻撃してきました。返り討ちにしてやりましたが……」
「彼はなぜ誇らしげにしているのでしょう……?」
「ロッテ、話が進まないからフレイルはだめ。今のあなただと、床や壁に当たったら壊れる」
紫の蠍亭のマスターは、既に従属の魔道具をつけられている。つまり、俺たちの敵に回っている。
あのギルドの性質上、そこまで急いで助けてやるという気もしないが、敵に回られると面倒なのは確かだ。
――いや、もうまだるっこしいことは言っていられない。
紫の蠍亭は暗殺や、悪人の依頼を金で受けることが主になっている。それらは冒険者の本分を外れている仕事だが、汚れ仕事を必要とする者がいるからこそ、取り潰しにならずに済んでいたというだけだ。
すでに白の山羊亭の傀儡となってしまったなら、一度内部を正常化させた方がいい。このまま放置しておけば、ならず者の集団に落ちるだろう。
しかしそうすれば、俺の動きは白の山羊亭に感知され、対策を打たれる。場合によっては面倒なことになりそうだ。
では、どうすればいいのか。
白の山羊亭の正体を暴くこと、操られているギルドを解放すること。それを、同時に行ってしまえばいい。
「赤の双子亭が言うことを聞かなかったから、従属の魔道具の実験対象にしようとしたっていうのはわかった。なぜ、そんな強行手段に出る必要があったんだ?」
「強行手段……何を言っているんです? オレたちにしてみれば、傘下のギルドが逆らうというのは反逆行為ですよ。反逆者には意志など必要ない。素直に言うことを聞いた黄の魚亭、橙の牡牛亭は、従順に指示を受けて動いている。青の射手亭のように使えない連中は、もっと早くに切り捨てるべきだったんだ……ハハハッ……!」
魅惑の芳香の支配下に置かれているのに、その本質は変わらず、クライブはここにいない者たちに向けて嘲笑する。ロッテの殺気が増すのを見て、俺は手を上げて制した。
彼女の職業は『決闘士』である。姉を守るという目的のために闘士となった彼女は、高い戦闘力を得るために、大人しそうな見た目に反して、その内面は闘争本能で満ち満ちているのだ。
「この人が、全ての元凶ではないと分かっています。ですがディック様、もうこれ以上聞くに堪えません」
「俺も同じ気分ではあるが、中途半端が一番よくない。ロッテ、一度下に降りて、ギルド員たちの様子を見てきてくれ」
「はい……すみません。姉さまのこと、よろしくお願いします」
ロッテは階下に降りていく。残ったシェリーも気分は良くなさそうだが、この場に残ってくれた。
「妹は正義感が強いから、このまま聞かせていたら、本当に殺してしまうかもしれない」
「心配するな、俺も同じ気持ちだ。ちゃんと後悔させてやるさ……クライブ、最後の質問だ。今挙げなかったギルドには、もう一人の幹部が出向いてるってことか?」
「……違う。幹部……表向きは……『あの方』……ぐっ……あぁぁぁぁっ……!」
急にクライブが頭を抱えて苦しみ始める。
どんな状況に置かれても、それだけは言ってはならないという戒め――もう一人の幹部が、クライブに自分の素性について口封じをしているのだ。
いや、もう断定してもいいだろう。その幹部こそが、白の山羊亭を腐敗させた原因だ。
クライブはもう一人の幹部に対して、『あの方』という呼称を使った。それが意味することは、考えるまでもない。
「つまり……もう一人の幹部は、表向きは実力を偽っている。クライブを従わせて、白の山羊亭を実質上の支配下に置き、ギルド全てを意のままに操ろうとしている」
「そういうことだろうな。魔道具の出所も、そいつだ」
「……あまりにも無警戒すぎた。外部から来た高ランクの冒険者……それがトップギルドに入り込むのは、乗っ取りの危険をはらんでいるのに」
シェリーは唇を噛んで悔しそうにするが、彼女の責任ではない。白の山羊亭は、その幹部が入り込むまで、まっとうにトップギルドの役割を果たしていたのだから。
だからこそ、シェリーも白の山羊亭の傘下を抜けず、仕事を振ってもらっていた。敵はその信頼関係に付け入り、一気にすべてを掌握しようとした。
王都において、ギルドは大きな影響力を持っている。12のギルドに分かれているのは、一つのギルドに冒険者の力を結集させないためでもあった。アイリーンを正式に俺のギルドに登録できないのもそのためだ。
しかし、長年のルールを破り、全てのギルドを支配下に置こうとしている者がいる。
それは俺の理想と正面からぶつかる。12のギルドがそれぞれの役割を果たし、俺のギルドはあくまで目立たず、特殊な役割を果たす――その構造をせっかく構築したのに、他のギルドに干渉したがるやつがトップギルドを動かすようになっては台無しだ。
「シェリー。他のギルドが危機に陥ったとき、俺のギルドで助ける体制を作るっていうのは、傲慢だと思うか?」
「……今日、あなたの強さを見る前だったら、少し思ったかもしれない。でも、今は全く思わない。傲慢どころか、あなたが自分の力を使わないでいたのが不思議に思える」
使ってはいた。ただ、目立たないようにして、本気を出さずにいただけなんだ――なんて言えば、流石にシェリーはあきれるだろう。
それとも、心酔されるのだろうか。すでに彼女が俺を見る目は、今までとは変わってしまっているのだから。
「これから赤の双子亭は、俺のギルドと協力体制を結ぶ。それでいいか?」
「……こちらこそ、お願いしたい。これからは白の山羊亭に頼らなくても、自分たちだけで仕事をとれるようにする」
「それは難しい相談だ。オレたちのギルドに対する貴族や民衆の信頼は未だに高い。弱いギルドふたつが手を結んだところで、何ができるっていうんです? シェリー様、悪いことは言わない。オレを解放し、白の山羊亭にふたたび頭を垂れることです。これは、あなたのことを思って……うごっ!」
「もう、黙って」
妹に続いて、今度はシェリーが動いた。高く足を上げて落とす、踵落とし――彼女は強化されたままなので、衝撃が貫通して床にヒビが入ってしまった。
「……妹のことを言えない。やりすぎた……ごめんなさい、勝手なことをして」
「いや、気にするな。そうか、シェリーの魔法だと言うことを聞かせられるのはいいが、余計なことを言わないようにはできないんだな」
「……ディック?」
俺は回収した二つの首輪のうち一つを、伸びているクライブの首にかけてやる。
「狂犬もこれで大人しくなるだろう。あとはロッテに任せるとするか」
「……ディック、もしかしてすごく怒ってる? いつもと変わらないから、わからなかった」
「顔にあまり怒りが出ないんだ。ふだん、怒ることがないんでな」
そう言うとシェリーは、久しぶりに笑顔を見せてくれた。ずっと緊張していた様子だったので、笑顔が見られると気分が落ち着く。
「さて……レオニードさんのところにも行ってくるか」
「ディックが動きまわってるの、珍しい。もしかして、いつもそうだった? たまに会っても飲んだくれてるだけだと思ってたけど……」
「その評価が正しい。俺が働いているなんて話は、広めないでくれると助かる。というか、今動き回ってる俺は、ディックじゃなくて『鉄仮面』だ」
「……すごく蒸れそう。外してもいい?」
かぽ、と鉄仮面を外される。汗をかいているわけでもないので、開放感を感じるだけだ。
「中身もちゃんとディックでよかった。よく働くディックと、酔っ払いのディックは、同じ人」
「いや、同一人物だと困るんだが……」
「めんどうだから、一緒でいい」
「お、おい……そんなの着けて大丈夫か?」
何を思ったか、シェリーは俺から外した仮面をかぶってしまう。
「……どう?」
「それなりにいい感じだな。まあ、シェリーが被るのはすすめないけどな」
「……それは残念。ぶかぶかだけど、着け心地はよかった」
何とも緊張感のない、平和なやりとりだ。気絶しているクライブを前にしてというのも、雰囲気としては微妙なところだが。
ともかく、赤の双子亭は銀の水瓶亭との連携体制を築くことになった。
次の一手は、どう動くか。クライブが『あの方』と呼ぶもう一人の幹部を見つけ出し、支配されているギルドを解放する。
そのためには、やはり彼らの力を借りる必要がある。
おそらく俺の指名待ちをしているだろう騎士団長殿に、誠心誠意を持って、今回の件への協力を依頼する。最初から最強の駒を繰り出して万全を期す、それは今回の襲撃において第一に学ばされたことだった。




