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第3話 第一王女と可憐なる災厄

 俺は王女が店を出る前に魔王に言って、「王家のしるし」は成功報酬として王女に一時返却させた。


 それならば代わりにと、前金として希少価値のある古金貨10枚を置いていかれた。これだけでギルド運営が三ヶ月回ってしまったりするのだが、それはよしとする。金は天下の回り物ではある。


 そして、依頼から三日後。


 マナリナ王女がヴィンスブルクト公爵に決闘を申し込み、そして勝利したという知らせが届いた。


 なぜ、彼女が勝つことができたのか。それは間違いなく、俺のギルドに依頼したことが理由なのだが、まだどんな方法を使ったのかは明かしていない。


 彼女が報酬を届けにくるときも、俺が何をしたのかを明かすつもりはない。


 真相は、俺が魔王討伐までに何度も使った、信頼のおける魔法――強化魔法を利用したのだ。


 俺は強化魔法を、飲食物に付与することができる。これの利点は何かというと、対象者が気づくことなく、食べさせたり飲ませたりするだけで魔法をかけることができるのだ。


 王女に強化魔法を付与したミルクを飲んでもらい、王女の戦闘評価を一時的に1000プラスした。身体能力を向上させる麒麟乳酒と、敵の魔法を軽減する力を持つ千年桃をサービスした効果もあり、マナリナ王女は500ポイントの評価差を悠々と逆転して、ヴィンスブルクト公爵に剣のみで勝利したのだ。


 彼女が勝利したところはギルド員が見届けた。マナリナ王女は長いブルネットの髪をひとつに結び、白銀の軽鎧を身につけて決闘に臨み、余裕ぶっていたヴィンスブルクトの競技用サーベルを一撃目で跳ね飛ばし、戦いを見守っていた国王を、そして貴族たちを大いに驚かせたという。


 依頼を達成したのは良いが、こういうやり方には一つリスクがあって、王女が自分の実力を過大評価してしまうのは困る。しかし、王女が今後決闘をする機会などないだろうし、もしあったとしても、事前に仕込みさえすれば勝たせることは造作でもない。


 もし次に決闘の必要が出てきたら、また銀の水瓶亭を利用してくれ、と頼んでおく。王女の信頼を得ていれば、その頼みは聞き入れられるだろう。


 これは不正ドーピングではなく強化バフである。まだ弱い冒険者を育成するときにも使える手で、俺の店にはあらゆる能力を強化するための酒、つまみが集められていた。


 自称侍女が王城を抜け出してくるのは難しいだろうから、彼女とまた会うのは少し先になるだろうか。


「ディック、どうして王女様だってわかってたのに、言わなかったの?」


 アイリーンは俺が回していた難度の高い依頼をこなして帰ってくると、その足でギルドに顔を出した。俺のギルドに所属しているとなると、『魔王討伐隊の武闘家が所属するギルド』と評判が立ちかねないので、彼女にはフリーの立場で仕事を受けてもらっている。報酬は雇っている場合と変わらないし、税金はギルドで処理して払っているが。


 17歳になり、『ばいんばいん』から『はち切れそう』まで成長した彼女は、相変わらずの脳筋武闘家なのだが、こう見えて酒のつまみを自分で作っていたりして、結構料理が得意だ。それで、うちの厨房を手伝ってくれることがある。もちろん出入りするときは裏口からで、彼女もある意味店員のようなものだった。


 俺の器用貧乏の中には料理がそこそこできるというのも含まれているので、店で雇っている料理番が休みのときは、二人で夜の部の料理の準備をすることがある。俺も年中24時間飲んだくれではないのだ。


「王女は素性を隠して依頼に来てるんだから、こっちも知らないふりをしなきゃ意味がないからな」

「あ、そっかー。でもこれからどうなるんだろ。ヴィなんとか伯爵、ショックで寝込んじゃったっていうよね」

「伯爵ではない、公爵だ。彼は王女との結婚を急いだことで、関係を持っていた女性たちに離反を起こされたようだな。中には他の公爵家のご息女もいて、今貴族の間で、大変な騒ぎになっているとか。自業自得ではあるが、ひどい修羅場だな」


 魔王は夜の開店までは休憩時間なのだが、自主的に手伝いをしてくれている。彼女は根菜の皮むきがやたらとうまい。アイリーンも対抗して頑張っているので、俺はやることが減って楽だった。


 貴族と騎士団の間で板挟みになっていたコーディだが、マナリナ王女が国王に進言してくれたおかげで、貴族からの干渉が劇的に減ったようだ。これで騎士団に回されていた貴族の依頼が、冒険者ギルドに降りてくるようになった――その恩恵は、うちのギルドも一部受けている。


 コーディからは、またうちに飲みにきたら話を聞きたいところではある。高い酒でも飲んでもらい、大いに気分を晴らしてもらいたいものだ。


「でも、マナリナ王女ってすごく美人だってうわさだよね。成人してからは表の行事に出てくるようになるし、また結婚の申し込みがあるんじゃないの?」

「王女は誰の求婚も受けることはあるまい。ご主人様の魅力を知ってしまったからな」

「なんでそうなる……俺は横で飲んでただけだ。もう俺のことなんて、王女は忘れてるさ。というか、うちの店に来たのはあくまで侍女という体だぞ」


 そう言いながら、あのフードを外した瞬間に見た美貌を、俺はいまだに忘れることができていない。


 しかし、それに近い気持ちを、俺は5年前にも味わっていた。


 ミラルカと、初対面のとき。彼女が最初に口を開くまで、『荷物持ちにしても、冴えない男ね』と罵倒されるまでは、俺は完全に見とれていたし、彼女と旅ができることを嬉しいと思いもした。

 

 彼女は殲滅魔法とかわいい小動物にしか興味がなく、男などそのへんのジャガイモにしか見えていない。それでも絶世の美少女であることに間違いはなく、魔王討伐を終えてから、ミラルカは星の数ほど交際を申し込まれた。


 しかし誰もその鉄壁の守備を崩すことはできず、「あなたには私に興味を抱かせる要素が、未来永劫見受けられないわ」の決めゼリフで全て切り捨ててしまった。おそらくは、今も一人のままだろう。


 1年前、俺とアイリーンとの関係を勘違いされてしまってから、ミラルカとは会っていない。ときどき文句を言いながらうちの店を訪れていた彼女の姿が、例え罵倒されるだけであっても、懐かしく感じることもある。


「そういえば、第一王女が通ってる学校って……」

「……ん? 何か言ったか、アイリーン」

「あはは、ううん、何でもない。気のせいかもしれないけど、そうじゃなかったら、そのうちディックも分かると思うよ」

「何のことだ……? 気になるな。教えてくれないと、他のことが手につかないぞ」

「むぅ、やはり鬼娘はご主人様の関心を引く技術に長けているな。私も見習わなくては」


 アイリーンの思わせぶりな言葉が気になって、その後も何度か尋ねたが、彼女は答えてくれなかった。


 そうこうしている間に、準備中の札を出しているはずの店のドアベルが鳴る。


「あれ、お客さん入ってきちゃった?」

「俺が店員と知られるわけにはいかない。魔王、ちょっと行ってきてくれ」


 魔王が応対に出るところを、俺とアイリーンは、厨房から気配を消してうかがう――すると。


 外套を羽織り、フードで顔を隠した二人の女性。そのうち一人は、マナリナ王女――そして、もう一人は。


「お客様、今は準備中でございますが、いかがなさいましたか?」

「この『銀の水瓶亭』の責任者……ディック・シルバーを出しなさい。隠してもためにならないわよ」


 一年前と、何も変わっていない。

 常に俺に対して優しさのない、しかし聞き入ってしまうような、鈴のように耳に心地よく響く声。


 彼女はフードを脱ぎ、その下に隠されていた金色の髪が広がる。強すぎる魔法の力を封じ込めるためのピアスを見なくても、声だけで分かりすぎるほどに分かっていた。


 ミラルカ・イーリス。2年前、14歳のときに魔法大学の教授となり、その知性と美貌、そして変わらない苛烈な性格と、殲滅魔法の破壊実験のすさまじさから、『可憐なる災厄』と呼ばれ続ける少女。


 いや、もう少女といえるような容姿ではない――立派な女性だ。魔法大学の全ての男はまずミラルカに恋をすると言われるほど、彼女の美貌は16歳になった今、憎らしいほどに完成されきっていた。こんな場末の酒場に居ても、輝かんばかりの存在感を持ち、昔のように腕を組んで立っていても、コンプレックスを克服して育った果実が腕に乗っている。


 そんな彼女が、なぜ王女と一緒に俺に会いに来たのか。薄々と想像はついていたが、その燃えるような瞳に込められているものは、俺に対しての攻撃的な感情だった。

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