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第35話 氷の狐と月兎族

 俺はギルドに来店していた客に紛れていた情報部員のひとり、リーザを呼び寄せ、動物商についての情報を聞き出すことにした。


「面白いお話があるんですけど、何か美味しい飲み物でもおごっていただけたら、口も軽くなっちゃうと思うんですよね。どうですかお兄さん」

「なんだ、もう酔ってるのか。何かあったのなら、話くらいは聞くぞ」

「何でもないですよー、情報収集中にちょっといいなーっていう男の人を見つけたんですけど、なんか女には興味ないとかって、連絡先も聞けなかっただけですよ。私なんて私なんてどーせ、胸無し色気なし食い気ありの三重苦ですよーだ!」


 俺の見たところではそこまで自分を下げることはないと思うのだが、彼女は面食いなので、男性の理想が高いのだろう。


 ちなみに『勤め先で恋愛はしない』という主義も持っているので、外での相手探しに熱心ということらしい。コーディも俺の友人ということで、男と思っているようだが、むやみにアプローチしたりはしていなかった。


「僕も何かもらおうかな。違う種類のお酒を一緒に飲むのは良くないっていうけど」

「そうだって言いますけど、あれってなんでなんですかね? お兄さん、教えてくださいよー」

「酒飲みは一度に一種類の酒精をたしなむのが基本だ。舌も鈍るし、酔いも回りやすくなる。俺は酔うためにそういう邪道も仕方なくやるがな」

「ふえー、そうなんですね。お酒を覚えたてのときにべろんべろんになったので、私も気を付けることにします」

「帰り道でふらつかないように、酔いが抜けやすくなるドリンクってのもある。マスター、『清爽のレモンエード』を出してくれ」


 ただの果実の搾り汁を天然水で割ったものではなく、酔いの時間経過による回復を促進する飲み物だ。糖分がほとんど含まれていないので、締めにこれを飲んで帰る客が多い。そういう客は酔いを翌日に持ち越さず、気分よく仕事をこなすことができ、また店に来てくれる確率が高くなるという寸法だ。そんなわけで、原価ぎりぎりの銅貨8枚という価格である。


 コーディもそれを見て他の酒を頼むのをやめ、同じものを頼んだ。酔っ払って肝臓を見てもらいたいのではと少し思ったが、彼女はそこまで狙って俺に隙を見せたいということもないだろう。


 そんなことを普通に考えるあたり、やはり意識してしまっている。男女の間に友情は成立しないとよく言うが、俺はそんな他人の決めた価値観になど縛られるわけにはいかない。


「んっ……美味しい。へえ、締めにこういう飲み物があるんだね」

「美形さんは飲んだことなかったんですか?」

「はは……そこで返事をしたら、僕が自信過剰みたいじゃないか。それより、面白い話を聞かせてくれるんだろう?」


 今日はコーディが進行役をしてくれていて、ますます俺は飲んだくれるほかないわけだが、まあ支障はないので良しとする。


 これが男だったら何も気にしないのだが、女性で俺の世話を焼いてくれていると思うと、また違う見方をしてしまう――そんなことばかり考えてしまい、本当に申し訳なさすぎる。


「あのですね、王都って動物を飼おうと思うと、動物商から買わないといけないじゃないですか。登録外の動物を飼おうとすると、やっぱり伝染病とかいろいろあるので、王都の中では検査を受けた動物しか飼ってはいけないんですよ」


 ミラルカのフェアリーバードは、国王に献上されるときに検査を受けているので問題ない。俺とミラルカは火竜に接触しているが、それも火竜放牧場のシュラ老が病気について事前に調べてくれているので問題なしだ。


「でも、王都で動物を飼おうとすると、とても高いんです。それでも動物商っていう商売が成り立っているのは、貴族の方が愛玩用に動物を欲しがるからなんですよ。でも、そのあたりにいるワンちゃんだとか、人間に慣れてない狼さんだとか、猫さんだとか……そういった普通の動物は、そこまで需要がないんですね。そうなると、やっぱり動物商の人は珍しい動物を捕まえることにやっきになるんです」

「それはもう、動物を商うというより、希少な宝を売ってお金にしているのと変わらないね」

「そうですそうです。それで、貴重な動物を取り合いになっちゃったりして、いざこざも多いみたいです。それが、『ガラムドア商会』という動物商がですね、最近王都で貴重な動物を一手に扱っていて、急成長しているっていう話なんですよ。でもこれが、少しきなくさい話もあって……」


 事前の調査で、そこまでは俺も把握していた。

 うちに出入りしている商人のジョイス・ウェルテムもまた、動物を商品の一つとして扱っている。そのため、ガラムドア商会の扱っている動物が、めったに手に入らない動物ばかりで、仕入先を調査しているがなかなか把握できないと悩みを相談されていた。


 今のところ表に出ている情報だけでは、ガラムドア商会のやっていることに問題があるということはないが――どうも、『表に出ている情報だけ』では済まない気がしてきた。


 ゼクトがガラムドア商会の逃がした動物にこだわるのは、貴重な動物だからなのか――いや、もっと何か、根が深い問題があるように感じる。


「リーザ様、そのきなくさい話というのは……?」

「これは、今日入ったばかりの情報なんですけど。ガラムドア商会で、少し前に『氷狐アイス・フォックス』という動物が入荷されて、貴族の方に売られる予定になっていたんですね。ですが、そんな動物は誰も見たことがないし、本当に幻の動物なんじゃないかと言われていたんですけど……その動物の毛並みなんですけど、どうやらある獣人種のものによく似ているみたいなんです」


 かなり具体的な話をしてしまっているが――まあ、他の客は聞いていないみたいなのでいいとしよう。噂話の体を装う必要はない。


「ある獣人種……それは、『青狐族』ですか? その氷狐という名前からして、水色か、青色の体毛をしているのだと思いますが……」

「あ、店主さんはお詳しいですか? 私は聞いたはいいんですけど、ぴんとこなくて……」


 青狐族。名前だけ聞くと、青っぽい体毛を持つ、狐のような獣人種ということになるのだろうか。


「はー、私の知ってる面白い話ってそれくらいなんです。すみません、オチがつかなくて」

「いえ、大変興味深いお話でした。リーザ様、『楽しいお話のお礼』は、のちほどさせていただきます」

「いいんですか!? ありがとうございます♪ ではでは、また何かあったら面白いお話を持ってきますね!」

「ええ、良い男性が見つかったというお話でも、お聞かせ願えれば幸いです」


 ヴェルレーヌはそういったゴシップが意外に好きで、ギルド員の恋愛事情には俺より遥かに詳しい。まあ意外に、若いギルド員の男女でも、相当のきっかけが無ければ、距離が仕事のパートナー以上に近づくことはない。リゲルたち三人がライアを取り合ったりとか、そういうことも起こりにくいわけだ。


 リーザはギルド員の中では人気があるのだが、彼女のポリシーで男性のアプローチを遮断しているだけで、本当は普通にもてると言える。性格は明るく、仕事熱心で、子供や老人にも分け隔てなく優しく――問題があるとすれば、繰り返しになるが面食いということくらいか。


「さて……僕はもう一杯飲んだら帰るとしようかな。ディックは、さっきの話が参考になったのかい?」


 ささやくような声でコーディが言う。思い切り別のことを考えていた俺だが、もちろんリーザの話は整理して、打つべき手は考えている。


「なかなか面白い話だった。知ると知らないとでは大違いだな。そういう話が聞けるから、飲んだくれは辞められない」

「全然酔ってなんていないくせに。君の眼はいつも、この店の誰よりも見開かれているよ」

「ふふっ……眠たそうな目をしていらっしゃいますが。カッ、と目を見開いてみたところを、私も見てみたいものです。長い間見ておりませんので」

「そんなに眠たそうか……? 普通じゃないのか」


 俺は目を少しだけ見開いてみるが、ヴェルレーヌとコーディは顔を見合わせて笑うばかりだった。


 ◆◇◆


 コーディが帰っていき、閉店したあと、俺は片付けの途中で一度店の裏口から外に出た。


「誰かいるか? ちょっと、頼みたいことがあるんだが」

「はっ。いかがなさいましたか、マスター」


 そこに控えていたのは、ギルドの情報部に所属している獣人の女性。リーザとも同僚の関係になる、サクヤという女性だった。


 白い髪と肌に、ウサギのような獣耳を持つ、『月兎人ラヴィリム』という種の獣人族である。本来は色のある髪を持つ種族だが、彼女は先天的に白く、他にはない赤い瞳を持っている。目元の泣きぼくろが特徴的な、硬質な印象を持つ美人だ。


 月兎人は気配を消したり、聴覚を研ぎ澄ませて普通の人間では聞こえない音を聞いたりなど、敏捷性を要求される職業に高い適性を持っている人々だ。魔力も高く、魔法の適性も高い水準で持っている。


 そして平均的に、露出度が高い。スレンダーな身体を覆う布地の少ない防具は、月兎人に人間と同じ羞恥の観念が少ないということを示していた。掛け値なしの美女であるのに、その無防備さは男性にとっては凶器といえるだろう――遊びで手を出してしまえば常人なら一撃で殺されてもおかしくない、Sランクの冒険者である。


「ちょっと頼みたいことがある。ある場所の調査をしてもらいたい」

「今夜中に、ということですね。分かりました。調査を行ううえで、許可などは得られていますか? それとも、調査して証拠をつかむということになるのでしょうか」

「そうなるだろうな。すまない、博打みたいなことをやらせて」

「いいえ。マスターの指示が間違っていたことなど、これまで一度もございません。あなたが睨んだ場所を調査する、それが私の役目です」


 推理なんていう上等なものではなく、今のところはただの想像に過ぎない。しかし、確かに俺は確信を持っている――ガラムドア商会には何かがある。『青狐族』と、『氷狐』を結びつける何かが。


「今回の件は、獣人族にからむ問題だ。少し、嫌な思いをさせるかもしれない」

「……なぜ、マスターが詫びる必要があるのです? あなたは獣人を差別していない。もしそれをしているとしたら、これから調査する対象ということになりましょう」

「今夜中に頼みたい。リゲルに仕事を遂行させるために準備をしたいが、競合するギルドが明日にでも動く可能性がある」

「了解しました。では、場所の方を……こちらの文書に記載されているのですね。承りました」


 サクヤは『隠密ハイディング』を発動させて姿を消す。彼女が向かった先は、ガラムドア商会だ。


 潜入捜査というのは力技になるが、それをするしかない状況ではある。俺の想像通りならば、ガラムドア商会には、獣人に干渉する何らかの魔道具があるはずなのだ。


「ご主人様……やはり、そうだと思うか?」


 店の中に戻ると、ヴェルレーヌが待っていた。もう彼女の手で、残りの閉店作業は済んでいる。


「ああ。獣人族の中には、自分の意志で先祖返りを起こす『獣化』ができる者がいる。その獣化した獣を、そのままで固定する魔道具があったら……」

「私はそこまでは考えていなかった。そうか、魔道具か……魔法をかけて獣化から戻れなくさせた、というくらいで想定していたのだが」

「そこまでの魔法の使い手がいるとしたら、それはまた別の脅威になる。いずれにせよ調査は必要だな」

「鬼が出るか、蛇が出るか。いずれに転んだとしても、今回の仕事は、思わぬ展開になりそうだな。あのゼクトという男については、どうするつもりなのだ?」

「上手く行けば勧誘できるだろうと思ってる。組織は緩やかであっても、常に成長を続けるべきだと思わないか?」


 魔王であったヴェルレーヌの人材登用の方針について、今まで聞いたことはなかった。彼女は腕組みをして、エプロンの下の豊かな胸を支えながら、指をぴっと一本立てて言う。


「強いだけが良い人材というわけではないが、今のギルドにはSSランクの人物はいない。その穴を埋めることができれば、Sランク以下の所属者に刺激を与えられる。連鎖反応は期待できるな」

「やはりそう思うか。その点においては気が合うな」

「むう……常にある程度気が合っていると思うのだが。ご主人様はやはり堅物だな……だが、堅ければ堅いほど、私は燃えてくるほうらしい。最近気が付いたのだがな」

「なんの話だ……と言いたいが。夜這いは勘弁してくれ、夜の間もサクヤさんの報告待ちだからな」

「なぜサクヤには敬称をつけるのだ……? 私の方が、年上のお姉さんらしさは出ているはずだ。彼女は私よりも年下だぞ」

「なんとなくだから、あまり気にするな。出会った時からそうだったんだ」


 ヴェルレーヌはまだ「むう」とうなっているが、本当にあまり深い意味などない。出会ったときには俺もまだ14歳で、サクヤのことが自分と比べて大人に見えたということはある。


 ――いずれにせよ、調査結果を待って、明日は氷の洞窟にリゲルたちを向かわせる必要がある。


 もし、氷の洞窟に逃げ込んだ猛獣が、『獣化』した獣人族だとしたら。何かの理由で、獣化を解くことができなくなっているとしたら。


 それを解く術を用意しておくことが、最善の結果を生む。俺はそう確信していた。


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