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第28話 闘う舞姫と終戦への道筋

 侵入の準備を整えたあと、アイリーンはすぅ、と息を吸い込むと、拳を引いて突きの構えを取る。


『待て待て、窓をわざわざ破らなくても、あれくらいの相手なら無傷で倒せるだろ』


「えー、ぱりーん! って窓を突き破って侵入した方がかっこいいのに」


『ここのガラス窓は質が悪いから、簡単に粉々になるぞ。部屋の中にガラスが飛び散ったら、あとで宿の人が掃除に困るだろ』


「あ、そっか。ここの宿の人は何も悪いことしてないのに、窓壊しちゃったら悪いよね」


 アイリーンはぽんと手を打ち、素直に俺の言うことを聞いてくれる。


「でも戦ってるときに、ちょっと壊しちゃうのはしょうがないよ。相手に弁償してもらえばいいんだし」

『まあ、そうだな……だが、極力建物は破壊せずに戦ってくれ』

「りょーかい♪ よーし、やるぞー!」


 そう、彼女は良く言うならば素直で真っすぐな性格だが、悪く言うと、考えなしなところがある。


 この状況で宿の従業員の心配をするというのも悠長だと思われるかもしれないが、『仮面の救い手』が宿屋を破壊したという噂を立てられては困る。自分でも細かいことを気にしているとは思うが。


「じゃあ、鍵もかかってないし正面から入っちゃおっかな~。お邪魔しまーす」


 ガチャ、と窓を開けてアイリーンは中に入っていく。中にいた四人は、あまりに堂々とアイリーンが侵入してきたので、逆に反応がワンテンポ遅れた。


 アイリーンは堂々と窓枠から飛んで、部屋の中に音もなく降り立った。そして誰もが茫然としている中で、余裕を持ってひらひらと手を振る。


「な、な……なんだ貴様っ! 賊か、それとも王国の手の者か!」

「ラーグ殿っ、ここは我らがっ!」

「何をしてる、雇った連中を呼べ! 侵入者だ、早く何とか――」

「なんとかって、どうするつもり?」

「ひぃっ……!?」


 アイリーンは外に助けを呼ぼうとした男性の後ろに瞬時に回ると、その肩に手を置いた。


 外套を羽織った状態で、身軽というわけでもないのに、この身のこなしは恐ろしいとしか言いようがない。鬼族よりも俊敏なはずの虎人族でも、彼女の素早さには白旗を上げるだろう。


「まだ何もしてないよ? これからするんだけど。でもつまんなさそうかな、あんたたちじゃ本気出すと可哀そうだし……まあいっか、結構ひどいこと言ってたし。あ、用心棒の人たちはそこそこ戦えるみたいね」

「い、今、今のうちに、逃げっ……」

「うーん、でもまあそっか。ディ……じゃなくて、あの人はいいけど、他の人に戦ってるとこ見られるのはちょっとね」


 まさに一瞬の早業だった。男たちが雇った用心棒二人が部屋に入ってくる前に、アイリーンの姿が四つに分かれ、四人の男の後ろに回る。それはただの残像のはずが、男たちに一撃を加えたあと、一つに収束する――まるで魔法でも使っているようだが、アイリーンは純粋に体術と足さばきで、この動きを可能にしている。あまりにも早すぎて、アイリーンの技が遅れて見えているのだ。


 うめき声すら上げる間もなく、四人の男たちが昏倒する。しかし俺は見ていた――アイリーンは、ラーグと呼ばれた男だけに手加減をしていた。おそらく、後で事情を聞き出すためだろう。


 今の俺は一見すると明かり虫のように小さな魔力の球体だが、戦闘評価は5万ほどになる。SSランク冒険者に相当する今の状態で、辛うじてかすかに視認できるスピード――それが、近接格闘のみで冒険者強度10万を超えるアイリーンの実力だ。


「今のはシュペリア流格闘術、修羅幻影拳っていうんだけど。ごめんね、地味な技で倒しちゃって」


 見ている側にとっては決して地味などではない。実力差がありすぎて、アイリーンは汗一つかいていない――ただ遊んでいるだけだ。


「じゃあ次は用心棒の人……手ぶらってことないよね。そのマントの下に何か隠してる?」


『アイリーン、気をつけろ! 何か投擲してくるぞ!』


 用心棒の一人、小柄な男がマントを跳ね上げ、隠し持っていたナイフを投擲する。


 アイリーンはにやりと笑うと、長いおさげを振り乱しながら、飛んでくるナイフを拳で叩き落とす。パン、パンッと小気味のいい音がして、投擲された二つのナイフが弾かれて壁に突き立った。


「けっこう速いけど、女の子の顔を狙うのはちょっとね」

「くっ……!」


 まさかそんな防がれ方をするとは思わなかっただろうが、男はすかさずもう一度投擲の体勢に入る。


「どけ、俺がやるっ! うぉぉぉぉっ!」


 痺れを切らしたもう一人の用心棒が、剣を構えて突進し、アイリーンに突きを繰り出そうとする。アイリーンはゆらりとした立ち姿で、微笑みながら言った。


「刃物があれば、素手の相手をなんとかできると思った?」


「黙れぇぇっ!」


 アイリーンの言葉を挑発と受け取ったか、黒髪に鉢金を巻いた男が激高し、渾身の剣を繰り出す――しかし。


「よいせっ!」


 アイリーンは軽やかな掛け声とともに、突きをいなすようにして回避すると、そのまま男の頭に手を置き、飛び上がる――並みの敏捷性では、そんな回避の仕方は不可能だ。


 羽織っていた外套がはためき、深いスリットの入ったスカートの中から伸びた長い素足があらわになる。


「これ持ってて!」

「うぉっ……!」


 そのままアイリーンは外套を脱ぐと、ナイフを投擲しようとしている男に投げつける――男が放ったナイフは外套に突き立ち、穴を開けた。


 そこまで読んで外套を脱いだのかと思ったが、それはどうやら違ったようだ。


「ちょっとぉ! それ、ディ……じゃなくて、あの人にもらった結構お気に入りなんだけど! あったまきたぁ!」


 自分で投げておいて何を言うかと思うが、ナイフを防ぐために使われたのなら、ギルドの支給品であるところの外套が破れようと必要経費である。 


「舐めるなぁぁぁっ!」


 あっさりアイリーンに突きを避けられた男も、Aランク相当の力を持っている――されるがままではない。後ろに振り向きざまに繰り出された斬撃は、見覚えのある剣術の型に沿って放たれ、なかなかの太刀筋をしていた。


 しかし、なかなかというだけだ。アイリーンにとっては、止まって見えるものでしかない。


「――ハイッ!」


 アイリーンは気合いの一声と共に足を踏ん張る。『震雷』と呼ばれるその歩法は、次に繰り出す必殺の一撃のための構えである。


 後ろから横薙ぎに襲いかかる敵の剣を、アイリーンは凄まじい速さで身体を落として回避すると、地面に着くほどの低い姿勢から、上にカチ上げるように掌底を繰り出す。


 バギン、と音がした――アイリーンの一撃で剣が折れたのだ。剣の側面、重心の関係で折れやすい点を正確に撃ち抜くことで。


 そして、それで終わりではない――低くした身体を跳ね上げるようにして、アイリーンは背中から肩を、後ろにいる用心棒に思い切りぶつける。


 シュペリア流格闘術奥義、『羅刹星天衝』。アイリーンの美しい足が伸びきり、力をすべて激突点に集約させる――ドゴォ、と凄惨な音がして、食らった用心棒は弓なりに反って飛んで行き、、壁に激突する。そのまま数秒張り付いたあと、ドサッ、とようやく重力に引かれて落下した。


 それでももう一人は逃げることをしない。技を放った直後のアイリーンの隙を狙い、再びナイフを投じる――Bランク冒険者ならば、このナイフを回避することはできない、それがAランクとの実力差だ。


 しかしアイリーンはSSSランクである。どのような不利な体勢に見えても、Aランクの相手に対して隙を生じるということはありえない、それが厳然たる力の差というものだ。


「――はぁっ!」


 アイリーンは瞬時に体勢を立て直し、蹴りを繰り出す――美しい白い足が正確にナイフを弾き、そこから彼女の神業が始まる。


 蹴りの力を加減し、アイリーンはナイフを少し浮かせるだけに留める。


 そして回転しながら滞空するナイフに、振りぬいた足を戻して蹴りを入れる。どれだけの身体能力があれば、そんな動きが可能になるのか――俺はもう何も言わず、彼女の技を見せつけられるほかない。


「ぐっ……ば、化け物かっ……!


 蹴り返されたナイフは、用心棒の男が羽織っていた外套の肩の部分を貫き、彼が背にしていたドアに縫い留める。


 アイリーンはすたすたと歩いていくと、もはや圧倒されて抵抗も忘れている男の目の前に立ち、腰に手を当てて尋ねた。


「ドアの弁償代金、後で請求するから。うちのボスって、そういうとこしっかりしてるからね」

「……は……?」


 アイリーンは「ハイッ」と軽めに、けれど床が震えるほどの『震雷』を行ったあと、哀れな用心棒に、彼女の得意技をお見舞いした。


「あたたたたたたっ!」


 アイリーンは目にも止まらぬ速さで連撃を叩きこむ。どんな原理か、後ろまで打撃の衝撃が貫通しており、ドアに無数の打突痕がつけられていく。


「かはっ……」


 用心棒の服はずたぼろになり、白目を剥いて気絶してしまった。俺が渡した外套を破られたことで、アイリーンは本気で怒っていたということだ。何かむずがゆいものを感じるが、アイリーンの逆鱗に触れてしまった敵も気の毒ではある。


 アイリーンはふー、と息をつくと、誰も動く者がなくなり、見ている者がいなくなった部屋で派手な蹴りを二発繰り出し、ビシッと構えて言い放った。


「世の中の悪事は見逃さない! 困った人は放っておけない! 絶対無敵の『仮面の救い手』、ここに見参!」


 やはり誰も聞いていないのだが、なぜミラルカといい、相手を倒してから名乗りを上げるのだろう。というか、名乗りは絶対に必要なのだろうか。目立ちたくはない、だがやってみたら気持ちいいだろうというのは分かる。


『ミラルカとは、決め台詞について意見の相違があるみたいだな』

「え、ミラルカはなんて言ってた? ユマちゃんも一緒に、今度意見を出し合って決めることになってるんだけど。あたしの方がかっこいいよね?」

『僅差だな……しかし、俺は本当にやることがなかったな』

「あたしだって、本気出すところなくて力を持て余してるんだけど。あ、今のディックってこの人たちより全然強いよね? ちょっと戦ってみる?」

『遠慮しとくよ。それより、このラーグって男が言ってたことが問題だ。アイリーン、マナリナたちの警護に当たってくれるか。続けての仕事で悪いが』

「うん、わかった。この人たちどうする? ギルド員の人に頼んで、捕まえといてもらう?」


 ラーグ以外の三人、そして用心棒二人は起きる気配がない。ラーグの動きを封じると、確実にヴィンスブルクトは、自分の企みが阻止されようとしていることに気づくだろう。


『とりあえず、ラーグからもう少し話を聞くか。おい、ベルベキアはいつ攻めてくるんだ』

「……ベルベキア……前の連絡では……明日あたり……ジャン様とは、決裂……利用されただけ……」


 そうなるとは思っていたが、王女を手に入れられなかったジャンは、ベルベキアにとって必要ないと見なされ、軍道を作らされただけで切り捨てられたということだ。


『お前たちは、国を売って生き延びるつもりででもいたのか?』

「……国境の砦に、部下……ベルベキアが攻めてきたら、投降するように手配を……ぐぉっ!」


 俺が何も言わないうちに、アイリーンはラーグの脳天に頭突きをする。彼女が本当に怒ったときに出る攻撃だ――鬼族は石頭なので、見た目以上の威力がある。


「そんな工作ばっかりして、アルベインがほんとに負けたらどうするの? こんな人たちの言うことを聞く人も、まとめてお仕置きしなきゃ。ねえディック、やっちゃっていいよね?」

『気持ちは分かるが、まあ待て。ベルベキアが国境に接近する前に、こっちとの力の差を教えてやればいい。アイリーン、マナリナの警護に行く前に、コーディに伝言を頼めるか』

「うん、分かった。ディックに呼ばれたら、コーディも喜ぶと思う。ディックのこと、大す……じゃなくて、友達だもんね」

『何か不穏なことを言いかけなかったか……? まあいい、最後は光剣の勇者に任せるとするか』


 アルベイン王国には、魔王討伐隊――『仮面の救い手』を装ってはいるが、絶対的な力を持つ俺たちがいる。


 そのことをベルベキアに知らしめる役目は、やはりあいつが一番の適任だろう。


 輝ける光剣・コーディ。彼の力があれば、ベルベキア軍に戦うことの無益を教えることなど造作もない。


「あ……そういえば。さっきいっぱい回し蹴りしたけど、ディック、見える位置にいたよね?」

『……黙秘する』

「ふぁぁっ、きょ、今日はちょっといい感じの下着だけど、見せたいわけじゃないから! 忘れてね、ほんとに!」

『白いものが見えた気がするが、気のせいってことにしておくよ』

「ま、待って、赤ってことにしておいて! 白はだめぇ!」


 『妖艶にして鬼神』、その二つ名の所以を十割見せてもらうとまではいかなかったが、見学している俺にしてみれば、アイリーンの戦う姿は、踊り子が舞いでも踊っているかのように艶やかだった。

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[一言] コーディが僕っ娘なのは 女性陣には公然の秘密みたいですね しかし、旅の途中で入浴の機会はなかったのか?
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