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第24話 研究室と空飛ぶ仮面

 ミラルカの研究室にやってきて、空いている書棚に資料本を入れる。そのうちに、ミラルカは一冊のノートを持ってきて俺に見せてくれた。


「マナリナの研究ノートよ。もうすぐ魔法の習得ができそうだから、ディックにも見せたいと言っていたわ」

「攻撃魔法の勉強をしてるのか。精霊魔術は使ったことないが、簡単に覚えられるものなのか?」

「教本通りで覚えられるから、生徒たちのほとんどは精霊魔術を専攻しているわね。神聖魔法は、この国ではアルベイン神教の教義を学ばないと覚えられないから、僧侶しか習得できないわ。他の神の力を借りる魔法は、この国ではそれほど力を発揮できないの」


 ミラルカの話を聞いていると、何か講義でも受けているような気分になる。

 魔法大学は生涯いつでも入学できることになっているから、俺が今から通うというのも無理ではない。学生としての生活に、少し興味が湧いてしまった。


 まあ今から勉強というのもガラじゃないので、興味を持つだけに留めておく。ミラルカの意外な先生ぶりに、彼女を「先生」と呼んでみたくなってしまっただけだ。


「ミラルカのゼミには、他にどういう生徒がいるんだ?」

「私のゼミには、マナリナとあと数名生徒がいるわ」

「へえ……10人くらい教えるのかと思ったけど、そうでもないのか」

「できるだけ、自分の研究に時間を使いたいもの。私の研究の性質上、あまり大学にはいられないしね」


 攻撃魔法学科Ⅰ類の教授の中で、ミラルカは明らかに異端と言えるだろう。

 ミラルカの『空間展開魔法』は、他の人間に真似ができるものではない。通常ならば決まった詠唱句を唱え、精霊や神の許可を得て、魔法を行使するのだが、彼女の魔法はそういった手続きを必要としない。


 魔力によって魔法陣を編み、それを空間に展開し、世界に直接干渉を行う。その魔法効果の及ぶ範囲は、ミラルカが魔法陣を展開することができる範囲であり、王都全域にも及ぶ。


 そしてミラルカの展開する魔法陣には無数の種類があり、それぞれ効果が違う。そのすべてが破壊、殲滅を目的とするもので、彼女は攻撃魔法以外を一切使えない。


 魔王討伐隊に志願した当時の冒険者強度は、102952。そのうちのほとんどが、攻撃魔法の評価だった。彼女は実力を示すために、王都から遠く離れた荒野に向かい、そこで『広域殲滅型百五十二式・振動破砕陣』と呼ばれる魔法陣を使い、危険な魔獣の巣食う洞窟を埋め立ててしまった。


 SSSランクの冒険者とは、もはや人間ではない。俺は自分のことを棚に上げてそう思ったものだった。

 初めはそんなミラルカを怒らせないようにと細心の注意を払ったものだが、その力の大きさのわりに、彼女は理性的でもあった。魔法陣を展開する範囲を制御し、必要な相手だけに必要な打撃を与えることも、彼女の美学のひとつだ。最も美しい殲滅魔法とは、最大にして最高の破壊をするものだとも言うが。


「それで、私に何を頼みたいの?」

「ああ、そうだったな。大学のことも聞いてみたいが、まずはその話だ」


 俺はヴィンスブルクト家の従者であるキルシュが、主人の謀反を防いでほしいと依頼してきたこと、これから対処するべきことについて説明を始めた。


 話しながら、手土産に持ってきた、南方国の樹海で採れる『神秘の葡萄』を絞ったジュースと、『知恵の豆』の粉から作ったマーブルクッキーを用意する。ジュースには精神集中効果があり、知恵の豆は記憶力を増強する効果がある。どちらも必要ないほどミラルカの基礎能力は高いが、彼女の口には合ったようで、俺の話を聞きながらいくらか口に運んでいた。


「このクッキーは、まさか魔王が焼いたものじゃないでしょうね? 別にいいけれど」

「はは……俺が焼いたよ。菓子を作るのは苦手なんだがな」

「あなたの苦手は、私から見ると普通よりは上だということは、そろそろ自覚しておくべきね。過ぎた謙遜は、逆に傲慢と映るわよ」

「肝に銘じとくよ。自分の性格を、俺はそれほど評価してないんでね」

「……まあ、そういうところがいいという物好きもいるけれど。マナリナは、その代表ね。あなたがコーディの前でいいかっこうをするからよ」


 そう言いつつはむ、とクッキーを口に運ぶ。口に粉がつくからか、口元を隠してもぐもぐと食べる姿が、いつも大人びている彼女にしては、やたらとあどけなく見える。


「そのあたりで売っているクッキーとは比較にならないわ。どうしてくれるの? 大学の購買部でお菓子を買っても、これでは味気なく感じてしまうわ」

「それほどのものでもないと思うが、取りに来てくれればいつでも出すぞ。だいたい銀貨5枚だな」

「……クッキーの相場としては高いけれど、材料と味を考えると妥当ね。あなた、お菓子屋さんもやろうと思えばできるんじゃない? お店を出すなら出資してもいいわよ」

「遠慮しとくよ。酒場の土産ならいいとしても、専門の菓子屋にはかなわないさ」

「……そんなこともないと思うのだけど。この葡萄のジュースも美味しいわね、そつがなくて腹立たしいわ」


 機嫌が良さそうに「腹立たしい」と言う人物を、俺は他に知らない――と、それはさておき。


「それで、私がするべきことだけど。ヴィンスブルクトがベルベキア軍を誘導するための経路を、魔法を使って塞いでほしいということね」

「話が早いな。ミラルカの力を借りるのは大人げない気もするが、それが一番いい手だと思うんだ」

「ひとつ言っておくけど、敵軍を私の魔法で巻き込んで大量虐殺……というのは、私としても避けたいところなの。私だって、なんでも関係なく壊したいわけじゃないのよ」

「そうだな。だから、今すぐにでも作戦を決行したいところなんだが……これから頼めるか?」


 いきなり研究室を留守にして、西の国境――それも山中まで来てくれなどと言って、快諾してくれるわけもない。


 しかしミラルカは俺を無言で見つめ、ジュースをくい、と飲んでグラスを置き、そして言った。


「あなたは私に依頼を持ち込んだ、ということでいいのよね。それなら一つ条件を出すわ」

「ああ、何でも言ってくれ。よほど無茶じゃなければ、だいたいの報酬なら支払える」

「お金を貰って殲滅魔法を使うのは私の美学に反するから、これから時々、私の研究室に差し入れを持ってきて。あなたの店のメニューなら何でもいいわ、今のところ口に合わなかったものはないから」

「大学の常連になって、顔を覚えられるのは困るんだがな……ああいや、分かった。何回くらい持ってくればいいんだ? それは」

「私がいいと言うまで……と言いたいけれど、あなたの気持ち次第でいいわ。じゃあ、さっそく行きましょうか」


 ミラルカはあっさりと言って、外出の準備を始める。

 今日か明日に出発できれば御の字だと思っていたが、即行動を起こしてくれるとは。


「……なに? 準備が整っていないなんて言うつもり?」

「いや、正直を言ってかなりありがたい。恩に着るよ」

「私は無差別に殺戮をするような破壊は好まないというだけよ。早く済ませてしまいましょう、ベルベキア軍が経路を抜けてしまう前に塞いでしまわないと。その辺りに、人が住んでいたりはしない? 西方山脈には、山岳民族がいると聞いたけど」

「ヴィンスブルクトがベルベキアを通すときに邪魔をさせないために、山岳民族も経路に近づかないようにしてると思うが……辺り一帯を見ることはできるから、気付かずに吹き飛ばすってことはないさ」

「辺り一帯……山の中をどうやって見渡すというの? そういう魔法があるということ?」


 強化魔法で視界を広げることもできるし、『スモールスピリット』を偵察に出すこともできる。しかし、今回はスモールスピリットは別の目的に使うので、山岳地帯の広い範囲を見渡すには別の方法を使う。 


 そう、徒歩で見通せない地形でも、空から見下ろせばいい。


 ◆◇◆


 王都の西にある、火竜の放牧場。そこではドラゴンマスターの老人・シュラが、火竜たちの世話をしている。


 俺は馬を借り、魔法大学からミラルカを乗せて、二時間ほどかけてシュラ老のもとを訪問した。


「おお、ディック殿。火竜の様子を見に来られたのですか? それとも、例の件ですかな」


 繁殖期はもう少し続くので、火竜の母子、そして今は父親の竜もそろっている。よちよち歩きだった火竜はかなり大きくなって、抱っこはできなくなってしまったが、ミラルカは火竜の子供の頭を撫で、餌をやっていた。


「よしよし、いい子ね。お父さんとお母さんにちょっと似てきたかしら」


 大きくなってもまだ鳴き声はピィピィという愛らしい声だ。火竜たちはミラルカと遊んだことを覚えていて、よく懐いていた。


「幼竜たちについてもですが、このじいの言うことを良く聞いてくれております。息子も孫も手元を離れて久しいものですから、可愛くてなりませんでな」

「楽しんで仕事をしてもらえてるなら何よりだ。それで、火竜を騎乗用に調教してもらうって話だが……」

「ええ、父親の竜に『竜笛』を使い、わしが許した相手に従うように教えてあります。鞍をつければ、二人までは問題なく乗れますでな。あちらのお嬢様と、空の散歩に出られますか?」

「っ……まさかディック、あなた、この火竜に私も一緒に乗せて行くっていうの? あなた、ドラゴンに乗ったことなんてあるの?」

「ああ。田舎に住んでたころ、怪我をしてたワイバーンを助けて、乗せてもらったことがあってな」

「ワイバーンを乗りこなされるのであれば、他の竜種も問題なく乗れるでしょう。ワイバーンは前足がないので、騎乗するにはバランスが悪く、四足の竜より難易度が高いとされております」


 あの時助けたワイバーンは、怪我が回復したあと群れに戻っていったが、今も元気にしているだろうか。

 火竜の放牧場を作ると決めたときは考えていなかったことだが、ドラゴンマスターを管理人として雇えたことで事情が変わり、俺は火竜を非常時の移動のために、騎乗用に使うことを考えるようになった。


 少し慣らせばすぐ飛べるだろうか。俺はシュラ老から受け取った竜専用の鞍を持って、父竜の肩の突起に足をかけて登っていき、鞍をつける。


 シュラ老にベルトを渡して、竜の腹に巻いてもらい、しっかりと固定する。子竜と共に見ていたミラルカを、鞍をつけ終えたところで手招きすると、彼女は自分で父竜の背に上ろうとするが、俺のように上手くはいかなかった。慣れが必要なので無理もない。


「ミラルカ、手を貸してくれ。引き上げるから」

「え、ええ……きゃぁっ!」


 手をしっかり握ったところで一気に引き上げ、ミラルカを俺の前に乗せる。腕力を強化しているので、ミラルカはまるで空中を舞ったような感覚を味わったことだろう。


「……普通の馬より3倍くらい高いのだけど。よく平気で乗れるわね、この高さで」

「高所恐怖症か? それなら、目を瞑ってた方がいいぞ」

「そ、そうじゃなくて……初めてなのだから、突然乗せられても落ち着かないというか……もっとしっかり、乗り方を教えなさい」

「俺が後ろから支えてやるから、落ちるとかそういう心配はないぞ。命綱も結んでおくからな」

「っ……」


 後ろから腰と肩に手を添え、座り方を矯正する。俺の方に体重を預けるようにしてもらい、あとは俺が後ろから抱くようにしていれば、飛行を始めてもパニックを起こすことはないだろう。


「……手綱はあなたが握ってくれるの? 何か、主導権を握られてるみたいなのだけど……」

「ディック殿、竜笛は使用者の魔力に反応し、火竜に指示を与えます。これを使っている間は、あなた様も熟練のドラゴンマスターと変わらぬと言えましょう」


 そんな笛を自分で作るシュラ老は、やはり老練たるドラゴンマスターと言えるだろう。彼が送ってきた人生も気になるところなので、この仕事が終わったら、酒でも持ってこの森に来るのもいいかもしれない。


「じゃあ、手綱はミラルカに任せる。俺は笛を吹く役だな」

「え、ええ……でも最初はわからないから、補助をして」

「補助……?」


 ミラルカは何も言わず、俺の手を引いて、一緒に手綱を握らせた。


「これでいいわ。さあ、竜を飛び立たせて。ベルベキア軍の前に、『仮面の救い手』の力を見せてあげる」


 魔王討伐隊ではなく、あくまでも『仮面の救い手』として。

 火竜に乗った謎のふたりとして、俺たちはベルベキア軍の道を阻むのだ。


 そして二人して仮面をつけながら気が付く。ミラルカはわりと仮面をつけることに乗り気だ、ということに。


「若いというのは、本当に素晴らしいことですなぁ……このおいぼれの血もたぎりますわい」


 シュラ老は俺たちのいでたちを笑うでもなく、人生の先輩として、しみじみと頷きながら見守ってくれていた。



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