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第198話 理に抗う者と渡された力

 大柄な人間の十数倍はある擬神――その巨躯で、カインと同じように『世界の外側』を利用してくるのは想像に難くない。


 霊体に変化し、もう一つの世界にある実体と入れ替わる。しかしその方法で回避する必要がないかのように、魔力の防壁で『魔神具』の攻撃を防いでみせた。


(マキナの魔神具の力は、完全に引き出されていない……マキナ自身の魔力だけでは足りていない。しかし、もし『擬神核』の力を使ったら……)


「……っ!」

「――マキナ、魔力を使いすぎるな! それ以上は……っ」

「くっ……詠唱を途中では破棄できん……我が前に来たれ、『虚空を舞う者』……!」

「一気に仕掛けるわよ……っ! コーディ、重ねてっ!」

「――剣精ラグナよっ!」


 マキナがもう一度魔力を収束して放つと同時に、ヴェルレーヌが王笏を振りかざす。


 前方に展開した召喚陣から呼び出されたものは、霊体の巨大な獣だった。凄まじい速度で空を走り、マキナの攻撃とほぼ同時に擬神に食らいつこうとする。


 ――多重破壊型無式改・散華(さんか)――


 ――光剣(ライトブレード)彗星連弾シューティングコメット――


 ミラルカの放った破壊魔法と、コーディの放った光剣が次々に擬神に撃ち込まれる――そして。


「身体を霊体に変換しようと、同じ霊体精霊の攻撃であれば……!」


 ヴェルレーヌは俺とスフィアが連携し、カインに攻撃を届かせたところを見ていた。 


 読み通りに擬神の霊体化は防がれ、全ての攻撃が擬神に突き刺さる―ーかに見えた。


『――神に手を伸ばした者は炎に焼かれ、地に堕ちる』


 ――『天地神滅柱ジャッジメント・バベル』――


 三頭竜が使った、周囲の全てを跡形もなく破壊する攻撃――天と地を貫く破壊の力が、擬神を中心に放たれる。


『お父さん、こっちに来るっ……!』

『っ……ミラルカ! 俺の魔力を使って、時空間転移を……!』


 ――接続強化(コネクトライズ)魔力供給(マナ・サプライ)――


『これだけの力なら……お願いっ……!』


 ――魔法創生 時空間転移――


 ミラルカがアストルテの杖を使って、時空間転移を発動させる。膨大な魔力を使うが、敵の攻撃の範囲から逃れられなければ――全滅する。


『……俺たちは、まだ……っ!』


 スフィアの声、そしてみんなの声が聞こえる。


 今ここにいる俺が、一度消えて――時間と、空間を超えていく。


 ◆◇◆


 転移は成功したのか否か、それが分かるまでの刹那が、ひどく長く感じられる。


 神と戦うというのはこういうことだ。今までの常識など簡単に覆されて、自分の命が数秒先も続く保証はないのだと思い知らされる。


『――なぜ、叶わぬと知って神に抗うのか』


 ヒューゴー――いや、これはヒューゴーを操る異空の神の声だ。


 復讐のために二千年を生きたヒューゴーは、神に与するようなことを言ったりはしないだろう。


『人の中で英雄として生きること、この世の全てを手に入れること。人の身で得られるものを求め、満ち足りたまま死を迎える。そのことになぜ疑いを抱くのか』

『……あんたに滅ぼされたのが、俺にとって恩義がある人の一族だからだ』

『この世界には滅びるべくして滅びるものしか存在しない。訪れる滅びに抗うことは、理に反している』


 ――異空の神に、俺たちと対話が成り立つような精神性が存在するのか。その疑問について、今この瞬間に答えが出た。


 異空の神は『(ことわり)』を遵守させる存在。この世界で生きる者が理を破る行為を犯せば、ただ滅亡に導くだけ。


 しかし死んでいった『遺された民』の多くに、罪は無かった。種族ごと滅ぼされていい道理など、俺にはあるとは思えない。


『……もう一つの世界を滅ぼそうとした理由はなんだ? あの世界でも、神に抗おうとした者がいたっていうのか?』

『並列する世界においては、別の理が存在する』


 ――それ以上の答えは、返ってこない。


 それで終わりでいいはずがない。霊脈を枯らし、世界を滅びに導いた理由もまた、『理』の一言で片付けている。


『俺たちは滅ぼされるわけにはいかない。浮遊島の人々も、滅びるべきなんかじゃなかったはずだ』

『理に反する者は排除する。この世界もまた無に帰すべきである』

『俺はそうは思わない。明日も明後日も、未来までこの世界は続く。何事もなかったように続いていくんだ』


 返答はない。『異空の神』の決定には、変わりはないということだろう――俺たちを滅ぶべき存在とみなしている。


 ――ック……ディック……!


 ――ディー君、聞こえてる? ディー君っ……!


 声が、聞こえる。


 意識が戻る――ミラルカの発動させた時空間転移によって、俺たちは戦域から後退していた飛行戦艦の上に移動していた。


「はー、良かった……ディック、ちょっと意識が飛んでたみたいだよ?」

「……盟主を操ってる『異空の神』が話しかけてきた。この世界は滅ぶべきだと、そう言ってる……分かっていたことだが、対話の余地はない」

「っ……ディー君、来るっ……ここは私に任せて!」

「師匠っ……!」

「――ガァァァァァァァァッ!」


 飛行戦艦に向けて『擬神』が攻撃してくる――空間の歪みそのものをぶつけてくるような、正体不明の攻撃。


 ――『光輪鎧(ライトアーマー)隔絶結界アイソレート・アジール』――


 師匠は鎧精の力で、擬神の攻撃を受け止める――だが受け止めきれたのは途中までで、その威力を殺しきれずに、師匠は弾き飛ばされた。


「――あぁぁっ……!」


 擬神の攻撃は飛行戦艦からわずかに逸れ、空に歪みが伝わっていく。俺は飛行戦艦に叩きつけられそうになった師匠を受け止めた。


「……ディー君……良かった……怪我は、ない……?」

「大丈夫……俺は、大丈夫だから。師匠……」

「いいの……私は……この戦いでは、役に立てないから……少し、でも……」


 師匠の身体が震え、力が抜ける。限界が来て、意識を保てなくなってしまったのだ。


「ディック様、リムセリット様はこちらで休んでいただきます」

「ああ、頼む」


 甲板に上がってきたシャロンが師匠を連れていってくれる。擬神は攻撃してくる様子はなかったが、『鎧精』の力を持ってしても戦闘不能にされる威力では、到底凌ぎ切ることはできない。


 おびただしい数の竜翼兵の力を集め、『擬神核』まで備えた相手の力に、『螺旋拘束解除』を行ったときの俺の力で対抗できるのか。


『……マキナ……魔神具を、解除し……こちらへ……マキナ……』


 呪いのように、ヒューゴーの声が繰り返される。


 ――しかし、その声が俺にかすかな違和感を与えた。


(……あれほどの力を持っていて、魔神具が必要なのか? ヒューゴーを操った理由は、マキナから魔神具を手に入れるため……だとしたら……)


「ディック、あの子……っ、マキナちゃんが、動き出してる……!」

「っ……待て、マキナ!」

「お父さん、私も……っ」

「スフィアはここにいてくれ! この場は凌いでみせる……!」


 呼びかけを振り切るように、マキナは加速し、擬神に向かって突撃していく。


『異空の神は魔神具を求めている。それなら、渡してしまえばいい』

『何を言ってる……そんなことをしても、異空の神に取り込まれるぞ……っ!』

『私は……盟主様を、一人にすることはできない。ずっと、共に生きてきたから』


 それが、マキナの選択だった。


 父を救うことができないのなら、せめて父と共に――魔神具を覆う膨大な魔力の根源は、マキナの魂。


「――マキナさん、いけませんっ……そんなことをしたら、魂が消えてしまいますっ……!」

「……それでも構わない。私は……盟主様がいなくなったら、誰にも必要とされない」


 擬神がその右手をマキナに向ける。魔神具を手に入れるためか、反撃もせず、防壁も展開していない。


「――グォォォォォォァッッ!」


 マキナの入っている金属の殻が、擬神の身体に衝突する。同時に、従えている巨人の腕が擬神と組み合った。


『……マキナ……魔神具を……』

『……さようなら』


 別れの言葉が、念話を通じて聞こえてくる。伝えようとしているつもりがなくても、今の俺には聞き取れてしまう。


 これでは、あの時と何も変わらない。スフィアが俺たちを守るために、自分の命を賭けた時と同じ。


 ――あの無力と失望を、二度と繰り返しはしない。

 

 魔神具の金属の殻が輝き、そして開く。殻を包むように展開された球形の魔法陣が示す術式は――魔神具の自己崩壊、そしてマキナの全魔力の解放。


『――ミラルカ!』

『無事に戻ってこないと承知しないわよ、ディック!』

 

 時空間転移が発動する――今度は意識が途絶えることなく連続したままだ。


(っ……どういうことだ……)


 ――マキナの魔神具はまだ、全魔力解放の術式を発動していない。


『……ディック、なぜ……』

『そんなことはいい……マキナ、俺たちはまだ手を尽くしたわけじゃないはずだ!』

『……魔神具の本当の力は、私一人の魔力では使いこなせない。一度魔神具を起動するために、霊脈を通じて周辺の魔力を枯渇させている』


 このままでは擬神に攻撃を受ける――しかし魔神具を無傷で手に入れようとしているということか、擬神は巨人の腕をその膂力で押し切り、組み合わせた掌を握り砕く。


「くぅっ……ぁ……あぁっ……!」


 巨人の腕が破壊されつつある――それは金属の殻の中にいるマキナにも苦痛を与えていた。魔神具はこの金属球と、あの二つの腕で構成されており、マキナと接続されているのだ。 


「俺の魔力を使え、マキナ!」


 仲間たちに魔力を供与する間に、冒険者強度50万以上に相当するはずの俺の魔力は、全体の二割ほど失われている。それでも力を注ぎ込むことを躊躇はできない。


 このままでは一人で出せる強度は下がっていき、擬神を打ち破る可能性は下がっていく。


 どうすれば擬神を倒せるのか。ここで倒せなければ、この世界のどこにでも奴は現れ、人々は恐怖に晒される――もう一つの世界のように。


 その鍵を握るものは、異空の神が何としてでも手に入れようとしている魔神具そのもの。異空の神はヒューゴーの知識をもとに、魔神具の能力について知っているのだ。


「この辺りの霊脈の力を吸い上げて魔神具を起動させたんだな……それとマキナの魔力だけでも、魔神具の力は引き出せていない。それなら、もっと多くの相手、そしてもっと広くの範囲から魔力を借りればいい……!」

「……そんなこと……異空の神のことも、世界の状況も、人々は知らない。それに、霊脈から力を集める方法は……」

「霊脈ってものに、これまでも触れてきて分かったことがある。俺の国も、この世界の全ても、霊脈をたどれば全てが繋がってるんだ。浮遊島は霊脈の力を借りて、その機能を二千年以上保ってきた。俺たちが乗ってきたあの島も、同じように」


 ――飛行戦艦が待機している場所は、世界の渦から少し離れた位置にある『霊脈の社』。


『スフィア、聞こえるか』

『うん、お父さん……この島に、霊脈から力を集める。めいっぱい、世界中の「霊脈の社」に呼びかけてみる……!』


 飛行戦艦に、霊脈から汲み上げられた力が収束していく。霊脈を通じて別の霊脈の社にまでスフィアの意志が届き、それは連鎖して――広く、どこまでも広く。世界中に枝葉のように広がった霊脈から、魔力が集まってくる。


「……私は……その力を、使うわけには……」

「『覇者の列席』が成そうとしたことは、世界を救うこと。そのために力を使うことに、遠慮なんて必要ない。俺が見届けてやる……マキナ……!」

「……ディック……」


 金属の殻が開く。中に座っていたマキナは、立ち上がり――自分が座っていた椅子を空ける。


「……魔神具を、あなたに使ってほしい。あなたなら、私より使いこなせる」


 いいのか、と問いかける時間はもうない。異変に気づいた擬神が、魔神具の腕を力に任せて振り切ろうとしている。


「ああ……使わせてもらう……!」


 椅子に座り、マキナの被っていた兜を被せられる――視界が塞がるということはなく、全ての方位が見えているかのような感覚だった。


※いつもお読みいただきありがとうございます、更新が遅くなり申し訳ありません!

 ブックマーク、評価、ご感想などありがとうございます、大変励みになっております。

 次回更新まで少々お時間をいただきます、何卒よろしくお願いいたします。

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