プロローグ・2 それぞれの褒美
俺たちは魔王を討伐した証の『魔王の護符』を持ち帰り、国王陛下から褒美を賜った。
コーディがもらったものは、アルベイン王国の騎士団長の位。
ミラルカがもらったものは、世界に数羽しかいないという幻の小鳥。
ユマがもらったものは、身寄りの無い子どもを受け入れるための孤児院。
アイリーンがもらったものは、『神酒』と呼ばれる希少な酒。
傍から見てそれでいいのかと思うようなものを選んだ者もいたが、それぞれが満足して褒美を選んだ。
魔王の護符については持っているだけで生気を吸われてしまうような危険なものだから、その力を押さえ込める人物が預かることになった――そこで俺が、捨て石のような顔をして申し出たら、預かり役を任せてもらえた。そうでないと、王家の宝物庫に入った護符を盗まなければ、魔王に返せなくなってしまう。
デメリットを抑え込む力があるなら、魔王の護符は強力な装備となる――なんてことは隠匿していた。俺としては、手札は多く持っておきたい方なのだ。使うことがあるかは分からなくても、カードを集めるだけでも安心感が違ってくる。
それはそれとして、俺も魔王討伐隊の端くれということで、褒美をもらえることになった。
「ディック・シルバー。おまえはそれほどの勲功を上げなかったようだが、勇者の一行と共に進み、魔王のもとにたどり着いたことは確か。他の者のようになんでも叶えるというわけにはいかぬが、一つ望みを申してみよ」
「っ……国王陛下、それは訂正させてください。ディックは僕たちにとって……」
コーディは俺のサポートについて、恩義に感じてくれているようだった。ブラウンの髪と瞳を持つこのやたらと顔が整った少年は、いつも柔和な笑みを絶やさずにいるのに、今は必死な顔をしている。それは、俺のことを正当に評価するようにと言いたいからなのだろう。
「コーディ、気持ちは嬉しいが、俺はそこまでのことはしていないよ」
ありがたい話ではあるが、俺は首を振った。国王だけではなく、その側近たちも見ているここで、俺の能力が必要以上に高く評価されてしまう事態は避けたい。
「ふむ……しかし、魔王の護符を守る役目を請け負った件についても、相応に報いなければなるまい」
「俺……いえ、私はただついていっただけです。ついていくにもそれなりの能力は必要ですが、本当に、魔王のところに辿り着くだけで精一杯でした。護符の件も、私のような存在を知られていない者が持っていれば、狙われることはないと考えただけです」
敬語を使う場とはいえ、「私」というのはあまり落ち着かない。それでも俺の言葉遣いは砕けているが、国王陛下は寛容だった。
「それでも、魔王討伐隊の一員であることには変わりない。謙遜するな、勇気ある少年よ」
ミラルカが不満そうに「ディックのウソつき」とつぶやく。ユマはいつものように微笑みながら、何も言わないが言いたそうにはしている。アイリーンは神酒が待ちきれないのか、そわそわと落ち着きなく周囲を見回していた。
俺もそうだが、みんなまだ年若い。これから羽化するようにきれいになっていくのだろう。
惜しい気はするが、そんな彼女たちとも今日でお別れだ。俺たちはあくまで、魔王討伐のためにパーティを組んだだけなのだから。
「魔王と直接刃を交えていないとはいえ、旅の道連れとして彼らを支えたのであろう。さあ、今一度問う。望みを申してみよ」
「ありがたきお言葉です。私が賜りたいものは……」
もう一度国王に問われた俺は、少し考えるそぶりをした。
本当はどうしたいかなんて、とうの昔に決めていた。
俺が選んだ、目立たずに最大の利益を得られる生き方――それは。
「国王陛下に申し上げます。王都に、新しいギルドを作る許可をいただきたいのですが……」
ギルドマスターとなり、自分は働かずに、冒険者を集めて功績を上げさせる。
表舞台に出て目立つことがあるのはギルドの構成員たる冒険者で、俺は人を集め、育成や指導を主に行うという寸法だ。
SSSランクの冒険者が引退してギルドマスターになるなど、珍しい話ではない――もちろん資金やコネが必要だが、その辺りも国王陛下に直談判すれば解決できる。
ここで大事なのは、トップギルドの立場を望まないことだ。トップは目立ってしまう、それはよくない。
トップを狙わず、存在感を消しながら、その実態は――所属する冒険者と持ち込まれる依頼は、ともに最高級。
そんな状況を作るには、誰もが俺のギルドが優秀であることを秘密にしつつ、希少な依頼を持つ人物に存在を知られるという仕組みを作らなければならない。時間はかかるかもしれないが、仕込みさえうまくいけば、不可能ではないと俺は考えていた。
「ギルドマスター……ディック、そんなことを考えていたの……?」
「ギルドに集う冒険者の魂……ああ、お鎮めしてさしあげたい……」
「ふーん、面白そうなこと考えてるじゃん。ねえ、そのギルドってあたしらも遊びに行っていいの?」
三人娘が好意的な反応を示しているが、それは置いておく。ときどき遊びに来るくらいなら、俺の影のギルドマスターっぷりに支障をきたすことはないだろう。俺以外はみんな有名なので、変装くらいはしてほしいが。
「新たなギルドを作る……か。わが国には12の冒険者ギルドがあるが、12番目のギルドの活動状況が芳しくなく、先月ギルドマスターを退去させている。そのギルドハウスをそのまま使うのであれば、ディックよ。おまえはすぐにでも、ギルドマスターとして活動を始められる。それとも、新たなギルドハウスを望むか?」
「そのギルドハウスは、目立たない場所に建っていますか?」
「うむ、王都の12ある通りのうち、もっとも治安の悪い12番通りにある。それも、経営が芳しくなかった理由の一つではあるのだが……やはりやめておくか?」
王は何度も確認してくる。仮にも魔王討伐に同行した褒美だというのに、中古で立地条件も悪いギルドハウスをもらいたがる奴がどこにいる、と思うのは当然だろう。
しかし俺も腐っても冒険者強度100035なので、どれだけ治安が悪かろうが関係ない。
そういう場所をひそかに訪ねてくる訳アリの人々だけを相手に、秘密組織――もとい、秘密裏に世界中から最高の依頼が集まるという、俺の理想のギルドをつくるのだ。
実績が芳しくなくて潰れたギルドというのも、俺には都合がいい。誰もそこに入った後釜が、たいそうな人物だなんて思いもしないわけだから。
「はい、そのギルドハウスでも身に余るほどです。ありがたく使わせていただきます」
「うむ……少し気が引けるのだが、そこまで言うのならば良かろう。謙遜しすぎではないかと儂は思うのだがな。やはり若いがゆえに、大人とは望むものが違うということか」
端的に言うと、陛下は愛娘である姫を嫁にくれと言われなくて安心しているようだった。そう言われたときのためだろうか、姫は俺たちがいる謁見の間にいつでも来られるようスタンバイしていた――それが空振りに終わった件について俺とコーディは謝罪しなくてはなるまい。
◆◇◆
王との謁見が終わったあと、魔王を倒した勇者一行のためにパレードが行われるというので、打ち合わせに呼ばれた――しかし、コーディを除いて誰もが出席を拒否して王城から退出してきてしまった。
「君たちというやつは、本当に……いや、もう旅に出るときから分かっていたことか」
コーディは打ち合わせの前に時間をもらい、王城を離れようとする俺たちを追いかけてきた。
城門を出たところにある石橋の傍らで、俺たち五人はそれぞれのポーズで駄弁る。ミラルカは腕を組んで橋の欄干に背を預けており、ユマは僧侶だからと地面に正座し、アイリーンは欄干の上に座る。コーディは立ったまま、そして俺はガラの悪い座り方をしていた。
「魔王を倒したかったのは、フェアリーバードが欲しかったからよ。それが手に入ったのだから、見世物にまでなるつもりはないわ」
「フェアリーバード、可愛らしい鳥さんですよね♪」
「ええ、鎮魂したいなんて言ったら頬をつまむわよ。ユマ、あなたはそんなに幼いのに、さすがは大司教の娘ね。孤児院を営みたいなんて、大人も顔負けの奉仕精神だわ」
「魔王を討伐するまでに通った町で、お腹をすかせた子供たちを多く見ましたから。私、その子たちと約束していたんです。魔王を倒したあかつきには、王都に来て私を頼ってくださいね、って」
ほんとに9歳か、と言いたくなるが、俺も5歳から頭角を現していたので何とも言えない。
「……ってか、俺、ユマが大司教の娘とか初めて聞いたんだが?」
「言わなかったもの。わたしもそうだけど、アイリーンも家のことは言ってないんでしょう?」
魔王討伐まで三ヶ月ほど一緒に旅をしただけで、俺たちはまだ理解し合っていない――まあ、仲間としては互いの事情を知りすぎないほうがちょうど良かったのかもしれないが。
「ねーディック、この神酒、大人になったら一緒に飲まない? 私、見た目が大人だから大丈夫だと思ったのに、ギルドカードで12歳ってわかったら飲むなって言われちゃった。16歳になるまでは、寝かせておかないといけないんだよね」
「あ、ああ……構わないけど。一つ言っておくが、俺のギルドハウスを訪ねてくるときは、正体が分からないように変装してくれよ。みんなは有名人なんだからな」
「そんな面倒な気遣いを求められても困るわね。わたしは、わたしのしたいようにするわ。指図しないで」
「お、おう……」
ミラルカは自覚がないが、俺のギルドハウスを訪ねてくると言ってるようなものだった。冒険の間あれだけツンケンしてきた少女が、俺に何の用があるというのか。
「せめて裏口から来てくれると助かるな。今の王都に『可憐なる災厄』の名前を知らないやつはいないぞ」
「っ……その名前で呼ばないでって言ったでしょう。殲滅魔法の美しさも理解できない愚民たちが勝手に災厄呼ばわりしていることには、本当に遺憾の意を覚えるわ」
「ミラルカはこれから、魔法大学……じゃなくて、お父さんのところで勉強するの?」
「え、ええ。そのつもりだけど……」
ここに来てミラルカ、ユマの素性がなんとなくつかめてきた。ミラルカはおそらく、王都にある魔法大学の教員の娘なのだろう。
コーディは冒険者の両親を持ち、その背中を見て育ったという。4歳で親を追い抜いてしまった天才だが、今でも親のことは尊敬しているとよく言っていた。
「ああそうだ。コーディ、お前は強いが、一応言っとく。国のためとか、そんな理由で死なないようにな」
「……やはり君にはかなわないな。そう言うと嫌がられるだろうけど、僕は君がそうやって忠告してくれるおかげで、ここまで生きのびてこられた。そう思っているよ」
「お、おう……いや、反応に困るから、あまり真面目に返さないでくれ」
「ははは、ごめん。国のためには死なないが、自分の信念のためになら死ぬかもしれない。剣士とは、そういう生き物だと僕は思う」
こういうセリフを真顔で言えるのも、勇者に必要な才能なのではないか、とたまに思う。
「あ……そろそろ戻らないといけないみたいだ。みんな、またいつかどこかで会おう」
「ええ。わたしたちが出ない分も、勇者として祭り上げられてくるといいわ」
「コーディさん、頑張ってくださいね」
コーディは城に戻っていく。そして残された俺たちは、しばらく解散するでもなく、その場にとどまる。
「……ね、ねえ。ディック、あなたはどこの生まれなの?」
「俺は田舎町の農家の息子だよ。どこの町かまでは、機密に相当するから漏らせないな」
「そ、そう……じゃあ、これから、一度田舎に戻ったり……」
「いや、俺には大勢兄貴がいるから。どのみち家を出る予定で出てきたし、このまま王都で暮らすよ」
なにげなく答えたが、みんなの間に微妙な沈黙が流れる。俺はこういう空気を読むのはわりと苦手だ――それも慣れていかなければと思うところだが。
「ディックさん、ギルドハウスを見に行っていいですか? このままお別れするのはさみしいですから」
「あたしも今から帰るのはちょっとめんどいから、ディックのとこにお世話になろうかなー」
「……わ、わたしも……実家はすぐそこだし、ディックはすぐアイリーンをエッチな目で見るから、それを注意する意味でもついていくわ。監督役ね」
「あはは、男の子ってしょうがないよね。ばいんばいん、って言うとディックったらすぐ喜んじゃって」
喜んでねーよ、とぶっきらぼうに言いたくなるが、俺は思ってもみなかった展開になり、微妙に安堵していた。
コーディには悪いが、ここで解散するのは、精神的に孤独というものを克服しているであろう俺でも、それなりにナーバスな気分だった。
「じゃあ俺の隠れ家的ギルドハウスに行くか。みんな、行く前に変装しろよ。俺はしなくてもいいけどな」
「また変なこだわりを……そんな面倒なことを言っていると、婿の貰い手がないわよ」
「あ、そういいつつも言うこと聞いてる。ミラルカってほんと、最後にはディックの言うこと聞いちゃうよね」
「そ、そんなこと……わたしはただ、子供のわがままを聞くくらいの度量は持ち合わせているというだけよ」
「あはは、良かったです♪ やっぱり私たちはこうですよね、これからも♪」
鎮魂発言のないユマは普通に妹系の魅力を発揮しており、俺としては肩車をしてやってもいい気分になったが、あまりにも浮かれすぎなのでやめておいた。
勇者パーティでなくなった俺たちだが、個人としてもこれから関わっていける。せいぜい俺のギルドの発展のため、たまに協力してもらうかとひねくれたことを考えつつも、純粋に嬉しいと思っているのは確かだった。
――こうして俺は、王都の12番通りにある、うらぶれたギルドハウスの主となった。
与えられた資金を元手にギルドを運営し、あくまで目立たず、俺のギルドを世界中から冒険者と依頼が集まる場所にすることができるのか?
その計画が軌道に乗り始めたのは、俺がギルドを設立してから五年後のことであった。