第187話 魂の双子と英雄舞う空
――意識が戻ると、『九頭竜』が集めた力を解き放つ、まさにその直前だった。
高速化し、並列化した思考の中に、ディノアの意識が加わる。
ディックとしての俺は破壊のブレスを防ぎ、ディノアは――俺の魂の宿った『霊装竜』の力を利用し、力を集める。
『皆さん、私に力を貸してください……っ!』
ディノアは祈りながら、九頭竜を包む球状の立体魔法陣を展開していた――気がついたミラルカが助力し、陣の展開を加速させて一瞬で完成させる。
しかし『九頭竜』の持つ力と、霊脈を通じて集めた魔力を抑え込めるかは分からない。ここにいる俺たち全員の力を使って、それで封じられるのか――。
「っ……来るぞ、ご主人様!」
音のない咆哮と共に『九頭竜』が力を開放する。その瞬間に、俺の中にいるディノアが陣に集めた魔力を注ぎ込み、起動させる。
『ディック、あなたの編み出した究極の防御……使わせてもらいます!』
――八命再生陣・白式――
壊されると同時に、再生させる――『九頭竜』の破壊と『再生陣』の再生が拮抗すれば、
破壊の力は陣の外には解放されない。
「「「……オォォォ……オォ……!!」」」
三つの首がもたらす破壊から自分の身を守るために、残りの首が防御結界を展開する――それでも三つの首が残る。
しかし、破壊の力をそれ以上増幅させることはできない。『九頭竜』は『八命再生陣』の中でも再生しない――そのために、自分を中心に発生する破壊の力から、自らを守る力を残さなくてはならないのだ。
「ディックお父さん、ディノアお母さん……っ、負けないで……っ!」
「っ……くっ……!」
『――まだ敵の魔力の底が見えない。このままじゃ、再生が追いつかない……!』
ディノアも全力を尽くしている――仲間たちの魔力を使いすぎれば、残った首に狙われて攻撃を受ける可能性もある。
これ以上魔力は残っていない。敵には霊脈のもたらした膨大な魔力が、まだ残っている――このままでは、『再生陣』が破られてしまう。
残る方法は一つしかない。魂から魔力を生み出す――しかしそれが頭を過ぎった瞬間。
後ろから抱きしめられているような温かさを覚える。バニングに乗って離れているはずのユマの声が、すぐ近くから聞こえる――。
『ディックさん、ディノアさん……相手は大地を枯らし、その恵みでこの国を壊そうとしています。けれど、この国に暮らしている人たちは、この国を守りたいと思っている。例え今は枯れたように見えても、霊脈の全てがなくならなければ、いつか大地は蘇ります』
「ユマ……俺たちはどうすればいい? どうすれば、奴を止める力を……っ」
『ユマさん、お願いします……っ!』
ディノアが叫ぶ――そんな彼女を落ち着かせようと、ユマが微笑む気配がした。
『大地を蘇らせるのは、世界が元に戻ると信じる人の想いです。祈りましょう……この国の人々が、この国で生きたいと思っていること。その願いが力になって、枯れた霊脈をひとたび蘇らせることを……!」
――ユマが、歌う。王都全域にその鎮魂の力を届かせた彼女が――全ての力を込めて。
アルベインの全土に、ユマの歌の力が届く。それは、この国の人々に呼びかけるため――この国を想う気持ちを力に変えるためのものだった。
『敵に吸い上げられて、枯れたはずの魔力が……戻ってくる。この国じゅうから……』
「ああ……これが最後のチャンスだ。完全な形で勝つぞ、ディノア!」
『はいっ……!』
「――うぉぉぉぉぉっ!!」
俺の身体に、霊脈を通じて流れ込んでくる力――それは、ユマの呼びかけに応じた人々の力。王都の全ての人、レオニードさんたち、名もなき山村で暮らす人々、獣人たち――そして、俺の生まれ故郷の人々。
誰もが望んでいる。どれだけ枯れさせられてしまっても、この国は元に戻ると。
『みんな……こんなに沢山の魔力があれば……ありがとう……!』
この国の全ての人――一千万人もいる人たちが、少しでも魔力を分けてくれたら。
この国の再生を願う人の想いは、『異空の神』の力で操られた神級兵器を上回る。
『――絶対に守ってみせる。一人だけじゃない、皆の力で……!』
「――オォォォォォォッ……!!」
『再生陣』の力が、九頭竜の放ち続けていた破壊の力を上回る――そして訪れたのは静寂。
「止まった……っ、ディノア、みんな、今よ!」
ミラルカの声がする。熱のこもった声――彼女に鼓舞されて、剣を握る手に力がこもる。
「――グォォォァァァァッ!!」
『九頭竜』が最後の抵抗を始める。九の首が、全て攻撃に転じて――無差別に近づくものを薙ぎ払おうとする。
「もう終わりにしなくてはならぬ……防御結界が無ければ、我が刃も届く……!」
ヴェルレーヌが『精霊王の王笏』を振りかざし、『九頭竜』の一つの首を狙う。
「ディノア、僕たちも一つずつ敵の首を狙う! 一斉に仕掛けるんだ!」
「――ディノアちゃん、間に合った……私も行くよ!」
「あたしも一つの首くらいは叩いてあげないと……さんざん好き勝手してくれちゃって……!」
北西の竜翼兵を全滅させたのか、コーディは光剣を、師匠は妖精剣を持って、二つの首を狙う――暴れ狂い、横から攻撃しようとした首を、アイリーンが蹴りで吹き飛ばす。
「くそ、遅れたか……全く、でたらめな奴らだぜ……っ!」
「それにしては、スオウも嬉しそうに見える」
スオウは大剣を一つの首に叩き込み、ミカドは雷撃をもう一つの首に落とす――これで五つ。
「――お父さん、私も……っ、やぁぁぁぁっ!」
「最後くらいは美しく散りなさい……っ!」
スフィアが俺から預かった無銘の剣で果敢に切り込む――ミラルカは娘の援護をしながら、もう一つの首を破壊魔法で圧倒する。
「「――ガァァァァァッ!!!」」
最後の二つの首は、正面にいる俺を脅威と見て襲いかかる――しかし。
二つの魂がある今なら俺の分け身を限界まで強化することで――『元のディノア』の力を借りることができる。
――魔力分身・双影――
「っ……ディノアちゃんが二人に……?」
ディノアも『小さき魂』の魔法は使えるようだが、自分が魔力を分け与えられて分身体に宿るとは思っていなかったようだった――だが、これが俺と彼女だからこそできる切り札だ。
「――行くぞ、ディノアッ!」
「――はい、ディック!」
魔力で生み出した剣を限界まで強化する――そして俺たちは、襲いかかる二つの竜の首を、交差するようにして切り裂いた。
――零式・双影・十字交差――
「――ォ……オォォォォォ……!!」
二つの斬撃が、竜の首に走る――そして、九頭竜は一瞬だけ全ての動きを静止させ。
その自重を支えられなくなり、堕ちていく。しかし大地に辿り着く前に、内側から崩壊していく――それは俺とディノアが斬撃とともに叩き込んだ『零式・絶滅自壊陣』によるものだった。
妖気をはらんだ赤い空が、青く変わっていく。そして――『俺』の意識は、ディノアの身体から離れて、別の場所に向かう。
俺たちは、呼び戻されようとしているのだ。『九頭竜』を倒した余韻にすら、浸ることを許されずに――しかし。
転移し、いなくなっていく俺たちを見送りながら、ディノアは――俺の方を振り返って、そして笑った。
『ありがとう。最も近くて、最も遠い人……私の英雄、ディック・シルバー』