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第185話 二人の寝室と列席との共闘

 ギルドハウスの二階には複数の寝室があった――『元のディノア』が依頼者が泊まるために用意した客室があって、そこで仲間たちは休息を取っている。


 私は小さめの部屋で、ミラルカと相部屋になっていた。


 執務室で見つけたノートのことで頭がいっぱいで、あまり考えずにドアを開けようとして――ノックをするのを忘れていたことに気がつく。


「「あ……」」


 ミラルカは夜のうちに出るかもしれないと思っていたのか、いつもの青い私服に着替えようとしていた――つまり、着替え途中の姿だった。


「っ……ディ、ディノア……びっくりさせないで、ディックかと思ったじゃない」

「え、ええと……」


 それでいいのかと思うけれど――服で胸元を隠しつつも、ミラルカは私を強く咎めたりはしなかった。


「……なんて。事実として『ディック』に見られているのだけど、あなたの容姿を見ていると警戒心を削がれてしまうわ。困ったものね」

「す、すみません……ノックを忘れてしまって。なるべく見ないようにします」


 謝ってからベッドに腰掛ける。ミラルカの方を見ないようにするけれど、同性になった今でも――むしろ同性になってからの方が、彼女の美貌には圧倒されてしまう。


「いえ、いいのよ。それより……何か手がかりはつかめたの? ドアを開けるとき、思いつめたような顔をしていたけど」

「それは……」


 行くべき場所は決まった。迷うこともない――けれど、ディノアの残したノートのことを話すには覚悟が必要だった。あれは、遺書のようなものなのだから。


「……また、一人で抱え込もうとしているんじゃないでしょうね」


 そうじゃない、と否定する前に――ミラルカは、私に駆け寄ってくる。そして、彼女は私の身体をベッドに横たえるようにして覆いかぶさってきた。


「……ミラルカ」

「あなた一人では行かせないわよ。この世界のあなた……ディノアは、きっとディックと良く似た考えをしてる。一人で背負おうとすることもそう」


 全部、彼女にはお見通しで――私は、いつも心配をかけていることを謝りたくなる。


「……私もあなたのおかげで強くなれた。それでも置いていこうとなんてしたら……他の皆のことも代表して、殲滅するわよ」


 倒れた拍子に私の頬に髪がかかって、ミラルカはそれを指ですくい、間近で見つめてくる。強い瞳の中に、ほんの少しだけ不安が揺れている。


 私は微笑む――嘘をつくつもりもないし、皆を置いていくこともない。皆の力は絶対に必要で、私一人で勝てるとは思っていないから。


「ミラルカの破壊魔法にも、皆の力にも頼りたいと思っています。私一人でできることは、限られていますから」

「……そう思ってくれているなら、いいのだけど」


 ミラルカは身体を起こして離れようとする。金色の髪が流れて、ミラルカはそれをかきあげようとしながら、下着姿の自分を改めて自覚したのか、頬を赤らめる。


「……あなたも少し楽にしたら? 今すぐに戦いに出るわけじゃないし、休まないと身体が持たないわよ」


 ミラルカはネグリジェ姿でベッドに寝そべる。女性同士と割り切るべきところでも、目の向けどころに困るという気持ちはどうしてもある。


 私も寝間着がないので、ガウンを脱ぐと下着姿になってしまう。恥ずかしがることもないと分かっていても、ミラルカがじっと見ているのでどうしても気になる。


「……自分の姿を見ないようにしているのは、正解かもしれないわね。ディノアはすごく綺麗な身体をしているもの」

「見たとしても、変な気は起こしませんが……」


 念のために言い返しておくと、ミラルカは楽しそうに微笑む。その目は私というより『ディック』を見ているようで、翻弄されている気もするけれど、今は悪い気はしなかった。


 ◆◇◆


 一時の休息を終えると、誰ともなく出立の準備を始めて、全員がギルドハウスの外に出てきた。


「よう、ディノア……また一人で出るってんなら、今回は俺たちも噛ませてくれよ」

「レオニードさん……それに、カスミさんも……」

「SSランクの者たちには、自分の故郷を守るために王都を離れた者もおる……戦力としては十分ではあるまい。あの怪物に全力で挑んでも、私も一対一でようやく倒せるかどうかと言ったところじゃ」


 竜翼兵の数が多ければ、負傷者が出ることは避けられない。


 ――同じランクでは、どちらかが命を落としてもおかしくはない。同ランクの中でも強さには差があり、現状ではレオニードさんやカスミさんを超える個体は見ていないが、敵の数が多ければ勝つことは難しくなる。


「それでも、奴らは否応なしに攻めてくる。シェリーやロッテも戦いたがるが、あの娘らには将来のギルドを背負って貰わなきゃならん」

「望みが薄い状況とは分かっておるが、勝ったあとのことも考えなくては、人は剣を取れぬものじゃからの」

「……私もそう思います。勝ったあとのことを考えて……」

「そのためにお主は一人で戦いに赴いた。私たちが何も知らぬうちに全てを終えて戻るつもりだったのじゃろうが……正直を言うと、お主が無事で戻ったというだけで、私たちは心底安堵しておる」


 カスミさんは私に近づいて、正面から抱きしめる。その光のない瞳が開かれ、涙が頬を伝って流れた。


「カスミさん、レオニードさん……私たちは、冒険者です。冒険者の仕事は、依頼を受けてそれを遂行することです」

「……しかし、今戦える者は私たち以外にはおらぬ。騎士団の被害は大きく、もし王都の周辺にあの魔物が現れたなら、依頼などなくても戦わねばならぬ。冒険者とは、人なくしては成り立たぬものじゃからな」


 疲労も残り、身体には傷を負っているのに、二人は底知れないほどの強い意志をもってここにいる。


 そんな二人に、私が今できることは――回復魔法で傷を癒やし、少しでも力を戻すこと。


「っ……お、おいディノア、今魔法を使っちまったら、お前の魔力が……」

「これは必要なことです。あの魔物と戦おうとしているなら、完全な体調になって貰わなければ困ります。仕事の成否に関わりますから」


 私は笑って、カスミさんとレオニードさんに手をかざす――『快癒の光(リカバーライト)』と『魔力充填(スピリット・チャージ)』の二つを使うと、二人は目を見開き、レオニードさんは腕に巻かれていた包帯を取ってしまう。


「おいおい……ディノア、いつの間にこれほど回復魔法の腕を上げたんだ? 得意だってことは分かってたが、一瞬で治っちまったぞ」

「っ……流れ込んできた魔力の量も、かなりのものじゃな……消耗していた分が一瞬でいっぱいにさせられてしまった。ディノア、どこかで修行でもしてきたのではあるまいな」


 それも私は笑って応じるしかない――今の私は『ディック・シルバー』の力を持っているなんて言っても、戸惑わせてしまうから。


「……そうだ。シェリーとロッテ、見ているのならこっちに来て。二人も治してあげます」

「「……っ!?」」


 レオニードさんとカスミさんも気づいていなかった――上手く隠れていると思っていただろう姉妹は、私が彼女たちの方に歩いていくととても驚いていた。


「その目の怪我は、私が治してあげられると思う。少しじっとしていて……」


 シェリーとロッテは緊張して息を飲む――けれど、私に任せて目を閉じてくれる。


 シェリーの右目、ロッテの左目につけられた眼帯の上に手をかざし、『快癒の光(リカバーライト)』を使う――施術を終えると、二人は顔を見合わせてからこちらを見る。


 私が頷くと、二人は眼帯を取る――すると、二人の眼には傷一つなく、初めは光に慣れていなかった瞳が私の姿を映す。


「……見える……ディノアのことも、みんなのことも……」

「ありがとうございます、ディノアさん……っ!」


 シェリーとロッテが抱きついてくる。昨日二人のことを見た時に治癒できないかと考えていたけれど、戦いに出向く前に機会ができて本当に良かった。


 けれど、二人のことは連れていけない。この世界のシェリーは『蛇』の分霊を宿してはいない――竜翼兵と戦うのはあまりに危険すぎる。


「……ディノア、私たちも戦いたい。でも……足を引っ張っちゃいけないから、ディノアたちの留守を守る」

「昨日の戦いで、あの竜と人が混じったような魔物がとても強いこと……その魔物をディノアさんは一瞬で倒したところを見て、私たちは修行が足りないってよく分かりました。一緒に戦いたいと思うなら、もっと強くならなきゃって……あ……」

「シェリーもロッテも、先代マスターが認めた実力を持っているから。もちろん私も……一緒に冒険できることだって、これからきっとあると思う。だから、今は生き残ることを考えてください。それが一番、私の力になりますから」


 ロッテの頭を撫でると、彼女は素直にされるがままでいる――シェリーもこちらを見ているので、もう片方の手で撫でる。


「……ん。ディノア、私たちのお姉ちゃんみたい」

「私のお姉さまは、シェリーお姉さま一人だけですが……お姉さまがそう言うのなら、私も認めてあげます」

「光栄ですが、私はお姉さん向きではないと思います」


 元の『俺』は末の弟で、自分に弟妹がいたらということもあまり考えたことはなかった。でも、シェリーとロッテのような妹ならいて悪い気はしないと思う――なんて、贅沢なことを考えてしまう。


 そんなことを考えていると、様子を見ている師匠たちが何かひそひそと話していた。


「ディー君、すっかりディノアちゃんが板についちゃってる……」

「ちょっと感心しちゃうよね、元から女の子だったみたいにお淑やかで、優しくて、お姉ちゃんみたいな包容力もあって」

「……スフィア、一番お母さんとしてディノアのことを評価していたりはしない?」

「ううん、順番なんてつけられないよ。お父さんもお母さんも、みんなが一番好きだから」

「スフィアさん、素敵です……私も皆さんのことが、スフィアさんに負けないくらい大好きです♪」


 ユマがスフィアを抱きしめながら言う――こちらが照れてしまうが、シェリーとロッテは微笑ましそうにしていた。


「ディノアの連れてきた仲間たちは、みんな信頼しあってる。ずっと一緒にいたみたい……羨ましい」


 けれど『この世界』には、本来皆はいない。この戦いが終わったら、元の世界に戻れるのかは分からない――戻るまでには、必ずこの世界の脅威をなくさなくてはいけない。


 『異空の神』の侵攻が始まるまでは、平和だった世界。それを取り戻すことを、元のディノアも望んでいたはずだから――後のことを託すために、私たちは行く。


「っ……ご主人様、向こうの空に竜翼兵たちが転移してきている!」

「北西と北東の二方向……両方とも数が多い。ディノア、西には僕が行く」

「ええ、お願いします。師匠、アイリーンと一緒に三人で撃退に向かってください。敵の数は多いですが、三人なら問題なく倒せるはずです」

「うん、分かった。倒したらすぐに合流するね」

「コーディとリムセさんと、誰が一番速いか競争だね……あたしも今回は本気出しちゃうよ……!」


 三人がそれぞれのルートで王都を縦断し、北東に現れた竜翼兵たちを迎撃に向かう。その速さを見たレオニードさんとカスミさんは呆然としていた。


「速えなんてもんじゃねえ……あれが自分の足で走ってるだと?」

「ディノアの師匠が魔法で空気抵抗を軽減し、さらに全員を加速している……加えて、自分自身も限界まで加速している。あれほどの使い手の名前すら聞かずにいたとは……いやはや、世界は広いと言うほかはない」


 カスミさんの『心眼』はそこまでを見通していた――彼女は師匠の実力に驚いているようだが、コーディが長距離から竜翼兵の翼を射抜くと、さらに驚いていた。次の瞬間、夕焼けの空に赤い闘気を纏ったアイリーンが、竜翼兵を三日月のような軌跡の蹴りで薙ぎ払う。


「ディノア、北東の竜翼兵もどんどん数を増やしているわよ。迎撃に向かいましょう」

「――その必要はねえ」


 そう言って再び姿を見せたのは、スオウとミカドの二人だった。


「あいつらは俺とミカドに任せて、おまえらは北に行け……霊脈の集約点ってのがあるんだろ?」

「……どうやってそれを知ったんですか?」

「私たちは『列席の眼』の指示を受けることができた。やはり私たちは、やむを得ない理由で『ここ』に送られたんだ。『列席』にとって倒すべき敵が現れるこの時、この場所に」


 ミカドの言うことが本当なら、元の世界と意志の疎通ができるということになる――しかしその方法までは、話す気はないようだった。


「私たちなら、『この世界』を守れるとそう思ったのなら……随分と高く評価されたようですね」

「……俺もミカドも、あんたを認めた。それもあんたたちをここに送る理由になったのなら、謝らなきゃならねえ。否応なく戦わされるってのは、いい気分はしねえだろ」

「スオウとミカドも同じ目的のために戦うのなら、今は恨み言は言いません。無事に戻れた暁には、もう喧嘩を売ってこないようにお願いしておきます」

「そんな気はもう私たちにはないよ。こんなに忘れがたい『忘却』は、どこを探しても見つかりはしないだろうしね」


 ミカドが婉曲な表現を使うので、仲間たちが笑う――しかし、北東の空に現れた十数体の竜翼兵が王都を目指して移動を始めると、スオウとミカドの表情が変わる。


「――魔力で動いてやがるだけの兵器が……人間を舐めるんじゃねえぞ……っ!」


 スオウは大剣を空に投げ、その上に乗る――ミカドは雷の精霊の力で磁力を起こし、地磁気に干渉させて飛び上がると、スオウの後を追った。


「お父さん、二人だけでも大丈夫かな……?」

「彼らの力は信頼できると思います。列席の上位者だけあって、SSSランク……いえ、その上をうかがう力を持っていますから」

「私たちとは互角程度か……そう言われてしまうと、格付けをしたくなってしまうが」

「誰が強いかなんて、今となってはあまり意味のないことよ。私たちはパーティなのだから」

「はい。それぞれが成すべきことを成せば、道は開ける……神はそう仰っています」


 ユマの信じるアルベインの神は、『異空の神』と戦う私たちに祝福をくれるだろう。


 相手がどれだけ強くとも、『三頭竜』を超える存在であろうと――絶対に、負けることはできない。

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