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第180話 列席の真意と這い寄る脅威

「……それで、あいつはどうした? ディック・シルバー。俺たちと戦ったときは、まだ欠片も力を見せてなかったようだったが……あいつもこっちに転移してきたはずだろう」


 スオウが尋ねると、皆が心なしかこちらをうかがう――その意味になかなか気づかないので、ミカドが代わりに尋ねてきた。


「魔力や、味方を強化する戦い方が同じ。あなたがディック・シルバーの同一存在ということか」

「……何だって?」


 スオウが聞き返し、私を見る。そして――ようやく納得できたのかと思った瞬間。


「まさか、お前が……本当にそうなのか……?」

「……私もまだ完全に受け入れられたわけではありませんが」

「意外に受け止め方が真摯ね。『覇者の列席』の上位者だというけど、私たちより子供のようだし……」

「そいつは見た目の問題だろう。俺はお前らの三倍は歳を食ってる……不老不死ってわけでもないがな」

「スオウは祖国で呪いを受けて、少年の姿のままでいる。ブレスタリアという大陸では『紅王』と呼ばれている、炎の剣士」


 ブレスタリア大陸――アルベイン王国のあるエクスレア大陸と、同じくらいの大きさがあるというもう一つの大陸。


 アルベインとは直接国交はないが、東方諸島とは船の行き来があり、その交易ルートを介してブレスタリアの品がアルベインに入ってくることはあった。


「紅『王』っていうことは……もしかして王様っていうこと?」


 アイリーンが疑問を向けると、スオウは曖昧に笑う――少年のようで実年齢はそうではないというが、納得できるような表情だった。


「領地はあるが、別の人間に任せてる。『覇者の列席』に座ってるのは俺だけだ……そんな事情はいいだろう。俺たちが何を目的にしているのかも、あの竜人たちと戦った今となれば多少は想像がつくんじゃねえか」

「それでは誠意が伝わらない。私達は全てを話すべきだろう……私達が元の世界軸に戻るにも、彼らの力を借りる以外に方法はないのだから」

「まず、あの魔物がどうしてここに現れたのか。なぜ、あなた達を狙ったのか……分かっていることを話してもらえますか」

「その前に……この砂浜から移動しようか。ここは空気中の魔力が枯れてるみたいだから、いつまでもいるのは良くないよ」


 師匠の言う通り、この辺り一帯は『魔力が渇いて』いる。普通はどんな場所にでも魔力が空気に含まれているのだが、この辺りは異常に枯渇しているのだ。


 周囲の自然が荒廃していることも理由の一つと考えられるが、ヴェルレーヌが上空から見た景色の通りなら、アルベイン全体が荒廃している――放っておけば、砂と岩だけの荒れ地になってしまいそうなほどに。


 魔力の枯渇について意見を求めると、ミカドは砂浜に残された竜翼兵の残骸が、波にさらわれる様子を見つめながら言った。


「あの魔物……私たちは『竜人』と呼ぶが、あれらは浮遊島で作られた魔法兵器だ。高度な技術で作られたゴーレムと考えていい。あれらは動力として周囲の魔力を吸収し尽くし、枯らしてしまう」

「そんな化け物を、お前たちは前にも撃退している……だから『列席の眼』がお前たちを捉えたのさ。アルベインにSSSランクの冒険者がいることは分かっていたが、国を守った勇者だって話も伝わっていた。それなら国を離れることはしないだろうと考えて、勧誘する候補には入っていなかったんだ……『クヴァリス』が方向を変えるまではな」

「一方的な言い分を押し付けている自覚はあるの? 私たちがアルベインを守るために何をしたからといって、それで仲間にしたいと思うのはあなた達の都合に過ぎないでしょう。もしあなたがディックと戦っているところに割って入っていたら、殲滅しているところよ」

 

 ミラルカは怒りを隠さない――スオウはそれを黙って聞いていたが、大剣ではなく腰に帯びていた小刀を抜き、自分の腹に向ける。


「これくらいのことはして然るべきだな。もしディック・シルバーが列席に座るなら、俺たちより確実に上位だろう……列席の一位ということだってある。俺はその序列が気に食わずに喧嘩を売った。大馬鹿野郎もいいところだ……!」


 スオウがどんな生き方をしてきたかは知らない――だが、脅しでこんなことをしないというのは見ていれば分かることだ。


「っ……」


 スオウの腹に刃の先端が刺さる――だが、刃はそこで止まった。私が柄を握って止めたからだ。


「償う気持ちがあることは分かりました。ですが、今あなたが欠けることは現状では認められません。私たちはまず元の世界に戻ることを考えますが、スオウが欠けた状態で元に戻ったとき、どうなるのか分かりませんから」

「……それはそうかもしれねえが。おそらく『列席の眼』は、成すべき事を終えれば俺たちを元の世界に帰還させる。それは、誰かが欠けていたとしても関係はないだろう。誰かが生き残れたとしたら、そいつの力は必ず『元の世界にとって』必要になる」

「誰かが……というのは。僕たちを、この世界で何かと戦わせるために送り込んだということだね。さっき戦った竜人よりも、強力な存在と」


 コーディの声は抑制されていたが、刃のような鋭さが込められていた。


 私たちは『覇者の列席』の計略にかかり、別の世界に飛ばされた。その可能性が、現状では捨てきれていないからだ。


「……それは、『蛇』や『三頭竜』以上の力を持っているの? もしそうだとしたら、存在しているだけでも……」


 師匠は不安を隠さなかった。『蛇』を封じるために命を落とすかもしれなかった彼女が一番良くわかっている――『蛇』や『三頭竜』も、倒すことができたのは奇跡のようなものであり、私たちは何度も大事なものを失いかけた。


 スフィアが消えてしまったと思った時間、私は自分が生きていると感じられなかった。


 今思い出しても、身体がひとりでに震える。そんな私の袖を、スフィアがそっと掴んでくれた。


「大丈夫だよ。私はもう一人でどこにも行かないし、みんなで笑っていられるように頑張るって決めたから」

「……スフィア」


 スフィアは袖だけじゃなくて、手を握ってくれる。その手には確かな温度があって、私を何度でも安心させてくれる。スオウは私たちを見ながら、言葉を選ぶようにして続けた。


「俺たちは、常に世界を傾かせるような脅威を監視してきた。地上の人間を絶滅させようとする浮遊島……『クヴァリス』と戦ったお前たちなら、冗談じゃないってことが分かるだろう。世界ってのは、大半の人間が思うよりも滅びやすい状況にある。そして滅ぶとなったら、真っ先に死んでいくのは何も知らない連中だ」


 ――私たちがこれまで出会ってきた依頼者や、ギルドの仲間。そして、アルベインで暮らす全ての人々。


 Sランクに満たない人々は、まず竜翼兵と遭遇すれば生き残れない。そんな魔物が、人の暮らす場所に突如として出現する――そんなことが起きたら、一つの国どころか、世界が簡単に無くなってしまう。


「私たち『覇者の列席』は、理を外れた者たちに対抗するための抑止力となるために組織的に行動している。私が森を出たのは、古の森にも浮遊島が近づき、攻撃を受けたことがあるから」

「なぜ……浮遊島が、地上の人たちを攻撃するのですか? 地上で暮らす人と、空で暮らす人たちは、争い合う必要なんて無かったはずです。今も、昔も」


 私もユマと同じことを疑問に思っていた。『蛇』も『三頭竜』も、翼を持たない人々を敵視して、排除するために動いていた――それはなぜなのか。『遺された民』が地上の人々を憎んでいたからとしたら、その理由を知りたい。


「……それこそが、私たちがこの世界に送られた理由にも重なる」


 ミカドは言う。その碧眼にどこか遠くを見るような郷愁を宿して、彼女は続けた。スオウは目を閉じ、ただ黙って耳を傾けていた。今はミカドに全て委ねるというように。


「浮遊島は、元々は地上が滅びたときのために、人間が絶えないようにするために作られたものだった。遥か昔から、私たちの世界は脅かされていた……翼を持つ者たちが恐れたのは、『彼方から来るもの』」


 彼方。それが意味するものは、言葉の意味だけを考えれば、遠い場所ということだ。


 しかし私たちが、別の世界に飛ばされたことからすれば――『竜人』が、どこからともなく転移してきたことも鑑みれば。


「それは『異空の神』としか呼びようのない存在。私たちの世界に外側から干渉し、手に入れようとしている……あるいは、滅ぼそうとするもの。盟主ヒューゴーはその存在に気がついた時から、必ず倒さなければならないものと見なした」

「そして……俺たちの世界には、並列して存在する世界がある。この世界では元の世界に存在した街のほとんどが存在しない。それは外敵……『異空の神』の侵略を受けて衰退した世界だからだ。盟主様は『異空の神』が必ずこの世界に姿を現すと考えている。それを倒さなければ、このまま全ての霊脈が渇き、生命と精霊が消える。文字通りの滅亡だ」


 私たちは巻き込まれただけ――とは、とても言っていられなくなった。


 『覇者の列席』は、世界を滅亡させないために動いている組織だった――各大陸の覇者と言えるような強者を集めて『異空の神』と呼ばれる存在と戦おうとしていた。


 浮遊島が『遺された民』――人間の一種族が生き延びるために作られたものだとしたら、『蛇』と『三頭竜』は本来『地を這う者』ではなく、『異空の神』に対抗するためにあれほどの力を持っていたのだ。


「『異空の神』の干渉は、私たちの世界でも既に起きていた。『クヴァリスの三頭竜』は、地上の人間を滅ぼすための尖兵に変えられてしまっていた……あれはアルベインに到達する前に、幾つかの国の上空を通過し、滅ぼしている。もしアルベインに『クヴァリス』が到達していたら、私たちはその後に『クヴァリス』の内部に入るつもりでいた」

「俺たちは浮遊島を破壊する手段を持っている。しかしそれは、できるなら『異空の神』と戦うときまでに温存しておきたかった。人間を守りたいなんて言うなら、お前たちに加勢するべきだったんだろうが……お前たちは、自分たちだけで『クヴァリス』の軌道を変えてしまった。エクスレア大陸の英雄は、その時世界さえも救った……自覚が無かったかもしれないが、そういうことにもなるんだ」


 私たちの力だけでは『三頭竜』を倒せなかった。スフィアが自分を犠牲にする覚悟で、ようやく止めることができた――だが『異空の神』はそれよりも強いという。


 しかし『異空の神』がこの世界でも浮遊島に干渉し、竜翼兵を使って人間たちを攻撃しているとしたら――残された時間は長くはないのかもしれない。


「この世界でアルベインがどんな状態か。私たちは、それを知らないといけない」

「ディノアちゃん、王都に行こう。どんな光景を見ることになっても、驚かないって心構えをしておかなきゃいけないけど」

「あたしたちなら大丈夫。一人ならどうしようって思うだろうけど、みんな一緒なら……」

「魔法大学はあるのかしら……ギルドがあるかどうか、それ以前に王都が私たちの知っている場所にあるのかどうか。確かめないと落ち着かないわね」


 次にするべきことは決まった――この世界におけるアルベインについて、情報を得ること。そのためにまず向かうべきは、王都アルヴィナスだ。


「……バニングに乗っているとき、上空からかすかに城壁のようなものが見えた。あれは、アルヴィナスのある位置のようだったが」


 街があるのなら、人も生き残っている。この世界に私たちの知る人が一人でも多く生きていて欲しいと願いながら、私たちは王都があると信じて西を目指した。


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