第179話 竜翼兵の襲撃と二人のエルフ
森を北東に抜ける――やはり、この地が拓かれ、シーファストの街が造られようとした痕跡はなにもない。
王都から通じていた街道も、街がなければ造られることはない。ヴェルレーヌが念話で伝えてくれた上空からの光景は、私が知っているアルベインとは全く違っていた。
ここが近い場所であることを示すのは海岸線の形くらいだった。それすらも全く一致しているわけじゃない。
「……ディノア、今はあまり悩まない方がいいかもしれないね。考え事は後ですればいい」
「コーディは落ち着いてるけど、王都の騎士団も全然変わっちゃってるかもしれないよ?」
「よく似た別の世界なのだから仕方ないわね。過去に飛んだわけではないというのは、リムセリットさんの推論だけど……彼女の感覚は信用できると思うわ」
「私も同意見です。私がこの身体になったことに説明をつけたいということもありますが……自分が女性としてしか存在できない世界があるというのは、少し理不尽にも思います」
ようやく自分でも口調の変化に慣れてきたと思う――しかし、皆には楽しそうに見られてしまう。
「ディノアちゃんって、女の子になるとクールな雰囲気になるんだね」
「ディー君は元からクールだよ。ううん、優しいからクールになりきれないのかな」
「……元の世界に戻ったときの参考にしておきます。それより、戦闘の準備をしておくべきですよ」
「っ……ディノア、『あれ』は……!」
先行しているコーディが、最も早く気づいた。砂浜でスオウとミカドが交戦している魔物の姿に。
「『クヴァリス』を護っていた竜翼兵……なぜ、こんなところに……っ」
「全部で三体……っ、まだ増えてる……どこかから転移してきてる……!」
――『クヴァリス』と戦ったときの、悪夢のような光景が蘇る。
曇天の空の下、空中に次々と魔法陣が出現し、そこから現れた竜翼兵たちが砂浜で戦っているスオウとミカドに襲いかかる。
(ご主人様、到着したか……敵とはいえ、『あれ』が相手では放っておくことはできない。先行して援護を開始する!)
(はい、頼みます! バニングの炎で攻撃してください! スオウとミカドなら回避できると思いますが、狙いは外しておくように!)
(承知した……っ!)
「――グォォォァァァァアアアアッ!!」
――流星の雨――
遥か上空から、バニングが急降下してくる――そして、竜翼兵たちの頭上に熱線が降り注ぐ。
「っ……ドラゴン……いや、奴らの攻撃か……!?」
「違う、スオウ。これは援護射撃……私達を狙っていない……っ」
バニングが急降下しながら吐いた火炎が、竜翼兵に命中して炸裂する。その炎をものともせず、むしろ自分の力として吸収しながら、スオウは大剣に炎をまとわせて竜翼兵たちを睨む。
「――燃えつきろ、有象無象っ!」
――紅王剣・龍火円――
「グォォッッ……!!」
「ガァァッ……!」
「――スオウッ! 増援がまだっ……くっ……!」
スオウに警告した直後、まだ離れている竜翼兵たちがミカドに向けて土精霊魔術による土塊の弾を放つ――雷の精霊は土の精霊と相性が悪いということを、竜翼兵は理解している。
「ミカドッ!」
「――私の雷の力に、弱点などない」
――磁界形成・重力防壁――
土塊の弾が急激に軌道を変え、ミカドに届く直前で砂浜に突き刺さる――大穴が開き、砂煙で視界が遮られるほどの威力。
「そろそろ僕らも参戦しようか……彼らだけでも問題はなさそうだけどね」
「はーい、じゃああたしから行くよ……っ、ディノア、魔法お願い!」
「砂の精霊よ、我が声に応え、力を貸し与えたまえ。『砂上歩行』」
「そうそう、それ……っ、それさえあれば……!」
「――お父さん、私もお手伝いするね……! 戦闘力低下!」
私はパーティの強化に徹して、スフィアは敵の弱体化を行う――金属質の頑強な身体を持つ竜翼兵を破壊するには、それくらいしなくてはいけない。
アイリーンが『修羅斬影拳』を使い、その姿が四つに増える――そして超高速の跳躍で間合いを詰め、ほぼ同時に竜翼兵に技を打ち込んだ。
「はぁぁっ……『羅刹星天衝』!」
「――『ホライゾンバレット』!」
低空にいる竜翼兵の直下から、垂直に蹴りを放って顎を撃ち抜く――砂浜に打撃音が響くと同時に、コーディが剣精を召喚し、光剣で竜翼兵たちを刺し貫く。
「グガッ……!!」
「通った……っ!」
「――お前ら……っ」
スオウはアイリーンとコーディの攻撃に反応できていなかった。竜翼兵を倒せる力はスオウにもある――だが、SSSランクの中でも速さに優れた二人には追随できない。
「俺は……お前らに助けられるほど……っ!」
弱くはない。それは私も分かっている――しかし、熱くなってしまったスオウは、後方からさらに竜翼兵が現れたことに気づいていなかった。
「今は、手を出させてもらいます……!」
「ディノア、私の力も使いなさい……あれくらい硬い相手でも、効果的に破壊できるはずよ」
「了解です……っ、合わせてください、ミラルカ!」
――修羅残影剣・転移瞬烈――
――分散破壊型無式・絶花――
スオウの裏を取った竜翼兵が、剣と槍を振り下ろそうとする――しかし竜翼兵は同時に超高速の斬撃を浴び、花びらのような破片を散らして崩壊していく。
「――スオウ、ミカド! 元の世界に戻る必要があるのは、あなたたちも同じはずです!」
私は剣を抜いて、師匠と二人で生き残りの竜翼兵に斬撃を浴びせる。これでまた一体――しかし、まだ敵の増援は尽きない。合計で二十体近くまで増えて、一体一体が以前戦った竜翼兵よりも強い。
スオウとミカドはそのまま自分たちだけで戦闘を続けようとするが、空中からのヴェルレーヌとバニングの援護、そしてアイリーンとコーディのおかげで助けられる場面が出てきて、徐々に私たちの存在を無視できなくなっていく。
「スオウ……ッ」
ミカドに呼ばれてもしばらく無視して戦っていたスオウは、やがて私を狙おうとした弓矢持ちの竜翼兵に、燃えさかる剣を振り抜いて炎弾を見舞い、大剣を担いで私を見やった。
「……あんたが誰なのか知らねえが。助けられたからには、恩は返す」
「はい、そうしてもらえると助かります」
「っ……何なんだ……ディック・シルバーはいねえし、似た服を着た女が出てきやがるし……っ」
「……スオウ、あなたは何というか……」
もしかしなくても、とても鈍いのではないだろうか。むしろ、女性になったことに対して一刻も経たずに順応している私のほうがおかしいのか。
「スオウ、磁気で敵を落とす……炎で追撃を……!」
「あ、ああ……グダグダ考えるのは、降りかかる火の粉をぶっ飛ばした後だな……っ、うぉぉぉぉらぁぁっ!」
二人が連携を始めると、それだけでも竜翼兵の勢いを削ぐことができている――しかし、増援を封じなければさすがに優勢でも消耗を強いられる。
「ディー君、魔物がどうやって転移してきてるかは私が解析してみる。もうちょっとで、この辺り一帯に転移しないように結界を張れると思うから……っ」
「分かりました、師匠。分析しているうちは、私が護衛を……」
「私も、戦いが長引かないように祈ります。アルベインの神は、いたずらに魂が召されることを望んでいらっしゃいませんから……」
スフィアの護衛を受けて後ろに控えていたユマが歌い始める――聖歌が始まると、竜翼兵の動きは明らかに鈍くなる。
「グ……グガ……」
「……ガァァァァッ……!」
それでも撤退することはない。強力なゴーレム相手でも敵意を消し去ることができるユマの歌でも、人を害するために作られた竜翼兵を停止させることはできなかった。
◆◇◆
私たちが倒した竜翼兵は、延べ三十二体にも及んだ。師匠が発動させた『転移封じ』の魔法は、砂浜の一帯に効果を現している――それが功を奏したのかは分からないが、竜翼兵の増援は現れなくなった。
スオウとミカドは、それぞれ魔力結晶を使って消耗した魔力を回復していた。もし逃げる素振りがあれば阻止しなければならないが、成り行きとはいえ共闘したことについては、向こうも思うところがあるようだった。
「……ご主人様、こちらに連れてくるか?」
「いえ……どうやら、その必要はないみたいです」
二人は私たちの前までやってくる。そしてスオウは――何か怒っているような顔をしていたが、私を見やって、観念したように目を閉じ、息をついた。
「……必要なかったとはいえ、助けられた。そのことについては……」
「スオウ、余計なことは省いてありがとうと言うべきだよ。感謝する気持ちはあるのだから、誤解を招くのは良くない」
「こちらもこうなってしまった以上、あなたたちを倒すことが元の世界に戻る方法でもない限り、戦うことは意味がないと思っています。それは共通見解として考えてもいいですか?」
「ああ……そう考えてくれていい。お前たちを『列席』に加えたいと盟主様は考えている。それだけの実力はある……いや、認めるべきだろうな。お前たちの強さを確かめるというのは、驕った考えだった」
「あっさり謝ってくれちゃうなんて……ちょっと予想外だね。カルウェンっていう人は、あんなに私たちを引っ掻き回してくれたのに」
操られてしまったアイリーンとしては、恨み言の一つも言いたいだろう。ミカドは金色の髪を撫で付け、視線を伏せる――カルウェンのことを思い出しているのだろうか。
「勧誘する相手の力を確かめるためには、『呪紋』で味方に引き入れてしまえばいい。『列席』の何人かは、実際にその方法で盟主様に力を認められた……私やスオウのように、列席の九番までは、それぞれに違う経緯があるけれどね」
「……白エルフでも、それだけの力を持つ者はそういない。もしや、エルフの始祖が生まれた森の出身ではないか?」
「そう……私は『白雷のミカド』。雷の精霊と契約し、古き森を出た者。魔王ヴェルレーヌ、貴女はまだ力の片鱗すら見せていないようだ。ダークエルフは闇の精霊に傾倒していると聞いたが、固有精霊と結んでいるとは……森の長老たちが知れば驚くだろう」
エルフは精霊を重んじる種族で、精霊魔法の力が強い者が尊敬される。しかし、白いエルフとダークエルフははるか昔に交流が絶たれていて、互いに不干渉だと聞いたことがあった――魔族に白エルフが含まれないのはそれが理由だ。
しかしミカドはヴェルレーヌの力量を認めたのか、自分から右手を差し出す。ヴェルレーヌは手袋を外し、握手に応じた。