第177話 勇者魔王の共闘と彼方への誘い
「もう一度問おう。ご主人様をぶちのめす、だったか?」
「そいつは……撤回しない。俺にも意地ってもんがあるんでな」
スオウが背中の剣に手をかける――これまでは本気ではなかった。ミカドと同様に、剣を使ってこそ実力を発揮するということだ。
「これまでのは小手調べだ……『紅王』の剣を見せてやるよ……!」
――紅王剣・炎龍覇――
ただの精霊使いでは、魔法を極めてもSSSランクに達するのは難しい。
しかし契約する精霊が『精霊王』と同等の力を持ち、契約の深度を最大まで高めることで、一つ上の領域に踏み込むことができる。
スフィアと同じように、物体と霊体を変換する能力。それを、スオウは人の身で手に入れていた――自らの身体を変換した霊体を基にして、火精霊の化身である炎龍をその身から生み出すということをやってのけたのだ。
「結界を張ってくれて感謝するぜ……遠慮なく範囲内は消し炭にしてやれるからな」
「……ご主人様と私を勧誘するつもりなのではなかったか? お主の炎では、我らに火傷を負わせることもできぬがな」
「そいつはどうかな……試してみるか……!」
ミカドはスオウを静止することはない――スオウの炎の中でも無事でいる方法を持っているということだろう。
「この場はスオウに譲る……これくらいで死んだら、一生許さない」
スオウの炎を封じるには幾つかの方法がある。鎧精の結界で封殺を試みるか、攻撃で相殺するか。水精霊の力が強まる豪雨の中だが、たしなむ程度の俺の水精霊魔法では少々心もとない。
「……ご主人様、ご命令を」
ヴェルレーヌは自分に任せてくれと言っている。主人として命令を下せと。
俺はヴェルレーヌ以上の精霊使いは存在しないと思っている。スオウとミカドを目にしてなお、その認識は変わっていない。
「――ヴェルレーヌ。スオウの炎を封殺してくれ。決して油断はするな」
「かしこまりました。仰せのままに、ご主人様……!」
「自分で相手するまでもないってか……上等だよ、ディック・シルバー。消し炭になって後悔しても遅ぇぞ……!」
「――深淵の闇より這い出て、我が敵の炎を喰らえ……『満たされぬ者』」
『精霊王の王笏』を用いて呼び出される、固有精霊――『満たされぬ者』。この世界には、巨大な口の部分しか顕現しない存在。
「――おらぁぁぁぁああああっ!」
スオウの霊体を変換した炎龍が、一気に四頭に増える――正面からヴェルレーヌの精霊とぶつかり、打ち破ろうということか。
「っ……!!」
『満たされぬ者』がスオウの炎龍を受け止め、喰らう――ヴェルレーヌの表情が歪むが、彼女は王笏を掲げたまま、一歩も下がりはしなかった。
「……主人の命を受けた以上……無様な姿は見せられぬ……っ!」
「喰らい尽くすってのか……だったら、魂までくれてやるよ……!」
――スオウの炎を、ついに飽くことのないはずの『満たされぬ者』を飽和させようとしている。
魂の波動までも魔力に変換しているスオウが、ヴェルレーヌの魔力容量と拮抗している――このままではスオウもただでは済まないが、ヴェルレーヌもまた敗れることになる。
S4に達したヴェルレーヌとここまで渡り合う相手――『覇者の列席』の上位者と、俺たちは互角以上に戦える。それを確認できたのは幸いだった。
「……邪魔はさせない。あれでもスオウは私の相棒だから」
「見てるだけってわけにもいかないんでな。このまま『満たされぬ者』が限界を迎えたら、少々厄介なことになりそうだ」
「生ぬるいことを言う。それほどの力を持ちながら、戦いに情けを持ち込むか」
ミカドが自らの霊体を雷に変える――そして姿を現したのは、彼女が契約した精霊を具現化した、獅子のような姿をした雷獣だった。
俺たちを連れていくために自分たちが命を賭ける。それでは元も子もないという理屈は、二人には通用しない。
――雷獣変化・白牙――
「――雷の牙を立てろ、白き獣……!」
対策なしで触れれば消し炭になるほどの雷撃――降り注ぐ雨に雷の力は伝わり、回避は至難となる。
しかしそれは、俺やヴェルレーヌに雷の力を伝える条件が整っていればの話だ。
――水精霊魔法・絶縁水幕――
「っ……なぜ通らない……なぜっ、私の雷が……!!」
俺とヴェルレーヌを水の幕で覆う―ー媒介となる水は降り注ぐ雨を使えばいくらでもある。
通常の水は雷を伝えるが、純水な水は雷を伝えない――しかし雷精霊の魔法は魔力による熱と光を発するため、それを防ぐためには通常の防壁を重ねがけする。これくらいは詠唱なしでも問題ない範囲だ。
「――少し眠っていてもらう。あんたたちは強いが、やはり……」
カルウェンに操られたミラルカの方が、俺にとっては手強い相手だった。仲間だからというわけではない、純粋に魔法使いとして強かったからだ。
「これで終わりではないっ……終わらせられるものか……っ!」
ミカドが雷獣の力を剣に宿す――こちらも『光剣』を召喚して応戦する。コーディもこちらに向かっているが、召喚の許可は出してもらえていた。
「――くそがぁぁぁぁっ!」
「――はぁぁぁぁぁっ!」
スオウは『満たされぬ者』を炎龍だけで飽和させることができず、炎を宿した大剣でヴェルレーヌに斬りかかる。同時に俺がミカドの剣を受けると同時に、視界を白く染めるほどの閃光が放たれる――力を減殺しきれず、広場の石床に巨大な蜘蛛の巣のような亀裂が広がる。砕かれた石床がめくれ上がり、炎と雷が乱れ舞う。
(ディー君っ、私たちも援護するから部分的に鎧精の結界を解いて!)
師匠の要請に応じ、俺はミカドの剣を弾き返して攻め込みながら、鎧精に働きかける――他の3パーティの全員がすでに駆けつけていて、許可された者しか入れない結界の張られた広場に、俺が許可を出すと同時に入ってきた。
「……スオウ、この六人も……」
「ああ……全員がSSSランクか、それ以上……あの小さい娘まで……面白えが、面白くねえ。女を殴る趣味はねえってのに、こいつら俺より強えかもしれねえ……!」
「手加減などしていたと言うなら、ただちに叩き切らねばならん……女だというだけで侮るな、少年……っ!」
「――うぉぉぉっ……!」
ヴェルレーヌの王笏が振り抜かれ、『薙ぎ払う者』の力を宿した半透明の刃が、スオウの身体を切り裂く――同時に俺の『光剣』もまた、ミカドの鎧を破壊していた。
「……見事……『白雷』の剣を受け、切り返すとは……」
「あっさり認めてる場合じゃねえだろ……っ、そいつらもそうだが、てめえが一番の怪物じゃねえか……涼しい顔しやがって、ミカドはSSSランクを超えてるってのに……!」
俺の冒険者強度が、条件次第で53万を超えると説明したら彼らはどんな顔をするのか――『列席』は確かに強者を揃えているが、俺の想像を超えてはいない。
「あなたたちが無い知恵を使って策謀を巡らせて、ようやく私たちに揺さぶりをかけられる……それくらいの力関係だということよ」
「なっ……て、てめえ……ちょっと顔が良くて、胸がでかいからって調子に乗ってんじゃねえぞ!」
「……ディック、できれば一秒でも早くあれを殲滅したいのだけど」
「あはは、でも美人さんだって言ってくれてるけどね。胸のことは余計っていうか、それは蹴ってもいいよね」
スオウはミラルカの恐ろしさを理解していないので無謀なことを言う――アイリーンも笑顔だが目が笑っていない。いつも陽気な彼女だが、友人をからかうようなことは絶対に許さないところがある。
「……私たちはこのまま引くわけにはいかない。敵が八人でも関係はない」
「その前に……あんたたちの目的は、一体何なんだ? 俺たちを仲間に引き入れたいのなら、それくらい話したらどうなんだ」
「まあ、ディックが言うことに従うなんてあたしたちが許さないけどね。ディックがいつも自由で、いつも笑ってくれてるのが、あたしたちの一番大事なことだから」
「アイリーンお母さんの言うとおりです、これ以上喧嘩をするなら……私も怒ります!」
スフィアが雨の中で声を張る。師匠は傘の代わりに雨よけの魔法をかけて、娘の肩に手を置き、微笑んだ――ぞくりとするほど冷たい目をして。
「何の事情も説明せずに、色々一方的にしてきてるけど……それは、こっちが仕返ししたり、あなたたちの本拠地に攻め込んだりしても文句が言えないってことだよね。わかってる?」
これは――俺が昔無茶をしたときにも受けたことがある、いわゆる説教だ。
このレベルの相手に説教ができるのは、師匠しかいないだろう。スオウたちは言葉もなく、雨に濡れたままで立ち尽くしている。
しかしスオウが、急に空を振り仰いだ。そして、ここにはいない誰かと話し始める――おそらく念話に答えているのだ。
「おい……どういうことだ。俺とミカドが、こいつらと……!?」
「……命令であれば、盟主の意思のままに」
「勝手に決めるな、俺はまだ負けてねえ! 頭を下げて力を貸してくれなんて……おい、マキナッ……!」
スオウが『マキナ』という名前を読んだ瞬間だった。
目の前の風景が歪む――雨の音も、スオウの叫びも、仲間たちの声も聞こえなくなる。
――全てが灰色になり、世界が遠のいていく。どこかに流されているような感覚とともに、俺は鈴のように響く、感情のない少女の声を聞いた。
『ディック・シルバーと魔王討伐隊……魔王ヴェルレーヌ、そして『遺された民』と、精霊の少女。どうか、許して欲しい。あなたたちにしか……その、世界の……』
この感覚を、俺は一度味わっている――ただの転移ではなく、時間を超える転移。
それと酷似していて、しかし何かが違う。スオウとミカドを目印にして、俺たちを巻き込みどこかに送り込もうとしている――この声の主は。
『私はマキナ……盟主ヒューゴーの意志を代行するもの。全てが終わったあと、この世界でもう一度出会うことを望む。ディック・シルバー』
(待て……どういうことだ。おまえたちは、俺たちに何をさせようとしてる……?)
少女の声は途切れ、小さくなり――完全に消える前に、もう一度だけ届いた。
『あなたたちは、この世界にとって……唯一の……』
やがて声は消える――俺は身体の感覚を失い、意識は閉ざされていく。
皆は無事なのか、俺たちはどこに行こうとしているのか。最後に考えたとき、俺は色のない世界の向こう側に、熱を持たない光を見た。