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第168話 最後の呪紋と可憐なる魔法使い

 時間を超えるのは二度目だ――簡単には元の時間に戻ることはできないと覚悟をしていたが、一度目の試みで、どうやら俺たちは掬い上げられたようだ。


「お父さんっ……!」


 この遺跡迷宮に戻り、ミラルカと協力して時間転移を発動させたところで、俺たちは元の時間に戻るどころか、あらぬ方向に流されかけた――『五年後に飛びたい』というだけでは、俺たちがもといた時間とはつながらなかった。微細なズレが起きると、それだけで行き先が大きく変わってしまう。


 そんな俺たちを、スフィアが掬い上げてくれた――師匠と、ここにいるのだからおそらくセレーネも、俺たちを引き戻すために力を尽くしてくれたのだろう。


「――ディー君、再会を喜ぶのはあとだよ!」


 ゴゥン、と音がする――最初この迷宮に入ったときに通った廊下、そこで見た金属製のゴーレムが、次々と部屋に入ってくる。


「凄い数の……あれって、呪符っていうのかしら。それに、物凄い怨念が……」

「セレーネ、あの呪符をそのまま壊すと厄介なことになるから気をつけてくれ」

「えっ……ご、ごめんなさい、撃っちゃった……!」


 セレーネが弓を構え、ゴーレムに向けて矢を放つ。そうなってしまえば、こちらとしても戦いの火蓋を切るしかない。


「ミラルカちゃん、従者のフランさんにはヴェルちゃんがついててくれてるから、思い切りやっちゃっていいよ」

「……そう。ありがとう……彼女を助けてくれて」


 ミラルカは感情を抑えているが、その声には心からの安堵があった。


 これまで後手に回ってきたが、ようやく意趣返しができる。今は黙っているようだが、近くにカルウェンの気配を感じる――フランを奪還されてなお、まだチャンスがあると思っているのか。


「カルウェン、もう終わりだ……俺たちをゴーレムくらいで止められるつもりか?」


 返答はない――代わりに、ごくわずかに魔力の乱れを感じた。


 ――カルウェンもまた、自分の試みが失敗に終わったことを理解している。それでも逃げないのは、『呪紋』でこの状況を覆せると思っているからだ。


(それなら……完全に心を折らせてもらう。お前はそれだけのことをした……!)


 セレーネの矢で破壊された呪符から赤い呪縛の力が発生し、こちらに向けて襲い掛かる――それを師匠の防御結界が押し返し、スフィアの浄化の力が消し去る。


 しかしゴーレムはその重量と力に物を言わせて、こちらに突き進んでくる。合計で五体、カルウェンの強化を得て一体がSSランクに相当する個体――それらを前にして、ミラルカは臆することなく手をかざす。


「無から再生を経て、空に至る。それが私の魔法……破壊に対する、究極の答え……!」


 ――分散破壊型真式・蒼穹(そうきゅう)


 音もなく、ゴーレムたちの足元に青い魔法陣が生まれ――瞬時にゴーレムたちが青色に染まり、足元から消滅していく。


 そして分解されたゴーレムが、再び再構築されて元の形に戻る。呪符は一つも残っていない――ミラルカは、カルウェンの『呪紋』すらも破壊したのだ。


『――破壊魔法を極め、さらにその先に……あなたは、もはや……』


「人間じゃないなんて言われても、受け入れるわけにはいかないわね。私より凄い人がいるんだもの……ねえ、ディック」


 ここで褒められても、全く答えられない――今のミラルカは、まさに才能の花が完全に開いた状態だ。


 称賛するほかはない。一人の魔法使いとしてここまでの境地に至ったミラルカに対して、尊敬以外の感情など湧きようがない。


 形は違えど、魔法使いとして完全に凌駕されたカルウェンが何を選択するのか。


 分かっていた。ここで投降するという考えなど、彼女が持たないだろうと言うことは。


「――お父さんっ……!」


 ――滅魂符めっこんふ落花流水らっかりゅうすい――


 呪符を自らの周囲に展開し、自分の姿を隠し――ようやく俺の背後に現れたカルウェンは、羽織ったローブを開き、その内側に隠していた呪符を発動させようとしていた。


「ディック・シルバー……あなただけでも……っ!」


 俺を殺さなくてはならない、その結論に至ったのは何故か――俺の思想が『覇者の列席』にとって危険なものと見なされたからか。


 いずれにせよ、答えは決まっている。


 彼女が任務を失敗して帰る場所がなくなるのだとしても、刺し違えるという選択は容認できない――だから。


 呪符が光り輝く。その紫の光は、術者の魂の力を吸って放たれるものか――しかし。


「――はぁぁぁっ!」


 ――魔力剣・転移瞬速――


 俺が剣を抜くこともなく、師匠が分身を転移させて、魔力の刃でカルウェンの呪符を切り払う。


「ぐっ……うぅ……!!」

「やぁぁぁぁっ……!」


 ――神聖魔法・邪気封印――


 そしてスフィアが、カルウェンの魂の力を吸って発動しようとした呪符を抑え込む。容易に抑え込めるものではなかったが、俺はスフィアと交互に防御結界を幾重にも展開して、暴れ狂う呪符の力を封じる。


「……そんな……ことで……私の、呪符を……」

「『呪紋師』だけじゃ、パーティを組んだ俺たちには勝てない。仲間を連れてこられたら、もっと苦戦はしてただろうがな」


 カルウェンは一人で俺たちを撹乱し、追い込んでみせた――敵を褒めても意味はないが、『覇者の列席』に対して厳重に備えなければならないこと、計り知れない力を持つ組織であることは分かった。


「……師匠」


 師匠は妖精剣を持って、意識を失ったカルウェンを見下ろしている。あの呪符を使って、命を捨ててでも俺を倒そうとしたカルウェンを、師匠がどう思うかは明白だった。


「……大丈夫。ディー君が見てるところで、勝手にひどいことしたりしないよ」

「ああ……カルウェンには、聞いておきたいこともある。命を削るような術を使ってたから、なかなか目は覚めないとは思うが」

「カルウェン……私のことや、星の遺物(ステラファクト)に詳しいみたいだった。そのことと、所属してる組織のことも聞かなきゃね」


 師匠はそう言って剣を収める。そして、カルウェンのことを調べ始めた――彼女は全身に呪符を仕込んでいて、扱いには気をつけなくてはならない。


「……スフィア、今回もありがとう。あなたのおかげで助けられたわ」

「ううん……私だけじゃなくて。みんながお父さんとミラルカお母さんのこと、絶対助けるって言って頑張ったんだよ」


 今回も、仲間たちには多大な借りを作ってしまった――しかしそう言うと、貸し借りという考えは無しだと言われてしまいそうなので、感謝を伝えるにも努力が必要そうだ。


「セレーネも……って、ちょっと待っ……」


 礼を言おうとすると、セレーネは不意に走ってくる――俺はなすすべもなく捕まり、顔を引き寄せられて、彼女の胸に埋められた。


「弟くんったら、こんなにみんなを心配させて……あ、弟くんは気づいてないかもしれないけど、賭けに負けたぶんは今回のことで帳消しになったわよ」

「ま、まあ、ここにいてくれるってことはセレーネにも礼は言いたいんだが……」

「ええ、戦いでは全然役に立たなかったけど、肝心なところですごく活躍した気がするわ。でも、代わりにしばらく賭けには負け続けそうね」


 セレーネは言葉とは逆に、なぜか嬉しそうだ――と、この状況に甘んじているわけにはいかない。


「……ディー君、これくらいならしても嫌じゃないみたいだね。ミラルカちゃん、もしかして向こうにいってたとき、ディー君のこと抱きしめたりしてた?」

「そ、そんなことは……いえ、ディックの方から、そう言えるようなこともしてくれた気はするわね」

「お父さんたち、二人で仲良くしてたの……?」


 自分たちは心配していたのに、と言わんばかりのスフィア。ミラルカが言っているのは、彼女の魔力を調整するために後ろから抱きしめたときのことだろうが、抱きしめたという事実には変わりがない。


「ディー君たちは、過去……に飛んでたんだよね? そのときのこと、話せる範囲でいいから聞いてみたいな」

「話せる範囲なら問題ないが……いや、やましいことは何もなかったぞ。それより、ミラルカ……」


 ミラルカが無事を確かめたかった相手。フランは救出されたと師匠が言っていたので、早く会わせてやりたい。


 そんな俺の思いを先回りして、ヴェルレーヌがフランに付き添ってこちらに歩いてくる。戦いが終わったことを察して来てくれたのだろう。


 ミラルカは俺を見やる。セレーネとスフィアが俺の腕を取り合っているが、二人もミラルカが見ていることに気づくと、彼女に笑いかけた。


「行ってらっしゃい、ミラルカお母さん」

「ええ……そこの人をちゃんと捕まえておいてね。すぐにふらふらとどこかに行ってしまうのだから」


 そんなふうに釘を差したあと、ミラルカはヴェルレーヌの方に歩いていく。


 ――その途中で振り返り、ミラルカが俺たちに笑いかける。それは過去に飛んだとき、五年前の宿屋でも見せてくれたように、眩しいばかりの笑顔だった。


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