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第161話 黒の魔法使いと忘却の五人目

「……破壊魔法しか覚えないのは、ミラルカの美学だったな」

「ええ……そう。相手を凌駕するために、壁を全て破壊する。そのための力を、この陣で織り上げる……そういう解釈もできるでしょう?」

「そうかもしれない。だが……その考え方は、俺の知ってるあいつとは違うな……!」


 固有精霊の力は借りない。今俺が持てる力の全てで、ミラルカと戦う。


 誰も追随するもののない、膨大な魔力。俺が皆の力を集めた今でもなお、拮抗している――それは俺もまた、最大の力を発揮できるのは限られた時間の間でしかないからだ。


「始めましょう。一つずつ見せてあげる……抑制されることのない私の力を」


 ――分散破壊型無式・絶花ぜっか――


 黒いドレスの袖が舞う。ミラルカの振り抜いた腕に追従し、『無』そのものの黒い破壊の波が俺を襲う――地面を抉り、壁を裂き、砕かれた石片が完全に消失する。


 避けても二度、三度と連続で放つことができる。ならば俺にできるのは、間髪入れずに間合いを詰めることだけだ。


 身体能力の限界を超えた超加速。石床を踏み砕き、俺は二歩でミラルカの後ろまで回る。


 俺はミラルカの背――髪のかかったその向こうに、赤い光を見る。首輪が人を操るときに生じるあの魔力――極小の文字で構成されたそれは、ミラルカの身体全体までその支配を及ばせている。


「これを見たら……ユマは、魂を嘘で塗られてるって言うんだろうな……!」

「――嘘だとしても、それは私の一部なのよ。分かっているんでしょう、ディック……!」


 俺は剣を抜いていた――それはミラルカを攻撃するためのものではない。


 彼女を操っている魔力文字。カルウェンが『呪紋師』と名乗るゆえんなのだろう、その魔法を斬る――そのための力を、俺はユマから託されている。


 ――魔力剣・聖響(セイントクワイア)――


 振りかざした剣が光を帯びる――刃が振動し、高く澄んだ音が生まれる。空間に伝わり、反響する音を回避する方法などない、しかし。


「――その音は、私には届かない」

「っ……!!」


 ――空間隔絶型無式・虚空楼(こくうろう)――


 音が、吸い込まれる――ミラルカに伝わる前に、彼女の身体を薄膜のように包み込んだ『無』が、音を全て吸収しているのだ。


 そして音を完全に消し去ったあと、黒い花びらが舞い散るようにして、ミラルカの姿が現れる――赤い呪紋は消えていない。


 もう一度袖を振り抜いて放たれた『絶花』を、俺は転移で回避する。ミラルカはカルウェンとフランを決して巻き込むことなく、精密に俺だけを狙い続ける――一撃一撃、全く生きた心地がしない。


「どうしたの、ディック……私にこのまま殺されてもいいの……!?」


 ミラルカの声に込められているのは怒りだ――俺が音の剣を使い、刃を振るうことをしないことを責めている。


「俺には俺の戦い方がある……これが本気でないなんてのは、それこそ買い被りだ……!」

「そうやってあなたは……本当は誰のことも、心から信じてなんていないくせに……!」


 その言葉は、ミラルカの本心そのものじゃない。そう思っても、心が揺らぐ。


 ――俺は自分の命が、他人より軽いと思っている。


 師匠を育ての親として、ワイバーンだけを友としたあの頃。俺は故郷の村に魔物が近づかないように、山の中から目を配っていた。


 必要とされることに飢えていた。自分の理想通りでなければ、他人の情を受け入れることすらしなかった。


 いつかヴェルレーヌに、押されるだけでは男は退くものだと言った。それは違う――ヴェルレーヌが護符も何も関係なく、無償で向けてくる好意に応じたとき、変わってしまうことを恐れていた。


「そうやってずっと、心の中を明かさずにいればいい……私たちを遠くから見つめて、本当は並んで歩くことはないんだって、思っていればいい……っ!」


 ミラルカが腕を直上に振り上げ、破壊魔法陣の塔を築く。平面である魔法陣を球状にするやり方は見てきたが、平面を垂直に重ねることでも、立体を形作ることはできる。


 彼女が望むなら、その魔法陣は無限の射程と範囲を持ち得る。容易に破壊できない素材で作られた遺跡の広間を破壊し尽くし、俺の逃げ場を無くすことさえも不可能ではない。


 ――超広域燼滅じんめつ型無式・咲散華さざんか――


 塔の形をした魔法陣が、分裂する。渦を巻くように回転し、広がって、眼前の全てを破壊し尽くす――触れたものを無に返す、黒い破壊の力で。


「……これがミラルカの本気か。破壊は点でも線でもなく、面で行うものってことだな」

「冷静を気取っていてもいいのですか? 私達は魔法の範囲から外れることができても、貴方は逃れられませんよ……『忘却の五人目』」


 カルウェンが愉しそうに言う。その声も、この全てを蹂躙するような破壊の中でかき消されそうだ――だが。


 ――『真影分身(シャドウトゥルース)五の扉(フィフス・ゲート)』――


「『無の破壊』に抗うことができないのかは、試してみなければ分からない……!」

「っ……!」


 分身を生み出し、即座に力を集約させる――それが、今の俺が限定された時間の間、自分の力を出し切るための手段。


 ――『螺旋拘束解除(スパイラルリリース)限界解放(リミットバースト)』――


「……こんな力を、今の今まで……素晴らしい……ディック・シルバー、あなたは本当に、『覇者の列席』にふさわしい……!」

「それ以上口出ししないで……これは私とディックの戦いなのよ……!」


 そうだ――これは俺とミラルカにとって必要なことだ。例えミラルカの意志でないのだとしても、今こうしていることを不本意には思わない。


 彼女が本当の意味で俺の仲間でありたいと願い、魔法の極みの先に行くのなら、それ以上強くなることに意味がないなんてことはとても言えない。


 俺がもし、ミラルカと逆の立場だったら。置いていかれるような気分になったら――そんなことを想像するだけで、石を飲んだような気分になる。


 黒い破壊の力が、全てを『無』に帰そうとする。闇が全てを飲み込み、黒く塗りつぶすイメージ――ならば俺は、逆に向かう。


 何者にも染まることのない白。俺と七人の仲間の力を、完璧な比率で混ぜ合わせることによって生まれる、純粋な力。


「これが俺の答えだ。全てを無にする力を相殺する方法……その一つだ……!」


 ――八命再生陣(はちめいさいせいじん)白式(びゃくしき)――


 部屋全体に魔法陣を展開する――すでに崩壊を始めていた遺跡の壁や床に、展開した魔法陣が張り巡らされた瞬間、崩壊が押し止められる。


 壊れると同時に、再生する――俺にはそれができる。しかしせめぎ合うほどに、ぶつかり合って行き場を無くした魔力が増大を続ける。それさえも、俺は同時に防御結界を展開することで封じ込めようとする。


「ディック……ッ、そんなことをしても、あなたも命を落とすだけよ……っ!」

「この戦いを、どちらかが死ぬことで終わらせるつもりはない……だから、全力で来い……その全力を、俺が全部受け止めてやる……!」


 カルウェンとフランは、カルウェンの防御魔法で破壊に巻き込まれることを避けている――だが、ミラルカの魔法を防ぎ切ることなどできていない。


「この結界は……っ、私を愚弄するつもりですか……っ!」

「あんたこそ、仲間に引き入れようとした相手の強さを甘く見すぎてないか?」


 俺は言う。どんな状況であっても、俺の中で揺るぎない答えがある――だからもう二度と、ミラルカを『裏切る』ことはない。


「ミラルカ・イーリスは、魔王討伐隊の一員。俺も、誰も敵わない天才だ」

「……そんなこと……本当に、思っていたら……」


 二つの力がせめぎ合い、遺跡全体が揺るがされる――その震動と轟音の中で、俺はミラルカの声に耳を傾ける。


 本当に思っていたら、ミラルカを、皆を置いて一人では行かなかった。


 そのことに関して、俺はできることは――。


 ――未来予測(プロスペクトビジョン)空間転移(ワープブースト)――


 『視力強化』と『思考速度強化』を組み合わせ、極限の強化を行うことで可能となる――未来を数秒だけ、確定したものとして読む力。


 荒れ狂うミラルカの破壊魔法の合間を縫って、俺は転移する。たった一瞬だけ生じた、破壊魔法の空隙を縫って転移していく。


「まさか……加速による擬似的なものではない、本当の転移……!」


 カルウェンが目の前で見せた魔法を、俺は今の今まで解析し続けていた――そして、理解した。


 この遺跡の下には膨大な魔力の流れ、霊脈が通っている。転移結晶は霊脈を利用して転移を実現する――その結晶が何でできているかと言えば、魔石と魔法文字(ルーン)だ。


 魔石は魔法文字を空間に展開することができない者が用いるものだ。ミラルカの陣魔法を模倣し、空間に魔法陣を展開できれば、結晶なしでの転移が可能となる。


 それはミラルカにとっても瞬きの内の出来事だったろう――気がつけば俺は彼女の後ろに現れ、組み付いていた。


「……それで私を止められると思ってるの?」


 このまま俺に対して破壊魔法を使えば、ミラルカもただでは済まない――などということは、彼女の魔法の精度を考えればありえないと考えていい。この密着した状態でも、ミラルカは俺だけを吹き飛ばすことができるだろう。


「今、この瞬間だけでいい。ここなら届かせられる」

「何を……言って……」


 ミラルカが魔法陣を展開する前に、俺は詠唱も何もなく、身体の内から溢れ出る『彼女(ユマ)』の力を音に変えた。


 ――魔力変換・聖響(セイントクワイア)――


「っ……あ……あぁ……あぁぁぁぁっ……!!」

「――ミラルカお嬢様っ……!」


 自分の意志というものを抑えつけられているかに見えたフランが、再び声を上げた。


 何も心配することはない。ミラルカの身体に直接伝わらせた浄化の音は、俺の作り出した防御結界で守られているカルウェンとフランにも響かせられる――カルウェンには耳障りかもしれないが、フランを正気に戻すことはできる。


「くぅっ……うぅ……」


 俺の腕の中でミラルカが苦しみ、暴れる――俺はミラルカの背中から、彼女を操っていた赤い魔力が少しずつ剥がれ、溶けるように消えていくところを眼前で見届ける。


「……っ」


 ミラルカの魂を侵食していた赤い魔力が消える。身体の力が抜けた彼女を抱きとめ、俺はカルウェンを見る。


 ミラルカと同じように呪縛から解放されたフランは、カルウェンの足元に倒れ込む。それを一瞥したあと、俺を見るカルウェンは笑みを浮かべていた。


「これは、ミラルカとの契約のようなものです……彼女が守ろうとしたこの女性は解放しましょう。しかし貴方たちには、一つ頼みたいことがあるのです」

「そんな話を今更聞くと思うか……カルウェン……!」

「名前を覚えていただけて光栄です……『忘却』などとは、仮初の姿でしかない。あなたこそが真の強者と呼ぶべき存在です、ディック」


 ――御託をそれ以上並べるつもりなら、この場で倒す。


 それを実行する前に、俺は奇妙な違和感を覚える。眼前の視界が歪み、カルウェンとフランの姿が急速に遠のいていく。


「この遺跡にあなた方をお招きしたのは、その戦いによって生まれる膨大な魔力によって、『星の遺物』を動かすためです。この遺跡……遥か昔に『残された民』がここで行っていた研究は、理論のみが完成し、実行されるには至らなかった」


 今なら聞かせても構わないということか、カルウェンは饒舌に話す――その声すらも、徐々にかすれて遠のいていく。


「絶大な力を持つ破壊者が現れたとき、その破壊をどのように防ぐか。ディックさんは独力でミラルカさんと拮抗してみせた……しかし彼女の破壊魔法を受けたこの遺跡もまた、防御するための仕組みを発動させようとしているのです」

「――『遺された民』の力を手に入れるために、俺たちに近づいたのか……っ!」


 カルウェンは答えない。それとも、俺の声はもう届いてはいなかったのか。


 眼前の光景から、俺とミラルカは完全に切り離される。どちらが上か下かも分からない暗闇の中を、一定の方向に流されていく。


「……ディック……」 


 ミラルカが俺の名前を呼ぶ。今はただ、腕の中にいる彼女を守ることだけを考える。


 暗闇の中でも、ミラルカの瞳から涙が伝うところが見えた。俺にできることは、彼女が小さな声で呟いた言葉に頷きを返すことくらいだった。


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