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第13話 幽霊屋敷と大司教夫妻

 ユマに会ったあと、俺はその足である場所に向かった。


 教会区から北に向かうと、王都を見下ろすことができる高台に上ることができる。そのあたりは、貴族の邸宅が幾つか建っているのだが、そのうち一つに用があった。


 リーザが言っていた、死霊が出るという屋敷。高い塀に囲まれ、建物は年季が入っているが、造りがしっかりしていてそれほど老朽化しているようには見えない。


 一階に八部屋と食堂、浴室。二階には十二部屋ある大邸宅である。貴族は十人から二十人くらいの一族が一つの家に住むことが多いので、他の屋敷と比べてみても最大クラスの規模だ。


 これが金貨千枚という破格で売り出されており、持ち主は一週間も経たずに退去して、不動産屋にそのたびに手数料と屋敷の購入代金が支払われて、丸儲けをしているという。そこも引っかかる部分ではあるが、相場の二十分の一という破格なので、次々と購入希望者が現れるのも無理はない。


 しかし屋敷を壊して立て直すということもできなくはないのに、なぜ購入した貴族は手放し、近寄ろうともしないのだろうか。よほど恐ろしい目にでも遭ったということか。


「……それにしては、全く死霊の気配を感じないな」


 思わず独りごちる。死霊は昼でも夜でも関係なく現れるものだが、その家からは邪悪な気配を感じない。


 普通の人間には死霊とそれ以外の霊の区別がつかないので、邪悪ではない霊であっても、知識のない人にとっては同じくらい脅威であり、逃げてしまったという可能性もある。


 それとも、昼間だけは死霊が集まらず、夜になると問題が発生するのか。それについては、この地区で情報収集を担当しているギルド員を呼び寄せ、聞いてみることにした。俺が自分で調査してもいいのだが、それよりは今回も『依頼解決』の形をとるべきだろう。幸いにも、ユマの父親である大司教からの依頼という形をとることができそうだからだ。


 ◆◇◆


 ――そして、二日後。


 俺はギルド員に命じて、大司教の側近に『銀の水瓶亭』の情報を与え、大司教に俺たちのギルドへの依頼を検討してもらうように仕向けたのだが、その結果が早速出た。


 夜の部の営業が始まって間もなく、巨体の大男と、一人の女性が入ってくる――ふたりとも外套を身に着けており、色は曜日に合わせて黄土色だ。地味な色が多いのは、印象に残りにくい色を選んでいるからだ。


 彼らはカウンターにいるヴェルレーヌのところにやってくる。大男はフードを被ったままだが、その中の顔を見ると、だいたい五十代といったところだろうか。壮年で、白い髭をたくわえており、浅黒い肌に鋭い瞳をしている。伴っている女性は男性が大柄すぎて、対比で子供のように見える――その容貌からして二十代ほどだろうか。整った顔だちをしていて、柔らかい微笑みを浮かべている。


 この女性の雰囲気に似た人物に、心当たりがある。ユマ――ユフィール・マナフローゼ。彼女の血縁者というか、もしかしたら……。


「……『ミルク』を所望したい。もしくは、『この店でしか飲めない、おすすめの酒』を」

「かしこまりました。『当店特製でブレンド』いたしますか?」

「酒が欲しいと言ったが、ゆえあって飲むことができない身分でしてな。酒精を抜きにして『私だけのオリジナル』をお願いしたい」


 酒が飲めないのに、合言葉を知っていて口にした――そこで俺は、その二人が何者であるのかを悟る。


「それでは、お酒を用いずに飲み物の方作らせていただきます」

「すみません、主人も私も、職業柄お酒を口にすることができなくて……無粋なことをして申し訳ありません」


 どうやらこの二人は夫婦らしい。それで、女性の方はユマに似ている――となると。


「私はグレナディン・マナフローゼと申します。娘のことで、ご相談に上がらせていただきました」

「グレナディンの家内のフェンナと申します。こちらのお店で、娘の病気を治療する方法を教えていただけるとお伺いして……」


 まさか、ユマの父――大司教グレナディンさんと、その妻であるフェンナさんの二人が、直々にやってくるとは。

 娘の体調を、それほど案じているということだろう。大司教とはいうが、巨体に筋骨隆々という拳闘士のような外見で、僧兵モンク上がりなのではないかと想像がついた。どうやらユマは、母親似のようだ。


「では、合言葉も確認させていただきましたので、さっそく本題に入りましょう。娘さんというのは、ユフィールさんという方のことですね。魔王討伐隊で功績を上げた、勇者の一人と聞き及んでいます」

「娘は天性の才能があったのです。迷える魂を導き、穢れた地を浄化する能力にかけては、この国に……いや、世界に並ぶ者はいないでしょう」

「子供のころから、親の手がかからない子でした。魔王討伐を成功させ、孤児院を開いてからも、運営は上手くいっていたのですが……最近、少しずつ食欲が落ちてきていて、ため息も増えているんです。それで心配していたら、突然倒れて……お医者様にも原因がわからず、とりあえず療養せよとしか言ってくださらないのです」


 フェンナさんは瞳を涙で潤ませ、ハンカチで押さえる。グレナディンさんは妻を案じつつも、ヴェルレーヌの出した『聖域梨の清水割り』を口にする。その名のとおり、アルベイン神教の聖地のある山で採れる梨を、同じ山で採取される湧き水で割ったものである。教会の関係者には特に受け入れられやすい飲み物だ。


「娘は仕事が充実していると言っていたし、私の跡を継ぐために努力を重ねていた。そんな娘が体調を崩すには、やはり医者では診断できない病に侵されているとしか……」

「お願いします……っ、ユフィールを、私たちの娘を、どうか、どうかお救いください……!」


 神に仕える人々が、このうらぶれたギルドに救いを求めている。しかしそれは、このギルドならどんな依頼でも達成できると聞いたからこそだろう。

 二人とも、藁にもすがる思いでここに来た。そして俺は、ユマを自分が関与したと知られずに元気にしてやりたい。目指すところは、ユマの両親と一致している。


「かしこまりました。このギルドには、不可能はございません。ユフィール様が体調を崩されている原因をたちどころに把握し、必ずや回復させましょう」

「……かたじけない。神の恵み、癒しの魔法を使うことができる我々が、娘一人助けられないなどと……あまりにも不甲斐ない限りです。それでも私たちは、娘を失いたくない」


 そこまで深刻な問題ではない――原因が分かっているし、すぐにでもユマを元気にしてやれる。

 そのためには、あの死霊が出るという屋敷に、ユマたちに出向いてもらう必要がある。孤児院から離れることができないユマに、両親から働きかけ、休みを取るように言ってもらう。

 実を言うと、すでにあの屋敷は金貨千枚で購入してある。中に入っても誰も文句は言われないし、浄化を済ませてしまえば、このギルドに物件がひとつ転がりこんでくるわけだ。俺は、それが報酬でいいと思っている。


「娘さんの体調を案じられるお気持ち、お察しします。ですが、もうご安心ください。ユフィールさんには一日か二日ほど外泊をしていただきますが、それで彼女の体調は回復します」

「むぅ……娘は私が言うのもなんですが、仕事熱心です。子供たちの元を離れることを、受け入れるかどうか……」

「ユフィールには私から言っておきます。娘がどちらに行くかは、お伺いしても……?」

「王都の中ですし、もしご心配でしたら、いつでも連絡がつくようにいたします」


 ウソはついていないが、幽霊屋敷で宿泊するとなったら、逆に心配をかけてしまう。そこは、伝えずにおいた方がいいだろう。

 しかし間違いなく、ユマはあの屋敷に死霊が出るとしたら――かつての彼女の活力を取り戻すだろう。

 『沈黙の鎮魂者』たるゆえん。あまりにも強力すぎる浄化能力を、また見せてくれるはずだ。



 報酬については、宿泊準備の費用を前金として受け取ったのみで、後払い分はのちに検討することになった。大司教から受け取る報酬を考えたとき、ピンとくるものが現時点ではなかったからだ。


 大司教夫妻が帰っていったあと、俺は別の席で飲んでもらっていたミラルカとアイリーンを呼び寄せた。二人はカウンターに座り、ヴェルレーヌから事情の説明を受ける。


「そう……ユマはそんなに体調が悪いのね。前に会ったときは元気だったけれど、そういえば少し頬がやせて見えたわ」

「うーん、ここはあたしたちが何とかしてあげたいよね……」

「はい。そこで、お二人にお願いがございます。ユフィールさんと一緒に、ある場所で外泊をお願いできますでしょうか」

「外泊……? ユマと、アイリーンと、私で?」

「あ、そっか。お仕事で疲れたときって、温泉地に行って静養したりするもんね。ユマちゃんも疲れてるから、連れていってあげよっか。うんうん、それいい! お酒おかわり!」


 アイリーンはテンションが上がったらしく、上機嫌で酒を頼む。俺はエールを飲みながら、炒った『知恵の豆』をかじっていた。あとはミラルカたちに任せる、といった気持ちでいるわけだが――


 いつの間にかミラルカが席を立っており、肩に手を置かれた。


「そちらの酔っ払いさんは、何を他人事のような顔をしているのかしら?」

「い、いや……お嬢さん方、友達同士で外泊なんて、楽しそうじゃないか。俺のことは気にせず楽しんで……」

「えー……あそっか、今はお客さんなんだ。じゃあ『お客さん』に言っておくけど、酒場で飲むお酒もいいけど、たまには場所を変えるとまた格別だよ」

「お、俺はこの店で飲むのが一番落ち着くんだよ」

「あ、ちょっと心が動いた。そんなに無理しなくてもいいからね、いつ来ても私たち歓迎するし。あ、でもこんなこと『お客さん』に言ってもしょうがないか。あはは☆」


 もう普通に誘ってるようなものなのだが、しらばっくれざるを得ない。しかしミラルカは俺の肩に手を置いたままだ。


「その外泊先について、お店が終わったら説明してもらおうかしら……ねえ、酔っ払いさん」

「ご説明については、こちらで承ります。もちろん『ご主人様』も同席されますので、ご心配なく。今は、ゆっくりとお酒をお愉しみください」


 ヴェルレーヌがブレンドした酒をミラルカに出す。彼女はすっかり、俺の作ったブレンドがお気に入りになっていた。『気に入っている』とは一言も言わないのだが。


「ん……美味しい」

「ミラルカ、お休みに一緒にどこか行くなんて初めてじゃない? あたし、もう楽しみで楽しみで」

「……そうね。お疲れ様の旅行くらい、しておいた方が良かったかしら。その点においては、なかなか気の利いたことをすると考えなくもないわね」


 死霊が出るという屋敷だが、ミラルカとアイリーンなら特に怖がる理由もない。


 ――というか、出てもらわないと困るのだが。ユマ一人で宿泊させるのもなんなので、彼女の友人であり最強のメンバーを揃えてみたわけだが、どう転ぶのだろう。


 まかり間違って屋敷を破壊されたりしたら困るので、俺もひそかに、陰ながら見守るべきだろうか。


 屋敷に明かり虫が一匹紛れ込んでいたところで、殲滅されることはないと思いたい。幻の四人目として、死霊屋敷でのお泊り会に潜入する――バレたら殺されるかもしれないが。彼女たちが昔と同じ制御不能の集団であるなら、監督役は必要であり、それをこなせるのは俺だけだ。


「え、温泉じゃないの? 北西の高台にあるお屋敷? ふーん……そこってお風呂広いの? いっぱいお酒置いてある?」

「……何か気になるのだけど、まあいいわ。責任を取ってもらえばいいだけだから」


 ミラルカが俺を横目で見ながら言う。じゃあ責任を取らせてもらおう、とは言わずに、俺はまだ十分に冷えているエールを喉に流し込んだ。


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