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第140話 翼持つ竜人と五つの扉


 アルヴィナスから東の方角に、バニングの背に乗って飛び続ける――アルベイン東部海岸北部の山脈地帯。その上空に、黒雲が広がっている。


 雷鳴が轟き、閃光が俺のところまで届く。可能な限り接近してから『隠密(ハイディング)』を解くつもりが、想定していたよりも早くに、一体の竜翼兵が、黒雲から飛び出してこちらに向かってくる。


(見えている――いや、違う。クヴァリスは、索敵を始めているんだ……!)


「――バニングッ!」

「――グォォァァァァッ!!」


 竜翼兵の翼が暗い紫の光を帯びる――闇精霊魔法。その力を翼に集め、こちらに向けて連続で撃ち出してくる。


 ――『残影機動(ミラージュシフト)』――


 着弾までは、ほぼ一瞬と言っていいほどの高速の魔法弾。SSランク相当の攻撃でも、バニングが直撃を受ければダメージがある――しかし俺の感覚なら、見てからでもバニングに『避けさせられる』。


 バニングの残影を撃ち抜いて飛んでいく魔法弾。竜翼兵が背負っていた大刀に武器を切り替え、迎え撃とうとする――だが、俺たちがすでに裏にいることにも気づいていない。


 ――『修羅残影剣・転移瞬烈』――


「ガァァァッ……!!」

 

 近づいて始めて分かる――人間の五倍もある巨体に、竜のような頭部。身体の表面を覆った鱗は厚く、金属質の鎧まで身につけ、武装している。


 だが、俺も止められるほど温くはない。質量を持つ残像を発生させ、転移させて繰り出した斬撃は、竜翼兵の広げた翼を切り裂く。


「――グォォォォォッ!」


 バランスを崩しながらも、竜翼兵は咆哮と共に最後の一撃を繰り出す――大刀を回避したあと、俺は魔力を込めた蹴りを打ち込み、竜翼兵を山岳地帯に叩き落とした。


 ――限定殲滅型十三式・破壊振動陣―― 


 鱗や鎧の防御も関係はない――蹴りと同時に打ち込んだ陣魔法で内部から破壊する。竜翼兵は再び向かってくることはないが、斥候役を落としたことで、次々に黒雲から竜翼兵が飛び出し、俺に向かって殺到する。


(一体ずつ落とされれば不利……それは向こうも理解している。連携してくるか……!)


 大刀を持つ竜翼兵が二体、左右から俺に突きかかってくる。その間にもう二体が後ろに回り、もう二体が上下から俺を挟み込もうとする――この二体は槍持ちで、俺を上下から刺し貫こうというのだ。


「――ッ!」


 先に右の敵の大刀を受け流し、左の敵にそのままぶつける。直後に振り下ろされた槍を『防壁の二重檻プロテクトプリズン・ダブル』で受け止め、バニングと共に『紅蓮修羅・閃光瞬烈』を繰り出し、前方に抜ける――下から突き出された槍をすんでのところで回避すると、防壁に弾かれていた竜翼兵に命中し、同士討ちが起こる。


「「――ガァァッ!!」」


 後ろに控えていた二体の竜翼兵が、無数の魔法弾を放つ――命中は避けられず、多少の傷を受けても突っ切り、そのまま落とす。


 そう覚悟していたが。俺とバニングを、光の輪が幾重にも覆う――魔法弾の全てが俺たちに命中する前に、光の輪によって弾道をそらされていく。


 ――『光輪鎧(ライトアーマー)魔法障壁マジックウォール』――


「リーヴァ……!」

『――私は我が主の鎧。出過ぎた真似かもしれずとも、その務めを果たしたく思う』


 精霊が自らの意思を強く持つことはないが、固有精霊は違う。リーヴァは自らの意思でその力を発揮し、敵の攻撃を防いでくれた。


(レオンが頼るのも分かる……『剣』『楯』『鎧』は、この世界にある全ての武装を超えている可能性がある。唯一の存在、固有精霊……これはもはや『神器』だ)


 敵の魔法を完全に無効化したあと、魔力剣で翼を切り裂き、同時に『破壊振動陣』を打ち込む。胴体をどれだけ固めていても、飛行するために使う翼を破壊すれば、竜翼兵を無力化することができる。


『――我が主……っ、まだ……!』


 近接攻撃を仕掛けてきた四体、そしてさらに、黒雲から飛び出してくる竜翼兵――そのうち数体の動きを見て、俺は戦慄する。


(――俺じゃない……奴らは、アルヴィナスを目指して……!)


 竜翼兵八体が、互いの距離を広げ、俺とバニングを大きく迂回するように飛ぶ。


 傷を負った四体が隊列を組み、俺を足止めしようとする――まだ追いつける、しかし少しでも遅れれば、竜翼兵はアルヴィナスではなく、途中の町に目を向け、魔法弾を降り注がせるかもしれない。


「「「「ガァァァァァッ!!」」」」


 SSランク四体の壁。ただ防御が厚く、身体能力が高いというだけではSSランクたりえない。奴らは連携し、互いを強化するのだ――その咆哮を強化魔法として。


 魔力の発光が瞬時に四体を結び、伝搬する。攻撃、防御、速度、いずれも強化され――発光する大刀と槍が、俺に向かって殺到する。


 一瞬の足止めも許されない。ならば、俺は――『俺』を囮にしてでも先に進む。


 常に続けてきた、『並列思考』の訓練。元は陣魔法などの、思考速度を限界まで高める必要がある魔法のために行ってきた――それは、一つの副産物を生んだ。


 グラスゴールとの戦いでも使った奥の手。それには、まだ先がある――。


 ――思考速度強化(ブレインライズ)多重並列思考(パラレルスピリット)――


 並列する思考、それは『俺の意思』が複数存在するということ。


 その『意思』を、魔力で作り上げた質量のある分身――『小さき魂(スモールスピリット)』に宿したとしたら。


『……我が主……あなたは、一体どのようにして、そこまでの力を……』


 鎧精は感嘆する。だが、応じるのは後だ――今はこの場を切り抜けなくてはならない。


(最初の一人は、ここにいる俺だ。だが五人目(フィフス)までは到達できる……!)


 ――『真影分身(シャドウトゥルース)五の扉(フィフス・ゲート)』――


 俺が一度に発揮できる力の限界は、『五十三万』。それは瞬間的なもので、維持することはできない。


 しかし、『十万』の強さを持つ分身を作り、そこに俺のもう一つの意思を宿したのなら。それを維持するだけなら、持続時間は大きく伸びる。


 そして俺の本体は、すでに『S4』に相当する領域に到達している。S4と、SSSランクの俺が四人――それが、俺一人で作り出せる最大戦力だ。


「――グォァァァァッ!!」


 状況の変化に対応できず、竜翼兵が突っ込んでくる。俺は四体の分身――『並列思考』の魔法が続く限り、俺自身の思考を持っているが――に命じ、自分は敵を引きつける役割を担う。


「――行けっ! 一体でも討ち漏らすな!」


 四体の俺の分身が散開する――『小さき魂』で分化した分身は空中を飛び回ることができる。その速度を『転移瞬速(ワープブースト)』で速めれば、竜翼兵の速度を上回ることができる。


「「「「――おぉぉぉぉっ!」」」」


 ――『転移瞬足(ワープブースト)縮地(ゼロディスタンス)』――


 先行した竜翼兵に追いついた四体の『俺』は、それぞれの技を繰り出して竜翼兵を足止めにかかる。アイリーンの『修羅双掌波』、コーディの光剣を模倣した『魔力剣・連弾幕』、師匠の技を模倣した魔力剣の連撃『妖精斬舞』、そしてシェリーの鞭術を模倣した『鞭縛りウィップバインド――それぞれの戦い方で、SSランクの竜翼兵二体ずつと戦うことができている。


「くっ……!!」


 一方の俺は、竜翼兵が振り下ろした大刀を受け止める。一撃、二撃――SSランクの攻撃が二つ重なれば、俺の力でも押される。 


 だが四体分の力を切り離してなお、俺には『十三万』の力が残っている。


(五人分を並列して動かすのは、体力と精神の両方に負荷がかかる……その上で、可能な限りの力を出す。SSSランクの限界を、超える……!)


 ――『限界解除・拘束解放オーバードライブ・リミットバースト』――


 負荷解除ではない、肉体への反動を抑制しない『限界解除』。それを行わなければ、まだ俺は『S4』ランクの力を発揮することができない。


 魔力剣の出力が増す――『終極強化エンドライズ』を発動した時と同等の威力。コーディの光剣の威力を強化するなら、より斬撃の鋭さは増し、断ち切れるものは増える。


 俺の剣は何を使っても威力が大きく変わらない――師匠の『妖精剣』、コーディの光剣を借りた場合を除いては。


「ゴァッ……!!」

「――ガァァッ!!」


 大刀を切断し、斬撃が二体の竜翼兵に届く。鎧と鱗が裂けても、血飛沫は上がらない――ガーゴイルと同じ、無生物が霊体を宿されて動いているのだ。


「「――シャァァァッ!!」」


 もう二体の竜翼兵が、完全に同調して槍を繰り出してくる。大刀の二体を捨て駒として、俺を狙う――だが。


 ――『光輪鎧(ライトアーマー)斥力障壁リパルス・フォース』――


 あらゆる状況から、敵との距離を取ることが可能になる鎧精の力――槍を振り下ろそうとした竜翼兵は、その腕を振り下ろすことができないままで押し戻される。


「グガァァァァォォォォッ!!」


 咆哮と共に、バニングが『閃火の息』を吐く――広げた口から放たれた熱線が竜翼兵たちに命中した直後に、俺は剣を振り抜いて追撃し、翼を切り落とす。


 俺の分身四体は、それぞれにアイリーンの拳術、コーディの剣、そして師匠の魔法剣、最後の一体はシェリーの技をそれぞれ再現し、竜翼兵たちを二体ずつ撃破する。


 ユマの力は俺の中に入っても、聖歌などの力は再現できない。そればかりは、神に信仰を捧げたユマでなくては発揮できない力だ――そしてミラルカの陣魔法も、SSSランクに達した俺の分身では再現できない。


(シェリーが持つ『蛇』の分霊の力も、完全には再現できない……それでも今は落とせたが……)


 分身四体に、全員『俺』の戦い方を再現させることもできると思っていた。しかし、それは違う――『小さき魂』を使って力を分離した際に、それぞれが持つ力が偏っていることに気がついた。


 そして、俺はあの黒雲を払い、中の浮遊島の姿を見ることすら未だにできていない。


 あと、何体の竜翼兵がいるのか。十体前後なら、俺だけで止められる――だが、止めるだけでは、クヴァリスは止まらない。


 まだアルベイン東端の無人地域上空にいるとはいえ、これ以上の進行を許せば、人の暮らす場所を戦いに巻き込むことになる。


(クヴァリスを動かしているものを止める……あの巨大な浮遊島の進路を変える。そんなことが、本当に……)


 頭を過ぎる考えを振り払う。何のためにここに来たのか、それは誰もが気づかないうちに全てを終わらせるためだ。


 今までずっとそうしてきた。だから今回も上手く行く。


 ――だが、今まで俺は一人ではなかった。同じように苦境に向き合う仲間がいて、どれだけの強敵でも一緒に立ち向かってくれた。


 『蛇』を倒したときも、俺は一人ではなかった――皆がいたから得られた力だと口では言っていながら、この過ぎた力が手に余ると思い、その重みを背負っているつもりでいた。


 黒い雲から、竜翼兵たちが現れる――雷鳴を背にして翼を広げたその数は、十六。


 かつてベルサリスの民が見た悪夢のような光景が、目の前にある。この戦いに終わりはあるのか、もしあのうちの一体でも討ち漏らせば、そのときは――。


(――通さなければいいだけだ。そっちの数も、無限ってことはないだろ……!)


 十体の竜翼兵が、再び散開して飛来する――分身四体がそれを受け、本体の俺は残りの敵六体を引き受ける。


 守るだけでは状況は好転しない。俺から攻めに行く――あの黒雲を吹き飛ばしてでも、クヴァリス本体を叩くしかない。


「「ガァァァァッ!!」」


 戦斧を振り下ろす竜翼兵――その柄を切り飛ばし、返す刃で翼を切り裂き、まだ離れている竜翼兵を斬撃を飛ばして牽制し、バニングの『閃火の息』で追撃する。


 分身たちが戦うその思考が、俺に逆流してくる。一撃一撃が重く、受け止めるたびに、分身の存在を維持している魔力が削られていく。


 SSSランクの分身を維持するには、四体分の魔力が必要となる――つまり、魂から魔力を生み出せる人間とは全く違う。消耗は早く、分身が受けたダメージは本体に及ぶことになる。


 魔力が削れていく感覚は、生命力の消耗とは異なる。魂から心が生じ、それを由来とする魔力は、いわば精神の力そのものだ。


二体目(セカンド)三体目(サード)の消耗が早い。このままでは、SSランクに落ちることになる――それを避けるには一度直接接触して、魔力を供給するしかない)


 まだ一撃もまともに食らってはいない――それでも、次は切り抜けられるのか。


 次の十六体はどうだ。その次はまだあるのか。その次は――。


 目の前にいる竜翼兵を斬り、再び黒雲を見やる。一体、二体――十六体でも終わらず、まだ竜翼兵は現れる。


 分身四体に対して、ほぼ二倍の兵力――十六体が押し寄せる。そして俺は、剣、斧、刀、槍、そして弓を持った竜翼兵の標的となる。


 クヴァリスは明確に俺を敵として認識して、戦況を分析して仕掛けてきている。つまりは――。


(十体で俺を倒しきれると見たのか……舐められたもんだな……!)


 魔力剣の手数を増やし、一気に叩き伏せる。しかし魔力剣で光剣を模倣しようとした瞬間に、目に映る色が識別できなくなった。


 どのみち夜なのだから、色が分からなくとも関係はない。あの光っているのは竜翼兵の魔法か――バニングに迎撃させ、武器を携えて突撃してくる竜翼兵を、


 ――そのとき三体目(サード)が三体の竜翼兵の連携で、浅くはない打撃を受ける。魔法で体勢を崩し、二体でタイミングをずらして追い打ちをかけられれば、格下の敵でも完璧に捌ききることはできなかった。


 ぐらりと視界が揺れる。一気に削られた魔力が、並列思考(パラレルスピリット)を乱し、分身全ての反応が遅れる。


 竜翼兵が咆哮しながら打ちかかってくる。ここを凌げばまだ戦える――しかし、音が聞こえない。自分が握った剣の感覚も消え、闇に放り出されたような感覚の中で、俺はそれでも竜翼兵の剣を受け止め、鎧精が何者をも拒む障壁を生じて攻撃を受け止める。


「――うぉぉぉぉっ!!」


 叫んだのは、相手を威圧するためではない。敗北を予感する自分を奮い立たせるため。


 脳裏に幾つもの姿が過ぎった。最後に浮かんだのは――いずれも、笑っている顔。


「――ディック!」

 

 声が聞こえる。


 闇を切り裂く光のような声。いつでも彼女はそうだった――俺に発破をかけて、いつも冷静で、けれど誰よりも怖がりで、それでも恐れることなどなかった。


 ――『広域殲滅型九十九式・撃滅蒼破陣』――』


 ミラルカの魔法の中で数少ない、指向性を持って放たれる破壊魔法。彼女の魔力を込めて駆動した魔法陣が、青く輝く破壊の波動――『蒼破』を発生させ、俺の眼前にいた竜翼兵に命中し、一瞬にして吹き飛ばす。


「ミラルカ……ッ!」


 振り返った俺は、月光を浴びて黒竜の背に立つ、青い服を着た魔法使いの姿を目にする。


 ――その顔は、仮面で覆われている。他に黒竜に乗って来たのはアイリーン、コーディ、ユマ、そして師匠の四人だった。


「私達は、偶然ここに飛んできただけ! 通りがかりの『仮面の救い手』よ!」

「そう! ほんとはディックが居なくなったから探しに来たんだけど、そんなこと言ったらディックが意地張っちゃうから!」

「ディックさん、神はいつでも、あなたを見守っていらっしゃいます……私たちも!」

「僕らを置いていって、足手まといになると思ったのなら、僕らは君の想像を越えてみせる! だから、置いていくなんて許さない……っ!」

「ディー君、こっちに来て! そんなふうに分身なんてしなくても、私達がいればもっと安定して、ディー君の力を引き出せるから!」


 色が、音が、空気の感触が、握った剣の重みが――全てが戻ってくる。


 しかしまだ、分身が戦闘を続けている。死ぬことを恐れずに襲いかかってくる竜翼兵は、攻撃をやめることをしない――しかし。


「ディック、分身たちに敵を一つの場所に集めさせなさい!」

「っ……ああ、わかった!」


 剣を叩き込み、魔法を打ち込み――あらゆる方法でミラルカの指示に従う。そして、生き残りの竜翼兵が狭い空間に集まった瞬間だった。

 

 西の方角から放たれた白い光が、竜翼兵を貫く――竜翼兵は一撃で消失し、後には灰すら残らない。


 竜翼兵を撃ち落としたのは、西南西に位置してこちらに向かってきている飛行戦艦だった。王都アルヴィナスの方角から攻撃したと見られないように位置取りをしている――動かしているのはグラスゴールで、他のメンバーも乗っているのだろう。


(あれは……シャロンが使用可能になったと言ってた、『魔晶圧縮砲』。しかし、あの白い光は『蛇』の力に似てる……射手をやってるのは、シェリーか……!)


「ディー君、こっち! 向こうに使わなくなった昔の砦があるから、そこに……!」


 師匠が黒竜を降下させる。飛行戦艦が牽制の砲撃を放ち、追加で出撃してきた竜翼兵を撃墜すると、しばらくは新たに出てくる気配は無かった。


「……バニング、行くぞ。身体は大丈夫か?」

「グルルッ」


 バニングは唸り声を上げる――まだ戦える、そう答えてくれている。俺は手綱を引き、先に降下した師匠たちの後を追った。


   ◆◇◆


 アルベイン東部は、かつて東部海岸から侵入してきた他国の軍勢との戦場となったことがあった。


 現在も砦の跡が残っているが、建物の形が残っているのは珍しい。夜明けはまだ遠く、薄暗がりの中に黒竜がいて、師匠たちが地面に降りている。


 俺もバニングを着陸させると、地面に降りる。師匠たちは仮面を外してみせると、少し申し訳なさそうな顔をする――そんな顔をする必要は全くないことを、早く伝えなくてはならない。謝るのは俺の方だと。


「みんな……」

「……すまなかったとか、そういうことを聞きに来たわけじゃないわ。あなたが一人で行こうとした理由も、分かっているつもりだから」

「あたしたち、ディックにまた置いていかれちゃってて、甘えてたから……追いつかなくてもいいかって、諦めちゃってた。そんなことしたら、ディックが一人になっちゃうって分かってなかった」

「君だけで何もかも受け止めることはない。もし少ししか君の荷物を軽くできないとしても、その少しのために僕は死ぬことができるし、それを後悔もしない。もうずっと前に、そう誓ったんだ」


 そう言ってくれるだろうと分かっていた。国のために死ぬなんてことは考えるなよ、と俺はかつてコーディに言った。コーディは笑っていた――それは決して冗談として受け流しただけじゃない。


 もし本当に必要な時が来れば、そうすることを迷わない。ミラルカとユマ、アイリーンも――俺は彼女たちの誰かが傷を負ったら、もし死んだらと想像するだけでも、自分を許すことができなくなる。


「ディック、私はあなたを見ていてあげると言ったわね。その約束は、今も続いている……一度は目を逸らしてしまったけれど、もう見てみぬふりなんてしないわ」


 金色の髪に、青い瞳を持つ少女が言う。その耳に揺れる、彼女の魔法の力を封じるピアス――それを外すと、彼女の全身を淡く青い魔力が覆う。


 彼女は『蒼破陣』を惜しみなく使うつもりでいる。その破壊魔法の一つの到達点を戦いに用いることを、ずっと彼女自身が避けてきた。建物を破壊するための魔法は、彼女が生きる場所を見出すための方法――しかし本来の彼女は、強力な敵を打ち倒すための絶対的な攻撃力を持つ魔法使いだ。


 誰よりも優しい性格なのに、与えられた天賦の才能は、その性格に相反するものだった。


 それでもミラルカはずっと前を向いて、胸を張って、強いということは、人とは違う力を持つことは、誰に引け目を感じることでもないのだと教えてくれた。


「あたしも鬼の力を恐れないで、全力でやってみる。ユマちゃんがいて、あたしを見てくれてるから。鬼になっちゃっても、きっと帰ってこられると思うから」

「はい。アイリーンさんの鬼の力を、私がきっと鎮めてみせます」

「何としても、クヴァリスを止めなければならない。僕たちも一緒に行くよ」

「……ディー君、スフィアちゃんも待ってるから。絶対に勝ってみんなで帰ろうね」

「……ああ。自分一人で五人分になれるなんて、全く甘い考えだった」


 誰にも皆の代わりはできない――魔王討伐隊のメンバーは、全員が唯一無二だ。師匠も、もちろんシェリーとヴェルレーヌも。


「一人で突っ走ってすまなかった。一緒に戦ってくれるか」


 五人が頷く――俺が差し出した手に、一人ずつが手を重ねる。そして俺は、自分が今まで使ってきた全ての強化魔法を彼女たちに使う。魔王討伐の旅をしていた頃にはまだ知らなかった魔法も――そうだ。


 俺はこうするために、魔法を常に磨いてきた。俺自身だけでなく、彼女たちを強化し、パーティ全員で強くなるために。


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