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第128話 謀叛の理由ともう一つの浮遊島

 国軍が切り札としていた六体の混成獣はAランク以上、AAランクに届く程度の実力を持っていたようだが、師匠・アイリーン・ミラルカ・ユマの前ではさすがに分が悪かった。


「はー、いっぱい矢が飛んでくる中で戦うのって当たらないって分かっててもドキドキするよね」

「アイリーンちゃん、大丈夫だった? 私はディー君ほど防御の魔法は得意じゃないんだけど……」

「あ、ディックと比べて不安だったとかそういうことじゃなくてね。それは、ディックの魔法だと過保護にされてる感じがするっていうか、安心感は凄いんだけど……使う魔力も凄そうで心配になっちゃうっていうか」


 六千人の兵を相手に戦場を縦横無尽に駆けてきたばかりのはずのアイリーンは、そうは思えないほどいつも通りの明るい調子で話している。


 師匠たち三人も汗一つかいていないが、『兵を倒さずに無力化させる』のは倒すよりも大変だったようで、気疲れしている様子だった。


「みんな、お疲れ様……と言っても、まだやることは全部終わってないんだけどな」

「さっき凄い光が見えたけど、あれはディックとコーディがやったの?」

「僕がディックに助けられたんだよ。僕だけだったら、今頃こうしてはいられなかったと思う」

「そんな言い方するなよ、コーディが居たから何とかなったんだ。ヴェルレーヌもよくやってくれた」

「う、うむ……律儀にそう言ってもらえるのは嬉しいのだが、ご主人様はあまり人を褒めぬ方がいいな。破壊力が大きすぎる」


 自分では偉そうな言い方をしてしまったかと思うところだが、ヴェルレーヌは褐色の肌でも分かるくらい頬が赤くなっている。そんな反応をされるとこちらが照れてしまうところだ。


「ディー君、スフィアちゃんやメルメアちゃんもだけど、まず私たちも自分の役割を果たしたなっていう気持ちはね、それなりにあるから。あっ、私はいいんだけど、他のみんなは立派だったから、ちゃんとヴェルちゃんとコーディ君みたいに……」

「師匠はいつも俺がこなしてる役割以上にやってくれたんだろうと思ってるし、そこは信頼してる。ミラルカは装備品の破壊でかなり魔力が減ってるな……アイリーンも接近戦をよくこなしてくれた。ユマの歌はこっちまでかすかに聞こえたよ。ユマがいなかったら、もっと敵が撤退するまで時間がかかってただろうな」


 俺の作戦は最初の動きを指示しただけで、後はみんな独自の判断で動いてくれた。あとはシェイド将軍に出張ってもらい、指揮系統を失った国軍に降伏勧告をするだけだ。


「バニングも火の息で威嚇射撃をしてくれたわ。息というより、あれは熱線ね……それで逃げ惑う兵士たちの装備を壊すなんて、あまり趣味が良いとは言えないけれど」

「ミラルカちゃん、どれだけ精密に壊せるかって途中から楽しくなってきてなかった? ディックにも実験の成果を見せたいって」

「楽しくはないけど、ディックも陣魔法には興味があるみたいだから、帰ったら授業をしてあげようと思っただけよ」

「そいつは興味深いな……あれ。でも、授業をしてくれるとか、そこまで言ってくれるのは初めてじゃないか?」


 デューク・ソルバーとして大学に籍を置く俺は、確かにミラルカゼミの一員として授業を受けることもできるのである。偽学生と言われたら否定できないので、ミラルカの権力でお目こぼしを貰っているようなものなのだが。


「あなたは見ているだけで人の魔法を模写できるみたいだけど、それはそれで落ち着かないから、正式な破壊の作法を教えてあげようと思っただけよ……その話はいいとして、まだ終わっていないんでしょう?」

「ああ、グラスゴールは王宮にいる。相手は深手を負ってる……俺の詰めが甘かった」

「ディー君とコーディ君を相手にして逃げることができたのなら、きっと転移を使ったんだよね。グラスゴール将軍は、どうやってそんな魔法を使ってるのかな……決めた場所に戻れるようにするとしても、転移結晶が必要なはずだよね」


 転移結晶。『星の遺物(ステラファクト)』――グラスゴールがそれを利用できる理由には心当たりがある。


 おそらくは『鎧精』も、グラスゴールが転移に用いた手段も、ラトクリスにある遺跡迷宮から得られたものだ。


「元からグラスゴールは、この国の誰よりも強かった。それでも将軍の位置で、ラシウス王を補佐しようとしていた……ように思える。それが何故国を転覆させようなんてことになったのか、知らなきゃならないと思う」

「……ご主人様、グラスゴールの動機がただ自分の欲によるものでないとしても、多くの民が苦しんだことに違いはない。メルメアは家族を失う危機に晒され、エルセインに助けを求めることになった……そのことは……」

「忘れちゃならないし、グラスゴール自身も罰せられるべきだと言っていた。だが、グラスゴールにはもう、国を奪い、兵士たちを扇動しようっていう意志は感じられない。甘いことを言ってると思うかもしれないが、もう一度戦うとしても、俺一人でやっても戦いにすらならないだろう。最後まで抗うなら、逃げる先を言わないはずだ」


 驕っているわけではない――俺とコーディの力を合わせた一撃で、グラスゴールは戦意を失っていた。


 グラスゴールと再び会って剣を交えたとしても、それは幕を引くためのものでしかない。そうなる前に、知っておきたいことがある。


「ディックがそう言うなら、ほとんど勝った手応えはあったってことだよね。それなら、ディックに任せるのが礼儀なのかな」

「はい……ですが、できればディックさんの近くで見届けたい気持ちはあります」

「グラスゴールの意志とは別に、襲ってくる敵はいるかもしれない。そういう敵を殲滅するのは、特に問題ないでしょう?」

「ディー君がそう言うなら、一人で大丈夫なんだってわかってる。でも、こんなときだけって思うかもしれないけど、お師匠様としては、お願いを聞いてくれたら嬉しいかなって……過保護でもいいから」


 そこまで言われてしまうと、大人数で行く必要がないので、一人で決着をつけてくるというわけにもいかない。


「……また甘いことをと思われても無理ないが、王宮に向かう前に、離宮に一度行っておきたい。スフィアを迎えに行く必要があるし、メルメアには王族と一緒に行動してもらおうと思う。ようやく会える状況になったからな」

「うん、分かった。私たちが王宮の様子を見張ってることにするね。コーディ君を少しでも回復させてあげないといけないし」


 引き続き師匠が別働隊のリーダーとなり、黒竜に乗り換えて王宮に向かう。俺とヴェルレーヌ、そしてメルメアはバニングに乗り、離宮に向けて飛び立った。


「どうした、メルメア。先ほどから静かだが、緊張しているのか」

「いえ……大丈夫です。ご心配をおかけして申し訳ありません、ヴェルレーヌお姉様」


 俺の後ろに乗っているメルメアの心情は、かすかだが伝わってくる。久しぶりに肉親に会う喜びと、ヴェルレーヌの言うとおりの緊張と――そして、寂しさ。


 メルメアも、分かっているのだろう。離宮で俺たちと別れたあと、俺たちがラトクリスに居られる時間が短いことを。


   ◆◇◆


 離宮の庭にバニングが着陸する。竜の背から降りると、こちらに向かっていることを察していたのか、スフィアが走ってきた。


「お父さんっ……!」

「おっと……すまない、待たせたな」

「みんな大丈夫だって分かってた……でも、お父さんの顔を見たら、本当に安心して……良かった……」

「コーディが戦闘で消耗してるが、それも一日で完全に治るくらいだ。あいつはやっぱり頼りになるよ」

「……そう、相手が居ないときにねぎらうというのも、何というか……ご主人様はやはり、呆れるほど……」

「い、いや……本当にそう思ってるから言ってるだけなんだが」


 呆れるほど何だろう――呆れるという顔をヴェルレーヌはしていないのだが。さっきからとても正面から見られない、そんな感情を込めた目ばかりを向けてくる。


「お母さん、メルメア王女様も、元気で良かった……ふたりとも強いので、私が心配するのも変ですけど」

「そんなことはない、他者を思う気持ちというものは尊いものだ。と、堅いことを言う前に……来るがいい、スフィア」


 娘を抱くのに『来るがいい』という母親も、なかなかいないのではないだろうか――とあさってな方向に感心しつつも、ヴェルレーヌがスフィアを抱きとめるところを見て、少なからず胸が疼く。


 そして俺は、ラトクリスの国事に表立って干渉した記録を残さないよう、ラシウス王たちが出てくる前に仮面を着ける――ヴェルレーヌには、ラシウス王と直接話してもらう役を頼んだ。

 

「改めて、御礼を申し上げます。この離宮を解放し、あの魔物……いや、魔人と言える存在でしょう。それを退けて頂いた方々に、どのように感謝を申し上げて良いのか……」


 軟禁状態から解放されたラシウス王は、先ほど見たときよりも身なりが綺麗に整えられていた。王族と一緒に捕らえられていた侍女たちが仕事をしたのか、メルメアの母と妹らしい女性も、簡素ながら上質な衣服を身に着け、王族の風格を取り戻している。


 ダークエルフであるラシウス王の年齢は見た目だけではわからないが、霊脈に記録されていた過去の姿とあまり変わらなかった。軟禁中に伸びていた髭はすでに剃り落としていて、人間で言うと三十代ほど――メルメアの父というにも気持ち若く見えるような姿をしている。


「申し遅れました、私はラシウス=ラトクリス。ラトクリス王国の、三世王であった者です」

「私は元エルセイン王国十二世王、ヴェルレーヌ=エルセインだ。メルメア王女によってラトクリスの有事を知り、仲間と共にこの国に入った。すでにレオンとルガードは倒され、グラスゴールは王宮に撤退しているが、強い抵抗の意志はない。ラシウス王、玉座は数日中に奪還されるだろう……王の座に戻る準備をしておいてもらいたい」


 ヴェルレーヌは全く遠回りをせず、端的に事実を伝え、さらに覚悟を求める。


「……私は一度は、為す術もなく王宮を追われ、王としての全ての権威を失った。王国軍がグラスゴール将軍に従ったことは、私の王としての器が否定されたことを意味している」

「グラスゴールには、それを成すだけの力があった。しかし、それほどの能力を持つ者が、なぜそれまで忠節を尽くしたはずの主君を裏切ったのか……私たちは、まだ全てを知らずにいる。話せることがあれば、話してもらえぬか」


 ラシウス王は、ヴェルレーヌの問いにふと遠くを見るような目をした。それは、グラスゴールとの過去に思いを馳せたからだったのだろう。


「グラスゴールは幻魔族……ラトクリスの王族であるダークエルフと常に共にある、盟友と呼べる種族だった。そして幻魔は、魔族の中では最上種の一つとも言われていて、ダークエルフを超える力を持つ可能性を秘めている」

「……グラスゴールは、その力を得るに至った。しかし、ラシウス王……貴君との友好関係は続いていたのではないのか?」

「私は、グラスゴールの覚悟と、将軍としての使命感の強さを知っていながら、彼の……いや。彼女の望む方針をことごとく否定した。この国の在り方が急速に変化すること、過ぎた力を求め、触れることを恐れたのです」


 ラシウス王の言葉に、彼の後ろに控えている王妃たちが息を飲むのが分かった。


 グラスゴールが女性であることは、対外的に秘匿されていた――しかし、何故そんなことをしなくてはならなかったのか。


「グラスゴールは、ラトクリスを支える貴族の家に生まれた。彼女の方が若いが、私などよりずっと早く民を守る立場にあると自覚し、貴族でありながら軍事に関わることを選んだ……魔族の国では、力が何より重んじられる。しかしラトクリスのしきたりでは、国王直属の将は男でなくてはならないと定められていました」

「それは……分からないでもないが、前時代的だな。私が王になるときも、多少言われはしたが……」

「そう……私は何も考えず、先々代の取り決めに従うのみだった。それでも私は、グラスゴールがこの国で最も強いと理解していました。私は彼女の力を傍に置き、安堵を得るために、無理を強いた……男として生きて欲しいと」


 それは確かに、ラシウス王の甘えであったのかもしれない。しかし、自分より強いと分かっている相手が国防の要となってくれるなら、是が非でもという思いがあったのだろう。


「幻魔族には、自分より強い相手との間でなければ子が生まれないという『種の呪い』があるのです。ダークエルフは呪いを受けておらず、ダークエルフより強力な種族であっても呪いを持っていることが多い……それが、魔王国の統治者がダークエルフであることの多い理由です。ヴェルレーヌ殿は、ダークエルフの中でも稀代の才をお持ちになられていますが……」

「我が国にも『種の呪い』を受けている者がいるが、幻魔族もそうであったのだな……」


 個人でSSランク、鎧精を召喚すればSSSランクに達するだろうグラスゴールには、自分より強い相手など望むべくもない。彼女が子供を欲しがっていたかどうかは俺が勝手に想像していいことではなく、ただ幻魔族という種族の背負わされたものの重さを、事実として受け止めることしかできない。


「しかし、そうか……ジナイーダ将軍は、『直属の将』ではないということか」

「グラスゴールを除き、彼女と並ぶ力を持つ者は我が国にはおりません。シェイド将軍は元々グラスゴール将軍から教えを受けた者ですが、それでも私たちの側についてくれた。しかしグラスゴール一人で国の全てをいつでも掌握できることは、私が一番よく分かっていました。そうはならないと、最後まで楽観していた……こんな私に、再び王を名乗る資格など……」

「それもまた、グラスゴールが叛意を抱いた理由の一端だろう……しかし、それが全てとも思えない」


 俺はヴェルレーヌに念話で伝える。俺たちと相対したグラスゴールの言葉から汲み取れた、その目的の一端を。


「グラスゴールは一時的にアルベインのSSランク冒険者と手を組んではいたが、彼らと共存する考えはなかったように見える。レオンとルガードを『混成獣』を作る実験に使用し、その力を何かに使うつもりだった……だが、その企図は私たちによって阻止された。SSランク冒険者を魔物に変えてまで対抗しなければならない存在とは、一体何なのだ?」


 ラシウス王の額に汗が流れる。ふらついた彼の身体を、王妃たちが支えた。軟禁中に衰弱した状態で動揺するような質問をするのは酷だとは思うが、先延ばしにはできない。


 王は自力で立ち、妻たちに感謝を示すと、ヴェルレーヌに向き直った。これ以上不甲斐ないところは見せられないという意地が、王の姿に表れていた。


「先々代が、この地でラトクリス王国を開いたことには理由がある。遺跡迷宮……私たちの知識の及ぶべきもない過去の遺物が、この地で見つかった。ラトクリス王宮は、遺跡から目を離さぬよう監視できる場所に作られた。私はその遺跡にグラスゴールと近衛兵を同行させて、調査を進めたのです」

「……陛下は、そこで何を見つけられたのですか? なぜ、遺跡があることを、ずっと皆に隠してきたのですか」


 メルメアは表情を強張らせていたが、父を呼ぶ時に『陛下』と呼んだ。それを聞いた王妃たちが、こらえかねて泣き出す――再会を喜ぶにはまだ早いと分かっていて、抑えていた気持ちが溢れ出したのだろう。


「遺跡のことは、王のみが継承してきたこと。もし戦力が整わぬうちに遺跡迷宮の門を開けば、中に強力な魔物がいたときに取り返しのつかぬことになる。しかし私は、グラスゴールがいれば恐れるに足らぬと思ってしまった。それでいながら、私は……最後の最後に臆して、進もうとするグラスゴールを止めた。当時飢饉に苦しんでいた民を救うために、グラスゴールは揺るぎない武力が必要だと主張していた……彼女の言うことを理解しながら、私は自分の手に余る力を前にして、それ以上進むことができなかった」


 俺が見た霊脈の記憶と、ラシウス王の話した内容は一致している――やはりあれは、本当にあった過去の出来事だった。


 しかしそれは、王にとっては血を吐くような懺悔の述懐でもあった。グラスゴールが謀叛を起こした動機が、王自身にあると言っているようなものだからだ。


「……グラスゴールと同じか、それ以上の強さを持つ者がいれば、彼も独断で動くことは無かっただろう。しかし、ラシウス殿……それに、ラトクリスの民を責めることはできぬ。強さとは、求めても万人が得られるものではない」


 ヴェルレーヌの言葉にラシウス殿が拳を握る――それは、自分の無力に対する怒りからくるものだった。


「私は……王座をグラスゴールに渡すべきだった。民のために力を手に入れることを厭わぬ者が王座を望むのならば、それこそが民にとって……」

「それ以上は言うべきではない。ラシウス殿を王として仕えて来た者、信じて戦い続けた将軍と兵たちにとって、今それを言うのは筋が通らぬ。グラスゴールがもし、民を守るために自らの信念で行動を起こしたのだとしても、内乱で民が苦しんだことにも変わりはない……これからこの国に必要なことは、まず何よりも確固たる指導者が王座に座り、民の暮らしを元に戻すことだ」


 その役目は、ラシウス王が担わなくてはならない。レオンとルガードが来るまでは平和な治世を保っていたのだから。


「……ヴェルレーヌ殿、申し訳ありません。私は王の務めを放棄し、楽になろうとしていた。しかし、逃げれば罪を重ねるだけです。これから私の全ては、民への償いのために使わなければならない。それを、初めは望まれないとしても」


 父の言葉を聞いたメルメアの頬に涙が伝う。王としての威厳より何より、ラシウス王のヴェルレーヌに対しての言葉には、一個人としての敬意が込められていた。


「まあ……追い詰めるような言い方をしたが、そこは前向きに捉えてもらいたい。私たちがこの国を離れたあと、路頭に迷うようでは困るのでな」


 厳格な態度を示したあとに、緩めてみせる。ずっと張り詰めた面持ちをしていた王は、それでも安堵を顔には出さなかったが、王妃たちの表情は和らいだ。


「まずは疲労した身体を休め、王宮に戻るときに備えよ。シェイド将軍は、王宮が解放され次第帰参することになっている。ラシウス王、メルメアは王女としての責務を果たし、こうして無事に戻ってきた。まずは、労りの言葉をかけてやってくれ」


 ヴェルレーヌはメルメアの後ろに回ると、肩に手を置く。メルメアはその手を握ったあと、ラシウス王たち――家族の前に進み出た。


 ラシウス王は言葉もないといった様子だった。父と娘といえど、王家においては接する機会が少なかったのかもしれない――しかし王妃と、妹姫は別だ。


「メルメアお姉様……っ、エリミアは、毎日お姉様のことを想っておりました……っ!」

「ああ……本当に、もう一度あなたの顔を見られるなんて。それに、騎士の鎧などを身に着けて……強くなったのですね、メルメア」

「はい、お母様……エリミアも、心配をかけてごめんなさい。私も、何も立派なことができたわけじゃない……全部、ヴェルレーヌ様と、皆さんのお力によるものです」

「あの、仮面を着けた方は……ヴェルレーヌ様の、従者の方でしょうか?」


 メルメアによく似た顔をしている王妃に尋ねられ、ヴェルレーヌは苦笑する。俺は仮面の位置を直しつつ、我ながら厄介なこだわりを持っているものだと思いながら、自己紹介をしておくことにした。


「俺……いや、私はデューク・ソルバーと言う者です。ヴェルレーヌ様とは旧知の仲で、今回は縁あって同行させていただきました」

「まあ……紳士的な方。ヴェルレーヌ様と同行されるということは、とてもお強い方なのでしょうね……」

「メルメアお姉様のことを助けていただいて、ありがとうございます。デューク様」


 エリミアはメルメアより心なしか幼い顔立ちをしているが、明確に年下というようには見えない。ダークエルフ一家は全員が若く、母親も含めて姉妹で通るくらいの容姿をしていた。


「よろしければ、わたくしからも、デューク様に御礼を……」

「王女殿下、そのお気持ちだけで十分です。私は皆様方がご無事で再会できたというだけで、これ以上なく胸が満たされておりますので」

「何という……ヴェルレーヌ殿は、素晴らしい偉丈夫の友人をお持ちだ」

「うむ、実に頼りになる人物なのだ。多少控えめなのが玉に瑕ではあるが、それも美徳と言える部分だと思っている」


 念話であまり変なことは言わなくていいと伝えようかと思ったが、ヴェルレーヌが楽しそうなので毒気を抜かれてしまった。 


 メルメアも笑っている。その瞳が潤んでいることに気づくと、ヴェルレーヌはメルメアを抱きしめた。


「しばらくすればまた会えるだろう。それまで、しっかり皆を支えるのだぞ。あまり無理はせぬようにな」

「はい……お姉様。お姉様に恥じないよう、皆さんと一緒にいる間に学んだことを生かし、王女の務めを果たしていきます。スフィアさん、本当にありがとう……皆が無事だったのは、貴女のおかげです」

「お父さんと一緒じゃなかったら、頑張れなかったと思います。だから、全部元を辿れば、お父さんのおかげなんです」


 今は俺たちの娘であることは伏せている。人工精霊であることを誰にでも明かして驚かせるよりは、知らせないままの人がいてもいい。


「それでは……我々は、一足先に王宮に参ります。グラスゴール将軍については、可能であれば捕らえるという形でよろしいですか」

「グラスゴールの強さを知っていると、捕らえるというのは想像もつきませんが……貴方がたが可能だというのであれば。もう一度、グラスゴールと話がしたい。私は王として認められず、言葉を交わす価値もないと思われているかもしれない。それでも、話さなくてはならない。私と彼女は、王と将軍だったのですから」


 王から『貴殿』と呼ばれたとき、グラスゴールは複雑な感情を見せた。


 それは、王を守るために軍人となった彼女が、突き放されたように感じたからなのかもしれない。しかしラシウス王はそのことを悔やみ、もう一度グラスゴールと向き合おうとしている。


 レオンとルガードの死は、グラスゴールだけに責任があるわけではない。彼らは強さを求め、求め続けて、その果てに魔物になることを選んだのだから。


 俺はスフィアとヴェルレーヌと共に、バニングに騎乗する。ラシウス王は俺たちが王宮に向かって飛び立つ前に、バニングの足元まで駆け寄ってきた。


「私はグラスゴールと共に、遺跡迷宮の深部の途中まで同行しました。そこで、我々は『壁画』を見つけた……空に浮かぶ島が描かれた、時間と共に絵柄の変わる、不思議な絵でした。しかし、禍々しくもある……その絵を見て、私はそれ以上先に進むことができなくなったのです」


 遺跡迷宮の絵――それが、俺たちが蛇を倒す前に見たあの絵と似たものだとしたら。


「ラシウス王、話してくれてありがとうございます。必ずグラスゴールから真意を聞き、今回の内乱に決着をつけます」

「デューク様、お姉様、スフィアさんっ……くれぐれも、ご無事で……っ!」

「メルメアさん、きっとまたすぐに会えるから! だから……待っててね!」


 バニングが羽ばたき始める。風精霊の作る防護壁を展開し、一気に高度を上げる――スフィアはずっと、地上にいる皆に手を振り、呼びかけていた。


(ご主人様……どうやら、アルベインの地下にある浮遊島と……)


(ああ、同じようなものがラトクリスにもあったってことだな。それがグラスゴールが行動を起こした動機だとしたら……)


 遺跡迷宮――地上に落ちた浮遊島の最深部で見た絵。俺たちが見たものは、竜と人の中間のような翼を持つ生き物が、浮遊島を襲っているというものだった。


 それを見た時から、ずっと感じていた――だが、現実として起こりうることだとは、簡単に考えてはならないと思った。


 今も『浮遊島を沈めた者たち』が、この世界のどこかで生き続けているとしたら。俺たちが手に入れたと思っていた安寧は一時のものでしかなく、いつ壊れてもおかしくない、薄氷の上に立つようなものなのではないか。


 考えたくはない。『蛇』を動力として空に浮いていたという浮遊島を滅ぼした存在が、また攻めてくるかもしれないなどと。


「――ご主人様……っ、前方を見ろ! 王宮の方向……何かが動いて……」

「空に、浮き上がってる……地面から、何か出てくる……!」


 ヴェルレーヌとスフィアが驚きの声を上げる。おそらく、王宮が見える場所にいる別働隊の皆も同じものを見ているだろう。


 バニングの進む遥か先――ラトクリス王宮に近い上空。


「浮上する力をまだ残した浮遊島……規模は小さいが、こんなものが……」


 ラトクリス王宮とほぼ同じ大きさ――俺たちが潜った百層の迷宮よりはずっと小さいが、それでも巨大な質量が空に浮かんでいる。地中に沈んでいるうちに絡みついたのか、底部には木の根が見える。


「これがグラスゴールの切り札……ご主人様、どうする……?」

「決まってる。俺たちに見えるように動かしたのなら、グラスゴールはあの中にいるはずだ」


 あの規模が小さい浮遊島ならば、遺跡迷宮の一階層を探索するよりも時間はかからないだろう。


 グラスゴールの目的がようやく全て明らかになろうとしている。バニングは俺の意志に呼応するように勇ましく吼えると、金色の翼をはためかせ、雲を引き裂きながら飛び続けた。



※いつもお読みいただきありがとうございます、更新が遅くなって申し訳ありません!

 ブックマーク、感想などありがとうございます、大変励みになっております。


※この場をお借りして、書籍版の告知のほう失礼させていただきます。

 「魔王討伐したあと、目立ちたくないのでギルドマスターになった」5巻が、

 10月20日に発売となります! カバーイラストは画面下のようになっております。

 今回はラトクリス魔王国編・そしてコーディ回となっております!

 書店様でお見かけの際は、是非チェックをいただけましたら幸いですm(_ _)m

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